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prayer and grace
1・月下の復活
(3)









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「…あ…あのさ、俺そろそろ眠い…」
「だーめだめだめ、明日の服は絶対こっち!」
「そんな着る手間のかかる服、ルークが大人しく着ると思って?」
「そうよ、だからやっぱり、こっちのニットがいいわ」
「違います! こちらのドレスシャツとロングスカートですわ」
「ダッサ〜、どこの舞踏会行きだってのよ。ここはお城じゃないんだよ! これだから空気の読めない王女様は困るんだよね〜」
「まあ! 言いましたわねアニス!」
 ぼすっ、と見事にアニスの顔面へ枕がクリーンヒット。ルークが遠慮がちに掛けた声は、はたして彼女達の耳に入っているのかどうか。
「むっかー! やったなぁ!」
 アニスは投げつけられた枕と自分の枕を両手でナタリアへ投げ返す。キャッ、と小さく声を上げたナタリアは腕で顔を庇い、即座に枕を 掴んでまた投げ返す。
「ちょっと、やめて二人とも! 隣の部屋に迷惑になるわ」
 しーっ、と人差し指を唇の前で立てるティアに、は、と我に返る二人。もう深夜なのだと思い直し、丁度互いの手元に一つずつ残った枕を ぽんとベッドに置いた。
 やれやれと溜息をついたルークは、賢明にも黙って布団を被った。もう寝ていいだろ、なんて声を掛けた日には、明日の服がまだ決まって いないと女性陣が再び元気になることは目に見えている。

(…そういえば、ノエルはあんまり驚いてなかったな)
 アルビオールに乗り込んだ時、満面の笑顔でお帰りなさいと喜んでくれたノエル。それはまるで、ティア達がルークとアッシュを連れて くることを予感していたかのように、自然な受け答えだった。
 ここに来る間に聞いたことだが、アッシュがエルドラントに突入した時大破したアルビオール三号機は再建されており、現在は二機で 交互に仕事をしているという。
 その仕事とは、なんと速達便の輸送。政府の要人を乗せる足として使われる時もあるが、それ以外の時は各国を忙しなく飛び回って、 急を要する書簡等を届けているそうだ。とはいえ、まだ庶民にまで浸透はしていないらしく、またある程度落ち着いた現在では急を要する 書簡が行き交うこともそうないようで、近頃はフライトのない日もあるという。
 今夜は、ファブレ家で執り行われる『ルーク』の成人の儀に列席する要人達を、昼の間にギンジが運んだ。そして、飛びっぱなしだった ギンジが休憩を取り始めた夕方になって、ノエルが五人を乗せてタタル渓谷へ向かったのだ。
 今は二人とも塞がってることってまずないですから、ルークさんアッシュさんも何かあったらすぐ呼んで下さい。屈託なくそう言って 微笑んだノエルは、少し大人っぽくなったように思う。
 …ルークの体が女の子になっていることには、まったく触れてこなかった。
(気が付いてない、ってことは…ないよな)
 或いは張本人が一番混乱していると察して避けてくれたのかもしれない。びーびー泣いてしまったせいで、目のあたりが少し腫れていたから。

