中国首相、怒江ダム計画再考指示、高度な社会不安を引き越す計画は慎重に

農業情報研究所(WAPIC)

04.4.10

 中国の温家宝首相が国の最後の原始的河川の一つであるヌー川(怒江)での大規模ダム建設計画の見直しを命じた。9日付のニューヨーク・タイムズ紙が報じている(China's Premier Oders Halt to Dam Project Thretenning a Lost Eden,The New York Times,4.9)。首相の指示は、最初、中国政府との関係が深い香港紙に掲載されたものという。

 この計画は雲南省地方政府によるもので、13の水力発電ダムを建設しようとするものだ。だが、建設場所は「東洋のグランド・キャニオン」と呼ばれる世界遺産指定地である。流域農民は川から1,000メートル近くものぼった雲を突く急傾斜地でキャベツやコーンを栽培している。流れを囲む原生林は7,000種の植物と80種の希少または絶滅危惧動物の生息地となっている。世界でも最も生物多様性に富む地域の一つである。住む人々は、リス族、ヌー族、トールン族、チベット族などの末裔で、多くは中国語も話せず、先祖代々のやり方で暮らす農民や牧夫だ。この計画が実施されれば、貴重な自然が破壊されるととともに、他の場所での生活の術を持たない5万のこれらの人々が移住を余儀なくされる。彼らの受け継いできた文化も失われるだろう。

 同紙によれば、中国の著名な植物学者・Li Boshengは、「もしこの水系が破壊されれば、恐るべき打撃となる。この地域は東洋のグランド・キャニオンと呼ばれてきた。それは世界の最も特別なキャニオンの環境の一つだ」と言う。また、チベット族の一村民は、「この計画のために人々が移住を強制されれば、彼らを特別のものとしてきた生活方法を失うことになろう。移住すれば、彼らの伝統を失うのは不可避なことだ」と言う。

 その上、タイとミャンマーの国境を流れて海に注ぐこの大河の最上流での大規模ダム建設は、下流の生態系と多数の人々の生活に甚大な影響も及ぼす。既に中国のダム建設は、メコンの生態系と夥しい数の住民に甚大な損害をもたらしている。

 三峡ダムのような国際的関心は引いていないが、昨年8月、中国メディアによりこの計画が広く知らされると、環境運動はもちろん、政府内部でさえ疑問、批判が吹き出ることになった。しかし、急速な経済成長を続けるにはエネルギー確保が不可欠だ。いまもエネルギー不足は深刻で、経済成長の足枷となっている。しかし、温暖化ガス排出削減が強く要求される国際社会は、石炭発電の増強を許さない。クリーンな水力発電開発は非常に魅力的な選択だ。省の担当官は、この計画は国のエネルギー確保に貢献するとともに、貧しい人々に観光開発を通して職と収入をもたらすと説明する。とかく環境を軽視、経済成長促進を最優先してきた中央政府が、いずれこの計画を承認すると見られていた。

 この状況のなかでの首相の指示は環境運動家を驚かせている。彼らは、中国は世界で最も汚染された国と見られているが、この動きは中国政府の環境尊重への傾斜が強まっていることを反映するものかと希望を膨らませている。計画への反対を助けてきた雲南大学のHe Daming教授は、「首相自身が計画停止の指示を送ったというニュースを聞いて大変驚いた。このようなことが以前に起きたとは聞いたことがないと思う」と言う。環境運動家は、計画はまだ進むだろうし、最初のダムは今年着工の予定となっていると用心深い。しかし、首相は、特にこれまで無視されたきた保全論者を含むより多くの意見、見解を聞くことを望んでいる、「少なくとも我々の指導者が経済だけでなく、環境と社会開発に気遣うというシグナルを送るものと考える。これは川が救われる一縷の希望を与える」と言う。

 首相の指示を掲載した香港紙は、3月の全人代の会合では、多数の代表が計画中止を求める書簡を中央政府に書き送ったと報じている。この情報がいくつかの新聞に流れたことは、政府が首相の決定を公にすることを望んでいることを示唆するものではないかという。同紙に送られた首相の書簡は、「我々は社会に高度な不安を引き起こし、環境保護サイドが同意しないこのような大規模水力発電計画については、慎重に考慮し、科学的決定をするべきである」と述べている。

 高度な社会不安、人命の危機さえも一顧だにせず、断固わが道を行くどこかの首相とは大違いの姿勢だ。

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 Dam Building Thereatens China's 'Grand Canyon',The New York Times,04.3.10

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