WTO仮裁定 EUのGMO承認手続は合法 安全・有用性を示唆という米国発表は真っ赤な嘘

農業情報研究所(WAPIC)

06.2.14

 先に、遺伝子組み換え体(GMO)をめぐる米欧の争いで、マスコミが”米国の勝訴”を一斉に報じていることに疑問を呈した(米欧GMO紛争でWTOが中間報告 ”米国勝訴”の大合唱だが・・・,06.2.9)。EUが紛争処理委員会(パネル)は健康・環境問題にかかわるEUの規制と手続の合法性を確認したとしているにもかかわらず、ポートマン米国通商代表は、パネルの報告が遺伝子組み換えは安全で有益な技術であることを示唆していると発表した(US Trade Representative Rob Portman and U.S. Agriculture Secretary Mike Johanns on Agricultural Biotechnology and the WTO)。このような矛盾にもかかわらず、報道は報告の具体的内容にはほとんんど触れることなく、専ら米国から漏れ出る情報に基づく憶測に終始している。これが疑問を呈した最大の理由だった。そこで、「EUのモラトリアムや規制は科学というよりも保護主義に基づくものだという米国等の主張が、少なくとも全面的に受入れられたとは思えない」と書いた。このとき、筆者はこの報告を見ることができなかったから、このような書き方しかできなかった。

 しかし、その後、米国の農業貿易政策研究所(IATP)のウエブサイトでパネル報告の「結論と勧告」を見ることができた。今や、このような米国の主張が認められたという根拠はまったくないと断言できる。

 http://www.tradeobservatory.org/library.cfm?refid=78475

 それによると、パネルはバイテク製品が安全かどうかいう問題はまったく検討しなかったと明言している。それだけではない。パネルは、提訴国が要求した問題のGM製品は対応する非GM製品と類似(like)のものであるかどうかの検討も必要がないと退けた。さらに、EUが販売前の承認を要求する権利をもつかどうか、個々の製品についてあり得る様々なリスクの考慮を要求するEU指令の承認手続がWTO協定と両立するかどうか、特定のバイテク製品の安全性評価に関するEU科学委員会の様々な結論については、提訴国自体が検討を要求しなかったという。米国通商代表が事実をいかに捻じ曲げているか明瞭だ。

 パネルが取り上げたのは、第一に、EUのGMO承認手続がWTO衛生植物検疫(SPS)協定と両立するかどうかの問題である。パネルは、EU指令(2001/18)が定めるGMO承認手続はSPS協定の意味における衛生植物検疫措置であると結論している。指令が評価を要求するあり得るリスクは、SPS協定がカバーするタイプのリスクだと言う。新規食品・食品成分に関する承認手続(規則258/97)についても同様な結論だ。EUのGMO承認手続はSPS協定に違反しないということだ。

 ただし、パネルは、EUと科学専門家が提供した証拠が提起される多くの懸念(マーカー遺伝子からの抗生物質抵抗性遺伝子の移転など)が実際には起きそうもないことに注目した。他方、農薬抵抗性発達のような別の懸念は実際に起きる可能性があるようにも見えた。しかし、これらのリスクを事前に考慮するEUの権利については、提訴国が問題にしなかったという。

 第二に取り上げたのは、GMO新規承認のモラトリアムである。提訴国はこのモラトリアムの期間を1998年10月から2003年8月までとしたが、パネルは、この事実上の一般的モラトリアムは1999年6月から2003年8月29日までのものであることを確認した[農業情報研究所注:米国等が主張したモラトリアムの始期は通説のようになっているが、これは不正確である。その始期は、EU環境相理事会がGMOに関する法律を強化する立法に関して共通の立場を採択した1996年6月24日とするのが正しい]。これについて、パネルは、モラトリアム自体ではなく、それがSPS協定に違反するわけではない承認血手続の運用・摘要の遅れをもたらしたことを問題とした。それが、個々の製品の承認を遅らせ、SPS協定が定める適切な期限内の承認ができなかったという結果だけを問題としたわけだ。

 こうして、EUは一定の製品の承認申請を審査しなかったという提訴国の主張が検討された。これについては、27の申請の審査記録を検討した結果、24の製品について適切な期限内に承認手続が完了しなかったとした。従って、これら24の製品についてのSPS協定違反を認めた。

 第三の問題は、EUが承認したGMOの禁止を続けるいくつかのEU諸国のセーフガード措置である。これについては、関係国のSPS協定違反をはっきり認めた。EUがSPS協定の義務を果たすのを妨害しているということだ。EUの承認手続を合法とし、対立するEUとこれら諸国独自の安全性評価を問題としない以上、必然的にもたらされる結論だろう。安全性評価自体は問題にしないというパネルの基本姿勢は、これら諸国には不利な結果をもたらすことになった。

 このように、パネルは、GM技術が安全とも有用とも一言も言っていない。提訴国が余りに時間がかかりすぎ、バイテク企業の利益を損なっていると非難するEUのGMO承認手続自体は問題としておらず、個別品目の承認の遅れを問題としたにすぎない。パネルは、「米国はEUの承認制度が厳格にすぎ、承認までに米国よりも長い時間がかかると考えるだろう。米国は米国で安全と考えられたGMOは世界の他の国でも安全と考えられるべきと信じている。しかし、EUやEU諸国のような主権組織、あるいは世界のすべての国は、諸措置が既存の国際ルールと両立し、明確な科学的証拠に基づくならば、その市民が食べる食品に関する自身の規制を定める権利を持つ」というEUの主張を基本的に認めたことになる。

 この裁定が厳格な承認制度を追求する途上国等他の国への圧力となり、これらの国のGM作物・食品導入を加速するだろうというよく見られる論調も、米国とバイテク企業の立場を後押しするだけの根拠のない希望的観測にすぎない。仮に米国の全面勝訴だとしても、「世界にGM食品を強要する」「米国のマスタープラン」は、世界中で反撃に会うだろう。米国のバトルは勝利にほど遠い(America's masterplan is to force GM food on the world,The Guardain,2.13;http://www.guardian.co.uk/comment/story/0,,1708257,00.html)。