FAO報告による途上国のGM作物研究・開発動向 05.5.14-19 先般、国連食糧農業機関(FAO)が途上国における作物バイオテクノロジーの研究と応用の現状に関する評価報告を発表したと伝えた(FAO報告、作物バイテク応用で一部途上国は最先端 食糧安全保障が焦点,05.5.11)。この報告が伝える途上国(及び市場経済移行国)における遺伝子組み換え(GM)作物の研究・開発状況を順次紹介していきたい。 今回は、病源体(ウィルス、細菌、真菌)抵抗性GM作物の研究・開発動向を紹介し、今後、害虫・除草剤抵抗性GM作物、非生物的ストレス(塩害、干ばつ)抵抗性GM作物、ビタミン・ミネラル・脂肪成分や作物成長特性の品質改変形質GM品種、スタッキング遺伝子改変(多様な遺伝子改変形質を持つ品種)の研究・開発動向について、順次紹介していくことにする。 なお、FAOの報告は2003年に立ち上げられたFAOデータベース・BioDec(オンライン検索可能、現在71途上国・市場経済移行国からのデータを納める)の04年8月現在の情報を分析したものである。 1.病源体抵抗性GM作物の研究・開発動向 大部分の病原体抵抗性作物開発計画は、ウィルス及び真菌抵抗性を生み出すことに集中しており(特にアジアとラテン・アメリカ)、細菌抵抗性品種の開発に向けられる活動は非常に限定されている。重点がウィルス抵抗性に置かれていることは、ウィルス・ゲノムや、コート蛋白質やレプリカーゼが媒介する抵抗性などのウィルス由来戦略の遺伝「機能検証」の相対的な単純性を反映している。真菌に対する改変遺伝子を媒介とする抵抗性戦略は、なお揺籃期にある。 (1)ウィルス病抵抗性GM作物の開発 ウィルス抵抗性の場合、ウィルス病を抑制する慣用の戦略はウィルスに汚染されていない繁殖物質の生産や、昆虫が媒介するウィルス病害の抑制である。一部の作物遺伝子給源はウィルス抵抗性を宿しているが、基本的ウィルスに対する抵抗性を完全に欠く作物遺伝子給源がある。 一部地域では、タバコ・モザイク・ウィルスについて1986年に始めて温室で実証された病源体由来改変遺伝子による抵抗性戦略の採用が急速に進んでいる。ウィルス抵抗性品種の大規模栽培の例は僅かで、大規模栽培作物群について、多くの栽培シーズンにわたり抵抗性が発揮されるかどうかを監視せねばならない。各地域で開発中のウィルス抵抗性作物・品種は次のとおり。 アフリカ 圃場実験中:サツマイモのSPFMV=斑紋モザイクウィルス抵抗性品種(ケニア)とPLR=葉巻病ウィルス抵抗性ジャガイモ(南アフリカ)。 実験室研究:PVY=Yウィルス抵抗性ジャガイモ、PVX=Xウィルス抵抗性ジャガイモ、MSV=streakウイルス抵抗性トウモロコシ(南アフリカ)。 東・中央アフリカではMSVが基本食糧であるトウモロコシ生産の最大の脅威となっており、被害は100%に及ぶこともある。ジャガイモもビクトリア湖周辺地域の重要作物だが、SPFMVが深刻な被害をもたらしている。 近東地域 大部分の圃場試験作物は輸入品。エジプトだけは、国内開発品種(主として、ZYMV=黄斑モザイクウィルス抵抗性ウリとPVY、PLRV抵抗性ジャガイモ)を圃場実験。 圃場実験:ジャガイモ、トマト、キュウリ、メロン、マスクメロン、カンタロープ、カボチャ、サトウキビ(エジプト)。 研究開始:ジャガイモ(チュニジア)、テンサイ(イラン)。 アジア 商品化:トマト、グリーンペパー(中国)。 圃場実験: (中国)スィートペパー(CMV=サイトメガロウィルス)、チリペパー(CMV、TMV=タバコモザイクウィルス)、タバコ(TMV)、パパイヤ(PRSV=奇形葉モザイクウィルス)、グランドナッツ(縞葉枯ウイルス)、ジャガイモ(PVY)、小麦(BYDV=黄萎ウイルス)、キャベツ(カブモザイクウィルス)。 (タイ)トマト(TYLCV=黄化葉巻病ウィルス)、パパイヤ(PRSV)、ペパー。 (フィリピン)バナナ(BTV=バンチ−トップウィルス)。 その他研究・開発中: (中国)イネ(RDV=萎縮病ウィルス抵)、小麦(WYMV=縞萎縮ウイルス)。 (タイ)ペパー、ナガササゲ(モザイク病ウィルス)、イネ(萎縮ウィルス)。 (フィリピン)パパイヤ(PRSV)。 (インドネシア)ピーナツ、タバコ、サツマイモ、チリペパー、パパイヤ、ジャガイモ。 (マレーシア)イネ、パパイヤ、ペパー、チリペパー。 (バングラデシュ)パパイヤ。 (インド・パキスタン)イネ、ワタ、トマト(パキスタンのみ)。 ラテン・アメリカ 商品化されたものはなし。 圃場実験: (ブラジル)サトウキビ、パパイヤ、タバコ、マメ、ナス、トマト。 (キューバ)パパイヤ。 その他研究・開発中: (ブラジル)サトウキビ。 (メキシコ)パパイヤ、ジャガイモ、カボチャ、タバコ、ズッキーニ、メロン、トマト。 (キューバ)ジャガイモ、カンキツ、トマト。 (チリ)ジャガイモ、メロン。 (コスタリカ)イネ、トウモロコシ。(ベネズエラ)コーヒー。 (ペルー)ジャガイモ、サツマイモ。 (2)細菌抵抗性GM作物の開発 圃場実験:ジャガイモ(中国) 実験室試験:ジャガイモ(中国、韓国)、小麦(中国)、トマト(タイ)、バスマチ米(パキスタン)、イネ(韓国)、ハクサイ(韓国)、ジュート(バングラデシュ)、バナナ(ベネズエラ)。 (3)真菌病抵抗性GM作物の開発 被害は甚大で、大量に使われる殺菌剤は経済的コストが高いばかりか、人間の健康や環境への影響も大きい。しかし、薬剤散布のような伝統的防除法へのアクセスが可能な現実と、持続的な遺伝子改変抵抗性戦略の欠如がGM品種開発を阻んでいる。 真菌病に対する持続的抵抗性を与える遺伝子の同定・分離に関する世界規模の研究の現在の成功も、恐らくは、研究資源が乏しい途上国のGMへのアプローチを促がすことにはならないだろう。 アフリカ イチゴについての一つの圃場実験とトウモロコシについての一つの実験室研究が報告されているだけである(いずれも南アフリカ)。 東欧 ボスニア・ヘルツェゴビナで、ジャガイモに関する三つの実験室研究が開始されている。 アジア 中国でワタについての圃場実験。インド、マレーシア、パキスタンでイネ、インドネシアでイネとコーヒーに関する研究計画がある。 ラテン・アメリカ キューバでジャガイモとサトウキビ、アルゼンチンでトウモロコシ・ヒマワリ・小麦、メキシコでタバコの圃場実験。 キューバでバナナ、プランテーン、パイナップル、トマト、パパイヤ、カンキツ、イネ、 アルゼンチンでアルファルファ、 ブラジルでイネ、大麦、ココア、 チリでブドウとリンゴ、 コロンビアでトマトノキ、 ペルーでジャガイモ、 ベネズエラでサトウキビ、 に関する研究が行われている。 2.害虫抵抗性強化GM作物の開発 害虫が世界の農作物・園芸作物に与える損害は甚大で、この損害を抑える戦略には、@作物や害虫の殺虫剤による処理、Bハイブリッド化と遺伝子改変による害虫抵抗性作物の開発、B天敵導入の三つがある。 @には害虫の抵抗性発達、環境と人間の健康へ毒性の問題がある。 Aのアプローチは、害虫の抵抗性発達の最速のルートとなるか、害虫抵抗性が当該作物の遺伝子給源から利用できない場合の手段に限られそうだ。また、他のすべてのGM作物と同様に激しい論争の種にもなる。 Bについては、標的害虫の天敵の利用可能性が制限されているし、しばしば農業・生態的ニッチの変化が予測困難で危険を伴う。 これらすべての戦略において、一定の場所や時期に損害を引き起こす害虫種をよく知ることが重要で、迅速で信頼できる種の同定と地理的分布や生活史の監視が有効な害虫防除策の基礎となる。世界的には、それぞれ特有の損害、分布、天敵を持ち、広範な作物種に影響を与える数千種の害虫が知られている。この分野の知識と経験は未だ限られており、特に大部分の途上国を特徴づける熱帯・亜熱帯の環境での有効な防除戦略の開発には不十分である。 