第三話 福沢玲子
 しいmixi(^O^)ノ





あ、次は私の番?
皆さん、はじめまして。
私は、一年G組の福沢玲子。
よろしくお願いしまーす。

ふー……。
みんな、ほんとに怖い話いろいろ知ってるんだねー。
なんだか、話を聞いてるだけでゾクゾクして来ちゃったよ。
こんな話ばっかり聞いてると、本当に霊に取り憑かれちゃうかも、
なんちゃって。あはは。
でも大丈夫。これから私がする話には、霊とかは一切出てこないからね。
生身の人間100%。だから安心だよ。

私がこれからする話は、ミクシィに関連する話なの。
そ、あのミクシィ。
みんな知ってるよね?
友達から紹介されないと入れない、会員制のコミュニティ!
……って言っても、今じゃそんな面影ほとんどないよねえ。
みんな普通にやってるから、誰かにちょっと頼めばすぐだもんね。
坂上君はミクシィをやってるの?


あ、やってるんだ。
もし良かったらマイミクになってよ。
ここでこうやってお話してるのも、なにかの縁だと思うからさ。
ほんと? ありがとう。
じゃあ、この集まりが終わったあとにでもニックネーム教えてね!
楽しいよね、ミクシィ。
身近な友達ばっかりでワイワイガヤガヤやるのもいいし、
知らない人たちと交流深めるのも楽しいしさ。
全然連絡とってなかった、小学校の同級生とかにも再会出来たりもするもんね。
「ミクシィ中毒」って言葉なんかもあるんだよね。
楽しいからって、私もあんまりやりすぎないようにしなきゃ。あははっ。
でもね、気をつけて坂上君。
インターネットもミクシィも、ホントはすっごく怖い世界でもあるんだよ……。

私たちと同じ学校に通う生徒に、川島武志君っていう人がいたの。
川島君ってもともと、あんまりネットとかに興味のない人だったんだけど、
同じクラスの友だちから、ミクシィに誘われたのね。
最初は「ふーん」って感じで、誘われたからという理由だけで始めたんだけど、
やってみるとこれがなかなか面白くて、結構ハマっちゃってたの。
ニックネームはリバー。
「川」島だからリバーだったんだってさ。ふふっ。
単純だよね、男の子って。
最初は身内だけで、学校の話なんかして盛り上がっていたんだけど、
だんだんそれだけでは物足りなくなって、知らない人のページを覗いてみたり、
色んなコミュミティに入ってみたりするようになったの。
ま、お決まりのコースだよね。
そして川島君は、とても趣味の合う人を見つけたの。
きっかけは、とあるコミュニティでちょっとしたレスを交わしたこと。
その子は、咲夜ってニックネームだったんだけど、
何の気なしに彼女のページを見に行った川島くんは、
彼女の入ってるコミュニティ一覧を見てちょっと驚いたわ。
「うわあ、この子俺と趣味被りまくりじゃん」
しかも、自分と同じで高校生。
会話してみると、たしかに趣味も話も、信じられないぐらいに合う。
そして、二人はマイミクになって、親しく交流するようになったんだよ。
咲夜さんは、とても魅力的な人だったの。
ほとんど毎晩のように更新される日記は、
斬新な視点から書かれてて、ユーモアもある、
見る人を楽しい気分にさせてくれるような素敵な文章で、
いつだって山のようなレスがつけられてた。
でもそんな中で、川島君は咲夜さんに特別気に入られたの。
やっぱり、趣味も考え方も、なにもかもが合うっていうのは大きかったのかな?
川島君と咲夜さんは、急速に親しくなっていったの。
そうすると、やっぱり、メアドぐらい交換するよねえ。

……ねえ、こんな話きいたことある?
ネット上での恋愛って、通常の三倍の速度で進行するらしいよ。
相手の顔が見えないからどうこう、とかっていう
話だったと思うけど、詳しいことは忘れちゃった。
納得できるような出来ないような……。
その話が本当かどうかは知らないけど、
少なくとも二人が知り合ってから、頻繁にメールのやり取りをするようになるまでは、
二週間もかかってなかったんだってさ。

