農業情報研究所>グローバリゼーション>二国間関係・地域協力>2010年11月3日(11月5日補遺)
環太平洋パートナーシップ協定(TPP)参加国の関税概況:日本参加の損得は?
最恵国待遇関税率(単純平均、%) |
自由貿易協定 |
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農産品 |
非農産品 |
電気機器 |
輸送機器 |
乗用車 |
発効 |
主な対日関税措置 |
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米国 |
5.3(4.1) |
3.3(2.1) |
1.7 |
3.0 |
2.5 * |
|||
オーストラリア |
1.3(2.8) |
3.9(5.4) |
3.2 |
6.3 |
6.7 |
|||
ニュージーランド |
1.4(2.9) |
2.3(3.2) |
6.3 |
3.3 |
6.7 |
|
||
ベトナム |
24.2(15.9) |
15.7(11.7) |
9.6 |
22.2 |
42.8 |
08.12.25 |
自動車部品は5〜15年、カラーテレビは8年で撤廃 |
|
マレーシア |
14.7(19.9) |
8.0(3.9) |
6.5 |
12.1 |
24.7 |
06.07.13 |
乗用車、2010年に撤廃 |
|
ブルネイ |
0.1(7.1) |
2.9(4.8) |
14.3 |
4.0 |
0.0 |
10.07.31 |
自動車は3年後、電気電子製品は5年後に撤廃 |
|
シンガポール |
0.2(1.1) |
0.0(0.0) |
0.0 |
0.0 |
0.0 |
02.11.30 |
日本からの輸入品への関税を全廃 |
|
ペルー |
10.0(12.5) |
5.5(6.4) |
3.2 |
1.5 |
9.0 |
交渉開始決定 |
||
チリ |
6.1(6.1) |
6.0(6.0) |
6.0 |
6.5 |
6.0 |
07.09.03 |
自動車・一般機械・電気電子製品は即時撤廃 |
|
(カナダ) |
11.5(11.9) |
3.7(2.8) |
2.5 |
5.8 |
6.1 |
|||
(タイ) |
25.2(14.0) |
8.2(4.4) |
7.9 |
21.0 |
66.7 |
07.11.01 |
3000t超乗用車関税、4年目までに80%から60%に下げ |
|
(日本) |
23.6(14.7) |
2.6(1.2) |
0.2 |
0.0 |
0.0 |
*SUV、バン、ピックアップトラックは乗用車に分類されず、トラックと同じ25%の輸入関税が課される。
( )でくくった国は今後の参加があり得る国。表中の( )内の数字は貿易量加重平均関税率。
データ出所:WTO;http://www.wto.org/english/tratop_e/tariffs_e/tariff_data_e.htm
大部分のTPP参加国とは、日本の重要輸出品目の関税を取り払い、コメ、砂糖などの農産重要品目を例外とする自由貿易協定を既に結んでいる。TPPに加われば、これらの例外がなくなるだけで、何のプラスもない。自由貿易協定未締結国(米国、オーストラリア、ニュージーランド)の非農産品関税はもともと低いから、経済効果は極めて限定されている。そして、農産品が洪水のように押し寄せてくる。素人目には大損害は明白だ。
TPP参加で実質国内総生産が最大で3兆円押し上げられる(内閣府)などの経済効果計算は、もっともらしい、しかし欠陥だらけのモデル計算(注)で、素人目にはあり得ないような利益があるがごとく見せかけ、あるいは損害を過小に見せかける方便にすぎない。
(注)川崎賢太郎 GTAPモデルによる FTA締結の影響評価について 農林水産政策研究所レビューNo.12 2004年6月
http://www.maff.go.jp/primaff/kenkyu/kenkyuin_syokai/pdf/primaffreview2004-12-11.pdf
@「GTAP データベースにおいては,日本の精米と砂糖の関税率は全ての地域に対して一律409%,116 %の従価税として設定されている。しかし現実にはこれらの関税は従量税であるため,原価が安いほど従価税に換算した値は大きくなる。最近のデータから関税率換算すると,例えばタイから輸入される精米の関税率は約1200%,砂糖では約240 %となり,GTAP データベースの値よりもかなり大きいことがわかる。従ってGTAP の関税率をそのまま用いて自由化を分析した場合,輸入価格の減少幅が実際よりも小さいことになるので,輸入量の増加や日本のコメや砂糖生産量の減少幅を過小評価することにつながるのである。これらの財はFTA を締結した場合,タイからの輸入額が大きく伸びると危惧されている品目であり,その影響は産業連関効果を通じて他の財・サービス,特にもみやサトウキビといった原料にも及ぶであろう。・・・・・・GTAP による多くの研究では,これらの財を“農産物”などと一つの部門に集計してしまっているために問題が表面化しないが,この点には十分注意して結果を解釈する必要があるだろう。」
