FTA幻想を棄てるとき スピーディーな自由化の思惑は通じない

農業情報研究所(WAPIC)

04.11.8

 WTOの下での多角的貿易自由化ではなく、地域・ニ国間交渉を通じての自由貿易協定(FTA)による貿易自由化が世界の支配的潮流をなしてきた。多角的貿易自由化に固執してきたわが国も、この世界的潮流に乗り遅れれば海外市場で不利な競争を強いられ、わが国経済の将来にも重大な影響が及ぶという焦燥感から、一気にFTAによる貿易自由化への傾斜を強めた。シンポールと初のFTAを完成、メキシコとの協定も批准段階にある。中国と競うように東南アジア諸国とのFTA締結を急ぎ、タイ・マレーシア・フィリピンとの交渉は大詰めを向かえており、韓国との交渉も来年の妥結を目指す交渉が進んでいる。さらに、市場の将来性から見て重要度が高いブラジル・中国・インド・オーストラリアとの協定を模索する動きも出ている。

 このようなFTAへの傾斜の背後には、多角的交渉が難航するなかで、二国間交渉ならばもっとスピーディーに事が運ぶという思惑がある。これは、FTA推進論者の中心的論拠の一つをなしている。多角的交渉の難航の主因は、先進国が農産物市場の開放や農業補助金削減・撤廃を渋る一方、途上国が先進国の中心的要求である工業製品関税の削減・撤廃、投資自由化、サービス市場開放、知的財産権保護強化などに強く抵抗していることにある。先進国は、政治的・経済的力関係からして、途上国との二国間交渉ならば、このような障害はもっと簡単に取り除かれると踏んだ。それが目下のFTA交渉族生を促がしている。

 だが、大詰めを迎えたと言われる日本とタイ・マレーシア・フィリピンとの交渉でも、まったく同じ構造の障害が最後の壁となり、早期妥結に黄信号が灯っている。重要問題は多角的交渉でも、二国間交渉でも変わらない。そろそろ、二国間交渉ならば途上国と与し易いという思惑は棄てねばならないときではなかろうか。事を急げば取り返しのつかない不利な協定を押し付けられることになるという途上国の警戒心が強まり、スピードよりも中身を重視する潮流が強まっている。力ずくでFTAを強要してきた米国でさえ、思惑どおりに事は運ばないだろう。

 米州自由貿易協定(FTAA)、交渉力強める南米諸国

 米国が最大の目標とする米州自由貿易圏(FTAA)設立の交渉は、ブラジルが主導する強い抵抗で中断しているが、再選で意を強くしたブッシュ政府は、交渉妥結に向けて一段と圧力を強めるだろう。だが、南米諸国も、米国に一方的に有利な協定を拒む力を一層強めている。

 11月4日、リオ・デジャネイロに集まった南米諸国首脳は、南米国家共同体の来月の創設を決めた。この共同体には、先月自由貿易協定に調印したブラジル・アルゼンチンを中心とする南米共同市場(メルコスル)諸国とアンデス共同体諸国に加え、チリ、ガイアナ、スリナム、フランス領ガイアナも加わる。すぐにとはいかないがキューバも排除しようとはしていない。アルゼンチン、ブラジルからエクアドル、ペルー、そして先月のウルグアイに至る左派政府の拡大が、長期にわたり模索されてきたこの目標の実現に漕ぎ付けた重要な要因と見ることができる。

 この共同体の中心目標は、政治・経済・インフラ統合の促進にある。ブラジルが率いる一部諸国は、この統合が地域における米国の覇権への対抗を助け、FTAA交渉における交渉力を強めると期待している。もちろん、米国市場へのアクセス改善を急ぐ一部の国の親米姿勢は変らないだろう。ブラジルのルーラ大統領でさえ対米関係を重視、ブッシュ再選を歓迎した。だが、このような共同体の設立に合意したこと自体、ブラジルを中心とする不利な協定を拒むための団結・連帯が後退することはあり得ず、前進するであろうことを示している。

 この南米グループ会合を終えた後、ブラジルのアモリン外相は、WTO交渉は国の基本的にして主要な優先事項、FTAA交渉以上に重要だと明言した(Brazil now sees WTO negotiations as more important than FTAA,Portal da Cidadania,11.5)。補助金や他の貿易歪曲の排除という目標はWTOを通してのみ達成できる、米国の綿花補助金やEUの砂糖補助金に関する有利な裁定は、FTAAやEUとの交渉では決して獲得できないと言う。

 FTAA交渉は、昨年末のマイアミ会合の後、事実上の休止状態にある。この会合では、米国は農産物市場開放・農業補助金削減・アンチダンピングの問題をWTO交渉に委ねることをブラジルに飲ませたが、ブラジルが強硬に反対するサービス・政府調達・知的財産権などを含む「多角的・包括的協定」を放棄せざるを得ない状況となった。こうした分野の協定を飲む国は一層有利な米国市場へのアクセスを獲得し、これを拒む国の米国市場アクセスは不利に扱われるという”ツー・トラック”方式が基本的に合意された。

