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EU:欧州委員会、WTO農業交渉に向けて提案

農業情報研究所(WAPIC)

02.12.19

 16日、欧州委員会がWTO農業交渉に向けた提案を発表した。農業交渉の枠組み(「モダリティ」)の設定期限(来年3月末)が迫るなか、これに関する提案を出し渋ることで、農業交渉ばかりか、ドーハ・ラウンド全体の進展を遅らせ、ひいてラウンドを崩壊させかねないと集中的批判を浴びていたEUが、遂に提案に踏み切ったわけである。

 提案は、輸入関税の平均36%の引き下げ、輸出補助金の45%の削減、貿易歪曲的国内農業助成の55%削減や後発(最貧)途上国からのすべての輸出農産物の無税・無割当のアクセス、途上国からの輸入品の少なくとも50%についてのゼロ関税アクセスなどを含む(提案の内容詳細や背景については、EUのWTO農業交渉提案(12.16発表),02.12.17及び欧州委員会 EUの農産物貿易に関する事実と数字,02.12.18を参照されたい)。平均関税率をすべての加盟国一律に15%(個別品目で許される上限は25%)に引き下げ、輸出補助金を5年間かけての全廃し、貿易歪曲的国内助成は生産価額の5%未満に制限するという米国提案(米国のWTO農業提案(要約版),02.7.27)や類似のケアンズ・グループ提案に比べれば、それほど「野心的」な「自由化」提案ではない。

 しかし、EU共通農業政策の歴史と現状からすれば、これは驚くべき「野心的」提案と言え、フランスのリベラシオン紙が「コペルニクス的小革命」と呼ぶほどである(Agriculture: Bruxelles se veut moins généreuse,Libelasion,12.17)。関税率や国内助成の大幅削減を恐れ、提案に数値目標を盛り込まなかった日本にもショッキングな内容であろう。そのうえ、日本が強く主張する「ミニマム・アクセス」の改善には何も触れていないし、ウルグアイ・ラウンドで導入され、米国とケアンズ・グループが全面廃止、途上国グループが先進国における廃止を主張している「特別セーフ・ガード」についても、途上国についてしか言及していない。

 だが、EU共通農業政策(CAP)に対する国際世論、とりわけ途上国や開発NGO批判の厳しさを考えれば、この提案は出るべくして出たものとも言えよう。CAPは、かねて補助金付き輸出により途上国の農業生産と食糧安全保障を脅かし、手厚い国内助成により途上国の輸出機会を減らし、開発を阻害しているという批判を集中的に浴びてきた。これらの批判がどれほど正鵠を射たものであるかについては議論があり得る。EUは、途上国の食糧安全保障を脅かすのは不公正な貿易慣行だけではなく、貧困と資源の欠乏でもあると言う。それは間違ってはいない。それは、開発援助政策のあり方にもかかわる。今、ジンバブエでは、白人からの強制収用農場を再配分されたかつての解放戦争の戦士たちが、肥料や播くべき種も手に入れることができず、金鉱山からの廃物をあさってかろうじて生き延びている(Gold Lures Zimbabwe's New Farmers,Financial Gazette(Harare),12.13)。彼らに国民の食糧を保証する余裕はない。反植民地主義の指導者が率いる「非民主的」国家には、この程度の必要を満たすための援助も与えられない。

 だからといって、現行CAPがすべての責任を免れるわけではない。今年7月、欧州委員会が、保証価格引き下げの代償として農業者に支払われる直接援助(ウルグアイ・ラウンドで「ブルーボックス」に分類された灰色国内助成で、他の国の対抗措置発動の対象とはならないが、この規定は、現在のラウンドで更新が認められないかぎり、2004年以降には失効する)を削減し、これを農村開発措置や農業環境政策に振り向けるという「中間見直し案」(EU:欧州委員会、共通農業政策見直し案を発表,02.7.11)を発表すると、CAP批判の鉾先は多少鈍った。しかし、11月末、フランスのシラク大統領とドイツのシュレーダー首相との取引で2013年までの直接援助の継続が合意されると(CAP財政で独仏が合意、遠のく改革,02.10.25欧州理事会(EUサミット)、CAP予算枠で合意,02.10.29)、批判は以前にも増して高まった。それは、途上国の最良の友を自認するEUにとって耐え難いことであったし、まして「開発ラウンド」と銘打つドーハ・ラウンドを崩壊に導いた張本人の汚名を着せられるのは、何としても避けねばならない。そのために、とりわけ途上国に配慮したとする今回の大胆な提案に至ったと思われるのである。

