農業情報研究所

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WTO、エイズ薬等コピー薬輸出に合意、カンクンの運命?

農業情報研究所(WAPIC)

03.9.2

 8月31日、WTO一般理事会が、国際特許ルールの例外として、エイズ・結核・マラリアなどの薬の製造能力をもたない途上国に特許薬品のコピー薬を輸出することを許す協定を採択した(WTO News)。期限とされた昨年末の合意が製薬企業の利益を慮る米国政府により阻まれ、ドーハ開発ラウンド全体の破産につながりかねない重要問題となってきたが、カンクンWTO閣僚会合を直前に控え、遂に米国が合意に踏み切ったものである。

 現在のWTO・知的所有権の貿易関連側面(TRIPs)協定の下でも、インド・ブラジルなど一定の途上国は「強制ライセンス」制度によって、これら特許薬のコピー薬製造を行なうことが可能にされている(1995年1月から)。しかし、この制度の下では、このようなコピー薬の輸出は許されない。そのために、これらの薬を最も必要としながら製造能力を欠く多くの貧しい途上国は、高価な特許薬に頼るほかなく、致死的病気との戦いが著しく困難になっている。従って、これらの国への安価な薬の供給を可能にする協定は、目下のWTO貿易交渉を「開発ラウンド」とするという先進国の約束の信頼性を占う「試金石」とされてきた。しかし、これが許されれは、コピー薬が世界中に溢れ出し、多額の開発投資の回収もできなくなる、このような製薬企業の訴えを取り上げた米国政府により、合意が阻まれてきたのである。

 今回合意された協定は、昨年12月の合意案と基本的に変わるところはない。ただ、先進諸国は、新たなルールの下でコピー薬を輸入しないことに合意、韓国・メキシコなど、比較的豊かな11途上国も、緊急事態の場合以外は輸入しないことに合意した。これにより、製薬企業の懸念が取り払われたことになる。ただし、このような例外規定の利用には厳しい条件が課され、手続の負担も軽くはないから、結局、協定は機能しないだろうという批判も強い。輸入国は、何故他の国から輸入する必要があるのかWTOに通報せねばならず、これは高い費用と長い時間を要する紛争に発展する恐れがある。コピー薬は、特許品と区別できるように、サイズ、形、包装も変えねばならないから、その製造コストはかさみ、製造企業が輸入国との契約を拒む可能性もある。

 このような問題に加え、農業・非農産品自由化、投資などいわゆる「シンガポール・イシュー」をめぐる先進国・途上国の対立は和らぐどころか、深まっている趣がある。今回の合意が交渉全体の前進を促す要因になるとは考え難い。カンクン会合は、うまくいって交渉の継続と今後の交渉の進め方を決める場にしかならないだろう。その場合、交渉終結期限は、ドーハで決めた2005年1月から大幅に遅れることになる。多分、米国政府が交渉権限を最大限延ばし得る2007年末が期限となる可能性がある。2006年には、EUの共通農業政策(CAP)の本格見直しも始動するはずである。最悪の場合には、途上国がドーハ「開発」ラウンドの名に値しないと、交渉を蹴飛ばし、ラウンドが破滅する。