第六話 岩下明美
 の代償は





どうやら、七人目は現れないみたいね。
私で最後になるのかしら。
私は岩下明美。三年A組よ。
……坂上君、一つ訊いてもいいかしら。
七人目の生徒は、ちゃんとここに来る約束はしてるのよね?


……そう、してるのね。
じゃあ、その人は坂上君を……そして、ここに来て
話をしている私たちのことも一人だけ裏切ったということになるわね。
そんな人間には、罰が必要だわ。
坂上君。今日来なかった七人目には、
明日になろうと明後日になろうと、必ずその償いをして貰わなきゃ駄目よ。
別に、殺したって構わないわ。
約束を破り、人を裏切るような人間、死んだって当然ですもの。
安心して坂上君。
もしもあなたが、七人目を殺して警察に捕まるようなことがあっても、
私はちゃんと証言してあげる。
坂上君は、以前あの人に約束を破られました、ってね。
うふふ……。
そんなに引きつった顔しないで、冗談よ、冗談。
あっさりと捕まるようなまずいやり方は駄目に決まってるじゃない。
ちゃんと、上手いやり方を考えてやるのよ。
その時は私も、協力してあげるから。
今度、二人だけで話し合いましょう。じっくりとね。
うふふふふ……。

じゃあ、本題に入りましょうか。
突然だけど坂上君、私って美人だと思う?


そう。嬉しいこと言ってくれるわね。
でも……お世辞じゃないわよね?
もしそうだったら、あなたを殺してしまうかもしれないわよ。
バラバラに切り刻んであげる。
私、人に裏切られるのが一番嫌いで、
その次に嫌いなのが、嘘をつかれることなの。
わかった?
だから、心して答えなさい。本心でそう思ってるの?


うふふ……。
そうなの、信じるわ。
どうもありがとう。
それじゃあ、もう一つだけ聞くわ。
私のこの顔が整形手術で作られたものだって聞いたら、あなたどう思う?


そんなこと気にしない?
本当に? 一瞬目が泳いだように見えたわよ。
まあいいわ。あなたがそう言うんなら信じてあげる。
あなた、私がさっき殺すかもしれないって言ったとき、本気で怖がってたものね。
殺されたくないものね。
嘘なんて、つくわけないわよね。
カッターで切り刻まれたら痛いですものね。
ふふ……でも安心して。私は整形手術なんて受けてないから。
生まれた時のまま。
私にはそんなもの必要ないってことぐらい、自分が一番わかってるわ。
でもね、整形手術を受けてでも綺麗になりたいって女の子はいくらでもいるの。

美しくなりたい……そう思う女性の心には、国境も時間の壁もないの。
古来から女性の歴史は、美の歴史でもあったわ。
美しささえあれば、名誉も、権力も、お金も、男も、
望むものはなんだって手に入ったんだから。
考えてごらんなさい。
クレオパトラ、楊貴妃、マリー・アントワネット……。
歴史の影には、いつも美女の姿が潜んでいたわ。
でも彼女たちは、その華やかな舞台に居続けるために、
その裏でどれほどの努力をしていたか、あなた知ってて?
例えばクレオパトラは、入浴に強いこだわりを持っていて
死海から汲んできた水にバラを浮かべたものへの入浴を
一日たりとも欠かさなかったと言うし、
楊貴妃も同様に、真珠を生涯ずっと飲み続けていたそうよ。
でも、彼女たちなんて可愛いものよね。
人間の胎児を原料として抽出したエキスを化粧水として使っていた人もいたし、
中世の貴婦人、エリザベス・バートリは、
処女の血を浴びれば若返るという話を信じて、
何百人もの罪もない若い女性を惨殺したと言うわ。
うふふ…………。
坂上君、覚えておきなさい。
女というのはね、美しくなるためならどんなことだって出来る生き物なのよ。

