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イラク戦争間近、米国の「単独主義」にWTO官僚・大使が懸念

農業情報研究所(WAPIC)

03.3.18

 17日付の「ニューヨーク・タイムズ」紙は、普段は閉鎖的でクラブ的な世界に閉じこもっている世界貿易機関(WTO)の外交使節や公職者が米国のユニラテラリズム(単独主義、一方的外交)に対する懸念を表明していると報じている(U.S. Unilateralism Worries Trade Officials,The New York Times,03.3.17)。

 彼らは、米国のWTO内での動き、そしてイラク戦争に向けての動きが国際ルール軽視への動きを強め、深刻な経済的帰結につながることを恐れているという。過去数ヵ月の間、米国は貿易ルール違反の例を積み上げるとともに、世界の最貧国に医薬品を提供するための協定を単独で阻止してきた。これは、閉じられたドアの中で労を惜しまずコンセンサスを築くこの機関では滅多にないことだ。

 同紙によれば、スパチャイWTO事務局長は、会見で、世界が貿易の退潮、石油価格の上昇、輸送と保険のコストの増大に組み打とうとしているときに、戦争は破滅的な影響を与える可能性があり、「私は戦慄を感じる」と述べたという。彼は、何が起ころうとも、米国が多国間での解決を維持することを望んでいる。このような懸念の微妙な表明は、いくつかの米国の最強の同盟者からも繰り返された。彼らは、一超大国が従うべきルールを勝手に選択しているように見えれば、すべての国際制度が信頼を失うことになると言う。

 同紙は、各国のWTO使節の発言を次々と紹介している。

 EUのWTO常任代表であるカルロ・トロージャンは、普通は国連の傘下でなければ戦争には進めないが、米国人は単独でそうしようとしており、WTOでもそうだと言う。EU官僚は、米国の貿易ルール違反に大声で不服を述べてきた。中でも最大の裁決は、外国販売企業を通じた米国輸出者に免税を許す米国の制度はWTOルールに反するというもので、EUは、これによって40億ドルの制裁の権利を勝ち取った。EU官僚は、こうした補助金を禁止する新たな法律を議会が承認するのを待ちきれなくなった、月末までに宝石・スポーツ用品・農産物などの品目に100%関税を課すかもしれないと言っている。

 単独主義的傾向の最も目立った例は、貿易ルールの免除を通して貧困国がコピー薬を購入することを許す協定の調印を、米国が最後の瞬間に拒否したことである。途上国は、エイズ・結核・マラリアなどの病気と戦うために、この協定に希望をかけている。しかし、米国医薬品産業の強力な圧力下にある米国は、すべての国が持ち、協定を破壊する拒否権を行使した。これは、途上国を助けることに目標を集中する現在の貿易交渉ラウンドの予定表をひっくり返してしまった。最初の戦いに敗れたスパチャイ事務局長は、これはまったく遺憾なことで、この協定は、我々が貿易協定だけではなく、人道にかかわる協定を交渉しているのだという強力なメッセージを送ることになるはずのものであったと言う。

 外交官たちは、EUが医薬品産業に立ち向かおうとしているのには驚いているが、米国はそうしなかったと語る。カナダのWTO常任代表・セルジオ・マーチは、米国の立場は多数の人命を危機にさらすだけでなく、機関そのものを脅かすと言う。彼によれば、多国間組織の構成員であるならば、国の政策を100%貫くことはできない、そんなことをすれば、国際機関などあり得ない。貿易官僚たちは、昨年、ブッシュ大統領が鉄鋼関税を課し、農業補助金の劇的な増加を承認して以来、米国が一層自由な貿易に向けての動きをリードするという役割を考え直しているのではないかと疑っている。ミネアポリスに本拠を置くNPO・農業・貿易研究所の代表・シェファリ・シャルマは、WTOはトレード・オフを前提とする機関であり、「以前はEUが最大のならずものであったが、米国はEUの見栄えを良くしている」と言う。

 こうした米国の約束をめぐる嫌疑は、外国投資が急減したなかで生じている。2001年には、国際貿易も20年来初めて縮小した。世界の経済見通しは灰色である。スパチャイ事務局長は、この機関の信頼性は一国がルールを遵守する程度にのみかかっていると語ったという。

 しかしながら、米国の単独主義に対するこのような懸念の異例の表明も、現在の米国はまったく聞く耳を持たないようである。最近、米国議会には、WTOが米国の利益を実現しないならば、WTO脱退もあり得ると脅しをかける議員も現われている(米国、「WTO脱退を考えるべきである」03.2)。世界は米国の「ユニラテラリズム」を妨げる手段を失ってしまったようだ。米国式「デモクラシー」の世界への強要、自国の安全保障を脅かすテロとの戦い、自国の経済的利益の護持のみが今の米国の心を支配している。WTOの貿易自由化交渉を促進すると矢次早に始め、また始めようとしている地域貿易協定交渉−チリ(交渉妥結)、米州自由貿易協定(FTAA)、中米諸国、オーストラリア、モロッコ、南部アフリカ関税同盟、エジプト、バーレーン等−の狙いも、すべてこれに集約される。

 ブッシュ米国大統領は、18日10時(米国東部時間17日午後8時)、イラクのフセイン大統領が48時間以内に亡命しない限り、国連の同意なしで、同盟国とともに武力行使に踏み切ることを宣言した(As Diplomatic Effort Ends, Terror Alert Level Is Raised for U.S.The New York Times,03.3.17)。米国は、地球の救世主なのか、それとも・・・。