難航する日・タイFTA交渉 タイ産業界の不満が噴出 EUも懸念を表明

農業情報研究所(WAPIC)

05.5.7

 7月合意を目指す日本とタイの自由貿易協定(FTA)交渉が難航している。4月の第7次交渉では、タイの鉄鋼・自動車部品市場開放で合意に失敗した。6日には中川経産相がタイに乗り込んでタクシン首相、ソムキッド副首相と会談、鉄鋼・自動車部門の市場開放要求で譲歩案を提示したが、なお多くの問題が残ることを確認する結果に終わった。既に合意済みとされている農業分野における日本市場の開放問題でさえ、決着とは言えないようだ。背景には、交渉が大詰めを迎え、タイ産業界の不満が噴出していることがある。

 5月3日付のバンコク・ポスト紙によると、タイ自動車部品製造者協会が、完成車と部品の輸入関税撤廃止は国内製品への需要を大きく減らすことになると主張、自動車と部品をFTAの枠組みから外すように政府に要求している。とりわけ、3000cc以上の輸入日本車への関税削減に強く反対しているという(Parts makers up in arms against FTA)。多くのアナリストは、FTAにより自動車部門は全体として大きく発展すると予想するが、同協会は日本メーカーとそのタイにおけるジョイント・ベンチャーを利するだけだと言う。

 その主張によると、FTAにより日本からの輸入大型車に対する関税は328%から138%(?ママ)に引き下げられ、その輸入価格は場合によっては国産小型車よりも安くなる。その結果、消費者は国産車を棄て、輸入大型車購入に走る。結果として、2006年のタイの貿易赤字は600億バーツ(約1600億円)になり、その後3年間で赤字は1500億バーツから2000億バーツに達するだろうという。さらに、日本車輸入関税の低下は日本メーカーのタイ国内での生産設備拡張の意欲を削ぎ−とくに1800cc以下のセダンについて−、国内部品メーカーと労働者に影響を与える。また、大型車購入の促進は燃料消費を増大させ、政府のエネルギー節約促進政策と矛盾するとも言う。日本とのFTAは、部品メーカーのみならず、タイ全体の利益も損なうというのである。

 同協会は、関税削減には10年から15年をかけるべきで、日本の自動車産業の発展には20年から30年かかったことを考えれば、10年から15年は決して長すぎるとは言えないと主張する。

 現在の協定案に反対しているのは自動車業界だけではない。4月27日付のバンコク・ポスト紙によると、繊維業界も「原産地規則」に関する日本提案に強く反対している。タイ産業連盟非関税障壁・原産地規則委員会のニルスワン議長によると、タイ製造者は最初、原料ではなく製品ベースの原則を受け入れるという日本提案に合意していたが、日本がこれを翻し、原料糸の100%がタイまたは日本原産の製品だけを関税削減の対象とすることを提案しているという(Textile makers oppose FTA over origin of raw materiels)。中国産などの安い糸から作られた製品がタイ産として通ることを回避するためだ。

 この日本案が通れば、タイのアパレル産業は比較的高価なタイまたは日本の原料を使わねばならず、染色やプリントがタイで行われた場合でさえ、繊維が輸入されたものであれば、完成品はタイ製と認められないことにもなる。FTAの結果として、タイ業界は効率性・競争力を失い、日本への輸出増大を期待できないことになる。

 同様な原産地規則は米国のアフリカ諸国や中米諸国への特恵協定でも採用されており、これら貧しい国々にとって死活的に重要な繊維・衣料品産業を苦しめている。コスタリカ議会は、米国との間で調印した米・中米FTA(CAFTA)の批准を遅らせ、米国議会がCAFTAを葬り去ることさえ期待しているが、原産地規則によりアパレル・メーカーが中国やインドに対する競争力を失うことを恐れるのがその一因だ。EUが最貧途上国に提供する「武器以外のすべて」の無税・無割当市場アクセスも、厳しい原産地規則のためにEU市場への輸出増加につながっていない。日本とタイのFTAでも、特恵・二国間協定に特有なこの問題が露呈しようとしている。

