農業自由化は少数輸出国と一部先進国消費者を利するのみー欧州委が最近の諸研究を鳥瞰

農業情報研究所(WAPIC)

06.6.24

 欧州委員会が23日、ドーハ・ラウンドの世界、特に途上国への経済的影響に関する最近の諸研究の結果を鳥瞰するメモランダムを発表した。それによると、これらの研究は、農業自由化からの利得の分配は不均等で、ごく少数の競争力ある輸出国と農業貿易を自由化する先進国の消費者を利することを示唆している。また、すべての研究は、サービス分野における市場機会の拡大と貿易円滑化の利益が最も大きくなり得ることを示しているという。

 これらの研究には、世銀のアンダーソンとマーチンの研究 、カーネギー・インスティチュートのポラスキーの研究、パーデュー大学のハーテルとキーニーの研究(1)、パリの主導的国際経済研究所・CEPIIの研究、コペンハーゲン・エコノミックス、米国のIFPRI(国際食料政策研究所)の研究(3)、スウェーデン国家貿易ボードの研究、オーストラリア生産性委員会の研究 (5)が含まれる。

 European Commission,Doha Round: some recent economic analysis,6.23.

 欧州委員会は、これらの研究の結果を次のように要約している

 サービス貿易と貿易円滑化の利得

  すべての研究は、サービスまたは貿易円滑化(通関手続の簡素化や輸出入規則に関する情報取得を容易にすることなどによる貿易コストの削減)に関連した経済的利益が最も大きくなる可能性を示している。

 例えば、CEPIIの研究では、世界の所得増加への寄与率は農業が25%、工業製品が32%であるのに対し、サービスは43%になる。また、オーストラリア生産性委員会の研究では、農業自由化、工業製品自由化、サービスの自由化からの世界の利得は、それぞれ500億ドル、800億ドル、1300億ドルになる。

 貿易円滑化を考慮に入れると、全体的経済利得は倍以上になる。例えば、サブサハラ・アフリカでは、貿易円滑化に関連した利得は、この地域への公的開発援助(ODA、年に約200億ドル)の倍に等しくなり得る。

 商品貿易自由化の利得

 商品だけに限れば、最大の利得は工業製品の関税削減から生じる(カーネギー・インスティチュート、スウェーデン国家貿易ボード、CEPII等の研究)。CEPIIの研究によると、農業からの利得は40%で、工業からの利得が60%になる。工業製品の実質的関税削減の利得は、先進国よりも途上国の方が相対的に大きい。

 世銀の研究では、農業自由化(国内助成や輸出補助の削減を含む)が所得の利得の3分の2を提供し得るという極端な結果が出ているが、これは大いに異論があり得る一連の仮定とパラメーターから生じたものである。例えば、途上国の農産物関税の削減率は工業製品関税の削減率よりも10倍も大きいと仮定されている。さらに、すべての作物がすべての土壌で栽培できると仮定されているが、これは大部分の農業生産について非現実的であり、また新たな耕地はコストゼロで利用できる。

 農業自由化からの途上国の利得の分配

 CEPIIの研究では、[一部途上国が主張するような]農業自由化に限定されたラウンドは、一部の国では大きな利得が期待されるものの、全体的には途上国に有利とは言えない。この研究は、農業に限定しての自由化がもたらす影響が国によって非常に異なることを示している。利得があるのは、農業貿易を自由化する先進輸入国(欧州自由貿易圏=EFTA、韓国、台湾、そしてより少ない程度においてEU)と、ごく僅かな競争力ある輸出国(オーストラリア、ニュージーランド、ブラジル、アルゼンチン、タイ)に限定される。

 最貧国の利得

 最貧国の利得は多くの要因により限定されている。

 第一に、現在は一部先進国がこれらの国に与えている特恵的アクセスが全般的貿易自由化により浸食される。

 第二に、これらの国は基礎食料品の純輸入国であり、貿易自由化はそれらの価格上昇につながる。同時に、これらの国は熱帯産品の純輸出国であり、これは既に高度に自由化されているためにラウンドの大きな影響は受けない。

 第三に、これらの国は、ドーハ・fラウンドでいかなる関税削減約束も要求されない。CEPIIやその他の研究は、関税収入が国の歳入の大部分を占めているから、これらの国が関税削減を約束しないと仮定している。とはいえ、これらの研究は、これらの国は自身の自由化から得られる効率性と生産性の利得のために、多少の関税削減はするべきだと結論している。

 これらの国がラウンドから利益を得る主な方法は、貿易円滑化か、多少の関税削減であろう。しかし、後発途上国(LDCs)に完全な(2005年12月に香港で合意された97%の代わりに)無税・無割当アクセスが提供されるならば、これらの国のラウンドへのかかわり方に大きな変化が生まれるだろう。

 IFPRIの研究によると、無税・無割当アクセスがLDCsの輸出品目のすべてに適用されれば、97%の品目に適用される場合の10億ドルの利得が80億ドルにまで増える。

 それにしても、欧州委員会はなぜ今の時点でこのようなメモランダムを発表したのだろうか。それについては何も言わない。しかし、農業自由化はほどほどにとどめ、とりわけブラジル、インド等”中進”途上国等の工業製品・サービス貿易の自由化の重要性を強調する一方で、一貫してLDCs輸出品への100%自由アクセスの提供を要求してきたドーハ・ラウンドにおけるEUの立場を一層強固なものにしようとしての発表であることは間違いないだろう。

 これは、間近に迫った閣僚会合を前に、EUが従来の立場を大きく変えることはないという意思を改めて示したものと受け止めることができる。

 (1)http://siteresources.worldbank.org/INTTRADERESEARCH/Resources/Ch2AgTradeBook_HertelKeeney.pdf
 (2)http://www.cepii.fr/anglaisgraph/workpap/summaries/2006/wp06-10.htm.
   http://www.cepii.fr/anglaisgraph/workpap/summaries/2006/wp06-10.htm.
 (3)https://www.gtap.agecon.purdue.edu/resources/res_display.asp?RecordID=2004
 (4)https://www.gtap.agecon.purdue.edu/resources/res_display.asp?RecordID=2006.
 (5)Dee and Hanslow (2000): Multilateral liberalisation of services trade, Productivity Commission Staff Research Paper, Ausinfo, Canberra.

 関連情報
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