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ブッシュ大統領、米国−中東自由貿易圏を提唱

農業情報研究所(WAPIC)

03.5.10

 5月9日、米国ブッシュ大統領は、イラク戦争後の中東安定化政策の一環として、2013年までの米国−中東自由貿易圏創設を提案した。彼の目論見は、サウス・カロライナ大学の1,200人の卒業生を前にした演説で明らかにされた。彼は、過去2年の間の二つのムスリム国での米国主導の戦争で疎外されたアラブ世界への米国のコミットメントの象徴として、またグローバリゼーションの埒外に置かれ、テロに引き裂かれた地域に安定をもたらす手段として、中東諸国との自由貿易協定(FTA)を促進すると語る(President Bush Presses for Peace in the Middle East)。その究極目的は国際テロからの米国の安全保障の確保である。彼によれば、「この地域の苦しみは、わが国の都市を苦しませる暴力をもたらす恐れがある」、「中東における自由と平和の前進はこの苦しみを洗い流し、我々自身の安全保障を強化する」、「自由と貿易は貧困を打ち破るのを助ける」。彼は、「自由市場と公正な法」が「繁栄と自由」の基礎であり、FTAを通じて地域の経済と政治の改革を迫り、確保することが自国の安全保障を強化すると信じているのである。

 もちろん、これは一朝にして成る構想ではない。大統領提案(Fact Sheet:Proposed Middle East Initiatives)は、米国が次のような一連のステップを踏むとしている。

 ・WTO未加盟の改革を進める国がWTOに加盟するのを助ける。

 ・貿易・投資制度の改善を決意した政府と二国間投資条約及び貿易・投資枠組協定を交渉する。

 ・今年末までにモロッコとのFTA交渉を完結する。

 ・議会と協議して、高度の基準と包括的な自由貿易協定を約束する政府と新たな二国間FTAを始動させる。

 ・諸国が世界貿易システムへの統合から利益を得られるように、貿易能力建設支援を提供する。

 このようなプロセスの促進のために、地域のパートナーとは次のような協力を行なうという。

 ・中小企業の資本へのアクセスを助け、職を創出するための中東金融ファシリティーの設立、

 ・商慣行の改革、貿易・投資環境の改善、米国と中東の法スクールと法律家が協力しての新たなイニシアティブ及び企業どうしの接触を通しての所有権の強化、

 ・公的財政金融の透明性の促進、腐敗との戦いの支援、国際的な最善の慣行に基づく金融部門改革の支援。

 さらに、教育面(特に大きな不利益に直面している婦人の教育)の改善、司法の改善も提案している。

 米国は、市場志向的・法的改革を受け入れる準備ができた国(卒業候補国)から、順次、二国間交渉を開始、最終的に中東諸国全体との自由貿易圏を目指すことになる。米国は、アラブ諸国とのFTAとしてヨルダンと協定(2001年発効)をもつだけだあったが、今年1月には、今年中の決着を目指してモロッコとのFTA締結交渉を開始した。来年早期には、エジプト、バーレーンとの交渉も開始する予定である。これらの交渉がブッシュ構想の行方を占う鍵を提供することになろう。米国通商代表・ロバート・ゼーリックは、ファイナンシャル・タイムズ紙とのインタビューで、エジプト、バーレーンとの協定は、ブッシュ大統領が提案した中東自由貿易圏に向けての決定的に重要な最初のステップになると語ったという(US to open talks on trade reforms in Middle East,Financial Times,5.10,p.1)。同紙によれば、彼は、「エジプトは、何世紀もの間、アラブ世界の心臓と見られてきた。従って、エジプトのプロセスを前進させることができれば、特別の利点がある」と語る。

