NAFTAはメキシコの雇用に貢献せず、環境に悪影響―カーネギー財団

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農業情報研究所(WAPIC)

03.10.20

 北米自由貿易協定(NAFTA)10周年とNAFTAの西半球全体への拡大版・米州自由貿易協定(FTAA)を目指すマイアミ交渉を前に、米国の独立研究所・カーネギー国際平和財団が、NAFTAが雇用・移民・環境に与えた影響を分析した新たな報告書()を発表した。これは、貿易自由化の結果、北米、とくにメキシコにおける「生活の質」がどうなったかを検討したものだ。家計の収入、賃金、生産性、農村雇用、農業生産、土地利用への影響、そしてこれらの移住や環境への全体的影響が考察された。報告書は、NAFTAは反対者が予想するような災厄でもなければ、支持者が歓呼する救世主でもないと結論する。

 しかし、全体的影響は混沌としているとしても、メキシコ農村家計については荒涼とした風景がはっきり見えるという。NAFTAは、国民が世界の二つの経済大国(米国とカナダ)との貿易の衝撃に対応するために必要な条件を創り出すことなく、メキシコの自由化された経済への移行を加速した。従って、NAFTAは、メキシコ経済が求められる雇用の増加と歩調を合わせる助けとはならなかったし、生産性の成長は賃金上昇に結び付かなかった。メキシコから米国への移民の流れは止まらず、農業部門の近代化・輸出指向への変化は環境改善ももたらさなかった。報告は、途上国はNAFTAでメキシコが犯した誤りから多くを学べねばならないと言い、途上国が求めるべき貿易協定のあり方を提言している。それは、NAFTAがメキシコ経済に多大な経済的・社会的便益をもたらしたという世銀などの見方(**)と鋭く対立するが、少なくとも直感的には、この報告が記述するメキシコの現実は、貿易自由化の奔流がラテン・アメリカ、アジア、アフリカの多くの途上国にもたらしている現実と酷似している。

 わが国もメキシコをはじめ、多くのアジア途上国との協定を目指す以上、この分析と提言に無関心であってはならない。とりわけ、わが国の交渉相手は農水産物輸出拡大への期待が高い。これらの国との自由貿易協定(FTA)のわが国の農水産業への破滅的影響が恐れられている。しかし、相手国の農村社会や環境への深刻な影響も視野から外してはならない。FTAによる輸出農業の拡大は、多数の貧農からの土地の取り上げ、森林破壊、化学物質汚染というこれらの国で既に進行しつつある過程を一層助長する恐れがある。交渉に当たっては常に念頭におくべきことと思われる。以下、報告書の序論中に述べられた「結論」部分を紹介する。

 NAFTAの約束と現実―西半球のためのメキシコからの教訓(結論)

1.NAFTAはメキシコ経済が求められる雇用の増加と歩調を合わせるのを助けなかった。貿易の成長、生産性上昇、ポートフォリオと外国直接投資の急増により、94年から2002年の間に製造業で50万の雇用増加がもたらされた。メキシコ人の5分の1が働く農業部門は94年以来130万の雇用を失った。

2.現在のメキシコ人大部分の実質賃金はNAFTAが発効したときよりも低い。しかし、これはNAFTAによってではなく、94-95年のペソの危機によって引き起こされたものである。これは、過去10年の生産性上昇が賃金上昇につながらなかったことを意味する。逆のことが予想されるにもかかわらず、メキシコ人の賃金は米国の賃金に近づかなかった。

3.NAFTAは職を求めての米国への貧困メキシコ人の移住の流れを止めなかった。事実、国境管理措置の強化にもかかわらず、米国への移民の数は劇的に増加してきた。これは、NAFTA自体よりも、歴史的移住パターン、米国の雇用機会の牽引力によってよく説明できる。

4.環境規制における基準引き下げ競争(race to the bottom)の恐れは根拠が立証されなかった。この点については、メキシコ経済の一部の要素は一層ダーティー(汚い)になり、一部の要素は一層クリーン(清浄)になった。メキシコ政府は、過去10年における年々の汚染の損害は360億ドルを超えると推定している。この環境損害は貿易と経済全体の成長から得られる経済的利益よりも大きい。特に、NAFTAは商業的農業慣行における変化を加速、メキシコの多様な生態系を、近代的農業で共通に使用される窒素とその他の化学物質の集中による汚染の大きなリスクに曝すことになった。

5.近代的で輸出指向的な農業部門に向けてのメキシコの変化は、森林破壊と耕作を減らすという予想された環境便益をもたらすことにも失敗した。農村農民は、商品価格の下落で所得を失い、一層限界的な土地の耕作に向かった。このために、メキシコ南部の生物多様性に富む地域における93年以来の森林破壊の速度は、年に63ha以上に達した。

