-+「prayer and grace」1−2+-

prayer and grace
1・月下の復活
(2)









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「なるほど…。わかりました」
「わかったのか!? なんで俺が女になってんのか」
「ああいえ、そちらのほうはさっぱりです」
 にっこりと笑ってそんなことを言うものだから、言った本人以外は全員がっくりと肩を落としてしまった。

 現在地、飛行中のアルビオール客室内。そしてアルビオールの目的地は、ベルケンド。
 泣き止んで落ち着いたルークは改めて仲間達とただいまの挨拶を交わし、アッシュもまたぶっきらぼうに挨拶をして、ナタリアに引き 込まれ輪に加わった。そして、すぐにでもアッシュを『ルーク』としてファブレ家へ帰したいと考えたルークだが、それを言い出すより 先に当のアッシュが、そしてティアやジェイド達も、まずはベルケンドに向かいましょうええそうねそうだなじゃあ早速、とさくさく行き先 を決めてしまった。
「あなたのことが心配なの。お願い」
 真剣なティアの言葉。待ってくれと言いかけたルークだが、結局開いた口を閉じて頷くことしかできなかった。

「私がわかったと言ったのは、ルークの肉体はローレライによって再構成されたものだということです。その時女性体にされたんでしょう」

 アルビオールの離陸後、今までどうしていたのか、何があったのかと説明を求められた二人は、まずはルークからローレライと交わした 言葉を皆に伝えた。ルークの話を聞いたジェイドの感想は「あまり有益な情報がありませんね」という大変短く現実的なもので、少々 拗ねたりしてしまったルークだったが、アッシュのほうから有益な情報がぞろぞろ出てきたものだから、無理ないかもと納得してしまった。
 アッシュとローレライが何を語り合ったのか、ルークもこの時初めて知った。事細かい会話の内容までは明かされなかったが、アッシュが 簡潔にまとめたところによると、ルークの体はローレライが直々に作り直したもので、大爆発(ビッグバン)の心配はないというお墨付き まで貰ったという。

「…そういうことなら検査は必要ない、というわけには参りませんわよ。ルーク」
 ぴしゃりとナタリアに先手を打たれ、ティアにもガイにもアニスにもこくこくと頷かれて、ううっと詰まってしまう。そんなルークに、 ジェイドが微笑みかけた。それは、珍しく腹黒さや胡散臭さを感じない、本当に優しい微笑だった。
「みんな、目に見える形で安心できる確証が欲しいんですよ。ローレライの言葉を信じるに値しないとは言いませんし、アッシュが嘘を 付いているとも思いません。しかし、自分の耳で聞いたものではない以上、不安に思ってしまうのは仕方のないことです。分かって下さい、 ルーク」
 他ならぬジェイドにここまで言われては、これ以上抗議する気になどなれない。ルークはきゅっと唇を引き結んで、素直に頷いた。