 明日のことは明日にしてとりあえず寝ましょう、という流れになった頃、トントンと部屋の扉がノックされた。
「私です。皆さん、もうお休みですか?」
「あっれぇ、大佐?」
 丁度ベッドから降りていたアニスが、そのまま扉を開く。
「どーしたんですかぁ?」
「いえ、特にどうということもないんですが、ご機嫌伺いにね。…ルークはどうしていますか?」
「ルーク? …あらっ。さっきまで起きていたのですけれど」
 起きているのだから起き上がってもよかったのだが、咄嗟に毛布を顔の上まであげて、なんとなく寝たフリを続けてしまった。
 そっと優しい手が毛布越しに肩の辺りを撫でる。
「疲れたんだと思います。検査もですけど…それ以上に、戸惑いが大きいみたい」
 ティアだ。ぎゅっと胸が締め付けられるような思いがする。あまりにその声が優しくて、どうしてだか泣きそうになってしまう。
「大佐…本当に、ルークはどうして女の子になってしまったのでしょう」
「マジでローレライの趣味ってだけだったら、かなりビミョー。もう全部終わったんだから、これ以上ルークのこと振り回さないでほしいよ」
 心から心配してくれるナタリアの声と、滅多に聞くことのない、アニスの真剣な声。本当に心臓が縮んでいるんじゃないかというくらい、 胸の苦しさは増していく。
「…これは、まだ推測でしかありませんが」
 チャッ、と微かな音がする。ジェイドが眼鏡のブリッジを押したのだろう。これは彼の癖だ。続けて、キィパタン、と控えめな扉の音。 ジェイドが室内に入って扉を閉めた、というところか。
「ご存知の通り、ルークとアッシュは完全同位体です。損傷したアッシュの肉体を再生し、乖離したルークの肉体を再現するだけでは、 再び『大爆発(ビッグバン)』が起こってしまうでしょう。そこで、音素振度数はそのままに、本来『被験者(オリジナル)』を忠実に… まあ多少劣化はしますが、基本的には忠実に再現したコピーとなるはずのレプリカの肉体に、変化を起こした。コンタミネーションの対象 となる相手の、性別が異なるという差異を認識すれば、二人の音素(フォニム)が影響し合うことはなくなる。…そういった処置なのでは ないかと、私は考えています」
「同じだけど違う、違うから影響し合わない、でも違うけど同じ…?」
 ハテナマークを飛ばしながら、アニスが呟く。
「実際のところは、検査結果を解析してみないことには分かりませんがね。…さて、ルークがもう休んでいるのなら、私は研究所のほうに 戻ります。もしルークが起きてきたら、アッシュのほうは大丈夫だと伝えて下さい。ガイにしっかり見張らせていますから、とね」
「は〜い」
「わかりましたわ」
「解析のほうはお願いします、大佐」
「ええ、お任せ下さい」
 では、と扉が開き、そして閉じた。
「…だって。よかったね〜ナタリア!」
「えっ?」
「気にしていたでしょう? アッシュが、ちゃんとここにいてくれるのか」
 アニスとティアの言葉に、黙り込むナタリア。
「大丈夫だよ〜。アッシュだって自分の体のことは気になってるハズだよ。明日検査結果聞くまでは大人しくしてるって。その後はさ、 ナタリアがふんじばってキムラスカに連れて帰っちゃえばオッケーでしょ?」
「…そんな事をしなくても、きっとルークが離しませんわ」
「………もしかして…ナタリアは、ルークが自分の『被験者(オリジナル)』であるアッシュを慕うあまり、女の子になったと思っているの?」
 ぎく、と体が震えた。ティアに伝わらなかっただろうか。
「いいえ。………逆ですわ」
「えぇ?」
「…アッシュが…ルークを女性にと、望んだのではないかと思いますの」
「え〜…ちょっとその発想、アニスちゃん的にはありえないな〜。ていうかさ、自分と同じ顔だよ? 自分の女装した姿見せられるような もんだし、アッシュ的にはキモイはずじゃん。あの性格じゃ考えられないって」
「顔は同じでも別人。アッシュも、もうちゃんと分かっていますわ」
「別人でも顔はいっしょ!」
「シーッ」
 さっきのようにティアがヒートアップする二人を止める。それから、気遣うような視線を感じた。
「…。今夜はもう寝ましょう。朝も早いんだし」
「そうだね…。あたし達がここであーだこーだ言ってても、ほんとのことはなんにも分かんないもんね」
「一番戸惑って混乱しているのはルークですわ。それは間違いありません。…わたくし達が、支えてあげなくてはね」
「ええ」
 頷き合う気配。それから、ごそごそと衣擦れの音が聞こえ始めた。夜着に着替え始めたのだろう。
 しばらくして、「じゃ、消すよー」とアニスの声がして、明りが落とされた。おやすみなさいと言い合う声。
 そして今度こそ、部屋は静寂に包まれた。

 眠るには最適な状態のはずなのに、ルークの目はすっかり冴えてしまった。胸の中では、さっきのナタリアの声が何度もリフレインしている。
『アッシュが、ルークを女性にと…』
 気にしているんだろうか。ナタリアは、自分のことを。
 『被験者(オリジナル)』とレプリカという、他にない特別な絆を持つ二人。その片方が女性になったのなら、きっとアッシュを連れて 行ってしまう。そんな風に危惧しているのだろうか。
(不安にさせちまってんのかな…。だけど、婚約ってアッシュが『ルーク』だった時に決まった話のはずだし、例の約束だって、アッシュ と交わした約束なんだから、ナタリアはアッシュと結婚できるはず…だろ? そもそも、いくら体が女になったっつったって、俺は俺で しかないんだし、今までと何も変わんねぇっつーの。ガイが俺のこと平気だったのと同じで、俺だってアッシュとどうこうなんて気、 全然ねェし…)
 彼女が不安に思うことなんて、何もない。
 自分にとってだって、これ以上の幸せはない。アッシュが『ルーク』の名を取り戻してファブレ家へ帰還し、自分は『ルーク』の兄弟と して、彼と父上と母上と四人で一緒に暮らす。いや、兄弟なんて図々しいことは言わない。彼の影としてでいい。臣下でも護衛でも、 使用人でも構わない。もし傍に居られるのも不愉快だというのなら、総てを彼に返し、この身ひとつでファブレ家を出よう。
 いずれにせよ、やがては『ルーク』とナタリアが結婚して、キムラスカ王国の礎となって支えていく。自分はその手伝いをするんだ。 二人の傍で、或いは遠くからだとしても。
 …ずっとずっと思い描いて、願って来た未来の姿が、目の前にある。
 自分はその光景の中にいられないと、切望しながらもどこかで諦めていた未来。それが現実になろうとしているのだ。
 嬉しい。嬉しいに決まっている。なのに胸が痛いほど締め付けられてしくしく痛むのは何故だろう。
 苦しい。息が出来ない。目の奥が熱い。頭の芯がぼうっとする。
(今度こそ、みんなで一緒にいられるのに。みんな幸せになれるのに。俺も、みんなも、…幸せに暮らせるのに)
 どうしてこんなに苦しいんだろう?