そして今の時代では、美しくなるための新たな選択肢が一つ加わったわ。
そう、さっき話した整形手術よ。
目を二重にしたい、頬骨を削りたい、胸を大きくしたい……。
どんなに努力しても自分ではどうすることも出来ない部分まで治してくれる、
ある意味では現代の魔法だと言ってもいいかもしれないわね。
一昔前までは、費用も日数もかかる上に、リスクも決して低くはない手段だったけど、
医学が発達した今では、お手軽かつ安全なものというイメージが強くなってるみたいね。
手術によっては、日帰りですら大丈夫みたいだし。
私は別に、整形手術のこと自体を否定するつもりはないわ。
それで人生が明るくなるんだったら、勝手にどんどんやればいいじゃない。
他人がどんなに整形手術をしたからといって、
別に私に迷惑がかかるわけじゃないんだから。
でもね、せっかくそうやって美しくなっても、それで満足出来る人って少ないのよ。
今日私が話すのは、整形手術によって人生を狂わせてしまった子の話。

彼女の名前は、篠崎理恵子さん。
もともとの顔は……まあ、普通だったそうよ。
敬遠されるわけでも人目を引くわけでもない、ごくごく平均的な顔立ち。
彼女を一目見ただけで、普通に恋して、普通に結婚して、普通に子供を産む。
そんな普通の人生が、透けて見えてしまうぐらいにね。
うふふふふ……。
でも彼女は、そんな自分の顔に満足してはいなかった。
「あーあ、せめてこの目がパッチリした二重だったらなー」
彼女の目は、父親似の一重瞼だった。
母親は二重なのに、自分は一重。
篠崎さんは、父親のことをちょっと恨んでたわ。
でもある日ね、目を二重にする手術は
意外なほどに安値で、しかも簡単だということを知ってしまったの。
「プチ整形かぁ……やってみようかな」
そして彼女は、夏休みの間にアルバイトをし、
溜めたお金を手にして美容外科の門をくぐったの。
なにも心配することはなかった。手術は拍子抜けするぐらいにあっさりと終わったわ。
鏡の中で微笑む自分は、前よりも少しだけ可愛い女の子に見えた。

そして9月。
ドキドキしながら登校した彼女を待っていたのは、
周囲からの嬉しい反応だったの。
「あれ、理恵子、目ぇ二重にしたんだね」
「あ、ほんとだ。可愛くなったねー」
友達はみんな、篠崎さんの新しい顔を誉めてくれた。
劇的な変化があったというわけではなかったし、お世辞も多少はあったんでしょうけど。
これまでそういう機会のほとんどなかった篠崎さんにとっては、
まさに世界が変わったみたいだった。
なによりも、ある一人の男の子が誉めてくれたの。
「お、篠崎……お前、夏休みの間になんか可愛くなったな」
彼の名前は、松原裕也。
顔立ちは整っていたけど、女の子になら誰にでも、
片っ端から声をかけるようなタイプの人間だった。
……私はこういう軽薄な男、虫酸が走るわ。
でも、篠崎さんはそうじゃなかった。
以前から松原君に、ほのかな恋心を抱いていたのよ。
うふふ……男を見る目がなかったのね。
松原君が何気なく……本当に何気なく言ったその一言に、有頂天になってしまったの。
彼が自分のことを可愛いと思ってくれてる。
ひょっとしたら、付き合ってくれるようなことがあるかもしれない。
でもね、そんな気分も、家に帰って鏡を覗くとしぼんでしまったの。
確かに目は二重になってる、でも……
「なんか……鼻の形がヘンだなあ」
おかしなものね。以前は全然気にしていなかったのに、
目が二重になった途端、今度は鼻の形がひどく不格好なものに見えてきたの。
一度気になりだすと、もうどうしようもなかった。
ここだけ治してしまえば、完璧な美が手に入るのに……。
多少の投資はやむを得ないと、篠崎さんは考えたんでしょうね。
次の休日に再び、美容外科を訪れたの。
幸い、彼女は小さいころからコツコツお年玉を貯金してたような子だったから、
手術代についてはなんとかなったわ。
手術を終えて、鏡を見た彼女は確かに満足した。
「うん。私、綺麗になった!」
また少しだけみんなの見る目が良くなったような気もしたの。
幸せな日々が続いたわ。そうね、10日間ぐらいは。うふふ……。
日が経つに連れてすぐにまた、胸の奥にドロドロとした不安が渦巻き始めたわ。
確かに自分では綺麗になった気でいるのに、
周りはあんまり誉めてくれない。どうして?
「あっ!」
鏡を見た篠崎さんは叫んでしまった。
アゴのラインがどうにも野暮ったい。
自分がみんなから評価されない理由はこれに違いない。
少なくとも、彼女にとってはそうとしか考えられなかった。
うふふふふ……バカな篠崎さん。
こういうのって、一度気にし出すときりがないのよ。
2回、3回って繰り返しても結果は一緒。
永遠に自分の体にメスを入れ続けることになるの、サイボーグみたいになるまでね。
坂上君にも、思い当たる芸能人の一人や二人ぐらいいるんじゃないかしら?
具体名は出さないけどね。
ふふふっ…………。
最近までは可愛らしかった鏡の中の自分が、今では醜い女の子に見えてきた。
「やだこの顔……醜い、醜い、醜い、醜いぃぃぃ!」
もう、こんな顔では一秒だっていたくない。
篠崎さんは今すぐにでも、病院に駆け込みたかったわ。
でも、もう手術を受けることが出来るほどの大金がない。
お金がなきゃ、なんにも出来ないわ。
坂上君、篠崎さんがどうしたかわかる?


