農業情報研究所

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知的所有権:炭そ菌テロ=国家的緊急事態、エイズ=?

2001.10.23

 米国とカナダでは、炭そ菌テロという「国家的緊急事態」を理由にコピー商品排除をめざすWTO協定(TRIP)を無視、独バイエル社が特許権をもつ炭そ病治療薬「シプロ」のコピー薬を購入しようとする動きが出ている。しかし、米国は、製薬会社の承認なしに廉価なエイズ治療コピー薬の製造・輸入を認めるように求めるアフリカ諸国等と厳しく対立してきた。10月22日付けの英「ファイナンシャル・タイムズ」紙の社説(Patent abuse,Financial Times,01.10.22,p.12)は、西側諸国政府は発展途上国における製薬企業の特許権保護を支持しながら、炭そ菌では特許権尊重を忘れているとこの矛盾をつき、米加はバイエルに対して適切な補償をしなければならない、企業は貧しい国では先進国の助けで薬価を下げるべきだが、先進国は新薬開発のための研究の継続を望むならば特許権を保護しなければならないと主張している。

 WTO協定は、「国家的緊急事態」に際しては「補償」を前提にコピー薬を認めている。ただし、「国家的緊急事態」の定義は定かでない。しかし、炭そ菌感染が「国家的緊急事態」であるならば、アフリカ諸国に見られる大量のエイズ感染はそうした事態以上のものであれ、それ以下ではない。先月、米国の国連食糧農業機関(FAO)使節・ジョージ・マクガバンは、南ア・ヨハネスブルグで、エイズはアフリカ諸国の食糧安全保障への最大の脅威であり、9月11日に米国で起きた攻撃で奪われた以上の生命を奪う「テロリズム」だと語っている(FAO Official Says AIDS Poses Biggest Threat to Food Security,allafrica.com,01.9.21)。しかも、これらの国に「補償」能力があるはずもない。

 エイズはいまや南アフリカの死因のトップに踊り出ており、先月発表された報告によれば、昨年の大人の死因の40%、子供の死因の25%がエイズに関連しており、適切な予防策が講じられなければ、2010年までの南アフリカのエイズ死者は400万から700万にのぼるとされている(Financial Times,01.9.18,p.10,Report Finds That AIDS is the Leading Cause of Death,allafrica.com,01.9.17)。それは、アフリカ社会の存立基盤そのものを掘り崩しつつある。

 まず、それは食糧安全保障への深刻な脅威を生み出している。エイズは、農業労働者を奪うことで食糧供給に深刻な打撃を与える。今年6月のFAOの発表によれば(FAO Press releases 01/42:Aids is Spreading to Rural Areas and Increasing the Number of Hungry Peaple,New York,25 June)、最もエイズ禍が深刻なアフリカ25ヵ国で、1985年以来700万人の農業労働者がエイズ死し、2020年までにはこの数が1600万人に増えるだろうという。それだけではない。それは患者家族の貧困化から食糧購買能力を奪う。国レベルでの食糧輸入能力も低下させる。

 高度な教育を受けた公務員の罹患が増え、社会的サービスの「生産性」が低下しつつある(Productivity Drops As AIDS Takes Its Toll in Civil Service,allafrica.com,01.8.29)。南アフリカでは労働力の4分の1がエイズに感染し、生産性低下のために外国企業の投資意欲が減退している(Invstors in South Africa 'bewildered by action on Aids',Financial Times,01.9.12,p.9)。同じく南アフリカでは、毎年2万5千人がエイズで死に、既におよそ42万人の子供が孤児となり、何の社会的庇護も受けられず放置されている(Children Head Families Hit Hard By AIDS,allafrica.com,01.9.17)。その子供の世話をすべき教師35万人のうち、昨年は1800人がエイズ関連死をした。孤児の数は、2012年には250万人に達すると予想される(1,800 Teachers Died of HIV/Aids Last Year,allafrica.com,01.10.8)。

 先のマクガバンによれば、「それはあらゆる方向から人々を殺戮する迷走貨物列車のようなものだ」。

 来月、カタール・ドーハで開かれ、WTO貿易交渉新ラウンドの開始を告げる(はずの)閣僚会合で、発展途上国グループは重要な医療政策がWTO協定に規制されないとする宣言の採択を要求するであろう。米国(そして日本)はどう応えるのであろうか。

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