FTA、「直接支払いで農業を護る」?、欧米は重要部門の関税撤廃には応じない

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農業情報研究所(WAPIC)

03.4.18

 日本とメキシコの自由貿易協定(FTA)が合意された。焦点の一つをなしてきた日本の農畜産物市場開放に関しては、約300の品目で関税撤廃、低率・無関税の輸入枠を設けることになった。農業者の市場開放への抵抗が強かった豚肉、鶏肉、牛肉、オレンジ果汁・生果の五品目では関税率割当を適用、発効後5年後に再協議するとされ、日本の重要品目であるコメ、小麦、主要乳製品、砂糖、温州ミカン、リンゴ、パイナップルは例外とされた。

 日本がメキシコから輸入する農水産品の関税撤廃品目は4割超、鉱工業品を含めた全体の関税撤廃比率は86%ほどという。実質すべての貿易について関税を撤廃するというFTAに関する基準がWTO法にあるわけではない。しかし、WTOでは、EUが言い出した90%以上ならよいという暗黙の了解があるようだから、これにも満たないこの協定はFTAの名に値しない。だが、WTOがこうした協定を無効する力をもたない現状では、日本の国際的評判は落ちても、強引に発効させることも不可能ではない。

 だが、このような限定的合意しかできないのであれば、今後予定されているアジア各国との協定は可能なのか、何とか協定に漕ぎつけても、実質的利益の小さな小粒な協定に留まるのではないか、このような不安の声がFTA推進論者の間に上がっている(例えば、12日付の日本経済新聞社説・「メキシコFTAの教訓、アジアに生かせ」)。一層の農産物市場開放とこれに対応するための迅速な農業改革を求める声が一段と高まってきた。日本経団連は、官邸主導のFTA推進のために首相を本部長とする「経済連携戦略本部」を設置することを提唱する一方で、農業分野の構造改革推進を求めた。

 専門家を自任する人々の声もかまびすしい。16日付の日本経済新聞「経済教室」で、小寺 彰東大教授は、タイなどとの交渉はメキシコとの交渉のようにいくまい、関税による保護が効果を失うことへの対応を考えねばならないと言う。言わずと知れた「直接支払い」による所得補償を主張する。

 彼によれば、「欧米の農業保護は農家への直接支払いによる所得保証ママ)によって行われ、水際保護は補完的な役割を果たすにすぎない。このような体制のゆえに、米国やEUは、FTAを数多く結んで農産品の関税を原則撤廃しても農業を保護できる」のだそうである。さらに、「日本がFTAを多くの国と迅速に結んでいくには、農家への直接支払いによる農業保護に転換する必要があることは、専門家の間では一致している」と断言する。直接支払いこそ「補完的」役割を演じるべきもので、関税を闇雲に撤廃して競争力の弱い部門が生き残れるはずがないと考える小生は、「専門家」の端くれに入れてもらえないようだ。

 「米国やEUは、FTAを数多く結んで農産品の関税を原則撤廃しても農業を保護できる」というのは、専門家の発言とはとても思えない。

 米国の農業競争力は強いから、FTAで関税を撤廃しても痛くも痒くもないFTA締結相手国はいくらでもある。だが、自分より競争力が強い巨大部門をもつ国もあり、こういう国との交渉は簡単にはいかないし、重要部門の開放は断固として拒絶する。米国がこれまでにFTAを結んだヨルダン、イスラエルなどは、日本にとってのシンガポール同様な国にすぎない。カナダとメキシコとの間に結んだ北米自由貿易協定では、メキシコとの間では全品目の関税撤廃を約束したが(といっても、原則10年以内というWTOの暗黙の了解を超える15年をかけて自由化する品目もあり、未だに完全に実現しているわけではない)、カナダとの間では酪農品・家禽・卵・砂糖の数量制限(ウルグアイ・ラウンドで関税率割当に移行)が残った。最近合意した中米諸国との協定では、やはり影響を恐れる国内業界の圧力で、砂糖の関税撤廃を拒否、関税率割当でごまかした。今年合意したオーストラリアとの協定では、乳製品については僅かに割当を増やすだけで、枠を越える輸入への関税率は現状のままに維持し、砂糖については現在の割当をそのまま維持するとされた。牛肉については枠を越える輸入への関税の段階的廃止まで譲ったが、それには18年という気の遠くなるような時間をかけるとした。重要品目については、「関税撤廃」など約束していない。

