EU、WTO農業交渉関税削減で新提案 交渉進展の起爆剤?(速報)

農業情報研究所(WAPIC)

05.10.29

 欧州委員会が28日、WTO農業交渉に関する新たなオファーを行った(EU tables new offer in Doha World Trade talks; calls for immediate movement on services and industrial goods)。10月10日の提案(米国・EU、WTO農業交渉で(新)提案 行き詰まり打開は不透明 世界の農民には有害無益)と比べて変わったのは関税削減率で、その他の部分は基本的に変わらない。しかし、このオファーは、米国など先進国が国内助成・輸出補助の分野で同等の譲歩を行わないかぎり、またサービスや工業品の分野での交渉の進展がないかぎり、いつでも撤回する権利を留保すると、厳しい条件を付している。米国は、市場アクセスでの譲歩が足りないと失望を表明、これらの条件を飲める有力国もないだろう。交渉進展の起爆剤となる可能性は少ない。

 関税削減に関しては、先進国の最高税率(90%以上)バンドの関税削減率を60%(10日の提案では、定率削減でなく、削減率を品目ごとに変えられるならば平均で60%、定率削減ならば50%としていた)、それより関税率が低い品目では35%から60%の間の削減とする。これによりEUの関税率は平均で46%削減され(10日の提案の場合には平均24.5%削減にしかならないと米国が試算している)、平均関税率は22.8%から12.2%になるという。

 その他では、先進国の@関税率上限を100%とし、A重要品目はEUが定め(今までの案では関税分類品目総数の8%、約160品目)、重要品目についても関税削減を行い、すべての重要品目について関税率割当量を増やすことで実質市場アクセスを確保する、B貿易歪曲的国内助成は70%削減し(デミニミスも80%削減)、米国が目論むブルーボックス規律の緩和は許さない、Cすべての輸出補助金は、他の形の輸出補助(輸出信用、食料援助、国家輸出貿易企業)に厳格な規律が課されることを条件に全廃するなど、基本的には前回提案を変更していない。なお、途上国に対する異なる待遇に関して、各バンドの関税率水準を1/3だけ高める、関税削減率より低くする、関税率上限は150%とする、後発途上国(IDCs)は関税削減を免除する、と提案している。

 新提案の特徴は、加盟国、とくにフランスの反発を封じるために、この市場アクセスに関するオファーをより明確に、あるいはより厳しく条件付けたことだ。前日、ブレア英国首相が主催した”グローバリゼーション”への対応をテーマとするハンプトン・コート非公式EUサミットに際し、フランス・シラク大統領は、共通農業政策(CAP)を危うくするような協定を香港閣僚会合で承認しない権利をフランスは留保すると、新提案に対する”拒否権”行使をちらつかせている(Jacques Chirac est prêt à utiliser le veto français pour empêcher une remise en cause de la PAC,Le Monde,10.27;http://www.lemonde.fr/web/article/0,1-0@2-3214,36-704153@51-697252,0.html)。

 これらの条件とは次のようなものだ。

 ・他の先進国が他の形態の輸出支持の廃止を一層明確にすること。米国の食料援助と輸出信用に関する約束はなお不十分だ、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドは国家貿易企業の改革に関してさらなる約束をしなければならない、最も貿易歪曲的で、米国がブルーボックス支払いへの移行を目論むカウンターサイクル支払いに対する真の規律を要求する。

 ・工業品貿易に関して、実行関税率削減の漸進的方式で香港会合前に合意する。

 ・サービスに関して、サービス部門自由化の野心的な義務的目標を示す交渉を進め、香港で合意する。

 ・すべての加盟国で地理的表示を保護する国際登録を導入する。

 ・WTOルール交渉では、アンチ・ダンピング措置濫用で生じる国際貿易へのすべての主要な障害を含め、解決されるべき問題のリストを今から香港会合までの間に交渉する。

 ・開発に関しては、貿易関連援助パッケージを含む広範な提案が香港でなされるように確保する、また、すべての先進国がすべての後発途上国に無税・無割当市場アクセスを拡張することにドーハラウンド終結までに合意する。 

 このような提案の理由を、欧州委員会は次のように説明する(Doha Round: EU offer in agricultural negotiations)。

 1)関税削減について

 高度に保護された部門の関税を90%削減するという米国提案はヨーロッパやその他の地域の一定農業部門に破滅的影響を与え、職と生計に重大な損失をもたらす。

 EUの最恵国待遇関税引き下げは、アフリカ・カリブ・太平洋(ACP)諸国の多くの途上国に与えている特恵アクセスのレベルの低下につながる。90%削減は、これら諸国が必要としている貿易自由化に対する調整期間を与えることなく、特恵アクセスを一掃してしまう。EUの推定では、米国提案により、ACPからEUへの94億€の農産物輸出のうちの64億€が消滅してしまう。

 ヨーロッパやその他の地域が一つのラウンドでこんな削減を約束することを求めるのは現実的な交渉の立場ではない。

 G20の75%削減の提案も、特恵アクセスとヨーロッパやその他の地域の農家の生計に巨大なダメージを与える。削減と上限関税100%というEUの提案も、先進国の関税引き下げへの重大な圧力になる。これは非常に大きな削減で、EUの最高関税は半分にもなり、ウルグアイ・ラウンドでの削減よりも大きい。これにより、輸入国が実質的に新たな市場アクセスを提供することになる一方、ヨーロッパやヨーロッパに輸出するACP諸国の農民に対する保護も大きく減少する。しかし、保護は注意深く、漸進的に削減される。

