第四話 風間望
 占い師の





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む、僕の番か?
いやあ、すまないね。退屈でつい寝ちゃってたよ。
……こう言っちゃ失礼だが、君たちの話はまだまだだね。
悪くはないが、本物の持つ凄味というものがてんで足りない。
ま、僕のようなプロフェッショナルと比べちゃ可哀想だからね。
あまり言うのはやめておこう。
おっと、僕としたことが、名乗るのを忘れていたな。
僕は風間望。三年H組だ。

最近、占いブームが再燃していると思わないかい?
占いだけじゃない。スピリチュアルブームとかいってさ。
目に見えない物に頼って幸せになろう、
という傾向が年々強くなっているようじゃないか。
それだけならまあいいんだが、最近は胡散臭いのも多いのが困りものだね。
なんて言ったっけな……ほら、テレビに引っ張りだこのおばさんとかいるじゃあないか。
「地獄に堕ちる」とかすぐに言うあの人だよ。
あんなのは、僕に言わせれば何の力もない、ただの偽者さ。
根拠もない出任せを、適当にペラペラ喋ってるだけだね。
大体、「地獄に堕ちる」なんてことを
人様に軽々しく言うようなやつなんて、ろくな人間じゃあないよ。
彼女に限ったことじゃない。
本当に力を持った人間は、テレビになんて出ないものなのさ。
真の天才は、身近なところに目立たぬよう潜んでいるんだ。
……そう、僕のようにね。
なにを隠そうこの僕こそが、眉目秀麗、品行方正、百発百中、百花繚乱……。
空前絶後の、天才占い師なのさ。

…………おいおいおい、なんだその目は。
ここは、憧れの目で僕を見る場面だぞ。
珍獣を見る目で僕を見るんじゃあない。
信じてないというのか? 失礼な男だなあ、君は。
せっかくこの僕が、わざわざこんな小汚いところまで来てあげて……ん?
証拠を見せろっていうのか。
やれやれ、しょうがないな。
特別サービスだ。やってやろうじゃないか。
ちょっとそこの二人……そうそう、岩下さんと福沢さん。
協力してくれないかい?
なに、簡単な話さ。
ちょっと制服をまくりあげて、おヘソを見せてくれるだけでいいのさ。
僕の占いは特殊でね。名付けてヘソ占いというんだ。
ヘソを一目見るだけで過去、未来、どんなことだってピタリと……え? いや?
そんなこと言うなよ。
坂上君が可哀想じゃあないか。
まだ一年生だというのに、いい記事を書こうと健気に頑張ってるんだよ。
このまま、今日のメインイベントである僕の占いすらも見れずに帰ったら、
無知で無学で不細工な上に、
無能だということまで証明してしまうことになるじゃないか。
どんなにひどい折檻を受けることか。
日野はね、ああ見えても冷酷非道な男なんだ。
坂上君を助けると思って、ちょっとぐらい協力してあげてもいいだろう?
……っておい、坂上君!
なにシャツを脱ごうとしてるんだ! やめろ!
僕に占ってもらうためだって? バカか君は。
男の小汚いヘソなんて見たくないに決まって……いや、なんでもない。
…………むむむむむ、しょうがないな。
大サービスだ。
今日は特別に、僕の秘密を教えてあげよう。
実は僕には生まれつき、ある特殊能力が備わっていてね。
顔を見るだけで、その人に取り憑いている霊が見えるのさ。
ふふふ、驚いたかい。
実は、君たちが想像している以上に、
霊というものはその辺をフラフラしているものなんだ。
適当な人間に取り憑いては、不幸を呼び寄せるのさ。
とはいえ、凶悪な悪霊なんてそうそういるもんじゃない。
些細な不運をもたらす程度だ。
転んで擦りむくとか、電車にギリギリで乗り遅れるとか、
渾身のギャグが滑るとかね。
ああいうのって実は、そのほとんどが霊の仕業なんだよ。
……おいそこ、あくびをするんじゃない!
僕ほどの天才になると、取り憑いている霊を見ただけで、
その霊がもたらす不運によって、人がどんな目に遭うのかというのが大体わかるんだよ。
さっき言ったように可愛いやつならいいが、
ひどいものになれば、車にはねられるとか、海で溺れるとかもありえるからね。
それを教えてあげることによって、
未来に訪れる不幸を回避させてあげる。
それが僕の、百発百中の占いの秘密なのさ。
なに、じゃあ実演して欲しい?
いいだろう。
おっと、タダというわけにはいかないぜ。
まだ学生の身分だとはいえ、僕はもう立派なプロの占い師なんだ。
一銭にもならないのに、バットをふるう野球選手がいるかい?
1000円……と言いたいところだが、
日野への義理もあるしな。お友だち価格でサービスしてやろう。
2%引きだ。980円。
なに? 高い?
ふざけるんじゃないよ。
何度も言うようだが、僕はわざわざこんな小汚いところまで来て話をしてやってるんだぜ。
本来なら、倍の2000円は払って貰いたいぐらいだ。