 EUにとってはいささか大胆な提案とはいえ、米国やケアンズ・グループの盟主・オーストラリアにとっては臆病な提案にすぎない。欧州委員会の提案が明らかになると、これらの国は、提案によって、ともかくも交渉が軌道に乗ることになったことを歓迎しつつ、提案内容については厳しい評価を下した。16日、米国通商代表部(USTR)は、「欧州委員会の提案は、歓迎はするが、世界農業貿易の根本的改革の名に値しない」、「従って、欧州共同体が、来年早期に、世界農業貿易における一層大きな関税と補助金の削減の支持を可能にするCAPの改変を求めるように希望する」という声明を発表した(Statement on Agriculture Proposal in the WTO)。オーストラリア対外貿易相・マーク・ヴェイルは、EUの提案は、市場アクセスの改善をほとんどもたらすことのなかったウルグアイ・ラウンドの関税引き下げ方式を繰り返し、関税率割当の拡大については何も触れず、貿易歪曲的国内助成は意味ある変化をもたらすものではなく、輸出補助金については、段階的に廃止するというドーハでの約束も無視していると非難する(EU Draft Ag Negotiating Proposal, Too Little, Too Late,12.18)。

 しかしながら、大幅な関税引き下げや特別セーフ・ガード廃止において途上国にも例外を認めず、特段の途上国優遇策も提示しない米国提案は、とりわけ途上国にとっては非現実的なものである。それは、ブラジルやアルゼンチンのような中位途上国には利益をもたらすかもしれないが、大多数の途上国には受け入れ難いものである。途上国が大半を占める現在のWTOでは、EU案のほうがはるかに実現の可能性が高いと思われる。とはいえ、国際的開発NGO・Oxfamは、世界の最貧国農民がEUの輸出補助金の半減を2013年まで待たねばならないのは馬鹿馬鹿しい話と、早速提案をけなしている。その輸出補助金削減も、米国の輸出信用に対する同等な規律の実現を条件としているのだから、米国の出方次第では空約束となってしまう。しかし、今のところ、委員会がこれ提案以上に踏み込むことはできないであろう。

 現在の提案は、あくまでも欧州委員会の提案である。それが公式提案となるためには、EU15カ国の承認を得なければならない。現在までのところ、上記のOxfamを除けば、委員会案に対する明確な反応はどこからも出ていない。カギを握るのは、CAP改革に強硬に反対しているフランスであろう。フランスの農相は、この提案に敬意を表しているという(La France salue la "tonalité générale" du document,Le Monde,12.17)。しかし、多数派農民組合・全国農業経営者連盟(FNSEA)は、輸出補助金削減や関税の大幅引き下げには強く反対するであろう。少数派農民組合・農民同盟は、もともと途上国の「食糧主権」を脅かす輸出補助金の廃止を求めているが、関税については引き下げどころか引き上げを要求するであろう。農民同盟は、ヨーロッパと世界における「食糧主権、農民的農業・酬いある(生産費を賄う)価格・農民のための雇用の尊重、健全ですべての者がアクセスできる食料、環境と自然資源の保全」をCAPが保証するように要求する「CAPの即時方向転換のためのキャンペーン」を展開している。常にFNSEAに従う全国青年農業者センター(CNJA)までもが宣言文書(農民同盟ホームページ)に署名するという歴史的ハプニングまで引き起こしたこのキャンペーンは、世界の国々とヨーロッパの市場の輸入からの保護を伴なう「酬いある価格」を提案している。委員会提案がこれ以上踏み込めば、フランス政府の承認も得られないであろう。

 この提案により、ゲタは米国と途上国に預けられたと言えるのではなかろうか。