チョウ目害虫抵抗性GM作物の開発 害虫の中でも、チョウ目(鱗翅目)害虫は多様で、重要なものを代表する。FAOのデータは、研究・開発中の大部分の害虫抵抗性GM作物がチョウ目害虫防除のために、土壌バクテリア・Btの毒物生産遺伝子などを利用するものであることを示している。 アジア (商品化) Btワタ(中国、インド、インドネシア)、Btトウモロコシ(フィリピン)。 (屋外圃場実験) 中国:ササゲトリプシン抑制発現ワタ、Btイネ、メイガ類抵抗性イネ2種、アワノメイガ抵抗性トウモロコシ、綿実蛾抵抗性ワタ、マイマイガ抵抗性ポプラ。 タイ:Btワタ。 インドネシア:Btトウモロコシ インド:Btタバコ (実験室研究) 中国:綿実蛾抵抗性ワタ、毛虫抵抗性大豆。 韓国:毛虫抵抗性ハクサイ。 タイ:綿実蛾抵抗性ワタ。 インドネシア:tuber moth抵抗性ジャガイモ、アワノメイガ抵抗性トウモロコシ、シンクイガ抵抗性大豆、ニカメイガ抵抗性イネ、シンクイガ抵抗性カカオ、ニカメイチュウ抵抗性サトウキビ、オイルパーム(インドネシア)。 バングラデシュ:毛虫抵抗性ジュート。 パキスタン:チョウ目害虫抵抗性ワタ・イネ・ヒヨコマメ。 インド:tuber moth抵抗性ジャガイモ、diamond back moth抵抗性キャベツ。 ラテン・アメリカ (商品化) チョウ目害虫抵抗性トウモロコシ(アルゼンチン)。 (屋外圃場実験) ブラジル:チョウ目害虫抵抗性トウモロコシ、大豆、ワタ、サトウキビ。 アルゼンチン:大豆、ヒマワリ。 メキシコ:チョウ目害虫抵抗性トウモロコシ、ワタ、ジャガイモ、トマト。 キューバ:サトウキビ、サツマイモ。 ペルー:ジャガイモ。 ボリビア:ワタ。 (実験室研究) ブラジル:サトウキビ。 キューバ:チョウ目害虫抵抗性トウモロコシ、イネ、コーヒー、パイナップル。 近東 (屋外圃圃場実験) エジプト:トウモロコシ、ジャガイモ。 イラン:イネ。 (実験室研究) エジプト:ワタ、トウモロコシ。 イラン:ワタ、トウモロコシ。 アフリカ (商品化) 南アフリカ:トウモロコシ、ワタ。 (屋外圃場実験) ジンバブエ:Btワタ。 (実験室研究) ケニア:Btワタ。 Bt由来GM作物の急速な採用は、「このアプローチが広範な農業環境、作物種、害虫を通じて適用できる一定作物害虫の防除のための新たな、有益な選択肢を生み出したことを示唆する」。 甲虫目抵抗性GM作物の開発 甲虫及びゾウムシも重要な作物害虫である。広範な甲虫類は、農業・林業作物、木材製品、貯蔵製品などに関係するから、経済的に重要である。しかし、人間や家畜の病気は伝達しない。多くの捕食者、草食・清掃動物が存在するために、自然システムの生態的バランスの維持に重要な役割を演じている。さらに、多くの宿主種は害虫と有害雑草の生物的コントロールに利用される。 一例として、アフリカ・サツマイモ・ゾウムシ(Cylas puncticollis,Cylas brunneus)はサブサハラ・アフリカのサツマイモの主要害虫の一つである。乾季や干ばつ時には、20%から100%の損害が報告されている。このようなゾウムシに対して持続的抵抗性を与える遺伝子は、サツマイモ遺伝子給源の中には見つかっていない。この例は、ゾウムシ防除の最も有効な選択肢の決定に関する興味ある一例である。他のゾウムシ(Cylas formicarius)の防除については、世界の他の地域で利用されているフェロモンと生物殺虫剤の利用に基づく選択肢がある。しかし、アフリカ・サツマイモ・ゾウムシの防除はアフリカでは成功していないし、生物殺虫剤は、アフリカのサツマイモ農民には、普通は利用できないか、手が届かない。この状況のなかで、GM技術を利用するゾウムシ抵抗性品種の創出は、新たな、潜在的に有効なゾウムシ防除のための選択肢を提供する。 