ふふ、バカね。
大富豪でもないのに、親がそんなにポンポンお金を出してくれるわけないじゃない。
アルバイトするにしても、女子高生が高校生活と並行してやったところで、
数万円貯めるのだけでもどれぐらい時間がかかることやら。
篠崎さんは、気が狂ってしまいそうだった。
お金が貯まるまでの数ヶ月間、衆人に醜い顔を晒して学校に行く?
コンビニやファーストフード店で接客をする?
耐えられるわけがないわ。
彼女の顔は今や、世界一醜いレベルにまで見えていたんだから。
「どうしよう……もう耐えられないよ……」
そこで篠崎さんは、ついに一線を越えてしまったわ。
ふふふ、わかるかしら?
…………売春よ。
知らない男たちに体を売って、代わりに数万円を得る。
女子高生が大金を稼ぐ手っ取り早い方法なんてそれしかないもの。
その行為を、篠崎さんは援助交際だなんて考えてたけどね。
私、援助交際って言葉大嫌いなの。
なにそれ?
言葉を柔らかくして、なんとなく誤魔化してるだけじゃない。
どんな言い方しようと、やることは結局一緒でしょ?
金とって男に股開くだけでしょ?
やることはなにも変わらないのに、
それを、援助交際なんていう言葉にして罪を軽くしようとしてる。
プチ整形だって一緒よ。
「プチ」なんて可愛い言葉をつけるだけで、
その意味をまるで違う意味の、
なんでもないような軽いものにしようとしてるのよ。
どいつもこいつも、本当にくだらない人間ばかりね。
私、整形手術を否定するつもりはないってさっき言ったけど、
最低限の覚悟もなしにそれを行なおうとする人間は、やっぱり救いようがないと思うわ。
篠崎さんが破滅に向かうのも当たり前よね。
そうでしょう、坂上君?