 要するに、NAFTAは反対者が予想したような災厄でもなければ、支持者が歓呼するような救世主でもなかった。しかし、全体的影響は混沌としているとしても、メキシコ農村家計については荒涼とした風景がはっきり見える。NAFTAは、国民が世界の二つの経済大国(米国とカナダ)との貿易の経済的・社会的・環境的衝撃に対応するために必要な条件を創り出すことなく、メキシコの自由化された経済への移行を加速した。メキシコの最も弱い市民は、かれらの、あるいは政府のコントロールの能力を超えた変化の大渦に巻き込まれた。

 メキシコ農村に突きつけられたこの挑戦に応え、多くの家計は基礎的な生計の必要性を満たすための生き残り戦略を発展させた。これらの戦略には、基礎的作物の耕作の増加と、しばしば地下部門の、また一部は北部国境から中心部に展開したマキラドーラ(安価な労働力を利用して輸入部品を輸出商品に組み立てるために外国企業が設立した工場)の農外雇用を混合したものが含まれる。多くの農村労働者は非農業活動を主業とし、その収入を補うために散発的農業労働に頼っている。メキシコの農業政策は商業的農民に大きな助成をしているが、生業的農民への助成はない。家族は、かつてなく合法的にか非合法に米国に移住する家族の送金に頼っている。最後に、家計支出を減らすために、暖房や家族を養うための旧式の方法に戻っている。限界地の耕作、違法伐採、燃料と食料の隠れた採取は、西半球の最も重要な生物の宝庫に回復不能な損害を引き起こしている。

 貿易協定が世界の貧民にこの種の困難をもたらすものであってはならない。適切に交渉された貿易協定は新たな市場を開く一方で、世界的競争に曝されることと自然資源への圧力に関連したストレスからの適切な保護を提供することができる。貿易はそれ自体が目的と考えられてはならない。それは比較優位の働きを通して経済を強化するための手段として利用されるべきである。同時に、政府は、社会的セーフティーネットの展開と貿易調整支援などの有効な政策で経済開放に対応し、労働権と環境を保護するためのプログラムを開発し、実施せねばならない。各国は発展の促進のために貿易協定をいかに利用するかを考えねばならない。我々は次の考察を提供する。

1.貿易自由化に関心がある途上国は、豊かな国から輸入される農産物の一層長期的で漸進的な関税削減スケジュールを交渉すべきである。また、補助された作物のダンピングからの保護のための特別セーフガードを交渉すべきである。「衝撃吸収」の必要性は、農業が中心的雇用源である最貧途上国で特に大きい。地域・二国間協定は、農業における生産者補助金の死活的に重要な問題で先進国が逃げるのを許してはならない。

2.貿易協定は、国内供給者の発展を促進することで貿易から創出される雇用を最大限にし、輸入品を優遇しない政策を途上国に許すものでなければならない。供給者が国内または外国の企業に所有されるかどうかは関係ない。問題は供給者が雇用を創出するかどうかである。

3.途上国は移行期の貿易調整支援のための貿易相手または国際援助機関からの有意味な金融助成を交渉すべきである。このような調整支援には、労働者と生業農民のための技能訓練、小農民が経済的・環境的に健全な農業慣行を発展させることを可能にし、奨励する信用(貸し付け)が含まれねばならない。農村貧民の支援は、近代的なグローバル市場で生き残ることができる生計への移行を可能にすることを目指すべきであり。また都市化の過程が続くことを認識すべきである。

4.途上国は、租税の改善、最低賃金政策、結社と団体交渉権の拡充を通じて、貿易から得られる利益をより公平にすることを助ける政策を採用し、実施すべきである。途上国は環境インフラストラクチャーを建設する国家アクションプランを約束すべきである。これらの政策はより豊かな貿易相手により高く評価される可能性があるから、途上国はこれらの約束をすることにより、一層有利な貿易協定の勝ち取る可能性がある。

5.農業の貿易自由化の環境影響、そして化学物質集約的生産方法を輸出生産者が採用する傾向を最小限にするために、貿易協定は途上国が有機食品の需要の増大から利益が得られるようにする基準を設定すべきである。

6.労働者運動は強力な社会的・経済的勢力であり、将来の貿易交渉に含まれるかもしれない多様な文脈での一時的移住を論議する根拠はすべての発展レベルの国にある。しかし、この問題の政治的微妙さを考え、移住が商品・資本・サービス提供のその他の方法の移動に関する協定を破産させることを許してはならない。

NAFTA'S PROMISE AND REALITYLessons from Mexico for the Hemisphere
**例えば、Regional Integration and Technology Diffusion:The Case of the North America Free Trade Agreement(Policy Research Working Paper,03.9.30)

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