欧州医薬品庁 GM山羊が生産する医薬品の承認を勧告

農業情報研究所(WAPIC)

06.6.5

  ヨーロッパ医薬品庁(EMEA)の人間用医薬品委員会(CHMP)が6月2日、米国・マサチュセッツ州のGTC Biotherapeutics社の開発した遺伝子組み換え(GM)動物から生産される最初の薬品の承認 を拒む2月の意見(EU医薬品機関 GM動物から生産される薬品を承認せず(速報),06.2.24) を翻し、例外的条件の下でのヨーロッパにおける使用を承認するように勧告した。

 EMEA Press Release:http://www.emea.eu.int/pdfs/general/direct/pr/20316306en.pdf

 CHMPは、2月の意見の再検討を支持するGTCが提出した根拠を再審査するとともに、CHMPが国際的専門家で構成される独立専門家委員会に対して提起した特別の問題への解答を審査し、この薬の限定的使用の便益はリスクを上回ると結論したという。3ヵ月以内に予想される欧州委員会の最終的承認を経て、GM動物が生産する医薬品が世界で初めての実用化に漕ぎ着けることになりそうだ。

  この薬、ATryn は、血栓の形成を妨げる人間の遺伝子を組み込まれた山羊の乳から抽出されるものだ。CHMPは、重要な血液凝固制御因子であるアンチトロンビンと呼ばれる蛋白質を作る遺伝子が欠損しているために容易に血栓ができる患者の手術中の使用を認めるように勧告した。

 通常、このような患者にはワーファリンなどの血液希釈剤が使われる。しかし、それは、出産や手術の間に出血の副作用を惹き起こす危険がある。従って、このような場合には、代わりにアンチトロンビン が使用されることがある。しかし、これは現在は人間の血漿から抽出されており、病気(例えば狂牛病の人間版とされる変異型クロイツフェルト・ヤコブ病=vCJDのような)を伝達する恐れがある。従って、 その使用には非常な制約があり、他に選択肢がない場合にしか使用されない。

 会社はこのような問題を解消するために、これを動物に生産させようとしたわけだ。会社は、この方法により生産コストが引き下げられ、また一層広範な患者がその恩恵に浴することになると言う。人間の血液由来のアンチトロンビン1ポンドのコストは10万ドルに上るが、GTCの山羊1頭は年に1ポンド半(15万ドル相当)以上を生産することができるという。GTCは米国マサチュセッツ州で”製薬工場”として利用するため の山羊を1400頭飼育している。

 GTC Biotherapeutics Gets Surprise Boost From EU,.redorbit.com,6.3
  http://www.redorbit.com/news/health/526158/gtc_biotherapeutics_gets_surprise_boost_from_eu/index.html?source=r_health

 GTCの発表によると、英国グラスゴゥロイヤル病院のイソベル・ウォーカー教授は、CHMPの意見はヨーロッパの先天的アンチトロンビン欠損症患者や医者にとっての朗報だ 、ATrynは人間の血漿由来のアンチトロンビンによる治療の代替手段を提供し、患者はどのように治療を受けるか、一層多くの選択肢を持つことになるとコメントしている。

 GTCのジェフリー・コックス最高経営責任者は、次のように述べている。

 「我々は、この製品の販売開始に必要な活動を始め、また重症敗血症に結びついた播種性血管内凝固症候群(DIC)の治療のためのATryn のさらなる開発を支援するために、ヨーロッパの提携会社・ LEO Pharma A/Sとの共同を期待している。この意見は、米国での許可申請のための遺伝的欠損症の進行中の研究においてATrynの開発継続を大いに励ますことにもなる。それは、ATrynが提供すると 信じる重要な商業機会を拡大させ、また治療用蛋白質の生産のための遺伝子組み換え技術を束縛から解放しようとする我々の戦略の重要段階を画する」。

 GTCは、米国で進行中のATrynの臨床試験は今年中に終わり、2007年半ばまでに食品医薬局(FDA)に承認申請する予定という。 また、この臨床試験の結果に基づき、CHMPに対しても、出産中の先天的アンチトロンビン欠損女性の深部静脈血栓症や血栓塞栓症の防止のためのヨーロッパでの使用承認を求めるという。LEO Pharmaも、重症敗血症に結びついたDICを治療するためのヨーロッパでのATrynの開発を始めた。EUでは、毎年22万の重症敗血症が発生していると推定されるという。

 ATrynョ RECEIVES CHMP RECOMMENDATION TO GRANT MARKET AUTHORIZATION,6.2

 GM山羊が生産するATrynの当面の市場規模はそう大きなものではない。先のredorbit.comによると、アンチトロンビン欠損症患者は3000-5000人に1人と稀で、米国でおよそ6万人という。しかし、その承認は、商品化の見通しが不透明なために低迷してきた動物に薬品を生産させるGM技術の開発を活発化させる重要な契機となるかもしれない。GM植物、特にGM食用植物に医薬品や工業製品を生産させるGM技術に対しては、食品への混入を恐れる消費者や食品業界の反対が衰えていない。しかし、GM動物に薬品を生産させることに対するはっきりした反応は見られない。