農業情報研究所意見・論評2010年12月21日

TPP参加と農業は両立できる 朝日社説が暴論

12月20日の「今日の話題」から転載

 今日の朝日新聞社説によると、例外なしの貿易自由化を実現するTPPへの参加と日本農業は、「米価維持のためにコメの需要減に合わせて水田の作付面積を減らす官製の生産調整策」を廃止し・「零細農家も補償」する戸別所得補償制度を改めることで「農業の大規模化によるコスト削減」を促す農業改革」で両立できるそうである。「本来、高品質で定評のあるコメは今後ふくれあがるアジアの富裕層向けに輸出できる潜在力がある。遅ればせながら農水省は今月上旬、中国の国営企業とコメの対中輸出について覚書を交わした。今後、大いに期待できる。778%というコメの高関税をなくし輸入米に門戸を開いても、日本のコメが国内市場から締め出されるようなことは考えにくい。反対論者が反対理由に挙げる内外価格差は接近してきた。国産米価格は60キロ当たり約1万3千円だが、中国産米の輸入価格も10年前の3倍となって1万円超だ。・・・・・・「農業が輸出産業の犠牲になる」という発想を乗り越えたい。グローバル市場を相手に日本農業を再設計すれば、貿易自由化はけっして怖くない」」ということだ。

 一つ根拠を質したい。「中国産米の輸入価格も10年前の3倍となって1万円超だ」はどこから出た数字なのだ。財務省貿易統計によれば、2009年の中国からの精米輸入価額は64億2300万円、輸入量は8183トン、従ってトンあたり輸入価額は9万4750円、60キロあたり5700円弱である。2010年の10月までの輸入についても同様にして5500円ほどだ。1万円超などという数字はどこから出てたのだろうか。ついでに言えば、将来はTPP参加が予想されるタイの精米の2009年の輸入価格は、60キロあたり、たったの3212円である。

 TPP参加と農業が両立するためには、日本の農業の根幹をなす稲作が、「改革」によってこのようなコメの国際価格までの米価下落に耐えられるほどの「コスト削減」を実現せねばならない。前にも書いたように(TPPをにらみ農家の大規模化を促進 鹿野農相 日本農業破滅への道,10.11.20)、日本の米生産費は、農水省米生産費調査(平成21年)で知ることができる最大規模の15ヘクタール以上作付農家の平均でも1万円を超えている (11206円)。平均1.5ヘクタール程度の1経営あたり作付面積を10倍に増やしても(245万ヘクタールの日本水田のすべてをたった245000/15=16万3333の経営が耕すほどに「改革」を進めたとしても)、中国米輸入価格の倍、タイ米輸入価格の3.5倍もの生産費がかかる。社説が暴論であることは明らかだ。

 社説は「農林水産省や農協は、TPP参加で高関税という防護壁を失えば、「国内農業は壊滅的打撃を受ける」と主張する。だが、改革による生き残りと再生への道を歩むべきではないか。 TPP問題が浮上するずっと前から、農業は改革の必要に迫られてきた。働き手が平均66歳と高齢化し、後継者不足も深刻で、あと10年もすれば国内農業は自壊しかねない。 こうなった要因の一つが農政の基軸だった減反政策だ。米価維持のためにコメの需要減に合わせて水田の作付面積を減らす官製の生産調整策である。40年間で総額7兆円の税金が投じられたが農業所得は20年前から半減した。 減反の最大の罪は、創意工夫と大規模化で自立しようと努力する主業農家の足を引っ張ってきたことだ」と主張する。

 TPPと農業―衰退モデル脱却の好機だ 朝日新聞 10年12月20日

 コメ消費減退からくるコメあまり・米価下落、その結果としての農業所得・雇用の喪失と農地潰廃・耕作放棄をいかに食い止めるかは農政の最重要課題であったし、今もそうである。このままでは、日本から田んぼが消えてしまう。だからこそ、減反、生産調整(と所得補償)、それで浮いた水田を農地として維持し続けるための転作奨励、水田への稲作付を維持するための飼料用等「他用途」米利用拡大策、規模拡大促進など、このような結果を回避するためのさまざまな施策が考案され、実施されてきた。それは、必ずしも成功を収めているわけではない。麦や大豆への転作の経済的・技術的条件は不備のままである。安価な輸入トウモロコシと競合する飼料用米の拡大の奨励(補助)は、財政を圧迫するばかりか、米国との深刻な貿易摩擦を引き起こす恐れがある。主食用コメ消費拡大のための努力も成果を上げていない。しかし、だからこそ、農業と農村の衰微、日本からの田んぼの消滅を防ぐためにはどうしたらよいのか、既存の諸施策の改善も含む真摯な農政論議が交わされてきたのである。

 ところが、TPP参加はこうした論議をすべて無意味にしてしまう。米価を国際価格まで下げて何事もないなら、すべての問題はたちどころに解消する。しかし、そんなことはあり得ない。TPP参加は、「PP問題が浮上するずっと前から」続いてきた農業衰微に拍車をかけるだけである。国産米消費は減り続け、米価は下がり続け、麦や大豆への転作や飼料米拡大はますます困難になり、さりとて所得補償や奨励金支給を増やせば財政はパンク、否、そうなる前に、新たな協定はWTO以上に補助金支出に規制をかけるだろう。もはや、いかなる政策も、農業衰微を止めることはできない。

 それにしても超一流紙の論説がこのレベルとは。超一流と言うには世界に恥ずかしすぎる。