この農学的・経済的妥当性にもかかわらず、甲虫類に対する抵抗性を持つGM作物の研究・開発活動はいかなる地域でも報告されていない。 3.除草剤耐性GM作物の開発 雑草は機械的(耕起、除草器)、化学的(除草剤)、農学的(輪作)により抑制できるが、除草剤耐性品種は調査地域の農業生産を制約する主要雑草の抑制のための新たな選択肢を提供する。FAOのデータは、除草剤耐性GM品種に関する状況は地域間で相当に異なり、この分野の研究・開発は各地域の少数の国々に集中していることを示している。 現在までのデータが示すところでは、研究の焦点はグリホサート(ラウンドアップ=RR)及びグルホシネート・アンモニウムに耐性のGM作物の開発に置かれている。ブロモキシニル、イミダゾール、ビアラホス、イソオキサドールに耐性のGM作物の開発が一定の段階に達していることも報告されている。 ラテン・アメリカ この分野で研究・開発が最も進んでいるのはラテン・アメリカである。 (商品化) アルゼンチン:RR大豆(雑草抵抗性の種類が特定されない他の除草剤耐性大豆も報告されている)、グルホシネート耐性トウモロコシ。 ウルグアイ:RR大豆(雑草抵抗性の種類が特定されない他の除草剤耐性大豆も報告されている)。 ブラジル:RR大豆(最近を許可、以前から密輸種子による大規模栽培あり)。 (屋外圃場実験) 34のグリホサート耐性GM作物(特にアルゼンチン、ブラジル、メキシコ)。 アルゼンチンでは、ワタ、アルファルファ、トウモロコシ、ヒマワリ、サトウキビ、小麦、 ブラジルでは、トウモロコシ、ワタ、サトウキビ、ユーカリ、 メキシコでは、ワタ、トウモロコシ、大豆。 14のグルホシネート耐性GM作物 アルゼンチン:大豆、小麦、サトウキビ。 ブラジル:大豆、サトウキビ、イネ。 メキシコ:大豆、トウモロコシ、小麦。 キューバ:サトウキビ、ジャガイモ。 (実験室研究) グルホシネート耐性作物はイネ、バナナ、プランテーン、コーヒー、パイナップルと少ない。 すべての研究活動も、アルゼンチン(大麦、サトウキビ)、キューバ(イネ、バナナ、プランテーン、コーヒー、パイナップル)、ベネズエラ(サトウキビとマンゴ)に集中。 東欧 (商品化) ブルガリア:トウモロコシ(除草剤特定せず)。 (屋外圃場実験) グリホサート及びグルホシネート耐性トウモロコシ(セルビア・モンテネグロ) 近東 イランで唯一の研究の報告(カノーラ)。 アジア (屋外圃場実験) インドネシア:輸入トウモロコシ・ワタ・大豆。 中国:大豆。 (研究) 中国でイネ、パキスタンで小麦、韓国:キャベツ、ハクサイ、ジャイモの研究の報告があるが、詳細は不明。 アフリカ (屋外圃場実験) 南アフリカ:様々な除草剤に体制の11品種。作物種はカノーラ、ワタ、ユーカリ、アルファルファ、トウモロコシ、大豆、サトウキビ、イチゴ。 *** 報告は、すべての地域で実験室段階の研究に比べて屋外圃場実験の数が多いことは、圃場実験中の品種の大部分が地域の外で生産されたか、地方品種との交雑の結果として生まれたものであることを示唆すると述べている。また、この分野での実験室研究が細菌抵抗性作物に比べて多いのは、より進んだ研究能力をもつ研究機関や企業から取得した改変遺伝子を利用する除草剤耐性作物の生産の相対的な技術的単純性を反映すると言う(逆に言えば、主導的な研究機関や企業が重点を置かない細菌抵抗性作物のようなGM作物の開発は、必要性はあっても途上国の手には負えないということか)。 報告のこのセクションは次のように結ばれている。 「除草剤耐性GM作物を生み出す研究・開発を制約する要因は、除草剤及び利用できる遺伝子改変抵抗性の数とタイプ、除草剤とGM作物品種の両方の登録要件、農民及び研究者の独占所有除草剤・遺伝子改変抵抗性へのアクセスのレベルである。しかし、アフリカの主要雑草・魔女[Striga、ゴマノハグサ科雑草。