農産物輸出拡大による途上国農村の貧困軽減に疑念ー国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会

農業情報研究所(WAPIC)

05.11.9

 ドーハ・ラウンドの行き詰まりを打開すべく開かれたロンドンにおける7日の5ヵ国非公式閣僚会合は、各国の立場の大きな違いを少しも縮めることができなかった。ドーハ・ラウンドの自由化目標はスケールダウンを余儀なくされよう。その帰結はいかなるものだろうか。

 この会合に臨んだパルカル・ラミーWTO事務局長は、ロンドンとジュネーブでの3日間の濃密な交渉が低迷するドーハ・ラウンドに新たな息を吹き込むのに失敗しても、[目標をスケールダウンした]”プランB”はないと警告した。彼は、来月の香港閣僚会合で野心的成果を約束する合意に漕ぎ着けるには時間が足りない、しかし、「貿易自由化が世界中の夥しい数の貧しい人々にもたらすであろう利益のために」、このような合意に向けて”戦う価値”があると述べた。そのためには、すべての主要国・ブロックが農業補助金や農産物・工業品・サービス企業のための市場アクセスについて譲歩せねばならない」と言う。ドーハ・ラウンドのスケールダウンは途上国の貧困軽減のまたとない機会を奪うということだ。

 Lamy warns big five WTO players that time is short,The Guardian,11.8
 http://www.guardian.co.uk/wto/article/0,2763,1636635,00.html

 開発NGO・オックスファムは、「貧困国の利益となるグローバルな貿易協定の機会は急速に失われつつある」という声明を出した。それは、「豊かな国は貧困国の貿易機会の利用を助けるために一層のオファーをしなければならない、さもなくば交渉は失敗する」と言う。8日に発表されたそのレポートによると、EUと米国が提案する農業補助金の60%、70%の削減では、EUはいかなる実質削減の必要もないし、貿易歪曲的補助金を増やすことさえできる、米国についても、最善の場合で貿易歪曲的補助金の19%、40億ドルの削減にしかつながらないと、米欧に対する一層の譲歩を迫る。

 World trade deal in jeopardy, nothing on table for poor countries,Oxfam,11.8
 http://www.oxfam.org.uk/press/releases/trade_081105.htm
 

 どちらにしても、途上国の貧困軽減のためには、ドーハ・ラウンドの”野心的”成果が不可欠だという主張である。ドーハ・ラウンドは”開発”ラウンドと銘打たれているのだから、この主張には抗し難いように見える。

 しかし、これはどこまで検証に耐える主張なのだろうか。G20を主導するブラジルを含むラテン・アメリカに関して、地域の農業は輸出拡大のお陰で”満足以上の”成長を達成したが、これを祝福すべき理由はほとんどない、このような成長を達成したのはほんの僅かな国・生産物・市場に限られ、農村の貧困軽減には役立っていないという新たな報告が出た。国連地域機関・ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)の"Panorama 2005, el nuevo patrón de desarrollo de la agricultura en América Latina y el Caribe" (Outlook 2005, the new pattern of development of agriculture in Latin America and the Caribbean)という10月28日に発表された報告(スペイン語)だ。筆者はスペイン語は苦手なので、これを紹介した国際プレスサービス(IPS)によると、次のとおりだ。

 LATIN AMERICA : Only a Few Reap the Benefits of Growth in Agriculture,IPS,11.8
 http://www.ipsnews.net/news.asp?idnews=30928

 2001年以来、農業の成長率は3%、あるいはそれ以上に達し、経済活動全体の平均成長率を上回った。しかし、農業に直接従事する4300万人の大部分は貧しいままだ。1億2000万の人々が住む農村地域では、すべての子供の半分が極貧チルドレンだ。ラテンアメリカとカリブの推定9600万の極貧人口のうち、37%、4500万が農村地域で暮らしている。

 地域の農産物輸出は増加したが、農村人口は減り続けている。農村人口の比率は、1970年の42.6%から2001年の24.2%に落ち込んだ。2010年には20.5%、2020年には18.1%に減ると予想される。

 果実、大豆、牛肉、鶏肉、豚肉のような海外に販売される少数の生産物が地域の生産構造を支配している。新たな成長パターンは、それが少数の国、少数の生産者、少数の市場に集中した少数の産品に依拠しているために、脆さを生み出している。地域の国々は国内市場向け食品よりも輸出産品を生産しており、国内人口を養い、社会的条件を改善することよりも、輸出収入を増やすことを優先している。

 農業は地域の国内総生産の8%を占め、農業に当てられる8億haの土地の80%が家畜飼育のために用いれられている。地域の農業が経験した近代化は、アルゼンチンやブラジルで広く見られる遺伝子組み換え大豆のような、加工レベルが低く、またハイテクを利用した産品に集中している。収量増加を見たその他の産品はサトウキビ、小麦、果実や生鮮品である。畜産、特に牛肉生産でも大きな改良があった。しかし、輸出に依拠する開発モデルには問題がある。

 2000年から2004年の間に、一次・加工農産物の輸出価額は全体の輸出価額よりも急速に伸びた。この成長は、地域の外と一般的には自由貿易協定または特恵協定を持たない中国のような新興貿易相手への販売によるものだった。地域の一活動家は、「先進国に対する農業補助金削減の要求が通れば、地域は一層多くの輸出農産物を生産することになる」、これは社会的便益が限られた現在の農業生産モデルを一層強化することになると言う。

 報告は、特に若い層の農村からの移住が継続、農村地域は人的資源を失い、高齢化が進むとも注意している。

 先進国の農業補助金の削減や関税削減が途上国の貧困を軽減するという主張は鵜呑みにはできない。少なくとも疑ってみる必要はある。

 同時に、このような少数の輸出品目に特化した農業モデルは非常な脆さを抱えている。ますます頻発することになるだろう大規模な気象災害、病虫害による打撃は、農産物輸出収入に大きく依存する国の経済自体にも大きな損害をもたらしかねない。ブラジルでは最近、牛口蹄疫 が勃発、50ヵ国近い国がブラジルからの牛肉・豚肉輸入を停止した。鳥インフルエンザも世界的蔓延の兆しを見せている。ラテンアメリカも例外ではない。大部分の輸出産品が輸出できなくなる恐れがある。そうなれば、貿易自由化で得られる利益などは、たちまち吹き飛んでしまう。今は、貿易自由化を叫ぶ前になすべきことが山積している。

 ドーハ・ラウンドが失敗すればWTO自体が沈没、地域貿易協定がますます跋扈することになるという主張がある。これは別に考察すべきことだが、米国が10年にわたり熱心に求めながら停滞してきた米州貿易協定(FTAA)交渉は未だに打開の兆しが見えない。WTOでできないことは二国間でもできない。これはそれを象徴する。今以上の貿易自由化に対する疑念が世界中に広がっている。今や時代が変わりつつあると言えないだろうか。
 

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