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WTO農業交渉モダリティー、期限内合意に失敗ーその先は?

農業情報研究所(WAPIC)

03.4.1

 WTO加盟国は、予想されたとおり、農業交渉のモダリティーに関する期限(3月31日)内合意に失敗した。昨年末には、。農業交渉は、やはり昨年末の期限内合意に失敗した貧困国に安価な医薬品を提供するための協定とともに、開発ラウンドと銘打たれたドーハ・ラウンドの核心部分をなす。これら分野での交渉の前進は、他の分野での交渉進展の前提でもある。ドーハ・ラウンドがスタートして16ヵ月、交渉が一向に進展しないばかりか、米英のイラク侵攻による米欧の亀裂の深まりは、ラウンドへの悲観論を強めている。そのなかでの農業交渉の遅れは、来年末までのラウンド妥結に深刻な疑問を投げかける。より直接的には、ラウンド全体の進展状況を評価する9月のメキシコ・カンクン閣僚会合がシアトルの二の舞になるのではないかという懸念を掻き立てる。この会合までに余程の進展がないかぎり、山積する未解決の重要問題がこの会合に持ち込まれ、前進どころか混乱、ほんとどパニックに近い状態に陥るであろう。それはラウンド全体の崩壊への道である。

 31日、スパチャイWTO事務局長は、「農業交渉モダリティーの期限内合意の失敗は我々すべてにとって大きな失望である。交渉者は今からカンクン閣僚会合の間に農業とその他の交渉分野での努力を倍化せねばならない」、「ドーハ開発アジェンダの交渉は一括受諾である。すべての分野が合意されるまで、どの要素も合意されないであろう。しかし、いくつかの分野での大きな進展が、交渉者に最も政治的にセンシティブな問題でさえ違いの克服に向けての刺激となることがある」と語った。また、農業交渉議長・ハービンソンも、31日の交渉会合で、期限内合意の失敗にもかかわらず、あらゆるサイド、多くの代表から、作業継続の示唆を受けたと言う(WTO NEWS:Farm talks miss deadline;but 'work must go on',says Supachai,3.31)。

 米国やオーストラリアは、期限内合意の失敗の責任はEUと日本にあると言う。

 しかし、米国の通商代表・ロバート・ゼーリックと農務長官・アン・ベナマンは、31日、期限内合意の失敗には失望するが驚きはしない、「誰もが利益を得る(win-win)」決着の可能性は未だ残っているという共同声明を発した。ハービンソン案は米国にとっては不十分であるが、多くの国が大幅な改革に進む用意があることを示したといい、議長に一層の前進を要請する。そして、EUに対しては、欧州委員会に対して農業交渉における柔軟性を与えるCAP改革への早急な合意を要請した。欧州委員会のCAP改革案は、農業交渉での望ましい成果のためには不十分であるが、「絶対的に必要である」であると言う。CAP改革の結果次第では、EUとの間に妥協の可能性があることを示唆したとも受け取れる。日本と少数のその他の国に対しては、僅かな品目の高率関税への固執が交渉を阻止していると言い、途上国に対しては、貿易障壁削減が南南貿易の拡大と市場開放を通しての利益を生むと説く。

 しかし、これは独善であろう。同じ31日、EUのフィシュラー委員は、ロンドンでのジャーナリストを前に、EUのモダリティー提案は両極端な提案の中を採ったもので、すべてに対する市場アクセスの大幅改善、貿易歪曲的補助金の削減、すべての形態の輸出援助の鋭い削減、非貿易関心事項への配慮はWTO加盟国のすべての利害を満たす長期的な道を進むものだが、自分だけでこの道を歩むのではない、貿易相手がが同じ道を歩むことが必要だし、望まれると演説した(Press Release:WTO farm talks: "We will plough on", says Fischler,3.31)。彼は、貿易歪曲的と見ることができるのは輸出補助金だけではなく、食糧援助、輸出信用、一定の国家貿易企業の価格設定慣行もそうではないかと問い、モダリティー設定においてはこの事実も考慮されねばならないと言う。

 さらに、彼は、ハービンソン議長のモダリティー草案は非貿易関心事項を欠いており、途上国社会にとって極めて重要なそれが交渉の一部をなさねばならないというドーハ宣言に反すると批判する。また、米国は「デ・ミニミス」条項により削減対象にならない貿易歪曲的補助金を74億ドルも追加支出しており、草案はこうした逃げ道を塞ぐこともしていないと指摘する。草案は、途上国の扱いでバランスを欠いているし、弱小途上国が依存する特恵的アクセスを掘り崩すとも言う。

 フィシュラー委員も、期限よりも重要なのは交渉に新たな「ダイナミズム」を注入することであり、既存のギャップを縮める努力を続けることだと言う。そのために、「モダリティーの包括的セットを確立でき、9月のカンクン閣僚会合の成功に寄与できるように、交渉継続に注意を集中せねばならない」。このように、米・欧ともに合意に向けての努力の継続を表明している。しかし、米国が望むCAP改革の実現(欧州委員会は6月合意を期待している)は、現状ではほとんど期待できない。農相理事会は、1月と3月の2回の討議を行なったが、欧州委員会提案のあらゆる側面ーデカップリング、モジュレーション、穀物・米・牛乳等の市場改革ーで、改革を支持する国は少数派にすぎない。仮に改革が、タイミングよく実現したとしても、米国の輸出補助や国内助成に関する逃げ道が塞がれないかぎり、また市場開放こそが途上国の利益にもなると主張し続けるかぎり、EUの歩み寄りはあり得ない。

 その上、WTO農業交渉は、ウルグアイ・ラウンドと異なり、EUと米国が妥協すれば妥結するわけでもない。今や、WTO加盟国の3分の2を占める途上国ー中には途上国の利益を代表すると自任する中国も含まれるーの決定にかかわる力も強まっている。途上国も1枚岩ではなく、ケアンズ・グループに属する一部途上国は大幅自由化に同調するにしても、インドを始めとする多くの途上国は、先進国の補助金と関連づけられた国境保護措置ー関税水準の維持や引き上げ、数量制限ーを求めているし、多くの後発途上国を含み、EUの特恵を享受するアフリカ・カリブ・太平洋(ACP)諸国(77カ国)の多くは、先進国による一般的な関税引き下げによる特恵マージンの喪失を恐れている。途上国自身がこのような主張を簡単に取り下げることはないだろうし、EUもこのような途上国の利害にも配慮せねばならない。その上、今や、一部ビジネス・グループの圧力を受けた政府の間の交渉だけがすべてを決定するわけでもない。モダリティーに関する討議が行なわれたジュネーブのWTO本部にも、ジョゼ・ボベや2週間のハンガー・ストライキをしてきたスイスの12人の農民に指導された数千人のデモ隊が押しかけた。