あら、随分とお優しいのね。
うふふ……まあいいわ。話を続けましょう。
篠崎さんも、初めて売春した夜は
悲しくて悔しくて、部屋に帰ってからわんわん泣いたそうよ。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう、ってね。
じゃあ、最初そんなことするなって話よね。バカみたい。
でも、感覚はすぐに麻痺した。
それからも、週末が訪れるたびに売春を続けたわ。
ケータイのサイトで、大金を払ってくれる男をひっかけてね。
もっとも、大金っていうのは篠崎さんにとっての話。
男から見たらどうなんでしょうね?
万札数枚なんていう、いい年した大人にとっては
たいしたことのない金額で、女子高生が抱けるのよ。
双方が幸せといえば幸せなんでしょうけどね。ふふっ…………。
それにしても篠崎さん、それまでは彼氏もいない、
平凡で地味な女子高生だったのに、
一度整形手術をしてしまったがために、その味を覚えて売春漬け……。
見事なまでの転落人生ですこと。
それでも、お金はすぐに貯まったわ。
篠崎さんは、すぐに美容外科に駆け込んだ。
そして三度目の手術を終えたの。
ここから先は……言わなくても、もうわかるわよね?
数日間だけは満足する。
でも、また違う部分が気になり始める。
手術代がないから、売春をしてお金を稼ぐ。
手術を受ける。
その繰り返しよ。
何度も、何度もね。
確かに彼女は、メスを入れるたびに少しずつ綺麗にはなってたわよ。
最初のうちはね。
でも、それも長くは続かなかった。
整形手術で得られるものなんて、所詮はまがい物の美しさよ。
あんまり繰り返すと、段々と作り物めいた無機質な顔になっていくの。
おまけに、荒んだ生活と心も顔に出るようになってきてね。
明らかに精神のバランスを崩していることが、端からでもわかるようになっちゃったの。
そんな篠崎さんを、クラスメイトも薄気味悪く思うようになった。
みんな彼女から距離を置くようになって、声をかける人なんていなくなったわ。
そうなるともう、悲惨なものよ。
「まだ醜い部分があるからクラスメイトが冷たいんだ」
篠崎さんには、そうとしか考えられないんですもの。
そして、それでもなお、手術を繰り返せば
いつかは完全な美が手に入るなんて思いこんでしまってるんだから。
あれはもう、宗教ね。
新興宗教セイケイ教、ってとこかしら?
手術を終えた次の瞬間からもう、次の手術のことを考えてる。
整形手術なんて、ただの手段であって目的じゃないはずなのに、
気が付けば、整形手術を受けることだけが彼女の人生になってしまったの。
……坂上君、そんな彼女のことをあなたはどう思う?


そう。可哀想と思うの。
ふふっ、あなたみたいな人が側についてあげればよかったのかもしれないわね。
恋人になってあげて「君は綺麗だよ」
なんて、一日中囁き続けてたら満足してくれた……かもね。
うふふふ…………。

篠崎さんは焦りはじめた。
ついに、待ち合わせをしても男の方から拒否されるようになってきたのよ。
整っているとはいえ、あからさまに作り物めいていて、
しかも病んだ顔つきの子が来るんだからね。
このままじゃ次の手術代が稼げない。
仕方なく篠崎さんは、売春相手の質を落とすことにした。
もうなりふり構っていられなかったのよ。
これまでだったら、待ち合わせ先で容姿を確認してから
間違いなく放置していた、危なそうな男なんかも相手にしてね。

そして、運命の日は訪れた。
その日待ち合わせ先に現れた男は、
一見すると気のよさそうな顔をしたごく普通の優男だったわ。
「やあ、君がユウカちゃんかい?
 それじゃあ行こうか」
(良かった、今日は普通っぽい人だ)
そう思って安心した篠崎さんはなんの疑いも持たずに、
ホテルの部屋の中までついて行ったわ。
「あの、早速ですけど、先にお金の方を頂いても……」
篠崎さんの言葉は、そこまでしか発されなかった。
突然、布にしめらせた刺激臭のする液体を鼻に突きつけられたからよ。
薄れていく意識の中で最後に見えたのは、
まるで今までとは別人のように薄ら寒い笑みを浮かべてる男の姿だった。