そしてある時、川島君はメールで訊ねてみた。
「咲夜さんって俺と一緒で、高校生なんだよね。どこ通ってんの?」
「んー…… 東京みたいな都会の学校じゃないから名前聞いても知らないと思うよ?
鳴神学園ってとこなの」
「うっそ! マジ!? 俺もそこなんだけど! 俺、二年A組! そっちは?」
「え… 本当に!? 私は二年G組だよ!」
……一種の奇跡だよね、これって。
たまたまネットで知り合った人が、たまたま同じ年で、
たまたま同じ学校に通っていた。
凄い確率だよね。
そりゃ、浮かれるよねえ。
二人は本名を教え合ったけど、互いに知らない名前だった。
うちの学校、やたら大きいからねえ。
私も、今日ここに来てる人たちの名前誰も知らなかったしさ。
咲夜さんの本名は、竹田麻美。
二人は、次の日の放課後に体育館裏で待ち合わせて、会う約束をしたの。
川島君にとって次の日の授業は、これまでの人生で一番長い授業に感じた。
可愛いよね、ふふっ。
永遠とも思える授業がようやく終わると、すぐに体育館裏にダッシュして、
ドキドキしながら咲夜さん、いや、竹田さんを待ったわ。
そして竹田さんは、少しだけ約束の時間に遅れてやってきたの。
ねえ坂上君、実際の竹田さんはどんな女の子だったと思う?


不細工だったって……ひどいなあ、女の子にそんなこと言っちゃ駄目だよ。
……でもね、竹田さんは確かに、お世辞にも可愛い子じゃなかったんだ。
って言ってもね、いわゆる醜い顔っていうんじゃないの。
うーん……。
ほら、そんなに美人っては言えないような子でも、
いつもニコニコして笑顔を振りまいてるタイプなら周囲からも好かれるし、
顔だって愛らしく見えてくるじゃない?
竹田さんは、その正反対だったのね。
ごくごくフツーな顔立ちだったんだけど、笑顔なんてまったく見せない。
「こんにちは……咲夜です」
消え入りそうな声でそう言った竹田さんの姿は、
世の中の不幸を一身に背負ったような様子で、
どんよりした負のオーラが漂っていたわ。
そりゃ、可愛く見えるはずがないよね。
これが本当にあの咲夜さんなのかって、川島君もびっくりした。
誰か別人が咲夜さんの名を語って来たんじゃないのか、とかそこまで疑いかけたぐらい。
でも、話してみれば印象も変わるかもしれない、と思い直して
喫茶店でお茶をすることにしたの。
そして、実際に話してみた結果、やっぱり竹田さんは間違いなく咲夜さんだったわ。
……だけどね、どれだけ話してみても、やっぱりそのキャラクターは、
最悪だった第一印象通りなの。
自分からはまったく話しかけてこないし、
川島君がどれだけ話を振ってみても、
竹田さんは、耳を澄ませばようやく聞き取れるような声でボソボソ喋るだけ。
聞かれたことにただ答えるだけで、話を膨らませようともせずにね。
ずっとうつむき気味の姿勢でさ。
ネットと現実でキャラクターが全然違う、っていう人は
結構いるものだけど、いくらなんでも極端だった。
さすがに川島君もイライラしたわ。
適当なところで話を切り上げて、そのまま帰っちゃったの。

夜になってから、ちょっと悪いことしたかなって気もしたけど
あの様子じゃどうせ、向こうも初めから全然楽しくなかっただろうしな、と川島君は思った。
……でも、そうじゃなかったんだよね。
その直後に竹田さんから来たメールを見て川島君は目を疑った。
「今日は凄く楽しかったよ! 明日からよろしくね v」
これだけならまだ、社交辞令かな? っても思えるけど。
だけど、彼女のページを見ると、とんでもないことが書いてあったの。
どんなことが書いてあったと思う?


違うよー。
もっともっと、大胆なこと。
大胆というか、なんというかね……。
ミクシィで最近、運命的な出会いをしたこと。
その相手は同じ学校の人で、今日始めて会ったということ。
そして、その相手と付き合うことになったということ。
川島君の名前までは書いてなかったけどね。
いつものように、彼女へのレスは大量についてた。
「おめでとう!」とか書きながらも、
行間からは嫉妬が滲み出てるようなやつがさ。あはは。
「……嘘だろ……何書いてんだこいつ…………」
川島君は、凄く気持ち悪くなった。
でも、メールして問いつめる気にもなれず、その夜はさっさと寝ちゃうことにしたの。