……そうそう。そうやって最初から素直に出すもの出せばいいんだよ、
そういう素直な態度に、僕は好感を持つよ。
よし、それじゃあ見てやろうか。

むむむむむむむ……
きてます、きてます……
ふむむむむむむ…………くぉっ、はぁーっ!

見えた、見えたぞ。
君に取り憑いてるのは………………フナムシの霊だ。
そう。あの海辺にわらわらいるフナムシ。
別に対した害はない。良かったな、君。
でも、これから当分、蚊に刺されやすくなるぞ。
虫さされの対策を怠らないように。
なんでフナムシの霊に取り憑かれて、蚊に刺されるようになるのかって?
そういうもんなんだよ。僕の言うことを素直に信じなさい。
言うだろう? 信じるものは救われる、って。 ん? 顔を見るだけでいいんだったら、
さっき女の子のヘソを見ようとしたのは何だったのかって?
しつこいな君は。細かいことを気にする男はモテないんだぞ。
おまけに、いつになったら怖い話が始まるのかって?
これからだよ、こ・れ・か・ら。
まったく君には、堪え性というものがないのかい?
君、新聞部に向いてないんじゃないの?
記者っていうのはね、
特には特ダネのために何日も張り込みをしたりしするんだよ?
そんなんじゃ、いつになっても一人前にはなれないぞ。

やれやれ、それじゃあ話してやるか。
身の毛もよだつような恐ろしい話をね。
……あれは先月のことだった。
誰かから僕の噂を聞いたんだろうね。
一人の一年生が、自分のことを観て欲しいと僕のクラスにやってきたんだ。
……僕は彼の姿を一目見て言葉を失ったよ。
彼には、見るもおぞましい霊が何十体と取り憑いていたんだからね。
普段は沈着冷静なクールガイで通っている僕でさえ、
占うってレベルじゃないぞ! と思わず叫びたくなったくらいさ。
いやあ、凄かったなあ。
こんなのそうそう見る機会ない、っていうようなのがわんさか取り憑いてたよ。
もの凄い形相で彼の頬に吸い付き、精気を吸い取ろうとしている和服姿の老婆、
体はドロドロにとろけてゼリー状になっているというのに、
ズルズルとどこまでも這いずって彼のあとをついてくる赤ん坊、
ひっきりなしに奇声をあげ続けている、よだれまみれのせむし男……
さしずめ、気色悪い霊のバーゲンセールさ。
よくもまあここまで、と呆れたね。
自殺の名所ってあるだろ?
次々と人が自殺し、そこで死んだ人が更なる仲間を呼び寄せようとすることで、
ああいう場所は結果的に霊の溜まり場になるんだ。
それを、個人レベルで再現してる感じだったね、彼の場合は。
最初は、しょぼい霊が一体ついていただけなのかもしれない。
でも、霊が霊を呼び、手のつけようのないような状態になってしまっていたのさ。
「君、最近凄い不運に見舞われているだろ?」
「そうなんです! 最近、なにをやっても失敗続きで……
 一体これから僕はどうなるんですか? 占って下さい!」
「……占うまでもないよ。残念だが、君の不運は死ぬまで続くだろう」
可哀想だが、僕ははっきり言ってやったよ。
お茶を濁しても現実は変わらない。かえって本人のためにならないからね。
「そんな! 助けてください! ぼ、僕を、救ってくださいよ風間先輩!」
彼は必死だったよ。よっぽどの不幸続きだったんだろうね。
「一つだけ手がないこともない、が……」
嘘じゃあなかった。
実はね、あったんだよ。
風間家に代々伝わる秘薬が。
ひとなめするだけで、たちどころのうちに霊が逃げていき、
それに伴う不幸から解放されるという優れものさ。
霊を祓うだけじゃない、これが万病に効く効く。
明日をも知れぬ病人も、一口でみるみるうちに元気に……。
おい、だからその目はやめてくれ。本当にあるんだよ。まったくもう。
僕の家は、由緒ただしい高貴な家系なんだぜ?
君のように、先祖代々の由緒正しい貧乏人とは格が違うのさ。
いちいち話の腰を折るんじゃない。
人の邪魔ばっかりする奴は、地獄に堕ちるよ?
……また、なにか言いたそうな顔をしているな。
まったくどうしようもない奴だね、君は。
まあいい、君のことなんかもう気にしないことにするよ。
秘薬のことを説明してあげると、もちろん彼はそれを欲しがった。
「どうかそれを分けて下さい! お金ならいくらでも出しますから!」
だが、僕にはどうしても気が進まなかった。
「そうしてあげたいのは山々なんだけどね……それが出来ない理由があるんだ」
「なんでですか!? 教えてください!」
坂上君、君にはわかるかい?


