第五話 新堂誠
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おっと、次は俺の番か?
初めて見る顔も多いことだし、まずは自己紹介させてもらおうか。
俺の名前は新堂誠。三年D組だ。
よろしく頼むぜ。

さて、これから俺がしようと思っている話は、
俺自身の苦い思い出とも繋がってるんで、
出来ればしたくはなかったんだがな……。
まあ、日野の頼みとあれば仕方ないか。
この話を誰かにするのは、今日が初めてだ。

それじゃあ、話を始めるとするか。
俺には、阪田更太っていうダチがいた。
そいつと知り合ったのは、俺がまだ一年生の時だった。
なんのことはない、この学校に入学したばっかりの時に
たまたま隣の席に座っていて、
一番最初に会話を交わした相手、それが阪田だったのさ。
線の細い、一見すると女みたいな風貌をした奴だった。
見た目通りの控えめな性格で、いつも目立たないポジションでポツンとしていたよ。
成績こそ悪くはなかったが、スポーツに関してはてんでダメだったな。
そもそも、体自体が弱いらしくて、体育はいつも見学していたのを覚えてるぜ。
俺はこのとおり、バリバリの体育会系だから、
本来なら、同じクラスにいても、接点なんて全然なかっただろう。
でも、初めに会話をしたのがよほど嬉しかったのか、
阪田の方がずいぶんと俺に懐いていてな。
ことあるごとに新堂くん、新堂くんって、俺を慕ってくるんだよ。
正直なところ俺にとっちゃ、阪田は数多いダチの中の一人でしかなかったが
阪田からすると、俺はほとんど唯一の友人だったんだろうな。
たまにうっとおしくなることもあったが、
まあ、悪いやつじゃあなかったんで、
時々互いの家に遊びに行くぐらいの付き合いはしてたよ。
だが、二年になるときのクラス替えで別のクラスになってしまってな。
それも、互いの教室はひどく離れてた。
阪田は随分と心細そうな顔をしていたぜ。
やっぱり、阪田はなかなか新しいダチが出来ないようで、
弁当の時間になるたびに、俺の教室まで来て一緒に食ってたよ。
可哀想に思って、最初のうちは付き合ってたが、
さすがにそれが一ヶ月近くも続くと、いい加減に俺もイライラしてきてな。
とうとうこう言ったのさ。
「おい阪田、お前いい加減に自分のクラスでダチ作れよ。
 俺にだって、自分の付き合いってもんがあるんだぜ。
 たまにぐらいならいいが、毎日毎日来るんじゃねえ」
ってな。
「ごめん…… 悪かったよ、新堂くん」
阪田は寂しそうに言った。
そしてその次の日から、阪田はピタッとやって来なくなった。
これでやっと解放されたかと、初めのうちは嬉しかったが、
三週間近くも顔を見せないとなると、段々心配になってきてな。
ちゃんと新しい環境で上手くやれてんのか、今度はこっちから顔を出してみることにした。
ところが、阪田のクラスに行ってみても、あいつの姿は見当たらなかった。
たまたま顔見知りがいたんで、俺は聞いてみたんだ。
「おい、阪田のやつどこいるのか知らねえか?」
「ああ、阪田? あいつならもう随分長く学校来てないよ。
 そろそろ二週間ぐらいになるのかな」
予想もしてなかったから、これには驚いたぜ。
それとなく聞いてみたが、やっぱり阪田には
新しいクラスでもダチが出来ていなかったらしい。
かといって、誰かからいじめや
からかいを受けていたようなことはまったくなかったそうだがな。
周りに溶け込むことが出来ず、いつも一人で寂しそうにしていたって話だ。
嫌な予感がした。
ひょっとするとこれは、登校拒否ってやつなんじゃねえか、ってな。
坂上、そこで俺はどうしたと思う?