もしそれがコントロールできれは作物収量は倍増もあり得るという甚大に損害をもたらしている]の損害を抑えるための除草剤耐性トウモロコシの早期の実験は、除草剤耐性GM作物を普及させる新たなモデルが資源に乏しい農民にさえ恩恵を与えることを示唆している」。 4.非生物的ストレス抵抗性または耐性GM作物の開発 非生物的ストレスは毎シーズン、また世界のあらゆる農業生態系において、作物生産性を制限しつづけている。途上国における作物生産に影響を与える非生物的ストレスの中でも、干ばつと土壌肥沃度の低さが最も重要である。しかし、非生物的ストレスに植物が耐える能力は、種間でも、単一種内の諸集団の間でも非常に異なり、非生物的ストレス耐性のメカニズムの理解は未だ不十分である。 例えば、干ばつを原因とする収穫損失は、熱帯地域だけで年に2000万トンの穀物相当量、あるいは井戸水潅水生産の17%を超えると考えられ、1991−92年の南部アフリカのような厳しい被害を受けた地域では60%にも達する。非生物的ストレス耐性の作物品種(GM・非GM)の開発は、非生物的ストレスが慢性的問題となっている作物生産地域の農業に大きな利益をもたらすだろう。 いままでのところ、栽培用に商品化された非生物的ストレス耐性の非GM作物品種は、データベースがカバーするどの地域にもない。 広範な非生物的ストレスへの耐性を示すGM品種について、下に示す研究が行われている。 (屋外圃場実験=7件) ボリビア:霜害耐性ジャガイモ、中国:冷温耐性トマト、エジプト:塩害耐性小麦、インド:湿気ストレス耐性アブラナ属蔬菜、タイ:塩害及び干ばつ耐性イネ。 (実験室研究=27件) 中国:高度の塩類集積に耐えるイネ、トウモロコシ、ソルガム(暫定的に成功と報告されている)。アルミニウム抵抗性テンサイ。干ばつ抵抗性イネ。 バングラデシュ、ブラジル、インド、パキスタン:塩害抵抗性イネ。 アルゼンチン:塩害抵抗性タバコ。 メキシコ:アルミニウム抵抗性小麦。 インドネシア:干ばつ抵抗性サトウキビ、干ばつ抵抗性イネ。 南アフリカ:干ばつ抵抗性groundnut。 作物生産に対する干ばつの影響の大きさにもかかわらず、干ばつ抵抗性品種の研究は非常に少ない。 総じて、非生物的ストレス耐性作物の研究・開発の程度は、その必要性に比べて不十分である。例えば、ブラジルとアフリカには過剰な重金属を含む土壌が広大に広がっている。アジアやその他の地域でも、不適切な灌漑慣行によりもたらされた塩分のために農業的に不毛になる農地が拡大している。主要な制約要因は、通常はそれぞれが多様な遺伝的コントロールの下にある多数の生理的形質に依存する非生物的ストレス耐性の複雑性にある。ゲノム研究、主として機能的ゲノム研究と分子生物学の手段により獲得されつつある知識の増加が耐性ゲノタイプの開発に確実に貢献するだろう。 5.改変された品質形質を持つGM作物の開発 食糧・栄養不足が最も深刻化しており、最も必要性が高いアフリカ・近東地域では、いかなる研究も報告されていない。これに反し、アジアでは8ヵ国で34件の研究活動、ラテン・アメリカでも(ただし、大部分はアルゼンチンとメキシコ)、12件の研究活動と19件の屋外圃場実験が報告されている。研究・開発中の品質形質は多様であり、蛋白質とアミノ酸・ビタミン・ミネラル・脂肪の成分改変と植物成長特性の改変にかかわるものに大別される。 (1)蛋白質・アミノ酸成分改変作物 これは、毎年の1090万の子供の死に関係しているとされる栄養不良(蛋白質・エンルギー不足)の改善に寄与する最も重要な分野と見られる。非GM育種では、メキシコで、内乳蛋白質中の二つの必須アミノ酸―リジンとトリプトファン―のレベルを高めるトウモロオシ(その蛋白質の栄養価は牛乳に匹敵するという)の開発が進められているが、GMによる研究はほとんどない。 中国で高リジン・トウモロコシ、アルゼンチンで形質不特定のトウモロコシと大豆、高分子量グルテンの小麦の屋外圃場実験が報告されているだけである。 (2)ビタミン成分改変作物 最も顕著な問題は、途上国の多くの子供や妊婦に盲目などの健康被害をもたらしているビタミンA不足である。他の解決法(ビタミンAの多い食事、食品強化、母乳利用、サプリメント)とともに、GM技術は、典型的にはビタミンA成分が少ない「主食食品」のビタミンA成分を増やす「追加的」選択肢に貢献してきた(ビタミンA前駆物質のベータ・カロチンを多く含むコメの開発と普及)。しかし、調査地域における作物品種のビタミン成分強化のための研究・開発はほとんどない。 (3)ミネラル成分改変作物 鉄分の不足は途上国の多くの婦人の健康、亜鉛不足は熱帯地域の子供の成長と健康に重大な問題をもたらしている。大部分の主食作物は人間と家畜に対するネラル供給源とは見られていないが、消費量が多いからミネラル成分の僅かな増加も問題解決に大きく貢献できる。主食食品(コメ、キャッサバ、小麦、トウモロコシ、マメ)のミネラル成分に関する栄養価は通常育種とGMの両方で改善できるが、これを目指すバイテク活動は途上国では報告されていない。 (4)脂肪成分改変 これについては、データベースがカバーする地域ではほとんど注目されていない。次の研究が報告されているだけである。 (屋外圃場実験) アルゼンチン:トウモロコシ、大豆。 メキシコ:ラウリン酸を高レベルで発現するカノーラ。 (実験室研究段階) マレーシア:低飽和脂肪酸油椰子、生分解性プラスチックを生産する特殊油を持つ油椰子。 、インドネシア:低飽和脂肪酸油椰子。 フィリピン:高レベルラウリン酸ココナッツ。 (5)植物成長特性改変 植物ホルモン合成・分解につながる代謝ルートの遺伝子操作は、植物器官の成熟を改変できる。成熟の抑制は、冷蔵庫なしで輸送でき、店で長もちし、改良された品質の果実の生産を可能にすることで、冷蔵輸送能力や輸送インフラストラクチャーが制約されている途上国に多大の恩恵をもたらす。報告された大部分の研究は、果実の成熟を遅らせることに集中している。 (屋外圃場実験) メキシコ:トマト、チリペパー、バナナ、メロン、パパイヤ、パイナップル。 (実験室研究) チリ:石果。 中国、インドネシア、フィリピン:パパイヤ。フィリピンでは葉の老化を遅らせるタバコも。 ボスニア・ヘルツェゴビナ:サイトカイニン高レベルのジャイモ。 その他、パキスタンでは、短かんで分げつの多いバスマチ米が注目されている。 6.多形質GM作物の開発(改変遺伝子”スタッキング”) 現在商業的に利用可能な第一世代GM作物は、典型的には特定作物種に一つの強化された特性を追加するために一つの改変遺伝子を利用するものである。しかし、農民がある品種の適・不適を決めるために評価される特性は一つだけではない。各地の環境に一層適合し、また市場で受け入れられる多数のGM形質を持つ作物の生産が次の課題になるだろう。しかし、一つの品種にあまり多くの改変遺伝子を組み込むときには、改変遺伝子カセットの類似性や改変遺伝子間の相互作用のために形質サイレンシング(不活性化)のような問題が起きるし、このような影響は世代ごとに累積するかもしれない。このような問題を克服するために、多数の改変遺伝子を導入する過程を単純化し、改善する新たなアプローチが開発途上にある。 FAOのデータベースに現われる多数の遺伝子の利用に関するデータで最も共通なのは、害虫抵抗性と除草剤耐性の組み合わせである(現在の大規模商業栽培多形質GM作物においても、100%が除草剤耐性とBtを利用した害虫抵抗性の組み合わせである。このようなGM作物の2004年の商業栽培面積は、GM作物全栽培面積の9%を占めるだけである)。FAOデータベースがカバーする地域において商業栽培段階にあるのは、トウモロコシ1品種だけである。しかし、圃場実験中のもの相当数ある(特にラテン・アメリカ)。