僕はね、さっきも言ったように、
れっきとした占い師なんだよ。








占い師。




うらないし。



















売らないし。





























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どうしたんだい、みんな。
遠慮しないで、笑ってもいいんだよ?
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………やれやれ、どうやら君たちのような一般庶民にはハイブロウ過ぎたようだね。
占いを頼みに来た彼もそうだったよ。
しばらくポカンとしたあと、いきなり怒り出して帰ってしまったんだ。
短気だねえ、まったく。
それでどうしたかって?
それっきりだよ。僕は、ユーモアのわからないやつは嫌いなんだ。
あそこで、僕のウィットに飛んだ小粋なジョークに理解を示してたら、
秘薬を売ってあげてたんだけどね。
今も彼は、数知れない不運につきまとわれながら毎日を過ごしてることだろうさ。
なんせあれだけの数の霊だ、周りの人間に与える影響も半端じゃないだろうけどね。
ま、学年の違う僕には関係のない話だから。
…………ああ、そうそう。
坂上君、君は何組だったっけ?
E組。そうか、やっぱりね。あっはっは。
いや、なんか君に取り憑いてるフナムシの霊、
どこかで見たことあるなあと思ってたんだけど、
よくよく思い出してみれば、
この前来たその一年生に取り憑いてる霊のうちの一体だったんだよ。
僕は別に虫博士じゃないからね。
同じやつだと断言は出来ないけど、フナムシの霊なんてそうそういるもんじゃないからな。
この前の彼、名前は確か高橋とか言ったっけ。
どうだい、君のクラスにそういう名前の奴はいないかい?
いる? そうかそうか。
じゃあ間違いないね。ははは、こいつは愉快だ。
今彼に取り憑いてる霊たちは、
別に強い執着があって彼に取り憑いてるわけじゃないからね。
ひょっとしたら、そのフナムシをきっかけに一斉に引っ越しを始めるかもしれないぞ。
せいぜい気をつけてくれたまえ。
ま、いくら気をつけたところで、
霊が本気で引っ越してきたらどうしようもないだろうけどね。
もし不幸が続くようだと思ったら、僕のところに来なさい。
もう知らない間柄でもないんだ、秘薬を分けてやってもいいよ。
お友だち価格、2%引きでね。はっはっは。


僕の話はこれで終わりだ。
真打ちが済んでしまったね。
次に話をする人は可哀想だなあ、同情を禁じ得ないよ。
ま、これも運命だと思って諦めてくれたまえ。



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