そう、授業と部活が終わってからあいつの家に行ってみたんだ。
ひょっとしたら俺にも責任があるのかもしれない、
なんて考えると、放ってはおけないからな。
阪田の家のチャイムを鳴らすと、中から奴のおふくろさんが出てきた。
「あら、新堂くん。いらっしゃい」
おふくろさんとは顔見知りだったからな。
俺はすぐにあいつの部屋のある二階へと通された。
「よう、阪田」
「やあ、新堂くん。久しぶり」
三週間ぶりに会う阪田は、ぱっと見た感じでは意外に元気そうだった。
「もうずいぶん長く学校休んでるそうじゃねえか。
 一体どうしたんだよ?」
「うん……
 クラスのみんなが、僕のことを見て笑ってるんだ。
 それで学校行く気しなくなっちゃってさ」
「……んなことねえよ。お前の思い過ごしだって」
案の定だったぜ。
阪田は別に、病気で学校を休んでいるわけじゃあなかった。
話をしてみると、どうやら阪田は
自分が周りの人間からバカにされてるという疑心暗鬼に駆られているようだった。
口調こそ静かだったが、相当強く思い込んでいたな、あれは。
元気そうに見えたのは間違いで、神経は相当参ってたんだと思う。
そんなことはないと、俺がいくら説得しても頑として聞き入れてくれなかった。
「……じゃあ、今日はそろそろ帰るぜ。またな」
結局、根負けしたのは俺の方だったぜ。
翌日からも、やっぱり阪田は学校に現れなかった。
だが俺は、それであきらめはしなかった。
毎日とは言わないが、暇を見つけては阪田の家に顔を出すようにしたんだ。
……勘違いすんじゃねえぞ、別に俺はいい子ぶりたかったわけじゃない。
このまんま阪田にドロップアウトでもされちゃ、後味が悪いからな。
それだけの話だ。
学校に来いっていうだけじゃ逆効果になるかもしれない、なんて思って
時にはバカ話だけして帰ったりな。
俺の気のせいだったのかもしれないが、
阪田はほんの少しずつ、元気さを取り戻しているように見えた。
この分なら近い将来には、また学校に通えるようになるんじゃないか、
そう思ったよ。
……だがな、坂上。
世の中、そんなに甘くはなかったんだ。

やがて七月になり、
期末テストの前ぐらいは、さすがに勉強しないとやばいと思ったんでな。
俺は、二週間ぐらい阪田の家に行かなかった。
そして、やっと全科目のテストが終わった日、
久々にあいつの家に行ってみると、状況が一変していたんだよ。
あいつは、暗い部屋の中で電気もつけずに黙々とパソコンに向かっていた。
「阪田… おい、阪田……!」
「……ああ、新堂くん。来てたんだ」
俺があいつの名前を呼んでも、しばらく気付かなかったぐらいだ。
ようやく振り向いた阪田は、たかだか二週間の間に
ずいぶんとやつれてしまっているようだった。
「お前、なにをそんなに夢中でやってるんだよ?」
「最近ネトゲにはまっててさ… 面白いんだよ、これ」
モニターを覗き込むと、そこにはゲームの画面らしきものが表示されていた。
なんていうんだろうな、いわゆるアニメっぽい絵のキャラクターで、
少なくとも、俺にとってはこれっぽっちも興味を引くもんじゃなかった。
阪田はそのゲームのタイトルも言ったはずだが、もう忘れちまったよ。
坂上、お前はそういうのは詳しかったりするのか?


そうか、詳しいのか。
じゃあ、お前にならあいつがやってたゲームがなんだったのかわかったかもしれないな。
俺は、ゲームなんて全然やらないからな。
ガキの頃に、マリオとかドラクエなんて有名どころをちょこっとやった程度だ。
「これさあ、凄いんだよ。
 画面にいっぱいキャラがいるでしょ。
 これ全部、CPUじゃなくて世界中の誰かが操作してるんだよ」
「へえ… そうなのか」
阪田が言うには、ネトゲ、つまりネットゲームというのは
究極のコミュニケーションツールらしい。
ここでこそ人は、理想的な人間関係を築けるんだ、ってな。
人が変わったように熱く語っていた。不気味なほどだったぜ。
「どう? 新堂くんもやってみない?」
「いや…… 悪いが、興味ねえな。
 俺はいいや」
「そう? 残念だな、こんなに面白いのに」
そう言うと阪田は、俺にはすっかり興味をなくしたようにゲームを再開しだした。
しばらく見ていたが、ゲームの操作自体は、マウスをカチカチカチカチやってるばかりでな。
なにが面白いのか、端から見てる分にはまったく理解出来なかったぜ。
チャットっていうのか。
時折、キーボードをたたいて他の誰かと
会話を交わしているらしいというのは俺にもわかった。
阪田は終始、顔には薄ら笑いを浮かべていてな。
これはやばいかもしれない、と思った。
坂上、わかるか?
奴はな、他人に認められる喜びっていうのをバーチャルな世界で見つけちまったんだよ。
今までの積み重ねが、全部無駄になったような気がしたぜ。
「……そろそろ俺は帰るぜ、じゃあな」
「うん、バイバイ」
阪田は、俺が帰る時もモニターを見つめたままで振り向こうとすらしなかった。