 途上国に対しては異なる待遇が適用される。

 2)補助金削減について

 EU提案の削減率が2003年CAP改革に制約されるのは事実だが、提案される削減は大きく、実質的だ。EUの直接支払いの90%は既に”デカップル”された。提案はこれを拘束力あるものにする。開発NGO・オックスファムの”実質削減”ではないという非難は、5年も前のEU補助金を念頭に置いたものにすぎない。

 3)EUが途上国農産物の一層のアクセスを阻んでいるという非難について

 途上国の市場アクセスに関してEUが非難される理由はまったくない。EUは、途上国に対して最も開かれた市場を提供している。”武器を除くすべて”のシステムは、50のLDCsのすべての農産物に無税・無割当アクセスを提供している。EUのLDCsからの農産物輸入は、すべての先進国を合わせた輸入よりも多い。EUはLDCsからの農産物輸出の70%を受け入れているが、米国のこの比率は17%にすぎない。80のACP諸国からのほとんどすべての農産物輸入は無税か、削減された税率で行われている。

 さらに、EUは、関税削減やEUの一定農業部門を保護するための重要品目の利用の削減や調整を通じ、また他の先進国が同様に行動することを求めることを通じ、途上国への市場開放を一層進めることを提案している。EUは、米国、カナダ、日本に対し、EUの”武器を除くすべて”のシステムによる無税・無割当と同等の措置を提供するように常に求めてきた。その上、途上国貿易の75%を占める工業品についても、ドーハ・ラウンドが新たな市場アクセスを生み出すように保証することを約束している。

 4)条件付け

 オファーはドーハラウンド最終協定の一部としてのみEUを拘束する。EUはこのオファーをいつでも撤回する権利を持つ。すべてが合意されるまではいかなる合意もない。

 基本的条件は、農産物市場アクセスに関するEUの動きは、農業の陰に隠れてきたサービスと工業品貿易に関する交渉の閉塞状況を打ち破るものでなければならないということだ。ドーハ・ラウンドは農業ラウンドではない。ドーハ・ラウンドの成功のためには、サービスと工業品貿易における前進が不可欠だ。

 農業交渉内部でも重要な条件がある。最も重要なのは、米国がブルーボックス補助金の分類方法を明確することだ。米国は貿易歪曲的な食料援助と輸出信用を廃止する強力な約束をする必要がある。オーストラリア、ニュージーランド、カナダは国家貿易企業に関して同様の約束をせねばならない。

 5)工業品貿易・サービス交渉でパラレルな前進を主張する理由

 工業品の市場アクセスは開発の問題である。途上国の貿易の75%は工業品貿易であり、途上国が支払う関税の70%は他の途上国に支払われる。その大部分が工業品に関するものだ。これを減らそうとするなら、工業品関税の引き下げが必要だ。

 サービスも開発問題だ。サービス市場の開放は途上国にとって必須のステップだ。効率的な金融、輸送、通信部門がなければ開発はない。ヨーロッパからの投資は途上国のこれら部門にとって必須な要素であり得る。ヨーロッパの投資は脆弱経済の成長力強化を助ける。

 最後に、加盟国向けに、このオファーは欧州委員会に与えれらた交渉権限を越えるものではないと力説する。それは、2003年CAP改革で限界を与えれらるが、農業交渉における交渉相手の同等の譲歩と他の分野でのバランスの取れた成果を条件に、一定の操作の幅が認められている。市場アクセスに関しては、欧州委員会は2004年の枠組み合意を閣僚理事会で承認されており、この合意は”実質的に新たな市場アクセス”を要請しており、現在のオファーはこの実質的に新たな市場アクセスを提供するものだ、それは閣僚理事会が表明した開発目標の不可欠の要素であり、同時にEUの農業部門を破滅させるものでもない、と言う。

 しかし、10日のオファーでさえ、フランスは欧州委員会の越権行為ではないかと主張してきた。それは加盟国全体が確認するところとはならなかったが、フランスがすんなり認める状況にはない。フランス農業経営者連盟(FNSEA)は、これは明らかな越権行為、ヨーロッパ農民への挑戦であり、断じて受け入れがたいと発表した。青年農業者連盟も、サービスや工業品での進展は何もない、米国やブラジルを一方的に利するだけで、CAPに重大な脅威がのしかかる、国の高官はこのオファーを明確に拒否せよと訴える。砂糖業界は、砂糖関税の60%削減で、砂糖価格はフィッシャー・ボエル農業担当委員が提案した最低価格・385€/tを12%下回る340€/tに下落すると言う(OMC - Réactions syndicales à la nouvelle proposition de la Commission,Agrisalon,10.28;http://www.agrisalon.com/06-actu/article-15823.php)。

 米国は、逆の意味でこのオファーを受け入れないだろう。米国通商代表のクリスチン・ベーカー報道官は、早速”失望”を表明した。提案された関税削減は、米国提案はもちろん、G20提案のレベルにもはるかに及ばない、重要品目数の提案は以前と変わらないし、バンド内での削減率も操作できる、この二つの要素が重大な抜け穴を開くと言う(Washington déçu par l'offre européenne à l'OMC,Agrisalon,10.28;http://www.agrisalon.com/06-actu/article-15824.php)。

 それだけではない。米国が失望するこのオファーを加盟国に売り込むための”条件付け”は、米国やインド、ブラジルなどがこれを飲むことをほとんど不可能にしている。米国は、国内助成や輸出補助に関するEUの要求を受け入れないだろうし、インドやブラジルがサービスに関する要求を受け入れることもあり得ない。欧州委員会が至上命題とするドーハ・ラウンド成功はあり得ないことがはっきりしただけのように思われる。