そしてその次の日から、川島君にとっては悪夢のような日が始まったの。
竹田さんが教室を、毎日毎日訪ねてくるんだよ。
休み時間になるたんびにさ。
別に川島君に声をかけるでもない。
少し離れたところから様子を眺めているだけ。
「なにあの子…… 気持ち悪い……」
次第に女子たちの間からそんな声があがるようになったけど、
竹田さんは一向に気にしてなかったみたい。
どうしてこのクラスに竹田さんが来ているのか、それはすぐに周知の事実となったわ。
なぜかって?
あのね、女の子が川島君がちょっと喋ったりするでしょ。
何気ない話だよ、昨日見たバラエティ番組の話とかね。
そうすると、背後から殺気を感じるの。
振り向くと、竹田さんがもの凄い顔で睨んでるんだよ。
それはもう、視線だけで人を呪い殺せるんじゃないかっていうような禍々しい顔でさ。
怖いよね。
顔がじゃないよ。竹田さんの、その執念が怖いよ。
当然、女子たちは誰も川島君に話しかけてこないようになった。
男子たちは、竹田さんが来ても、人ごとだからとニヤニヤしてるばかり。
「おい川島、また嫁が来てるぞ!」ってね。
川島君は困り果ててしまったの。
竹田さんがなにか仕掛けてくるっていうんならともかく、
女の子を睨みつける以外は別に何もしないんだから。
もちろん、本人には何度も言ったよ。
「なに考えてるんだ! 迷惑だからもう来るな!」ってね。
だけどね、全然効果ないの。
いくら怒声を浴びせても、竹田さんは黙ってうつむいてそれを聞いてるだけ。
そして、次の休み時間になったらやっぱりやって来る。
手の施しようがないよね。まさか、女の子に手をあげるわけにもいかないしさ。
まあ、手をあげても無駄だったと思うけど。
思い切って先生に相談してみても、
「お前、竹田になにかしたんじゃないか?」なんて、
逆にいらぬ疑いをかけられるばかり。
こういうとき、男の子って大変だよねえ。
二人の性別が逆だったら、先生とかもきっと動いてくれたと思うんだけどさ。

リアルではそんな日々が続いているというのに、
ミクシィ上での竹田さんは、それまでとまったく変わらない
快活な咲夜さんを演じているのも、川島君にはたまらなく不気味だった。
だってさ、相変わらず、上手な文章でユーモア混じりの日記書いてるんだよ。
で、読者にウザがられない程度に、たまーに川島君とののろけ話書いてるんだよ。
今日は一緒に水族館に行きましたとか、仲良く図書館で勉強しましたとか、
全部でっちあげの、嘘っぱちの妄想をね。
怖いよねえ。
「やべえよこの女…… 絶対やべえ……」
この頃、川島君の胃がいつも
キリキリと痛んでたっていうのも、仕方のないことだよね。

そしてある日、とうとう事件が起こっちゃったんだよ。
一人の女の子が、休み時間に川島君に話しかけたの。
その頃はもう、竹田さんが気持ち悪くて
クラスの女子たちは誰も川島君に話しかけないようになっていたんだけど、
掃除当番がどうとかで、どうしても話さなきゃいけないことがあったらしいの。
一言二言交わした時、その女の子は誰かに肩をトントンと叩かれて
「ねえ、ちょっとあなた」
と、話しかけられた。
「ん?」
振り返ると、突然顔に冷たい液体を浴びせかけられたの。
「え…なに……きゃああああああああぁぁぁっっ!」
一瞬何が何だかわからなかったけど、
その直後、顔にもの凄い激痛が走った。
……竹田さんが硫酸を浴びせかけたんだよ。理科室からくすねてきたやつをね。
「あんたが悪いのよ……あんたが………」
竹田さんはいつもと変わらぬ様子で、うつむきながらブツブツ呟いてた。
顔を押さえて絶叫を続ける女の子の顔からは、
シューシュー皮膚が溶ける音が聞こえてた。
それを目にした、その場にいた誰もが、
女の子の悲鳴を聴いた先生が駆けつけてくるまで、凍り付いたように動けなかった。
そして、竹田さんは退学になった。
当たり前だよね。
女の子の顔を硫酸で焼いちゃったんだよ。
だけど、刑事事件にはならなかった。
なんでも、竹田さんの親が学校にも多大な寄付金を払っているような
権力者で、お金の力で揉み消しちゃったんだって。
ひどいよね。
それで竹田さんは、精神病院に通うことになったんだってさ。
入院じゃないよ、通院だよ。
まったく、信じられない話だよね。

さすがに竹田さんの日記は数日間止まってた。
でもしばらく経ったら、元気に復活してたの。
「ごめんね! 体調崩しちゃってしばらくPC禁止してたの……
 もう元気になったから大丈夫、心配してくれたみんな、ありがとう!」
ってね……。

