クローン動物由来食品をめぐる米国の議論 倫理・動物福祉も考慮せよとのことだが・・・

農業情報研究所(WAPIC)

06.10.20

 米国食品医薬局(FDA)が今年中にもクローン動物とその子の肉や乳の販売を承認するだろうと先日伝えたワシントン・ポスト紙が(米国FDA 年内にクローン動物由来食品販売を許可 米紙が報道,06.10.17)、これに賛成する者も反対する者も、このような決定は、人間の安全性問題だけでなく、倫理や動物福祉の問題に基づくべきだと語ったと伝えている。

 ミシガン州立大学とNPO・”食料及びバイオテクノロジーに関するポー・イニシアティブ”(web)が主催した18日のワシントンでの会合で、生物学、哲学、倫理学者、神学者たちは、科学者は社会問題を解決するために倫理的手段を使うという”暗黙の社会契約”に加わらねばならないと語ったという。

 Religion a Prominent Cloned-Food Issue,The Washington Post,10.19
 http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/10/18/AR2006101801713.html

 ロンドンの”世界動物保護協会”のMichael Applebyは、「これらは動物である。彼らはただの経済装置ではない。・・・ただの機械ではない」と語った。”家畜はどれほど親切に扱うに値するのか”、”動物は変えられてはならない種に特別の本性を持つのか”といったこの会合のトピックの多くは、農業方法が人工授精、体外受精、胚操作を含むように変化してきたから、長年 にわたり論議が沸騰してきた。しかし、彼は、クローニングと遺伝子操作は、どこまでの操作が受け入れらるかをめぐる”問題を鮮明にする”と言う。

 一部消費者団体と個人は、多くのクローン動物は生まれて間もなく死ぬからと、その肉の販売に反対する。他の者は、もっと哲学的に、あらゆる動物は個性と無欠性をもち、クローンされた複製によりそれが侵害されると論じる。また別の者は、技術が非倫理的な人間への適用につながる懸念から、動物バイオテクノロジーの発展を遅らせるように要求した。

 ”バイオテクノロジー産業機関”(BIO)のBarbara Glenn動物バイオテクノロジー主任も、動物福祉の重要性を認めた。クローン動物は非常に価値あるものだから、王様やロックスターのように扱われているとしばしば指摘している彼女は、クローンの生存率は他の 繁殖技術で生産される動物の生存率に近づきつつあり、生き残ったクローンは通常の動物と同じように健康だと言う。

 新たな技術がもたらした問題の中でもとりわけ大きな問題は、一定の宗教の信奉者は、売られている肉が邪悪に見える生産過程により作られ、あるいは食べることが想定されていない生物の遺伝子を含むとすれば、厳格な食事ルールをどのようにして守ることができるかという問題だ。 

 ビクトリア大学のHarold Coward”宗教と社会研究センター”所長は、世界の宗教は今、動物農業の最近の変化にどう対応するの問題で格闘していると語った。

 彼によると、ヒンズー教は、動物を動物の形をした人間の魂と見ており、肉食を”準-共食い”と見るから、クローン動物を食べるかどうかを考える必要がない。その指導者は、遺伝子組み換え(GM)植物は宗教儀式では用いることができないとしているものの、これら植物の消費や動物クローニング には、一般的には賛成している。

 仏教は、研究をする科学者の動機に関係して動物バイオテクノロジーの問題に取り組んでいる。苦痛を和らげることが動機ならば、このやり方を受け入れている。

 ユダヤ教では、動物バイオテクノロジーはホット・トピックとなっていない。クローニングは大抵は受け入れているように見えるが、遺伝子改変動物の創出は異種間移植に対するタルムード[ユダヤの律法と注解の集大成本]の禁止に違反する可能性があると見られている。

 ムスリムは、最初は、クローニングが唯一の創造者であるアラーの権利を侵害することを恐れた。しかし、その後、創造の仕事を補強する人間の能力はアラーの贈り物であるという理由で、クローニングとその他の動物改変を受け入れるようになった。

 キリスト教指導者の間では、クローニングは概して”傲慢な行為、大きな罪業”と見られているが、変化が進行中である。スコットランド協会でさえ、経済的利得が主要な動機ではない小規模な実験は承認している。

 企業クローン業者の動機については意見が分かれたが、何人かは、少なくとも多少の善意はあると語った。先のBIOのGlennは、最も健康な動物を作りだすことに貢献し、健康な動物は健康な食品を作りだすと言う。

 クローン動物の問題は確かに重要だ。「人間の安全性問題だけでなく、倫理や動物福祉の問題」も重視せよという原則には賛成だ。しかし、議論は余りに拡散してしまったようだ。

 今必要なのは、こような問題が生まれる根源、例えば生まれてすぐに母子を分離し、代用乳・人工乳で子牛を育てるといったわが国では肉用牛生産にまで広がっている動物の”食料生産装置”化、経済効率最優先の工業畜産のとめどもない拡大を俎上に乗せることではなかろうか。クローン動物の問題も、その中で議論すべきではないかということだ。