「女の子化した原因は分かりましたけどぉ〜。つまりやたらセクシーになってるのは、ローレライの趣味ってことですかぁ?」
「或いはユリアがモデルなのかもしれませんねぇ」
 悪戯っぽく尋ねるアニスに、お茶目っぽく答えるジェイド。うう、とまた涙目になってしまうルークは、しかし不意に「へぷしっ!」と セクシーダイナマイトも台無しのくしゃみをひとつ。
「おいおい、大丈夫か?」
「う、うん、平気」
「ほら、これ着とけ」
 隣に座るガイが、自分の上着を脱いでルークの肩に掛けた。
「えっ、い、いいよ! 平気だって」
「いいから! ほら、袖ちゃんと通して」
「やーめろってばガキ扱いすんな!」
 相変わらず世話焼きモードなガイに、ティア達がクスクス笑う。ただ一人、ルーク達の正面に座るアッシュだけは面白くなさそうに腕を 組んだまま、表情筋をぴくりとも動かさなかったが。
「っ、ほんとにいいって!」
 本来ならガイにこうして世話を焼かれている『ルーク坊ちゃん』はアッシュだったはずなのだ。こんな光景を見せられて面白いはずがない。 はっとしたルークが身を引くが、ガイはそんなことにはお構いなしでさっさとルークの腕を袖に通し、前のボタンを全部とめてしまう。
「あら? ガイ、ちょっと失礼」
「え? うわあっ!!」
 断りを入れてから、アッシュの隣に座っていたナタリアがガイに手を伸ばす。しかしその指が触れる前に、ガイは反射的にシートへ縋り ついてしまった。両隣にルークとジェイドが座っていなければ、間違いなく飛び退いていただろう。
「…ガイ、まだダメなんだ?」
「…はは…。見ての通り、な。大分マシにはなったんだぜ、今みたいに不意打ちされなきゃ、多少は…ま、まあ、ちょっと袖に触れられる くらいなら…」
 リアルにそんなシチュエーションを想像したのか、青くなりながら苦笑いを浮かべるガイ。
「不意打ちとは失礼ですわね。私、きちんと失礼と断りを入れましたわよ」
 抗議するべきところはきちんとしてから、ナタリアは小さく首を傾げた。
「…でも、ルークは大丈夫ですのね」
「え? …あっ」
 当の本人が驚いてしまう。
「そういえば、ほんとね」
「うんうん」
 ティアとアニスも頷く。試しにルークがガイに手を伸ばすが、ガイはそのまま肩をぽんぽんと叩かれ、平然としている。
「ほんとだ」
「ああ…全然なんともない」
「元々気心の知れた男友達のルークだから、という特殊条件が働いているのでしょうね」
「へえ…そんなもんなのか?」
 もっともらしいジェイドの解説。ルークがガイに確認するが、本人は首を傾げるばかり。
「旦那がそう言うなら、そうなんじゃないか」
「ってお前なぁ! そんな他人事みてぇに…。でもま、良かったぜ。お前に近づくたんびに悲鳴上げられてたんじゃ、調子狂うからな」
 ルークが笑顔を浮かべたところで、アルビオールが着陸態勢に入った。
 ベルケンドへ到着である。


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 夜闇に紛れて音機関研究所へ入り、一通りの大歓迎と一通りの驚愕に迎えられたルークとアッシュ。仲間達がこんな時間にすみませんが と切り出すよりも早く、検査の準備が始まった。レプリカ特有の音素(フォニム)乖離現象を起こしていたルーク、『大爆発(ビッグバン)』 の影響で弱体化していたアッシュ、二人の体を慮ってのことだろう。
「二人が戻ったことは、まだ内密にお願いします」
 明日の朝一番にマルクト、キムラスカ、ダアト、そして彼らの実家であるファブレ公爵家へも直接鳩を飛ばそうと興奮する研究員達に、 ジェイドはさらりと口止めをした。
「二年前、『ルーク』と『レプリカルーク』のことがファブレ家から正式に発表されたことはご存知でしょう。二人が帰ってきた、よかった 嬉しいで終わる話ならいいのですが、お分かりの通り今のルークは女性です。これをどう解決させるかはっきりさせる前に英雄の帰還が 世界へ知れ渡ってしまっては、面倒な事態を引き起こさないとも限りません」
 諭すようなジェイドの声に、浮き足立っていた研究員達が冷静さを取り戻して行く。