……事件の後、川島君は誰からも話しかけてもらえなくなった。
今度は、女子からだけじゃなく男子からもね。
「お前のせいだ」
誰もが、視線で川島君を非難してた。
可哀想だよね。
別に川島君が悪いわけじゃないのに。
そして、竹田さんは、また川島君の前に現れるようになった。
今度は校内でじゃないよ。
登校する時とか下校する時とかに、遠くの電信柱の影とかから
相変わらず川島君のことを見てるの。
その頃は川島君の精神も相当参っていたから、
最初のうちは幻覚かとも思った。
でもね、やっぱり幻覚じゃなかったの。
本物だったんだよ。
もう学校も辞めちゃったんだから、いつでも川島君を見に来れたんだっていうわけ。
夜、二階の部屋から窓を開けて外を見ると、
竹田さんがこちらをじっと見上げてるときもあった。
川島君、そのままだと本当に発狂してしまいそうだった。
そこで彼は、竹田さんにメールをして人気のない場所に呼び出し、
最後の話し合いを持ちかけたの。
このままじゃ自分はおかしくなってしまう、
もしも悪い点があったんなら謝るし、出来ることならなんでもするから、
これ以上つきまとうのだけはやめてくれ、ってね。
これが最後のチャンスだ。
そう思って、辛抱強く、気の遠くなるような時間をかけて説得したの。
そしてその想いがようやく通じたのか、
相変わらずうつむきながら話を聞いていた竹田さんが、ようやくポツリと一言漏らした。
「……じゃあ、最後にお願いを一つだけ聞いてくれる?」
「ああ、なに?」
ようやくわかってくれたのか、そう安堵する川島君に、竹田さんはこう続けたわ。
「最後にキスしてくれるんだったらいいよ」
坂上君だったら、どうする?


だよね。
絶対イヤだよね。
私だって絶対イヤだよ。
でもね、川島君はもう疲れ果ててたんだ。
ほんの少しだけ我慢すればやっと解放されるんだ、そう考えてしまったのね。
「……わかったよ」
そう答えちゃった。
その返事を聞いても、竹田さんはやっぱり無表情なままだったわ。
だけど、川島君の目の前まで近づいてきて、彼がキスしてくれるのを待ってたの。
仕方なく川島君は、竹田さんにキスをした。
でもね、やっぱりそれが間違いだったの。
川島君は口の中に突然、竹田さんに舌をねじこまれた。
舌だけじゃない。一緒に、なにか得体の知れない小さな塊を押し込まれたんだよ。
それは、一瞬の出来事だった。
驚きのあまり、川島君はそれを飲み込んでしまった。
「お、お前なにを……ぐああああああ!」
最後まで言わないうちに、胃が焼けるように熱くなって、川島君は地面をのたうち回った。
「あなたが……あなたが悪いのよ……せっかく私が付き合ってあげるって言ってるのに」
竹田さんは川島君がもがく様をしばらく、感情を込めない目で見つめていたけど
最後にそう一言だけ呟いて去っていっちゃった。
川島君が飲まされたのは、劇薬だったの。
名前、なんていったかなあ……忘れちゃった。
そんなものを、竹田さんがどこで手に入れたのかって?
ネットだよ、インターネット。
あやしいサイトから通販で買っちゃったんだってさ。
怖いよねえ。
今の時代、女子高生が劇薬でも麻薬でも、拳銃でさえも手に入れられるんだよ?

……その夜もやっぱり、竹田さんの日記は更新されてたんだって。
「彼氏と別れてしまいました……
 最近、小さな歯車がかみ合わずにすれ違いばっかりだったのがその原因。
 でもめげるもんか! またすぐに新しい恋を見つけるぞ!」
みたいな内容でね。
「元気を出して!」みたいなレスがてんこもりについてたよ。
行間から喜びを全開で滲み出させてさ。
男の子ってつくづく、ほんっとに単純だよねえ。あはっ。
……でもそれから、竹田さんの日記が更新されることは永遠になくなっちゃった。
翌日、川島君の遺体が発見されたからね。
二回目の事件、しかも死人が出たともなると、
さすがの両親でも揉み消しきれなかったみたい。
今は竹田さん、どうしてるんだろね?
少年院に入れられてるのか、今度こそ精神病院に入院させられているのか……。

あ、竹田さんのページ、今でもまだ残ってるよ。
興味があるんだったらあとで教えてあげる。
ああいうのって、半永久的に残っちゃうもんね。
書いた本人が例えどうなろうと関係なくさ。
……毎日毎日、欠かすことなく日記書いたりしてたのに、
突然ピタッとログインしなくなっちゃう人っているよねえ。
私、思うんだ。
そういう人たちの中の何%かは、竹田さんみたいに
なにか事件を起こしてインターネットに接続出来ない身になったんじゃないかな、ってね。
もしくは逆に、川島君みたいな目に遭っちゃったとか。
今の世の中、そういう確率ってどのくらいあるんだろうね。
みんな、ほんとに気をつけてね。
ネットで接してるだけじゃ、人の本性なんて絶対わかんないんだから。


これで私の話はおしまいだよ。
ね、幽霊なんて出てこなかったでしょ?
さあ、次は誰が話してくれるのかな?



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