農業情報研究所
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WTO農業交渉モダリティ一次案ー米国、EU案との比較表
農業情報研究所(WAPIC)
03.2.13
2月12日、WTO農業交渉のハービンソン議長が農業保護削減の基準となる「モダリティー」の一次案を加盟各国に提示した。以下は、その主要部分を米国案、EU案と対比したものである。なお、日本は三分野(市場アクセス、輸出競争、国内助成)におけるEUの数字の支持を表明している。
わが国にとっての最大の問題は、コメ関税が最低45%の削減を求められていることである(現在の490%から270%へ。この場合、米国産米・中国産米のほうが安くなることもあり得る)。わが国が実質縮小を望み、EU案が言及していミニマム・アクセス(最低限の関税割当数量)については、逆に10%への拡大(現在の日本については7.2%)が提案されている。条件付きで8%に抑えることができるが、「農水省は、精査に入った」という(日本農業新聞-e農net、2.13)。
また、わが国が存続を提案している「特別セーフガード」(一般セーフガードのような厳しい発動条件がなく、輸入急増・輸入価格下落のような品目ごとに定められた一定基準が満たされれば自動的に発動できる)も、関税削減実施2年後の廃止が提案されており、ウルグアイ・ラウンドで関税化された品目(コメ、小麦、大麦、乳製品、澱粉、雑豆、豚肉、生糸等)の有力な保護手段が失われる恐れがある。
貿易歪曲効果が大きいとして削減対象となるイエロー・ボックス国内助成の削減率はEU案を5%上回るだけである。ただし、ウルグアイ・ラウンド(平和条項)で2003年までは対抗措置の対象とならないとされたブルー・ボックス助成(米国の不足払い、EUの所得直接援助など、「グリーン・ボックス」助成ー貿易歪曲が少ないとして削減が要求されないーや「イエロー・ボックス」助成に含まれない助成)は50%という大幅な削減案となっており、関税率が削減された場合の代替政策選択の余地が狭められる恐れがある。
EUは、高度な動物福祉基準を満たすために必要になる追加コストの助成を削減対象から外すように提案しているが、この問題を含め、日本も強調する「非貿易関心事項」については今後のさらなる検討に委ねられている。
全般的には、わが国にも、EUにも、相当に厳しい内容(特に市場アクセスについて)であるが、米国案よりはかなり和らいだ提案となっている。
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ハービンソン案 |
米国案 |
EU案 |
市場アクセス | 関税削減 | 全農産物単純平均により5年間で、 90%以上の関税:平均60%、最低45% 15-90%の関税:平均50%、最低35% 15%以下の関税:平均40%、最低25% 加工品の関税が非加工品より高い場合には加工品の関税の非加工品よりも大幅に削減する。 (途上国) ・先進国は熱帯産品の完全貿易自由化を含む途上国関心品目のアクセス改善により、途上国のニーズに関心を払う。 ・食糧安全保障等の観点から戦略品目を指定、それ以外については、単純平均により10年間で、 120%以上の関税:平均40%、最低30% 20-120%の関税:平均33%、最低23% 20%以下の関税:平均27%、最低17% ・戦略品目については、単純平均により10年間で平均10%、最低5%(特別セーフガード対象品目は除く)。 |
全品目につき5年間で25%以下に。関税全廃の期限の設定。 |
全体の平均で36%の削減。個々の品目の最低削減率は15%とする。 (途上国) ・食糧安全保障とその他の多面的機能にかかわる関心事項に関する正当な目標を達成するために必要であるならば、実質的により低い関税引き下げ。 ・先進国の途上国からの農産物輸入の少なくとも50%を無税化。 ・関税保護レベルの引き下げにより、途上国にとって特別の利害がある産品に関するタリフ・エスカレーション(加工度の上昇とともに高まる関税率)の実質的削減 |
関税割当 | ・最終譲許の関税割当量が国内消費量の10%に満たない場合には10%まで拡大。 ・関税割当対象品目の4分の1までは割当量を8%にとどめることができるが、同数の品目について12%に拡大することを条件とする。 ・関税割当量の拡大は5年間、毎年等量で実施。 ・割当内関税率削減は求められない(熱帯産品と麻薬作物からの転作品目については枠内無税とする)。 (途上国) ・戦略品目は関税割当量の拡大を免除。 ・その他品目は最終譲許の関税割当量が国内消費量の6.6%に満たない場合には6.6%まで拡大。 ・関税割当量の拡大は10年間、毎年等量で実施。 ・枠内税率削減は免除。 |