 確かに、ルークとアッシュの二人ともが戻って来たああ良かった、で済むだけの簡単な話ではない。
 ルークとアッシュ―――ファブレ家の子息であるルークにレプリカが作られ、今はそのレプリカがルークと名乗っていること、そして 被験者(オリジナル)であるルーク本人は、アッシュと名を変えていることは、ファブレ家とキムラスカ国王インゴベルト六世から発表があり、二人が 起こしてきた数々の「偉業」と共に、今や世界中に知れ渡っている。同時に、二人の扱いは双生児と同等とする、という宣言もされ、 二人はそれぞれファブレ公爵家の跡取りであり、キムラスカ・ランバルディア王国の第三・第四王位継承権所持者ということにもなっている。 とはいえ、恐らく王位はナタリアが継いで女王となるだろうから、二人が王族として考えるべきは公爵家のことと、ナタリアとの婚約問題。
 しかし、これも当人達の意思を無視して単純かつ乱暴にくくってしまえば、アッシュがナタリアと結婚し、ルークはティアを娶って公爵家 へ迎えれば解決する問題だ。―――――ルークが男性体のままでさえあったなら。
 ルークが女性になってしまった今、アッシュは選択を迫られる。婚約を履行してキムラスカ王家へ婿入りするのか、それとも公爵家唯一 の男児としてファブレ家を継ぐのか。或いは以前本人が言っていたように、公爵家に戻らず婚約も破棄して一人で生きるのか。
 ルークはルークで、周囲からは公爵家の女としての生き方を求められるだろう。アッシュが王家へ婿入りするのなら、ふさわしい婿を 取って公爵家を継ぐ。アッシュが公爵家を継ぐのなら、然るべき相手の元へ嫁入り。

 彼らはただ生家へ帰るだけだというのに、様々な問題が絡み付き、人々の思惑や期待が浴びせられる。難儀な話だ。

 研究員達がそこまで考えて言葉を無くす中、ジェイドはもう一つ違うことを危惧していた。
 確かに王家や公爵家の後継ぎ問題を軽んじることはできない。だが、そんな話はもういいだろう。もうこれ以上、彼らを振り回し、 煩わせなくていい。いや、煩わせたくなどない。
 まだ少年から青年へ向かう途上だった十七歳と、子供らしい子供時代すら送ることを許されなかった七歳。そんな二人が予言(スコア) に立ち向かい、自らの命の期限を宣告され、時間と戦いながら必死に走り続け、そして実際に命を賭して世界を守ったのだ。
 今度は世界こそが、守られた我々こそが、彼らの心のまま自由に生きることを助ける番ではないか。
 しかし、その心のままという部分こそ、実は難しい。
(………ルークは、出て行くと言い出しかねませんからね。下手をすれば我々とも離れようとしかねない。…種を蒔いたのは、他ならぬ 我々だが)
 検査台に横たわっている少女を見守りながら、ジェイドは眼鏡のブリッジを軽く押さえた。
 キムラスカとマルクト、そしてダアトとユリアシティの代表会合によって、レプリカ保護の国際法が制定された。原則としてレプリカは 須く保護すべし。そのための施設も各地に完成している。
 なら、レプリカである自分もそちらに。『ルーク』としての持ち物も、『ルーク』が築いていた、そして築くはずだった人間関係も、 なにもかもすべて、本来それを持つ筈であった『オリジナルルーク』アッシュに返して。
(ルークらしいというか、なんというか。まったく困った子だ)
 本当は、二人でファブレ家に帰りたいくせに。
 アッシュと一緒にいたいくせに。
 けれど、それを口に出さないのなら。また、アッシュもルークを手元に置く気がないのなら―――――それならこちらにも考えがある。
(この感情は、何なのでしょうね。責任感? …いや、違う)
 自分の考案したフォミクリーの技術が、『レプリカルーク』を生み出した。最初から利用されるためだけの存在として。世界の、犠牲と なるためだけの贄として。
 軟禁され、利用され、自覚もないまま大罪を背負い、仲間から見棄てられた。変わると決意し、やっとの思いで仲間達との関係を築き 直したところへ、今度は贖罪のため人柱になれという。他ならぬその仲間の一人が、世界の為に死ねという。命の優劣を付けられ、お前は 人間よりも劣るのだと烙印を押されたのだ。
 それでも彼は、自分の命を代償として仲間達の住むこの世界を救った。生きられたのはたったの七年だけ。
 憎まれても怨まれても仕方がないと思った。むしろ、それでルークの気が済むのなら、少しでも心が軽くなるのなら、殺しても尚足りない くらい憎んでくれて構わないとさえ思った。
 なのに、あの子は笑いかけてくる。理不尽だと、恐ろしいと、嫌だと、なんで俺がと泣き喚きたいだろうに。それを全部必至に押し隠して、 太陽のように笑うのだ。
(私のこの感情は、責任感でも、贖罪でもない。後ろめたいからでもない)
 ルークに過酷な運命を選ばせ、背負わせた。仲間の中で唯一人、世界のために死んでくれと、あなたよりも『被験者(オリジナル)』の 命のほうが優先されるのだと、命の優劣をつけた。
 今更だが、そのことに赦しを請いたいとどこかで思っているのかもしれない。その思いとこの感情が混同して混乱しているのかとも 思ったが、違う。
(この際、理屈も過去も罪も、どうでもいい)
 あの笑顔を本当の笑顔にしたい。それを傍で見ていたい、その笑顔を向けてほしい。ただそれだけ。

