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EU:有機農業アクション・プラン策定を目指すオンライン協議を開始
ーわが国は何を学ぶべきかー

農業情報研究所(WAPIC)

03.2.12

 2月6日、欧州委員会は、有機農業の将来に関する期待を分析し、有機食品と有機農業に関する将来のアクション・プラン策定を見据えたインターネットを通じての広大な協議の開始を発表したConsultations: Towards a European Action Plan for organic food and farming)。これは、2001年6月、農相理事会が、EU構成国、欧州委員会、すべての関係者に対して、ヨーロッパにおける有機産品の生産・加工・貿易・消費を促進するために、ヨーロッパ・レベルでさらにどのような行動が可能か、アイデアを共有するように要請したことに応える第一ステップをなす。

 この協議は、有機食品と有機農業のためのEUアクション・プランの可能性を分析する欧州委員会作成のワーキング・ドキュメントに基づき、市民が様々な問題に関する意見を述べる機会を提供するものである。この協議において、市民は、共通農業政策(CAP)がどのようにして有機農業の発展と有機食品のトレーサビリティ−・真正性を確保できるのか、EUの有機農業のロゴの使用をどのように強化するかなどについて意見を求められる。このドキュメントは、EUにおける有機農業の発展と現状について詳述、生産・販売過程におけるボトルネックを分析するとともに、将来のアクション・プランのための多数のアイデアを提案している。この協議の結果は今年の夏にオンラインで公表され、欧州委員会は、年末には最終的なアクション・プランを提出するという。

 この発表に当り、フィシュラー農業担当委員は次のように述べている(欧州委員会Press Release:Organic farming: Commission asks public to have their say)。

 「有機農業は消費者の深い関心事となっている。このオンライン協議は、消費者に対し、有機農業のための将来のアクション・プランに関する意見を表明する機会を提供する。これは、CAPを一層透明で、消費者に向けて方向づけるための一つのステップである」。

 このプレス・リリースは、「第6次共同体環境行動計画、ヨーテボリ欧州理事会で概括された持続可能な発展戦略、農相理事会の環境統合戦略、これらすべてが有機農業の重要性、その環境への積極的寄与、そしてそれがCAPにより支援される必要性を強調している」と、EUにおいて有機農業が積極的に位置づけられていることを述べる。

 ワーキング・ドキュメントが認めるアクション・プランの中心的柱は次のとおりである。

 a)有機生産物販売のための多様なシステムの開発と促進、

 b)環境的に脆い地域に有機農業のターゲットを絞ること、

 c)農業者間の技術情報の交換を奨励すること、

 d)CAPによる有機農業支援の確保、

 e)有機食品のトレーサビリティーと真正性の確保、

 f)EUロゴの使用の強化、

 g)追加的監査要求を必要とするところでのこれに関する情報アクセスの提供、

 h)共同体監査を含む監査システムにかかわるすべての当事者間の有効な協同の確保を伴う検査方法、統制手続、監視、認定の調和、

 i)輸入産品がEU産品との公正競争と途上国にかかわるEUの約束の双方を尊重するように、適切な標準化手続を実施すること、

 j)有機農業の原則との適合を保証するように、いかなる生産方法、物質などが受け入れられるかに関する独立の、高度な質をもち、透明なアドバイスを出すための機関の設立、

 k)一層永続的なベースに拠る生産、.消費、貿易に関する統計データの収集と通報、

 l)食品の安全性と品質の観点から、新たな産品と加工方法の開発・有機農業の環境的持続可能性や有機・慣行食品の比較研究への研究の拡張を含む有機農業研究への有効な資金供給。

 翻って、わが国の現状はどうであろう。農業政策の優先目標を専ら食糧の量的確保と生産性向上に置く政府は、有機農業に敵対的とは言わないまでも、それを極めて消極的にしか位置づけてこなかった。BSEに始まった食品安全重視への転換、WTO農業交渉における環境保全・地域振興などの多面的機能の重視の主張にもかかわらず、この姿勢は一向に変わらないようにみえる。有機農業施策としては、有機産品を名乗ることができる基準を導入しただけで、多くの国で導入されている「転換援助」さえない。

 この状況は、1990年代前半までのヨーロッパ諸国でも似たようなものであった。しかし、BSE等から生じた食品安全や環境問題への市民の関心の高まりのなかで、例えば有機農業に敵対的であったフランス国立農学研究所(INRA)さえも態度を一変させ、有機農業の技術的・社会経済的問題の本格的研究に乗り出した。食品安全機関(AFSSA)は、改めて有機食品の栄養価と安全性に関する評価の活動を行なっている。フランスでは、有機農産物の生産・品質・保存・加工の改善や消費の促進を目的とし、農民・技術者・獣医師・研究者などで構成され、主として現場での技術問題と開発にかかわる有機農業専門の研究組織・生物学的農業技術研究所(ITAB)も設立されている。これらは、まさにEUの上記文書が必要性を強調するものの一部をなす。

 わが国の遅れは、特定農薬問題で完全に露呈したのではないか。農業者、特に有機農業者が独自に編み出した様々な防除方法や資材の特定農薬指定問題で大混乱が生じた。この混乱の責任の一端は、有機農業生産技術やそれから生み出される食品の安全性、その環境へのインパクトなどについて、ほとんど研究してこなかった行政にある。また、有機農業から生み出される食品は安全であり、有機農業は環境にも優しいことを「自明」のごとくする「傾向」があり、せめてフランス並みの有機農業研究を実現することなく、主張もしてこなかった有機農業推進者にも責任の一端がある。合成化学物質に依存しない有機農業は、自然・生物の生産力を最大限に引き出そうとする農業方法である。それは、もともと、特定の化学物質・肥料の効果や安全性や環境影響の研究をはるかに越える超える複雑で、困難な研究を必要とする。しかし、研究のほとんどは前者に注がれ、後者の研究は軽視されるか、無視されてきた。特定農薬問題においても、有機農業の全体的評価や位置づけの問題はそっちのけ、農業者の編み出した特定の技術の効果や影響を見極めることだけに焦点が当てられている。

 このような研究は必要なことではある。しかし、わが国が何よりも必要としていることは、農業政策における有機農業の位置づけをEU並みに変えることである。その上で、とりわけ、欧州委員会が掲げる将来のアクション・プランの柱の「有機農業の原則との適合を保証するように、いかなる生産方法、物質などが受け入れられるかに関する独立の、高度な質をもち、透明なアドバイスを出すための機関の設立」(j)、「食品の安全性と品質の観点から、新たな産品と加工方法の開発・有機農業の環境的持続可能性や有機・慣行食品の比較研究への研究の拡張を含む有機農業研究への有効な資金供給」(l)を実現することが重要になる。

 (一部、誤解を招きかねない表現があったために、2月13日に若干の改訂を行なった)