嫌な予感っていうのは当たるもんだよな。
それからの阪田の変貌振りは、目を見張るくらいだった。
もちろん、悪い意味でな。
それからはもう、いつ行っても一緒さ。
俺が話しかけても、上の空の返事を繰り返すばかり。
真っ暗な部屋に篭って、パソコンに向かって手を動かしているだけ。
もともとやせ気味だったのが、今では骨と皮だけになってしまったかのようだった。
頬もげっそりとこけてしまい、それなのに瞳だけが異様にギラギラと輝いていてな。
餓鬼ってわかるか?
いつも腹を空かせていて、人肉を貪るっていうあれだ。
見た目的には、まさにあんな感じだったのさ。
人間って生き物は、短期間のうちにあんなにも変われるんだな。
阪田は、寝る暇どころか、食事をする暇や
トイレに行く暇を惜しんでまで一心不乱にネトゲをやってたらしい。
家から一歩も外へは出ずにな。
……まったく、完全にイカレてるとしか思えなかったぜ。
そんなわけで、あいつの変貌も凄まじかったが、
おふくろさんの憔悴ぶりも酷くて、とても見ちゃいられなかったよ。
阪田のそれと比例するかのように、会うたびにおふくろさんもやつれていってたんだ。
もちろん、心労でだろうな。
「新堂君……いつも来てくれて本当にありがとうね。
 これからもあの子のこと、見捨てないであげて……」
泣きながらそう言われたこともあった。
そういうこともあって、俺は阪田をなかなか見捨て切れなかったのさ。

そしてある日、奴の家に行くと、家には阪田が一人きりだった。
親戚の一周忌に行くとかで、両親が一晩家をあけてたらしくてな。
でも阪田は、そんなこと一切おかまいなしに、いつものように
マウスをクリックし、キーボードを叩いていた。
それを見てると、俺は無性にムカッ腹が立った。
とうとうブチ切れて、阪田に掴みかかったんだ。
「おいてめえ、いい加減にしろ!
 いつまでこんな腐ったような生活してる気だ!
 いい加減に外にでろよ、このバカ野郎が!」
「ほっといてくれ!
 くだらない外の世界なんかに行くより、よっぽどこっちの世界の方が有意義なんだよ!
 僕は、0と1の世界で生きていくんだ!」
……0と1の世界って、どういう意味だかわかるか?


わかるか。
そうか、こういうことに関しては、お前のほうが俺よりよっぽど詳しいんだったな。
コンピューターの世界っていうのは、
突き詰めてしまうと二進法、つまり0と1だけで出来ているようなものらしい。
ネトゲもその例外じゃないから、自分はデジタルなデータになって、
その中で生きていきたい、だとさ。
……バカバカしいにも程がある。
俺は怒りを通り越して、呆れ果てたよ。
「そうか、じゃあてめえの好きにしろよ。
 ゼロになんでもなっちまえ!」
そう吐き捨てて、家に帰った。

……阪田から電話がかかってきたのは、その夜のことだった。
何ヶ月かぶりだったぜ。
「……なんだよ」
電話に出ると、途端に耳に阪田のキンキン声が飛び込んできた。
「新堂くん! わかった! わかったよ!
 やっぱり、0と1だったんだ!
 これで僕は! ゲームの中で永遠を生きれるんだあ!
 うあはははははは! そう! 0とイチ!」
「阪田… おい、阪田!?」
阪田からまともな返事は返ってこなかった。
もう完全にイカれてしまったのか、
受話器の向こうからは、狂ったような笑い声が響いてるだけ。
「ひやはあはははははははははぁぁっっ! ゼロとイチ! ぜろといちいいいぃぃぃぃぃ!
 ずぅぅぅえぇぇぇろおおぉぉおぉお! いぢぃぃいいぃいいいぃぃぃいぃぃぃ!」
次に聞こえてきたのは、ドタンバタンと大暴れしているような音だった。
そして、電話は唐突に切れてしまった。
「くそっ、しょうがねえな……!」
俺はすぐに家を飛び出して、阪田の家へと自転車を飛ばした。
やっとたどり着いた阪田の家は、二階にあるあいつの部屋から
明かりが漏れているだけで、あとは真っ暗だった。
一応チャイムを鳴らしてはみたが、
予想通り阪田は出てこなかったから、俺は無断で家にあがりこんだ。
「げっ… なんだよ、これは!?」
玄関の電気をつけると、異様な光景が俺の目に飛び込んできた。


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1 0 0 0 1 0 0 1 1 0 1 1 1 1 1 1 1 0 1 1

