FTAが途上国にもたらす利益はほとんどないー世銀報告

農業情報研究所(WAPIC)

04.11.18

 WTOは昨年、「2003年世界貿易報告」で、過去10年の間に急増した地域貿易協定(RTA)は決して期待される利益をもたらしていないし、多角的貿易自由化への妨げとなると警告を発した(WTO世界貿易報告、地域貿易協定に懸念,03.8.22)。今度は世界銀行の報告が、RTAの蔓延は国際貿易自由化にほとんど貢献しておらず、一部締約国の利益を損なってさえいると警告を発した。16日に発表された世銀報告「2005年世界経済見通し:貿易、地域主義、開発」(*)は、RTAによる貿易特恵は、理論的には途上国の輸出市場拡大、経済効率向上、地域の政策協調に役立つかもしれないが、浅慮なRTAの多くは、こうした利益の実現を妨げられいるという。

 この報告によれば、過去20年の途上国平均関税の低下の65%は一方的自由化、25%が多角的自由化がもたらしたもので、RTAがもたらしたものは10%にすぎない。貧しい国の貿易コストの削減には国境障壁の解体以上に関税手続や輸送インフラの抜本的改善が有効だが、RTAはこれらの面でほとんど貢献していない。市場規模の小さな途上国同士のRTAにはどれほどの利益があるか疑問だが、途上国が締結を競う先進経済大国との協定の利益は小さく、ときには損害さえ蒙る。

 原産地規則は北米自由貿易協定(NAFTA)、EU-メキシコ協定、EU-チリ協定などの先進国-途上国協定の方が途上国間協定よりも制限的で、貿易障壁を高め、ビジネス・コストを上げ、複雑なルールが貧しい国の負担になる。多くの国は既に輸入関税を廃止しているから、RTA地域内の貿易の5分の1が特恵の対象になるだけだが、それでも域外諸国に差別的で、その輸出を減らす。域内諸国が域外のより低コストの供給者を差別するから、この「貿易転換」の損害は、域内国にもはね返り、域内国も得るところより失うところが多い。

 報告は、投資保護協定、厳格な知的財産権ルール(注1)、資本規制の廃止(注2)を押し付ける米国の対途上国FTAは、途上国の経済的ニーズに反すると批判する。また、米国やEUが一時的移住労働者の移動を制限していることも批判する。RTAは、対域外関税を引き下げ、関税撤廃の例外品目を減らし、原産地規則を簡素化し、国境を超えた競争促進のための特別な措置を講じなければならない。そのために、今やほとんど無力化しているWTOのRTA審査システムを見直す必要があると言う。

 (注1)タイでは、米国とのFTAによるルール強化で、安価なエイズ薬さえ排除される恐れが出ている。米国とのFTAは、タイ民衆の命さえ脅かす。
 (注2)
公正貿易協定は不公正なトリックを仕掛ける(ジョセフ・スティグリッツ),03.2

 だが、米国が圧倒的軍事・政治・経済力をバックに恣意的FTAを族生させ、中国、そして日本までもがFTAに走るとき、WTOの報告同様、これが聴き入れられる望みはほとんどなさそうだ。

 WTOの報告にもかかわらず、FTAラッシュにますます拍車がかかっている。最近は、この流れから取り残されてきた中国、韓国、日本も先を争っている。

 中国は東南アジア諸国連合(ASEAN)の協定を急ぎ、ブラジル・アルゼンチン等中南米との経済関係強化にも躍起になっている。韓国も、農民の激しい抵抗を退けてチリとの協定を発効させ、日本とは交渉中、来年にはASEANとの交渉も始める。今、チリ・サンティアゴで開かれているAPEC会合を機に、南米共同市場(メルコスル)とのFTAの共同研究にも合意した。日本はシンガポールとの協定に続き、メキシコとの協定を批准、目下、フィリピン、マレーシア、タイの協定の早期締結に血道になっている。韓国とは交渉中、APEC会合ではチリとの交渉の検討にも合意した。互いに遅れをとってはならじと、質よりもスピードを競う。世銀やWTOの眼鏡に適うFTAなどできようがない。

 今や日本では、学者、財界人、文化・芸能人、地方政治家、ジャーナリストなどが徒党を組んで、「日本活性化のための経済連携を推進する国民会議」なるものを発足させ、FTA翼賛体制が出来上がったかのごときである。マスコミに現われるのはFTA礼賛論者だけ、多少なりとも疑問を呈する者ははじき出されている。この世銀報告について報じるマスコミも、多分ないだろう。FTAで最も被害を受ける農業者の利益を代表する一部農業団体さえもが、FTAの必要性は認めると、ものわかりがよい。ただ被害を最小限に食い止めようと蠢いているだけだ。この中に、FTAが締結国、そして世界に何をもたらすのかを真面目に考えている者はいるのだろうか。

 WTO報告、世銀報告に照らすと、彼らの主張は「イデオロギー」にすぎない疑いが濃厚だ。そうではないと言うならば、せめてWTO報告、世銀報告への異論の余地のない「反証」を行ってからにして欲しい。あるいは、日本が結ぶ協定はこのような批判の余地がないものだと、その完全な(経済的・社会的・環境的)影響分析を示してからにして欲しい。

 *Global Economic Prospects 2005: Trade, Regionalism and Developmenthttp://web.worldbank.org/WBSITE/EXTERNAL/EXTDEC/EXTDECPROSPECTS/GEPEXT/EXTGEP2005/0,,contentMDK:20279992~menuPK:538178~pagePK:64167689~piPK:64167673~theSitePK:538170,00.html

 関連マスコミ情報
 Trade deals offer little benefit to developing World,Financial Times,11.17,p.9
 Zero-sum game:Bilateral trade deal risk doing more harm than good(editorial),Financial Times,11.17,p.14
 ECONOMY:World Bank Urges Free Trade on All Fronts,IPS,11.17