「ん……うぅん…………」
目を覚ました篠崎さんの目に飛び込んできたのは、見知らぬ天井だったわ。
ここは一体……。
頭がぼんやりしてなにも思い出せない。
(……そうだ、私はホテルであの男に!)
思い出した瞬間、目の前に男の顔がヌッと突き出された。
「やあ。お目覚めかい、マイドーリィ」
男はもう、偽りの仮面はつけていなかった。
気絶する直前に見たものと同じ、薄ら寒い笑みを浮かべていて、
その瞳には狂気の色を宿していたわ。
「ひっ!」
篠崎さんは反射的に逃げようとしたけど、体はピクリとも動かせなかった。
彼女の両手両足は、鎖でベッドに縛りつけられていたの。
「こらこら、逃げようとしてもだめだよぉ」
「どうして…… どうしてこんなことするんですか……」
篠崎さんは涙声で言ったわ。
「んー 君が援助交際なんかしてるから?
 いけないよ、体を粗末にしちゃあさあ」
「しません! もう二度とこんなことしません!
 だから、私を家に帰して下さい!」
篠崎さんは必死で叫んだ。
このままじゃ、なにをされるかわからない。
お金なんていらない。整形なんてもうどうでもいい。
この状況になって初めてそう思えたのよ。
ふふ、でもちょっと遅すぎるわよね。おばかさん。
「えー。 でもなあ…… このまま返しちゃうと、君はまた援助交際するだろ?」
男の目は完全にイってしまっていて、
ここではないどこかを見ているようだったのに
喋り方だけは随分淡々としていて、それがまた不気味だったの。
「しません……だから、許して下さい……」
「許して? お前、許してって言ったの?
       許してって言ったの?
 許してって言ったの?    お前。
    許して、ってさ。
     は?     僕に、許してって言ったの?
 君のことを考えてあげてる僕に……許してって言ったの?」
彼女の言葉が気に入らなかったのか、男の態度が突如豹変したわ。
「このクソ女が! お前もか! お前も僕をひていあづすおうのかああ!」
男は訳のわからないことを叫びながら、右手に持っているなにかで
彼女が縛られているすぐ側を、何度も激しく突きだしたの。
その表情は、まるでなにかに取り憑かれてるようだった。
部屋中に羽毛が舞ったわ。
男が持っていたのは、ナイフだったのね。
「いやああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
篠崎さんは絶叫した。
「うるざい! うるざいぞおまえ!
 帰れ! がえれよぉぉぉぉ!」
男の言ってることは、完全に支離滅裂だったわ。
縛ったのはそいつなのにね、帰りたくても帰れるわけないじゃないの。
でもそこで、男の動きが突然ピタリと止まった。
「そうか、出来ないようにしたらいいんだ。援助交際。」
「え…………?」
篠崎さんには、男の言った意味が理解できなかった。
でもどうやら、男は正気を取り戻してるように見える。
ひょっとしたら、帰らせてくれるのかもしれない。
でもせっかく生まれた希望は、その直後には無惨に打ち砕かれたわ。
「その綺麗な顔をさあ……ちょっと切り刻んだら
 援助交際なんてもう出来なくなるんじゃね?
 俺、マジであたまいいよなあ」
男はそう言うと、ニッコリと微笑んでナイフを振り上げた。
「や! 駄目! やめて!やめてええええええーーーーーっ!」
泣き叫ぶ顔に目掛けて、無情にもナイフは振り下ろされた。
篠崎さんの顔に、激痛が走ったわ。
「あはっ! あはははっ!!!!
 あは、あはあはあはっはああはははははあはああばばばばははははばぁぁぁっっ!」
男は、焦点の合わない目で何度も何度もナイフを走らせた。
「痛い、痛い! いだぃぃぃぃぃl!」
男がナイフを一振りするごとに、篠崎さんの顔から鮮血が迸ったわ。
激痛、恐怖、そして、今の自分が一体どんな顔になっているのか……。
そのショックで篠崎さんは、人生二度目の失神をした。
部屋の中には、男の高笑いだけが響いていたわ。

翌日、いつになってもチェックアウトしようとしない
女性が何をしてるのか確かめにきた従業員によって、篠崎さんは発見されたの。
「う、うわぁっ!」
従業員は、部屋に入るなり驚きの声をあげた。
部屋中に羽毛の舞う中、ベッドの中心に女子高生が縛り付けられていたんですからね。
その顔は、二目と見れないほどぐちゃぐちゃにされていて、
皮がベロンベロンにめくれあがっていたわ。
もちろん、男の姿はもうどこにもなかった。