 米国の農産品輸入最恵国待遇関税率は平均では9.8%と低い(2002年、WTO米国貿易政策レビュー・2004年による)。だが、重要品目は関税率割当により厚く保護している。これら品目の割当外関税率は、次の表のように、「禁止的」なものさえある(タバコ=350%、ピーナツバター=132%、ピーナツ=140%)。

米国の主要関税率割当品目と枠外関税率のレベル

関税率

品目または品目数

0-10% 8品目
10-20% 6品目
20-50% 牛肉、クリーム・チーズ等乳製品11品目、砂糖・砂糖調整品等5品目、加工ワタ等3品目
50-100% アメリカタイプ・チーズ、エダムチーズ、脱脂粉乳、全粉乳、バター・バター代替品、ワタ屑
100%以上 タバコ、ピーナツバター、ピーナツ

 オーストラリアの主要関心品目は、このなかで牛肉、乳製品、砂糖であった。米国はどれも譲らなかった。国内農家の受け取り総額に占める直接支払いの比率は、乳で46%、砂糖で55%に達している(2002年の数字、OECD、「OECD諸国の農業政策、監視と評価」、2003年による)。それでも、この牛肉・酪農・砂糖大国に対して関税撤廃など、米国の選択肢にはありえなかった。米州自由貿易協定交渉が難航しているのは、まさにこれら重要品目で米国の譲歩が考えられないからであり、おまけに、ブラジル等は米国の大量国内補助=直接支払いの撤廃ないしは削減も主張している。

 EUがFTAと称するほとんどの協定は、近隣諸国や途上国との「協力」協定の一環に含まれるものである。まともなFTAと呼べるのは、メキシコ(および南アフリカとの協定)くらいのものだ。このメキシコとの協定では、EUは生きた牛、牛肉、豚肉、家禽肉、塩漬け・乾燥・スモーク肉、屑肉、酪農品、切花、穀物・同派生品、肉・魚等の調整品(ソーセージ等)、砂糖・チョコレート、トマト調整・保存品、果実加工品など、多数の基本的産品を協定外とした。メキシコの要求が強かった45品目(孵化用卵、卵黄、蜂蜜、一部切花、アスパラ、グリーンピース、メロン、冷凍イチゴ、一定の魚、さとうきび糖蜜、オレンジジュース、パイナップルジュースなど)では関税率割当を適用、枠内関税率は最恵国待遇または一般特恵関税の50%からゼロまでとした。チーズ・酒類などEU呼称産品100品目は譲許対象外とした。

 EUといえども、域内への影響が重大な品目では一歩も譲っていない。牛肉、酪農、穀物、砂糖については直接支払い制度がある。だが、これら基本品目の関税撤廃など絶対にありえない。それでは、直接支払いがあっても、域内農家は潰れてしまう。例えば、ロシアやウクライナとFTAを結び、小麦関税をゼロにしたとしよう。直接支払いによって、パリ盆地の大規模農家さえ保護することはできないだろう。まして、土地非利用型の養豚・養禽や果実・野菜農家への直接支払いなどないし、しようと思っても技術的に不可能だ。

 タイとの協定では、コメについてはタイが譲歩するとしても、砂糖、鶏肉などで譲歩することはないだろう。鶏肉についての直接支払いは聞いたことがない。砂糖は直接支払いが導入されるかもしれないが、タイとの競争で生き残れるレベルの助成はとても考えられない。競争力が違いすぎるのだ。その上、砂糖はブラジル、オーストラリア、タイなど輸出国や多くの途上国が、EU、米国、日本など国内助成による生産維持を最も強く批判して分野の一つである。ウルグアイ・ラウンド農業協定により削減対象外とされた「グリーンボックス」国内助成さえ攻撃している。

 日本がFTAを考えているアジア諸国は、ほとんどの農業部門で日本に勝る競争力をもつ。相対的に弱い部門の関税撤廃は断固拒否する米国やEUの姿勢に倣えば、日本が譲れる分野は極めて限られたものになるはずだ。日本に農業は要らない、国土が荒れ果ても自動車が売れさえすればいいとでも言うのでないかぎり、専門家も欧米の現実をしっかり認識してもらいたい。せめて、影響力のある専門家が、圧倒的影響力のある新聞やテレビで、「米国やEUは、FTAを数多く結んで農産品の関税を原則撤廃しても農業を保護できる」などと国民を欺くのはやめてもらいたいものだ。

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