1 0 0 0 0 1 0 0 1 0 0 1 0

1 1 0 0 0 1 1 0 1 1 0 1 1

1 0 0 1 0 0 1 0 1 0 1 1 1 1 0 0


ペンキか何かで描いたのか、
壁一面に「0」と「1」、
ただそれだけの種類しかない、赤い文字がびっしりとならんでやがるのさ。
どう考えても、まともな人間のすることじゃない。
背筋がゾッとしたぜ。
だが、ここまで来て今更帰るわけにもいかない。俺は勇気を振り絞って階段を上った。
その途中の壁にも、ひたすらに0と1だけが並んでいた。
一歩進むたびに、俺も少しずつ頭がおかしくなりそうだったよ。
「阪田ぁ!」
奴の部屋のドアを開けると、俺の目に飛び込んできたのは、
これまでの道中以上に、部屋中を埋め尽くす無数の0と1……。
そしてその中心には、阪田が倒れていた。
阪田の体がどんな状況だったかわかるか?
……あいつはな、ナイフで自分の体にやたらめったらと傷をつけていたんだよ。
0と1…… その二文字だけを、無数にな。
まるで、怪談に出てくる耳なし芳一のようだった。
青息吐息の阪田は俺を見ると、焦点の合わない目で笑みを浮かべて言った。
「あはは…… 新堂くん、ついに僕はやったよ……
 これでやっと、あの中で…… 永遠に……」
そうして弱々しく指差した先に置いてあるパソコンのモニターには
俺がもう、すっかり見飽きてしまったいつものネトゲの画面が映ってた。
「バカ言ってんじゃねえよ、それより早く病院に……おい、阪田!?」
信じられないことが起こった。
一瞬、ほんの一瞬だぜ。
俺が阪田の指差した先に視線をやり、
戻した瞬間に阪田は煙のように消え失せてしまっていたんだ。
(ふふふ、新堂くん…… 言っただろ、僕はここだよ)
突然、頭の中にあいつの声が響いた。
そんな…… まさか…… でも……
俺は、信じられない思いでパソコンのモニターを覗き込んだ。
そこに映し出されているゲーム画面に異常は見当たらない。
画面中央に立っているのは、阪田がいつも使っていたような覚えのある騎士だった。
でも、なぜか俺は確信した。間違いない。こいつは阪田だ。
(わかってくれたみたいだね。僕はついに、理想郷に辿り着いたんだ!
 ここで永遠に楽しく暮らすよ、さよなら新堂くん)
だが、その声が俺の頭に響いた直後だったよ。
画面上に、複数の敵モンスターが現れたのは。
阪田は、たちまち囲まれてしまった。
モンスターの腕が振り上げられ、阪田の頭に叩きつけられる。
(ぐあああああっ!)
画面上では、デフォルメされたキャラの頭に、
192とかなんとか、数値でダメージが表示されただけだったが、
俺の脳裏には、強烈な一撃を受けてダラダラと流血する阪田の姿が鮮明に浮かんだ。
(う、動けない! 助けて! 新堂くん!)
阪田を囲んでいるモンスターたちが、休む間もなく次々と攻撃を加えている。
俺は慌ててマウスを掴んだ。
だが、このゲームをやったことのない俺に、操作法なんてわからなかったのさ。
画面上の阪田は、出鱈目な動きをするだけで、モンスターから逃れることは出来なかった。
無情にも、体力ゲージはみるみるうちに減っていく。
(うううぅぅ……そんな…… せっかくここまで来れたのに…
 死にたく…ないよ………)
阪田の声が次第に小さくなり、そして…………消えた。
画面上の坂田は、地面に倒れこんだままピクリとも動かなくなった。
そして、画面が暗転になり、「GAME OVER」という文字が赤く表示された。
「う、うわあああああああああああああああっ!」
俺は突然恐ろしくなり、阪田の家を飛び出すと、そのまま逃げ帰った。

……次の日に両親が家に戻ってみると、
阪田の姿はどこにもなく、膨大な量の0と1という不気味な落書きだけが
残されていたということで、大騒ぎになったらしい。
そのまま、阪田は行方不明者として処理されてしまった。
俺は、自分の体験したことを誰にも話さなかった。
「阪田はネトゲの世界に行き、そこで死にました」
なんて言っても、誰も信じてくれるわけないもんな。
狂ったと思われて、精神病院に入れられるのが関の山だろう。
どういう理屈で、阪田がネトゲの世界に
入り込めたのかなんて俺にはわからないし、興味もない。
だがな、間違いなくあいつはあそこで息絶えたのさ。
……俺は今でも後悔している。
ゲームの操作が上手くいかなかったことじゃないぜ。
もし阪田があそこで息絶えることなく、
ネトゲの世界に生き続けることができたとしても、
それであいつが、本当に幸せだったと言えるのか……。
少なくとも、俺にはそう思えないからな。
俺が悔やんでるのは、それよりもっと前、阪田がまだ学校に来ていたころの場面だ。
たかが弁当ぐらい、あいつの気の済むまで付き合ってやればよかったんじゃないかってな。
そうすれば、あのバカバカしい悲劇は防げたのかもしれないんだ。
なあ坂上、俺は間違っていたんだろうか?


……そうか、そう言ってもらえると少しは気が楽になるぜ。
悪かったな、辛気臭くなっちまって。
俺の話はこれで終わりだ。
さあ、次の奴の話に移ってくれ。



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