農業情報研究所(WAPIC)グローバリゼーションWTO・多角的関係ハイライト:2001年12月18日

自由化に逆行する米国ファスト・トラック法と新農業法、新たな貿易交渉は失敗の恐れ

 11月14日、カタール・ドーハでの世界貿易機関(WTO)の閣僚会議は、発展途上国の激しい抵抗を抑えて新たな多角的貿易交渉の開始を宣言した。それから1カ月も経たない間に、交渉は確実に失敗に終わるだろうと予測させる事態が起きている。貿易自由化の流れに逆行する米国の「ファスト・トラック」法の下院での採択と農業生産者に巨額の作物補助金を支出する2002年農業法の採択に向けた動きである。

 ファスト・トラック法

 ファスト・トラック法とは米国議会が政府に対して通商交渉権限を与えるもので、交渉結果については議会が一括して承認することになる。米国の通商交渉権限は憲法により議会にしかなく、ファスト・トラック法なしには政府はいかなる交渉もできない。今回のファスト・トラック法は、新たな多角的交渉や米州自由貿易圏(FTAA米国が「民主制」国家とは認めないキューバを除く北米・中南米諸国全体で構成する自由貿易圏で、今年4月22日、米州サミット宣言に2005年1月1日までに交渉を完了し、遅くとも同年12月までの発効をめざすことが盛り込まれた設立交渉の前提条件をなすものである。

 しかし、議会は無条件に交渉権限を与えるわけではない。議会は国内の様々な圧力団体の利害を交渉結果に反映させようとし、それが実現できないような交渉には権限を与えないし、その意向に反する交渉結果は一括して拒否することもあり得る。とりわけ、自由化が国内の労働・環境に与える悪影響を恐れる民主党は、交渉事項に「労働と貿易」・「環境と貿易」が含まれないかぎり(与党・共和党はこれに反対)、授権に反対する姿勢を貫いている。共和党議員のなかにも、地元産業の利益のために保護主義を標榜する議員は多い。これら議員を取り込むために、ブッシュ大統領は懸命に説得を続けた。政府は、鉄鋼・繊維・農業の利害を代表する保護主義的議員の支持を求めて譲歩に譲歩を重ね、12月7日、215対214の1票差で漸く下院での採決に漕ぎつけた。その結果、「貿易促進権限法」というこの法律の正式名称とは似てもつかぬ法律が成立することになったのである。それは、とりわけ、ドーハで懐柔に成功した発展途上国には受け入れられないものである。

 強力な鉄鋼州議員の支持を取り付けるために、鉄鋼輸入を一時的に制限することを約束し、国際貿易委員会(ITC)は4年間にわたり40%までの関税を課すことを勧告した。多くは自由貿易派ではない51人の鉄鋼州を代表する共和党議員のうち、ファスト・トラックに反対したのは6人だけであった。

 繊維については、インドやパキスタンなど発展途上国の高率関税引き下げ交渉に「相互主義的アクセス」を約束し、それでも足りないとなると、昨年カリブやサブ・サハラアフリカの諸国に与えた特恵を取り下げることにまで合意してしまった。

 農業については、FTAAが設立されればブラジルやラテン・アメリカ諸国との競争により存続が難しくなるフロリダ柑橘農家の利益を代表する議員に対し、関税引き下げに「ハードル」を設けることを約束した。関税引き下げに関して議会との特別協議手続を設けるというのである。関税引き下げ交渉は議会によって手を縛られることになる。この手続の対象品目は、当初、フロリダ選出議員にとっての「センシティブ」な品目である砂糖・果実・野菜に限られていたが、出来上がった法案では、酪農品、生鮮果実とジュース、野菜、油料種子、砂糖、チョコレート、タバコ、ワイン、棉等々200以上の品目に拡大された。ブラジルは、こうした条項が変わらないならばFTAA交渉は危機に陥ると早速表明した。

 新農業法

 5年前、1996年農業法は、農業への市場原理の再導入をめざし、過渡期の固定支払いを経て1930年代以来の農家助成計画を廃止することを定めた。しかし、1998年、アジア金融危機に続き、米国の農産物輸出は急減し、価格が急落した。このために、議会は、この3年間、「緊急援助」と称して巨額の作物補助金の支払いを承認してきた。この補助金に対する内外の批判が高まっている。

 内では、こうした援助は本当に援助を必要とする「家族」農家に行き渡らず専ら巨大農場を潤している、過剰生産を促し、市場の低迷を永続化しているといった批判が渦巻いている。情報公開制度により得られた最近の環境保護団体のデータによれば、過去5年間にたった1290の農場が平均100万ドル以上を受け取っており、この中にはフォーチュン500企業のうちの11企業も含まれる。これに対して、下から80%までの平均的農場は5830ドルを受け取ったにすぎない。こうした補助金の増加は、補助金削減に関するWTOのルール違反を招く恐れがあるという指摘も現れている。外からは、特にオーストラリアが、こうした補助金は市場・貿易歪曲的と批判を強めている。ブラジルは、かねて、米国が巨額の農業補助金を廃止し、アンチ・ダンピング制度を改めねばFTAA交渉に入らないと脅しをかけてきた。

 米国農務省も市場志向的な21世紀農業をめざし、こうした補助金の支払いを「家族農場」と環境保全プログラムにシフトさせねばならないと主張している。ホワイト・ハウスも同様な志向をもっている。

 しかし、96年農業法が期限切れを迎えるために制定されねばならない2002年農業法を審議してきた下院は、10月5日、新農業法案を採択した。これは、この先10年間の農業プログラムに対して1700億ドルの支出を承認し、その配分を定めるものであるが、政府の意向に真正面から対立するものであった。それは、相変わらず、コーンや小麦や棉などの伝統的な原料作物の大規模生産者に補助金の「シャワー」を浴び続けようとするものであった。政府は、この法案は余りに高くつき、貿易ルールに反する可能性もあり、大量の作物補助金は価格をさらに低下させる過剰を生むと批判した。当初は環境保全へのシフトを目指した上院委員会も、11月15日、南部民主党議員の圧力に押されて、結局は大同小異の委員会案を承認した。この法案には、生産に基づく生産者への直接支払いや補助付きローンに加え、価格と政府が設定する目標価格との差を埋め合わす新たな「カウンター・サイクル」補助金も含まれる。96年以前以前への逆戻りである。

 その後米国を訪れたオーストラリア農相は、新農業法は「米国の農業補助のメンタリティを固める。米国は農民が所得の半分まで納税者に依存する状況にまで退歩してしまった」と批判した。他方、多額の農業補助金支出で世界中の批判の的となってきたEUは、この新農業法が通れば批判の鉾先をかわしやすくなる。そうなれば、発展途上国の新ラウンドへの反発はますます強まろう。

 両法案とも、未だ最終的な採択に至っていない。しかし、議会の構成を考えると、保護主義的なバージョンが大きく修正されるとは考え難い。新たな貿易交渉は「貿易促進」どころか、障壁強化をめざす米国の動きに振り回されて、結局は失敗に帰するのではなかろうか。