フィシュラーEU農業委員、WTO農業交渉で加盟国の柔軟性を要請

農業情報研究所(WAPIC)

03.12.3

 メキシコ・カンクンWTO閣僚会合で頓挫したWTOドーハ開発ラウンドの再開をめざすジュネーブ会合を2週間後に控えた12月1日、フランツ・フィシュラーEU農業担当委員が、ローマのイタリア・ラテンアメリカ研究所でスピーチ、EUは交渉再開のためになすべきことは既にすべて行った、他の加盟国が一層柔軟にならないかぎり、ジュネーブ会合もカンクンの二の舞になるだろうと警告した(1)。多くの加盟国は交渉再開への意思を示しながら、米国とEUの動きを見て再開交渉に臨む立場を決めようと待機してきた。予想されたこととはいえ、他の加盟国、とくに途上国や日本のような農業競争力の弱い先進国は、早急な厳しい選択を迫られたことになる。

  (1Agricultural negotiations post-Cancun: Where next?(末尾に数字説明のためのグラフあり)

 フィシュラー委員は、EUが「国内助成と輸出補助金を大幅に削減し、市場アクセスを大きく改善し、世界中のすべての農民により良い取り決めを与えることを約束する公正で、市場指向的貿易システム」を望んでおり、開発アジェンダの実現への寄与を目指していると強調、そのスピーチの大半を、大量の農業補助金支出によって開発アジェンダの実現を阻んでいるという専らEUを標的とした攻撃が根拠のないもので、不公平でさえあることを、数字で示すことに費やした。さらに、多くの途上国を苦しめている商品価格の下落の要因にはブラジルのような一部途上国による余りに急激な輸出拡大があり、インドやブラジルの農業者国内助成もEUと同じ基準で計算するれば決して小さなものではないと、「最も先進的な途上国」の攻撃にも打って出た。フィシュラー委員が力説するのは次のようなことだ。

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 途上国の多くの人々が一日1ドル以下で生活しているのに、EUの牛は一日に2ドルを受け取っているという比愉がEUを「悪魔中の悪魔」に仕立てあげているが、こんな数字を見ても、これら補助金(助成)の貿易歪曲度、その様々な要素、途上国の政策との違いなどはまったく分からない。こういうやり方で最先進5ヵ国の助成額を比較すれば、日本が最大、次いでカナダ、米国、EUの順となり、EUの下にはオーストラリアがあるだけだが、そんなことはどうでもよい。この数字はOECDが定義する生産者助成推定額(PSE)から出た数字であり、OECD自身、「これを保護または貿易影響の指標と解釈するのは間違い」だと言っている。

 この額を使って、先進国の納税者は農業に年に3千億ドルも払っていると言われるが、納税者から出るのはそのおよそ3分の1で、残りは内外価格差から来るものだ。これは農業者助成の適切な指標かもしれないが、EUの小麦の例を見れば、貿易歪曲的とされる価格支持と関税は過去10年間に42%、輸出補助金は92年以来93%減っているが、PSEは同じレベルで揺れ動いている。PSEは先進国の農業政策の貿易歪曲を誇大に、共通農業政策(CAP)改革の影響を過小に示す。途上国にはPSEが適用されていないが、その価格支持は大きなものだから、ブラジルやインドもこれを含む国内助成総額(AMS)の削減をWTOで約束している。これらの国のAMSはマイナスになっているが、適切に通報されれば小さなものではない。要するに、CAPは、途上国を犠牲にヨーロッパ農民を補助し、納税者に多大な負担を課し、途上国の貧しい人々を苦しめているているという批難は、まったく事実無根というのである。

 その上、EUは小麦政策だけでなく、農業政策全体を変えてきた。92年以来、貿易歪曲的とされる「黄色」の国内助成は、より貿易歪曲的でない「青」の助成に移行させることで、70%減った。さらに今年6月の改革で、「青」の助成の大部分も貿易歪曲的でないと認められている「緑」の助成に移行する。それでも止まないEUへの批難は、CAPへの不要な圧力であるだけでなく、「率直に言って、まったく不公平だ!」。

 カンクン会合に先立ち米国と共同提案した交渉枠組案が現在の助成の分類を変えるだけで、そのレベルを事実上維持するものだという批判も事実と異なる。これは、実際には削減対象から除外された米国の貿易歪曲的助成の大きな部分をなす「デミニミス」(貿易歪曲的であるがAMSに計算されない生産額の5%未満の先進国農業助成)を減らし、青の助成に上限を課し、すべてのタイプの市場支持を大幅に削減するものだ。米国が共同案の約束を果たそうとすれば、農業政策の重大な改革をしねければならない。それなのに、EUの提案は柔軟性を欠き、EU−米国提案は野心を欠くと批難され、我々の改革が邪魔されている。

 さらに、この同じ人たちが、自分自身の義務の免除の拡大強化を求める一方で、明らかに貿易歪曲的でない助成(緑の助成)の範囲を狭めようとしている。緑の助成は、環境基準引き上げ、食品の品質改善・安全基準引き上げ、動物福祉の保証など、ヨーロッパ社会の要求に応えるために必要な助成の農業者への提供が許される唯一のメカニズムだ。それは、WTOで貿易非歪曲的と認められ、CAP改革で財源の追加ではなく、移転を通して増やされる助成である。これに一層厳格な基準を課するならば、CAP改革の将来や新たにEUに加盟する国々の持続可能な農業政策を十分に・効率的に支持する能力を危機に陥れることになる。それだけではない。小農民に資金を提供する農業金融市場の失敗を正す非常に成功した方法である途上国の一定のメカニズムも危険にさらすことになると警告する。