篠崎さんはすぐに入院した。
顔面こそ滅茶苦茶だったけど、命に関わる傷ではなかったそうよ。
学校にはこんな噂が飛び交ったわ。
「町中を悪魔崇拝者の男がうろついている。
 援助交際していた篠崎さんがそのイケニエにされた」ってね。
当たらずとも遠からずってとこかしら。うふふ……。

それから数週間後の朝、なんと篠崎さんが学校に登校してきたの。
顔中に包帯を巻いてね。
一時限目が始まる前よ。彼女は一言も言葉を発しなかったわ。
勿論、彼女に声をかけようというクラスメイトもいなかった。
みんな遠巻きに彼女を指して、ひそひそ話をしてるだけだった。
でもね、篠崎さんは突然立ち上がると、
松原君の前までつかつかと歩いていったの。
覚えてる? 松原君のこと。
間接的にとはいえ、彼女を整形地獄に追いやった張本人よ。
「う…………」
松原君は、なにを言えばいいのかわからず言葉に詰まった。
包帯の奥から、二重の目が彼を見つめていたの。
「松原君。私ね、いっぱい綺麗になろうと頑張ったんだよ」
「し、篠崎……」
「でもね、ちょっとだけ……傷残っちゃったんだ」
そういうと篠崎さんは、スルスルと包帯をとった。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
「……うげえっ!」
遠巻きに見つめていたクラスメイトたちの間から悲鳴があがったわ。
うふふふふ……。
ちょっとだけ、なんてものじゃ当然なかったのはわかるわよね、坂上君。
篠崎さんの顔は、それはもう悲惨なことになってたわ。
あまりに狭い間隔で無数に斬りつけられてたせいで、治しようがなかったのね。
それはもう、人間の顔じゃなかった。まともなのは目の部分だけ、
それ以外の場所は、今もぐじゅぐじゅになっていて、
カラフルな虹色の膿が顔中に溢れてた。
「おえええええっ!」
思わず嘔吐してしまった松原君に、篠崎さんは言ったわ。
「どう? 私、綺麗じゃないの?」
「よっ、よるなバケモノぉ!」
ひどいこと言うわよね、松原君。
女の子に向かってバケモノだなんて。
やっぱり、ろくな男じゃなかったでしょう?
「そう…… 駄目なのね……」
悲しそうな声でそう言うと、篠崎さんは松原君の眼前に歩み寄った。
「じゃあ……その目、なくしちゃお?」
「え?」
篠崎さんは、松原くんの顔に手を当てた。
そして……
「うぎゃああああああーーーーーーーーーぁぁぁぁァァァ!」
その時の絶叫は、学校中に響いたというわ。
「い、いでええェェェェェェよぉ! 俺の目……うぉれの目がぁぁぁぁぁぁぁああ!」
篠崎さんは有無を言わせず、親指にもの凄い力を込めて松原君の眼球を押し潰したのよ。
「これでもう私の顔、醜く見えないよね」
篠崎さんは、血塗れの親指をペロリと舐めるとニッコリ微笑んだわ。
まあ、その顔ぐちゃぐちゃな顔面の微妙な動きを、
笑顔だと理解してくれた人がいたかどうかは疑問だけれど。
こうして松原君は、永遠に光を失ったわ。
自業自得よね。いつだって考えもなしに適当なことを言ってたからよ。
ほんと、みんなバカばっかりで嫌になるわね。
……その後のこと?
さあね、どうなったのか知らないわ。
篠崎さんも松原君も、仲良く入院したんじゃないかしら。
入院する病院の種類が違うんじゃ、会う機会もなかなかなさそうだけどね。
そうそう、篠崎さんの顔を傷物にした犯人だけど
まだ捕まっていないそうよ。
善人の顔を被った狼が、今でも町中を闊歩してるってことになるわね。
怖いわね。私がもしそいつに会ったら、逆に顔中を切り刻んであげるけど。
うふふ…………。


これで私の話はおしまい。
やっぱり七人目は来なかったわね。
もし今更来たとしても、私は絶対に許さないけど。
坂上君、最初に私がした話、まさか忘れてないわよね?
うふふふふ……………………。



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