実験室研究段階のものはほとんどなく、この分野の開発が輸入技術によるものであることを示唆している。 ラテン・アメリカ (商業栽培中) アルゼンチン:鱗翅(チョウ)目害虫抵抗性/グルホシネート耐性トウモロコシ。 (圃場実験中) アルゼンチン:鱗翅目害虫抵抗性/グリホサート耐性のアルファルファ・トウモロコシ・大豆・ヒマワリ・ワタ、鱗翅目害虫抵抗性/グルホシネート耐性トウモロコシ、真菌抵抗性/グルホシネート耐性小麦、鞘翅類害虫抵抗性/Yウィルス(PVY)抵抗性ジャガイモ。 ブラジル:鱗翅目害虫抵抗性/グリホサート耐性ワタ。 メキシコ:鱗翅目害虫抵抗性/グリホサート耐性ワタ、鞘翅類・鱗翅目害虫抵抗性/グルホシネート耐性トウモロコシ、不特定病源体抵抗性/グリホサート耐性小麦。 アジア (圃場実験中) 中国:胴(葉)枯れ病抵抗性/萎縮病ウィルス(RDV)抵抗性イネ、立ち枯れ病細菌抵抗性/Yウィルス抵抗性ジャガイモ、 (研究中) 中国:塩害耐性/除草剤耐性ジャガイモ。 フィリピン:真菌/害虫/細菌抵抗性イネ、細菌抵抗性/塩害耐性イネ、輪紋病ウィルス抵抗性/成熟遅延パパイヤ。 マレーシア:ウィルス抵抗性/長もちパパイヤ。 アフリカ (圃場実験中) 南アフリカ:害虫抵抗性/ブロモキシネルまたはグリホサート耐性、(潜在的)害虫抵抗性/グリホサート耐性トウモロコシ。 なお、”ゴールデン・ライス”も、ラッパスイセンと土壌細菌(Erwinia uredovora)から採られたベータカロチン合成のための三つの異なる遺伝子により作られるから、多形質GM作物の一種に入る。 7. まとめ 以上から、FAOデータベースに基づく71途上国・市場経済移行国における既商品化(商業栽培)GM作物と、(近々商品化があり得る)圃場実験中のGM作物を一覧表にまとめておく。
商品化(商業栽培)GM作物
圃場実験中のGM作物
米国の民間団体・バイテク産業機関(BIO)が掲げるバイテク企業(及び一部は先進国の研究機関)開発の市販中・近々商品化が予想されるGM作物の一覧表によれば、作物種は、カノーラ、トウモロコシ、花(バイオレット色のカーネーション)、ワタ、パパイヤ、ピーナツ、ナタネ、大豆、ヒマワリ、リンゴ、バナナ、レタス、コメ、イチゴ、テンサイ、芝生、小麦の17種に限られる。形質で見れば、全45製品(品種)のうちの16(36%)が除草剤耐性、12(27%)が害虫抵抗性(Bt)で、耐病性のものは、パパイヤ(輪紋病ウイルス抵抗性)、バナナ、カノーラ、イチゴ(除草剤耐性兼)、小麦(フザリウム抵抗性)の5種にすぎない。成分改変作物は、主として先進国消費者の健康志向に応えるための脂肪成分改変作物がほとんどである。非生物的ストレス耐性の作物として近々商品化が予想されるものとしては、デュポンによる干ばつ耐性ハイブリッド・トウモロコシが掲げられているだけでる(北林寿信 「遺伝子組み換え作物の将来 その1 遺伝子組み換え作物の普及と開発の現状」 『農林経済』(時事通信) 05年5月16日、5−6頁参照)。 これに比べると、途上国は、地域の基礎食料作物と重要な商品作物について、多種多様な研究・開発を進めていることが分かる。バイテク企業や先進国研究機関が応えようとしない切迫した必要性に駆られているものと思われる。ただし、もしGM作物の恩恵があるとすれば、最大の恩恵に与るはずのアフリカ諸国(南アフリカ・エジプト・ケニアを除く)の圧倒的多数は取り残されている。 とはいえ、GM作物・食品の健康・環境影響はもとより、途上国の農業・食料生産や社会・経済に与える影響は、未だ余りに不確実である。多くの途上国、とりわけアフリカ諸国の民衆には、GM作物への根強い疑念が渦巻いている。しゃむににGMの研究・開発に走る途上国の将来が必ずしも”バラ色”とはいえないことにも注意しておきたい。
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