・関税割当量は全品目で20%増枠。 ・枠内関税は5年で全廃。 |
言及せず。 | |
特別セーフガード | (先進国)関税削減実施終了の2年後に適用を停止。 (途上国)関税削減を行なった戦略品目に適用できる。 |
廃止。 |
維持。 (途上国)食糧安全保障確保のための特別セーフガード措置適用。 |
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その他 | 非貿易関心事項及びその他の市場アクセス問題については更に検討。 | |
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輸出競争 | 輸出補助金 | ・約束の対象となる全農産物の最終譲許金額の最低50%に至るまで積み上げた各品目について段階的に削減、6年目に廃止。 ・残りの品目については10年目に廃止。 (途上国) ・約束の対象となる全農産物の最終譲許金額の最低50%に至るまで積み上げた各品目について段階的に削減、11年目に廃止。 ・残りの品目については13年目に廃止。 |
5年の間に毎年等率で削減したのちに廃止。 | すべての形態の輸出補助金(米国が多用する輸出信用等)が同等の扱いを受けることを条件に、補助輸出量の平均での実質的削減と予算レベルの45%削減 |
輸出信用等 | さらなる検討を行い、一定の規律。 |
WTO加盟国により現在使用されている各種の手段全体(輸出信用・信用保証・保健)について、許容される方法を定めることで輸出信用を律するための特別のルールを確立する。これらの規律に合致しない方法は輸出補助金をみなされ、輸出補助金を禁止するルールに服する。 | 厳格に規律。 | |
食糧援助 | 同上 | WTOにおける報告要件の拡張。 | 適切に定められる援助対象国向けに提供されるか、適切に認められた緊急事態または人道的危機への対応としてのみ与えられる。WTO加盟国は、可能なときにはいつでも、受け取り国内での、または他の途上国からの食糧の購入のためのキャッシュの支払で援助を提供する。 | |
国家貿易 | 同上 | 輸出独占と国家貿易業者への特別財政支援の廃止。 | クロス助成、価格プール、その他の不公正な輸出貿易慣行を規律 | |
輸出制限・輸出税 | ガット規定に基づくものを除いて廃止。 | 農産物に対する輸出税は禁止。途上国については、一定の条件で、歳入創出目的で例外を設ける。 | |
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国内助成 | グリーン助成 | 農業協定付属書2(グリーン助成の要件)の条項を一定の改定を条件に維持。 (途上国)一定の拡大。 |
基本的基準を維持。 (途上国)資源が貧しく・所得が低い農民に向けた特別支持プログラム。 |
途上国に開発目的での農業部門支持の可能性を与える。 |
ブルー助成 | 1999-2001年の通報水準から5年間で50%削減。 (途上国)10年間で33%削減。 |
生産制限に関連した貿易歪曲的支持を削減対象補助金とする。 | 維持。 | |
イエロー助成 | ・毎年等量、5年間で60%削減。 ・品目ごとには1999-2001の水準を超えないこととする。 (途上国)10年間で40%削減。 |
現在の上限を5年間で削減し、農業生産価額の5%に制限する。 | ウルグアイ・ラウンド約束のレベルから出発して55%削減。 | |
デミニミス | 先進国について生産額の5%未満の助成は削減対象助成に計算しないとする現行条項による「デミニミス」は5年間で0.5%ずつ削減。 (途上国)現行の10%を維持。 |
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先進国については廃止。 | |
後発途上国 | |
・削減約束を求められない。 ・先進国へのすべての輸入は無税・無割当化。 |
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先進国へのすべての輸入は無税・無割当化。 |
なお、EUが適切な取り組みを要求している「非貿易関心事項」(環境保護、農村開発、動物福祉)、地理的表示の強化(他の生産者による誤解を招くような使用や不公正な使用を防止するために、原産国の権利保有者以外の生産者により使用される現在の名称リストを作成)については、更に考慮するとされているだけである。