カルタヘナ議定書 表示ルールで合意 議定書の死命を制するルールに大穴

農業情報研究所(WAPIC)

06.3.20

 ブラジルのパラナ州・クリチーバで開かれていた(3月13−17日)バイオセーフティーに関するカルタヘナ議定書締約国第3回会合(MOP3)が閉幕した。その結末を報じる国際プレスサービス(IPS)の報道によると、最終日夜に到達した最終合意への修正への不満と批判はあるものの、この会合に参加した132ヵ国の代表団は議定書は”命脈を保っている(is alive)”と祝賀したそうである。

 ブラジルのマリーナ・シルバ環境相は、「我々は正当な懸念を考慮に入れる重大な譲歩を行った」が、交渉の基礎として役立ち、広く受け入れられたブラジルの提案は必要なコンセンサスを得るのに失敗、少しばかりの(a few)変更を受けたと後悔することで会合を締めくくったという。

 Biosafety Protocol Alive, but Restricted,IPS,3.18
 http://www.ipsnews.net/news.asp?idnews=32550

 問題の焦点は、食品・飼料としての直接利用か、加工を目的とする製品中の生きた遺伝子組み換え体(LMOs)を含む国境を超える荷物の表示ラベルをどうするかだった。これは、まさに議定書の”心臓部”をなす。LMOsを含むという明確な表示とこのLMOsに関する詳細な情報がなければ、このような荷を受け入れる国や地域は、それがもつ生物多様性に対するリスクの評価もできなければ、リスク軽減手段も講じられない。議定書を生かすも、殺すも、この表示のあり方にかかっている。

 会合の行方を決定的に左右するホスト国・ブラジル政府は、“LMOsを含むかもしれなない”という表示にとどめるべきだとするアグリビジネスと農業省の抵抗で開会直前まで態度を決めかねていた。開会後になって漸く、締約国に義務的表示の段階的導入を許す4年間の移行期間を設けることで、“LMOsを含む”という義務的表示を認める妥協的提案を行った。

 会合は、新たな協定の下では、LMOsを含むことがしてはっきり確認され、分離された製品は、“LMOsを含む”というラベルを付されねばならないと合意したという。だから、議定書は”命脈を保っている”と祝賀されたのだろう。しかし、シルバ環境相が言う「少しばかりの」変更という言葉は、文字通りに受け取ってはならない。それは議定書の命脈にかかわる重大な抜け穴、というよりも大穴を生み出した。だからこそ、同環境相も「後悔」せねばならなかったのだろう。

 報道によると、ブラジル政府が提案した4年間の移行期間が6年に延長されただけではない(ベネズエラ、EU、日本がこれを支持したというーMexico and Paraguay Block Agreement on Biosafety,IPS,3.17http://www.ipsnews.net/news.asp?idnews=32548)。(1)LMOsの存在が証拠書類で立証されず、確認されなかった場合には“LMOsを含むかもしれなない”という表示も認めることになった。さらに、閉会を4時間延ばすことになったメキシコの粘りで、(2)表示のルールは議定書締約国と非締約国の間の輸送には適用されないことになったという。

 (1)の変更が承認されたとすれば、例えば、大豆の大輸出国であるアルゼンチンと米国が議定書に調印しておらず、表示要件を免除されるLMOsを識別、その存在を確認するコストがブラジルの競争力を殺ぐと主張するブラジルのアグリビジネスが、この識別・確認を怠ることを容認することになる(カルタヘナ議定書締約国会合 GMO表示で立ち往生 ブラジル政府に深い亀裂,06.3.14

 このGM大豆大輸出国から輸出される大量のLMOを含む荷が世界中に流通することを容認するということだ。安全性も確認できず、リスク軽減方法も分からないこのような荷が入ることを輸入国・地域が阻止することだけが安全確保の手段となるが、これを不当と訴えられたWTOがこのような輸入国・地域の行動を、この変更条項を根拠に禁じることになるかもしれない。これは、議定書に大きな抜け穴を開けることを意味する。

 (2)の変更はもっと重大だ。メキシコがこれにこだわったのは、さもなければ、カナダ・米国(いずれも議定書非締約国)と結んだ自由貿易協定(北米自由貿易協定=NAFTA)の約束を維持できなくなるからだ。この協定では、5%までの遺伝子組み換え(GM)製品を含む荷は“非GM”と表示でき、偶然に汚染された荷は識別または表示を要しないとされている。メキシコは第一級の生物多様性をもつ国として、カルタヘナ議定書の熱心な支持国であったし、“LMOsを含む”の表示にも反対してこなかった。それが最終段階で合意を引延ばし、結局はこの例外を引き出した。背後に米国の強力な圧力があったとしか考えられない。

米国は議定書に調印していない最大のGM作物栽培国であり、輸出国である。他の大栽培・輸出国、カナダ、アルゼンチンも非締約国だ。これらの国が輸出する製品に表示ルールが適用されないとすれば、事実上、世界中に出回る大部分のGM製品がこのような表示を免れることになる。これは、事実上、議定書を死に体にさせる大穴だ。

だからといって、大輸入国・地域である中国やEUが厳格な表示要求を取り下げることはあり得ない。しかし、このような例外を国連協定が認めたとなれば、米国、カナダ、アルゼンチンは、これを違法とするWTOでの攻勢を一層強めるであろう。新たな合意は、WTOの下でのGMOをめぐる貿易紛争を煽るだけの結果になるかもしれない。