 途上国の市場アクセスに関しても、EUは一定産品の特恵扱いで途上国に市場を開いてきたし、とくに最近の「武器以外のすべて(EBA)」措置で、49の後発途上国に武器を除くすべての産品の無税・無割当アクセスを許し、他の先進国もこれに続くように要請している。途上国にとってもっと重要な意味があるのは、WTOの約束の下でのすべての商品のEUの純輸出シェアが常に低下していることだ。小麦市場における純輸出シェアは、過去10年に、偶然ではなく意図的に、22%から12%に減少した。国内価格と世界価格のギャップを埋めることで、輸出補助金は大幅に削減することができたし、途上国にとってセンシティブな品目については輸出補助金の段階的廃止を提案している。だが、これだけでは不十分で、他の形態の輸出補助や輸出独占なども同様に律することを要求している。

 まだ改革されていないが、改革を約束している砂糖についても、世界輸出市場におけるEUのシェアは、92年以来19%から16%に低下した。逆にブラジルのシェアが4倍にもなった。だが、これはすべての途上国で起きたことではない。すべての農民に平等な競争の場を創るためには、先進国・途上国を区別するだけでなく、途上国間の差を一掃する必要があり、開発段階の違いを反映するシステムを認めねばならない[これはEU-米合意案に含まれ、これを強く批判するブラジル等をG20+グループの形成に走らせたた内容だ]。

 しかし、先進国・途上国、貿易と開発をめぐる問題の論議では、WTOの権限の限界を考慮する必要がある。貿易歪曲と市場アクセスに取り組むことでWTOが経済成長と持続可能な開発に寄与できるとしても、開発問題自体に答えを与えることはできない。WTOで解決できない問題で焦点が逸らされれば、我々が着手した真の問題に答えを出す機会が危機に陥る綿問題がその好例だ。我々は後発途上国の先進国市場への無税・無割当アクセス、途上国関心産品についてのすべての形態の輸出補助の廃止と国内助成の大幅削減を提案している。前の二つは実施済み、最後のものは我々が最近出した改革案(注)の核心をなす。しかし、WTOの権限内のこれだけのことでは、商品価格の下落傾向や合繊との競争のような問題は解決できない。だからといって、WTO権限内の問題への取り組みから手を引いてはならない。

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 フィシュラー委員は、同じ日、ローマの食糧農業機関(FAO)閣僚会合で、「カンクンでのWTO交渉の失敗は農業のためではなかった。実際には、合意は手の届くところにあり、あとほんの僅かな努力で妥協に達することができた」と述べている(2)。これはカンクン会合直後の発言と変わらない。農業に関するかぎり、EU−米国案、あるいは議長案を基礎とする妥協が可能と見ているわけだ。途上国、G20+グループが交渉のテーブルに戻らなければ、途上国は食糧安全保障・飢餓と貧困の削減のために与えられた最も大きな機会をみすみす失うことになる、フィシュラー委員のスピーチの意図は、このようなメッセージを伝えることで、途上国が交渉成功を目指す強い政治的意志をもって柔軟に対応することを促すことにあったと考えられる。

  (2"State of Food and Agriculture"

 EUは、カンクン会合決裂の直接の原因となったとされるシンガポール・イシュー―投資政策、競争政策、政府調達の透明化、貿易円滑化―の扱いで、従来の立場を大きく後退させることを既に決めている。先月26日、欧州委員会は、ジュネーブ会合に望むEUの立場を発表し(3)、今月2日には各国閣僚もこれを承認した。この立場に従えば、最も論議が熾烈なシンガポール・イシューについては、四つのイシューを一括合意の対象から外し、希望する国が希望する各「イシュー」について交渉することになる。加盟各国は、望まぬ協定には参加しないことを選択でき、それでも他の問題で不利な扱いを強要されない。これらの問題での協定に強く反対してきた多くの途上国の交渉再開への意欲が増すだろう。

 しかし、決定されたEUの立場は、農業については従来の立場の変更の必要性を認めていない。シンガポール・イシューでの譲歩により途上国の交渉に誘い出せば、農業での合意は今までの延長上で可能と見ているわけだ。アフリカ諸国を含む多くの途上国も、またとないであろうこの機会を失することに深刻な不安を抱いている。予測の限りではないが、シンガポール・イシューでの先進国の譲歩と引き換えに、途上国が農業交渉での一定の成果の獲得に動く可能性は相当に高まったと思われる。

  (3EU- WTO: European Commission proposes to put Doha Round of trade talks back on track

 (注)11月18日に、タバコ、オリーブ油、ホップの改革案とともに提案された。EUの綿作はポルトガル、スペイン、ギリシャに見られるだけであるが、地域経済・社会に重要な貢献をしている。基準期間(200002年)の生産者助成支出の40%が新たな綿面積当たり生産者助成措置に当てられ、60%は作物横断的な単一農場支払いに統合される(デカップリング)。前者の援助は、他の生産者援助と同様、クロスコンプライアンス(支払い受給の条件として農業者に環境・食品安全・動物健福祉基準の遵守や農地を良好な農業条件に保つことを義務づけること)、モジュレーション(農村開発措置の拡充に使うための直接援助の減額措置)、財政規律などの義務を満たさねばならないとされている。
 なお、タバコとホップは完全にデカップリング(単一農場支払いに統合、ただしホップは25%までは生産関連援助を維持できる)し、オリーブ油については60%まで単一農場支払いに組み込む。

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