 アモリン外相は、歴史に照らし、米国の選挙によりFTAA交渉が前進するチャンスが増えるだろうが、ツー・トラック方式が交渉の完全な決裂を回避する唯一の方法だと言う。また、EUとメルコスルのFTAについては、目標の10月合意はならなかったが、彼は、「悪い協定よりも協定無しの方がマシだ」、良い協定に達するのに必要な細部のすべてを扱うには時間が足りなかっただけだと言う。スピードよりも中身が大事ということだ。

 交渉を急ぐほどに不利になる―タイのFTA影響検討委員会長

 タイでもFTAを急ぐ政府への批判の声が日増しに強まっている。5日付のバンコク・ポスト紙は、前商務相で、FTAの影響を検討する政府作業グループの長であるナロンチャイ博士が、交渉を急げば急ぐほど、タイにとって不利になると警告したと報じている(FTAs will expose Thai weaknesses,Bangkok Post,11.5)。彼は、FTAは競争力改善のための構造調整が必要な分野を際立たせるだろう、タイが改善を必要とする分野には、酪農、金融、農業、知的財産権関連問題が含まれると言う。

 タイ政府は、米国、日本、インド、中国、バーレーンとのFTAを交渉中であり、第一号のオーストラリアとの協定は、来年発効する見通しだ。

 だが、例えば酪農農民は、米国・ヨーロッパ・オーストラリア・ニュージーランドからの輸入粉乳と競争するためには、牛乳生産費を、現在の1キロ当たり11バーツから8バーツに下げる必要がある。牛飼育は、効率改善と廃棄物減らしのために、農協と屠畜場も併せて改善する必要がある。農業部門では、野菜農民が競争力を改善する必要があるが、大部分は広範に分散した小規模農家だから、改善計画の実施にも非常な困難がある。タイの野菜は中国の野菜とはまったくもって競争できない。東南アジア諸国連合(ASEAN)−中国FTAの下での自由化前倒し実施は、野菜農家の弱点を露呈させた。彼は、ゾーニング計画を策定、栽培される野菜の種類を選別し、関係野菜部門を支援する計画を実施する強力な政治的意志が必要だと言う。

 さらに、政府は、低コスト品の流入から保護するための工業・環境基準の実施を考えるべきで、輸入農産物の化学物質・肥料使用に関する基準も課すべきだと言う。

 知的財産権については、タイは法的基盤・知識・人的資源に関して米国にはるかに劣るが、米国とのFTAは改革の促進を助けるだろう。しかし、ナロンチャイ博士は、米国が許す調整のための猶予期間がどれほどになるかは不確定、米国とシンガポール、チリとの協定では3年だが、タイでは5年でも不十分だと言う。一つの可能性は、途上国が公衆及び緊急の利用のための薬品を生産することに寛大になると期待される(製薬企業は反対するだろうが)WTOの下でのドーハ・アジェンダを利用することだが、「不幸なことに、我々は多角的交渉よりも二国間FTAに大部分の資源(要員)を注いでいる」。

 投資・金融市場の自由化に関しては、何が含まれるかではなく、何が除外されるかが交渉で特定される米国が使用する「ネガティブ・リスト」方式が、こfれらに関する交渉を一層難しくしている。この部門の幅広さと深さを考えると、どんな活動をネガティブ・リストに掲げるかは難しすぎ、実際上、不可能だ。彼は、ブッシュ再選により、タイ−米国FTAは来年末に妥結する可能性も生まれたが、スピーディーな協定はタイのにとって最善の利益とはならないかもしれない、「交渉が速まれば速まるほど、とくに金融と銀行業を含むサービス部門で、タイにとっての不利益が増える」と言う。 

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 わが国に東南アジア諸国とのFTAを急がせる最大の要因は、先行する中国とASEAN諸国のFTA締結の動きである。だが、先頃合意された中国・ASEAN協定でも、自動車部品やコメ・砂糖などは、”重要部門”として関税撤廃の対象から外されそうだ。サービス・投資に関する交渉は今後の課題だ(中国・ASEAN、2010年までの関税撤廃に合意 自動車部品・繊維・コメ・砂糖は例外?,04.10.28)。インドネシアが提出した自由化を免除される”重要部門”(総計3,900の関税分類による)のリストに至っては、自動車・電子・これら部品、一部繊維・化学を含む348門が含まれる。そして、”最重要部門”には、コメ、砂糖、大豆、トウモロコシ、その他基礎食料品を含む50種が含まれる(RI to protect 398 categories of goods in ASEAN-China FTA,The Jakarta Post,11.1)。

 日本は自動車・同部品産業の開放や投資自由化を最優先しており、産業界が期待するFTAのメリットの大部分はそこから来る。だが、先行する中国−ASEAN協定で不可能なことが、日本との協定で可能になるはずがない。今日の日経社説は、大詰めを迎えたASEAN諸国とのFTA交渉だが、決着を急ぐあまり、「内容が薄い協定が乱造される結果に陥りかねない」、「フィリピンは自国の鉄鋼や自動車の関税撤廃の時期を先送りする構えだ。日本企業にとって重要な投資ルールの整備、突っ込んだ交渉を断念する可能性もある」などと警告、「日本が腹をくくり、大胆な開放策を示さない限り、アジアの国々からの柔軟性を引き出すことは到底できない」できないと、首相に檄を飛ばしている。だが、日本に限らず、どこの国でも、できないものはできない。それで不満なら、FTAなどあっさり断念するか、別の機会を待つことだ。