 4月29日、タイの有力民間産業団体であるタイ貿易委員会とタイ産業連盟の役員がピサン交渉団長と会談、タイの利益の確保のために断固たる立場を堅持すべきと圧力をかけた(Businesses urge negotiators not to waver against Tokyo,Bangkok Post,5.3)。彼らは、現状ではFTAが日本に一方的利益をもたらすことになることを恐れ、国の立場を和らげてはならない、そんなことになるなら交渉を断念すべきだと主張する。例えば、農産物に関する日本の提案は不適切だ、鶏肉についてタイの輸出業者は関税撤廃を要求しているのに、日本は3%への引き下げを提案している、骨なし鶏肉についても、国内生産者は無税を期待しているのに、日本は11.9%から8.5%への取るに足りない引き下げを提案しているにすぎないと指摘する。さらに、砂糖、パイナップル缶詰、コメ、イカなどでも一層の市場開放を迫るべきだと圧力をかけた。

 このような状況では、タイ政府も早期妥結を求めて簡単には妥協できない。

 中川経産相は6日の会談で、鉄鋼部門における関税即時撤廃の提案を修正、限定された自由化と一定期間(期間は特定せず)の関税保護を認める新提案を行った。また、技術協力や人的資源開発を通してタイ鉄鋼産業の発展を助けること、タイが「アジアのデトロイト」になる夢を実現するために、自動車部門でタイ労働者5000人を訓練することも提案した。さらに、タイの輸出業者が品質を改善するならば、タイ農産物の日本市場参入も促進すると語ったという(THAI-JAPANESE FTA: Thaksin blasts pact opponents,The nation,5.6)。 

 タクシン首相はこの日、個別部門の保護に拘る産業界を激しく批難、自由化の利益は消費者全体に及ぶ、「一部産業が変化を拒否している」、「しかし、競争が国民に一層の利益をもたらすなら、一部企業に悪影響はあってもこの方向に進まねばならない」とぶち上げた(Thaksin tells businessmen to shape up for free trade,Bangkok Post,5.7)。だが、タイの最大級企業を代表するタイ貿易委員会とタイ産業連盟の20人のリーダーは、改めて日本との交渉に関する公式の立場を表明、交渉が「相互利益」の原則に基づくべきことを政府に要求した。「我々は日本が交渉相手の利益を考慮することなくタイに圧力をかけようとしていると感じる。日本は、公開の場で交渉するのではなく、タイ政治家に圧力をかけることを選んできた」、日本は鉄鋼と自動車の輸入自由化をタイに要求する一方で、タイの農産物に対する市場開放を躊躇ってきたと批判する('Mutual benefit' essential,Bangkok Post,5.6)。

 財務相でもあるソムキッド副首相も、国内で生産できない鉄鋼についての輸入割当による市場開放はあり得るが、3000cc以上の車の関税削減をするつもりはない、「日本メーカーの利益にもなる消費税を再編したばかりだ」、自動車部門の即時改革は望まないと語る(前掲,Bangkok Post,5.7)。首相と副首相の間でさえ齟齬がある。

 多国間交渉の停滞で世界中がFTAに走っている。だが、二国間交渉も、どこでも難航を極めている。それが本当に貿易拡大につながるのかという根本問題もある。さらに、それは国際的不和を増幅させる。5月5日、ドイツのタイ大使は、大型車輸入関税撤廃に関する日本とタイの交渉は、メルセデス・ベンツ、BMW、プジョーなどの欧州車の日本車との競争を不可能にする恐れがあると警告した(Germans worry about impact of free-trade deal with Japan,Bangkok Post,5.6)。先月末、EUのマンデルソン通商担当委員も同様の懸念を表明している(EU worries that Thai-Japan FTA could hit auto industry,Bangkok Post,4.29)。タイも日本も、FTAへの突進を再考すべきときだ。 

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