タイ米輸出価格は現在はこれより上昇しており、標準的タイ米の輸出価格はトン500ドル程度だから、円換算でおよそトン4万円、キロ40円ほどである。それでも従価税率は341/40×100=850%ほどになる。GTAPモデルではその半分以下の関税率が想定されていることになる。より安価なベトナム米では、このギャップはもっと大きくなるだろう。
A「分析結果を大きく左右するもう一つの係数,“アーミントンパラメータ”(輸入財と国産財の代替弾力性―農業情報研究所)は国産品と外国産の財との間の代替の度合いを示す係数であり,これが大きいほどFTA 後の輸出入量の変化は大きくなり,減産や増産の度合いも大きくなる。GTAP データベースでは,各農林水産物に対して概ね2 〜 3 の値を設定しているが,一般にGTAP のアーミントンパラメータは過小ではないかとも言われている。もしそうだとすれば既存の研究では国内農業への打撃を再び過小評価していることになる。特に砂糖や畜産物など品質面での差異が小さい財ほど,国産と外国産の代替性も高いはずである。また現在タイでは,一部でジャポニカ米が作られるという動きがあり,もしコメも自由化対象に含んだFTA を日本と締結すれば,このような動きは更に加速されることになるであろう。つまりタイ産のコメは,現在はまだ品質的な差異が大きいために日本のコメとの代替性は低いかもしれないが,長期的にタイでジャポニカ米の生産が普及すれば,代替性は飛躍的に増加する可能性もあるのだ。」
タイやべトナムでジャポニカ米の栽培が増えなくても、日本がコメ利用拡大の有力手段の一つとする米粉市場は奪われるだろう。今でも低税率の米粉”調整品”の輸入が増えている。米は新潟産コシヒカリや有機米などのこだわり米を除いてすべて輸入品に置き換わる、甘味資源作物は品質格差がなく、すべて輸入品に置き換わるなどとした農水省試算の方が現実に近いだろう。
B「これはGTAP モデルの分析結果を評価する際の注意点であるが,GTAP モデルによる分析では,経済厚生への影響を等価変分(政策後に得た効用水準を消費者に諦めてもらうために必要な金額,言い換えれば,その政策変化に対する消費者の支払い意思額を表す。いわば政策の価値を所得ベースで示したものである。) によって計測することが多い。貿易自由化を分析した場合にはその理論的な構造上,必ず等価変分が上昇するため,それをもって自由化は望ましいと結論付けられることも少なくない。新聞・マスコミ等で“FTA の経済効果は…兆円”などと書かれているのをよく目にするが,この値も等価変分の値を引用したものである。しかしこの指標は,消費者の効用関数をベースにしており,生産者の行動や外部性などが全く考慮されていないことに注意すべきである。FTA によって多くの労働が産業間の移動を余儀なくされ,短期的には多くの失業も発生するかもしれない。しかしGTAP モデルでは通常,生産要素の完全な移動性を仮定しているために,このような負の影響は等価変分に反映されないのである。また農業の多面的機能などの外部性を考慮すれば,FTA によって農業生産が減少した場合,これは経済厚生を引き下げることになるかもしれない。しかしこれもまた等価変分には反映されないのである。このようなコスト,負の影響を無視した等価変分によって政策の是非を議論することには十分な注意が必要であろう。」
TPP参加の多大なプラス効果を強調する経済効果試算はこのようなモデルに拠っている。他方、参加しなければ「米国や豪州などへの輸出が関税の分だけ不利になる」(産経新聞11月5日主張:TPPと菅首相 強い国造りへ参加決めよ ばらまき排し農業に競争力を)という「関税の分」とは、ほんの数%にすぎない。
昨夜のテレビ朝日の「報道ステーション」、兼業農家と半導体工場などが混在、TPPに参加すれば農業には大変な打撃があるが、参加で工場雇用が失われるのを防げるかもしれないという「ジレンマ」に悩む会津若松を取り上げ、キャスターは一体どうしてくれると目をつり上げていた。しかし、そもそも、TPP参加による輸出拡大効果などしれたもの、「ジレンマ」に悩むことはない。罪深いのは過大な経済効果をはじき出して見せるす内閣府や経産省、これを真に受けて大声で伝える「新聞・マスコミ等」だ。
「日本がTPPに不参加なら、経済発展に欠かせない枠組みから締め出されてしまう」(11月4日読売:太平洋経済連携 交渉参加へ農業改革を進めよ)、「TPPに参加しないと日本は完全に世界の孤児になる」(米倉経団連会長)など、何の根拠もない。米国の1.7%の電気・電子機器関税、2.5%の乗用車関税を撤廃する機会を逃すことが、どうして「経済発展に欠かせない枠組みから締め出されてしまう」ことや、「世界の孤児になる」ことにつながるのか。誇大妄想も甚だしい。日本はアジア進出が遅れた米国と異なり、既にベトナム、フィリピン、マレーシア、シンガポール、インドネシア、タイ、ブルネイ、ペルー、チリとFTAを結び終わるか、結ぶことが決まっている。「孤児」は米国の方だ。テレビのお兄さんも、目をむく前にTPP参加の経済効果を冷静に考えてください。
(非農産品の先進国間の貿易自由化はガット、WTOの多角的交渉を通じて、既に基本的に完結しています。国際貿易について論じるなら、こくらいの基本的認識はもつべきです)