 ルークは泣かなかった。けれど結局、一睡もできないまま朝を迎えた。


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「おい、顔色悪いぞ。眠れなかったのか?」
 絶対気付くだろうなぁと思ったガイが、案の定顔を合わせた開口一番にそう言って、額に手を当ててきた。
「夜中にぽっかり目が覚めてしまって、そのまま目が冴えて眠れなくなったらしいの」
 当然、部屋で目覚めた時に真っ先に女性陣からつっこまれ済み。狸寝入りしてしまった手前「一睡もできなかった」とは言えず、夜中 みんなが眠った後に目が覚めてしまったと言い訳をしたのだ。その言い訳がずるずると尾を引いて、ガイのところにまで回って来てしまった。 この調子ではジェイドやシュウ医師のところにも持っていくはめになるだろう。
 尚、昨夜白熱したルークの服については、眠れなかったルークが誰よりも先に身支度を整えることで決着した。つまり、昨日と同じである。
「…熱はないか…。結果聞いたら少し寝てくるんだぞ」
「い、いいよ。一晩くらい寝不足だってちゃんと動けるって。そんなことより、アッシュをちゃんと屋敷に連れて帰らねーと」
「馬鹿かお前は。父上と母上にそんな顔見せたら、心配して下さいと言っているようなもんだろうが。…これ以上、苦労をかけさせたくない。 お前だって同じだろう」
 相変わらず不機嫌な眉間の皺。振り返ったルークはアッシュと目を合わせることができず、一瞬彼の口元で視線をさ迷わせ、だが結局 すぐにきゅっと唇を引き結んで小さく俯く。
「………俺は」
「俺はもうあの場所に戻るつもりはないと以前言った。どうしても連れて行きたいんなら、てめぇも着いて来い。屋敷に行く時はてめぇも 一緒だ。いいな」
「……………」
 有無を言わさぬ、強い口調。ガイも真剣な表情でしっかりと頷く。
(…なんで「屋敷に行く」なんて言うんだよ…。あそこはお前の家だろ。お前の帰るべき場所だろ)
 むしろ「行く」と表現すべきは自分のほうなのに。
 けれどそれを口にしたら、何かが堰を切ったように溢れ、泣き喚いてしまいそうで、だからルークは唇を噛んで耐えた。アッシュに 喧嘩を売りたいわけではないし、騒いで皆の手を煩わせたくない。
「…さ、行きましょう」
 ティアがそっと促して、一同はジェイドとシュウの待つ部屋へと歩き始めた。



 ジェイドが指定してきた部屋は、シュウ医師の診察室ではなく、小会議室だった。人数が多いからだろうか。
「結論から言いましょう。ローレライの言葉通り、今のルークとアッシュに、『大爆発(ビッグバン)』が起こる恐れはありません。 完全同位体であることは変わりありませんが、二人の音素(フォニム)は全く引き合いませんでした」
 ほっとして肩の力を抜くガイとティア。ナタリアとアニスは手を取り合って喜んだ。
「やはり、ルークが女性の同位体になっているからですか?」
「いえ。残念ながら私の仮説は外れだったようです。…不安を完全に払拭するためにも、きちんと説明しておいたほうが良いでしょうね。 まあ、とにかく座って下さい」
 長い話になる前触れとでもいうかのように、立ったままだったルーク達に座るよう勧めるジェイド。彼自身も椅子に座り、組んだ足の上 で手を重ねた。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

 ルーク側からアシュルクフラグを立てようとしたら当人にさらっと否定されてしまいましたとさ! なんてこったい!
 しかも何か色々ぐるぐるしてるしこの子はもう!!
 そして女の勘恐るべし。ナタリアがいきなり核心突いて来てビビりました。なんでこういう発想になったのかは多分もうちょっと先で 独白してくれるかと思います。多分。
 しかもその後のティアの発言からすると彼女も薄々察してるというか、そういう可能性あるってどこかで思ってたってことかな。ルークは 華麗にスルーしてたけど。
 いやはやまったく女の勘恐るべし。
***(2009/09/06加筆訂正)
ルーク側アシュルクフラグはフォローがききませんでした…がっくし。
このパートは一番加筆率低いんじゃないかな?
最初に(1)をのっけた時に鍵忘れてたとツブヤキましたが、これ忘れてたんじゃなくて狙ってたんじゃん…。ってな次回になりそうです。
自分でこれ伏線にしようと思ってたのを忘れてたという。ああもう、なんだかな! 私のバカタレ!