 しかし、事が思惑どおりに進むかどうか、懐疑論も多い。ワシントン・ポスト紙は、世銀その他の開発専門家が証言するように、中東は、それを世界経済の主流に引き入れようとする努力を受け入れなかったことははっきりしているという。ごく少数の例外を除き、アラブ諸国経済は、大量の失業、特にテロと反米感情を醸成する不満の源泉である若者の失業を抱えている。中東FTA構想の発表にあたり、米国とのFTAは、ヨルダンに米国への輸出ブームを生み出し、その経済成長を大きく加速するとともに、4万の新たな雇用を創出したと強調している。しかし、同紙は、それにもかかわらず、この国の厳しい失業が和らぐ兆しはほとんどないと指摘する。増加した雇用の3分の2は外国人労働者であり、年間4−5%で成長する労働力を吸収できず、失業率はなお上昇しているという。また、貿易・開発を専門とするハーバード大学教授・ダニ・ロドリックの「我々は諸国をいかに開発するかは知らないが、FTAをいかに交渉するかは知っている。だから、これは魅力的ではあるが、それがすぐに実現を見るとか、万能薬となると想像するのは難しい」という発言も引用している(Bush's Trade Carrot Brings High Hopes,Hearty Slepticism,The Washington Post,5.10)。

 ファイナンシャル・タイムズ紙は、この発案の成功は、その経済的側面だけでなく、イスラエル−パレスチナ和平のための中東ロードマップを前進させることによる地域の政治的安定の再建の進展にもかかっているというアラブ高官の発言を紹介している(Mideast trade plan a leap of faith for Bush,Financial Times,5.10,p.3)。高官は、「人々は、米国のデモクラシーの要求に対しては非常に批判的であった」、「これは重要だが、同しほどに重要なことは、和平のプロセスにおける正直な仲介者として受け止められ、双方、特にイスラエルに対して、ロードマップ実施のために真の圧力をかける以外に米国への信頼性を回復する方法はないということだ」と言う。ブッシュ大統領は、FTA構想を発表するとと同時に、中東和平ロードマップの即時実行を要請するために、パウエル国務長官をイスラエルとパレスチナとの個別会談に派遣した。しかし、一方でイスラエルに肩入れしながら、イラクに対しては武力で民主化と経済自由化を強要しようとした米国に対するアラブ民衆の不信感を拭うのは容易なことではなかろう。米国が要求する市場志向的・法的改革は、米国企業の地域への投資の安全を確保することが狙いである。

 ガーディアン紙は、「ブッシュ氏は地域の人々の多くの問題を正確に確認したが、最近の歴史はブッシュ政府が貿易政策を大衆救済の武器としてではなく、権力表出の別の手段と見ていることを示唆していることが懸念される」と書く(Empire economics,Guardian Unlimited,5.12)。貧しい国に安価な薬の供給を許す協定の拒否、米国アグリビジネスへの大量の補助金の支出で途上国を苦しめる。先進国のライバルに対しては、貿易を別の手段による戦争とみなしている(マイクロソフトやボーイングなどの米国巨大輸出企業に対する優遇税制や鉄鋼輸入関税)。世界が目撃しているのは、自国産業を保護する一方で外国には自由貿易を迫る、19世紀イギリスと同様な重商主義国家としてのアメリカだと言う。さらに、米国は、IMFのような国際制度をコントロールするヘゲモニーを持ち、地域・二国間貿易協定で小国に市場開放を押し付けている。シンガポールとチリは、米国との協定で、金融危機を管理する基本的手段(資本コントロール)を強奪された。米国企業はイラク再建のための巨大な契約を手にする一方、戦争に反対したロシアとフランスは、それぞれ50億ドルにのぼるイラクへの未払いローンを失う危機に直面している。同紙は、「アメリカの一方主義は、表面を普遍的価値で覆われているとしても、世界にとっての現実的脅威である。貿易の偽善は誰も助けない。ブッシュの狭隘なアジェンダは世界やアメリカに良い結果を生まなかったし、中東にとっても確実にそうであろう」と酷評する。

 ブッシュ大統領の新たなイニシアティブがテロの撲滅につながると見る者は少ないようである。