 四捨五入すると四十歳。この歳になって初恋とは、まったく柄でもない。


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 検査を終えた二人は、『大爆発(ビッグバン)』の心配がないという確証が得られるまではと、滞在場所を隔離された。
 ルークはアッシュと離れたくないと騒いだが、ガイとジェイドの二人がかりでアッシュのお目付け役になるからと、それでようやく聞き 分け、街に降りて宿に向かった。

「お前がフラッと姿消しちまうんじゃないかって、心配してるんだよ」
 ルークがあまりに悲壮な顔をして大騒ぎするものだからげんなりしていたアッシュに、ガイは苦笑してしまう。隣に立つジェイドは いつもの笑顔で肩を竦めた。
「ここまで来て、今更どこに行くってんだ」
「あてがないからこそ、どこへでも行ける…ということもありますからね」
「それを言うならあいつもだ。あの馬鹿、公爵家に戻るのはアッシュ一人でいいとか何とか言って逃げ出すかもしれん」
「おや、その可能性を考えていなかったわけではないんですね。まあ及第点でしょう」
「っ、てめぇはいちいち嫌味なんだよ…!!」
 ぎり、と歯を鳴らしてジェイドを睨みつけるアッシュ。だが男の表情は真意の読めない微笑のままぴくりとも動かない。ガイはやれやれ と溜息をついた。
「大丈夫だよ。ルークの方には女性陣が固まってるから」
「…まぁ…、そうだろうとは思ったがな」
 それでも安心したように小さく息をつく。全く素直じゃないヤツだ、ああでも素直なアッシュっていうのもなんか不気味かもな。そんな ことを考えて、ガイはふふっと微笑を零した。
「さて、私にじっと見つめられていたのでは気が休まらないでしょう。後を頼みましたよ、ガイ」
「了解」
 では、と笑顔で退室していくジェイド。アッシュはやれやれと肩の力を抜いた。どうもあの男が近くにいると無意識に警戒してしまって 疲れる。
 どうせルークに、アッシュのほうは心配ありませんよ、とでも報告に行くのだろう。…面白くない。無意識に眉間に皺を寄せてしまう。
「なんだ? 俺と二人じゃ不服か?」
「…別に」
 からかい気味に声をかけてきたガイに、そっけなく返事をする。彼は小さく肩を竦め、さっさと夜着に着替え始めた。
 急遽用意されたのは研究員が仮眠を取るための小部屋で、簡易ベッドが並ぶ二人部屋。ジェイドは検査結果の解析を手伝うので、今夜は ガイと同室ということになる。まさか泊まりになるとは思っていなかったガイの荷物は、本当に手荷物としか言えないくらいのもので、 夜着は貸し出された検査服。ここにアニス・タトリンがいたらペアルックだとか言って冷やかされそうだ。あまり愉快でない想像に、 眉間の皺がより深くなる。
 一人でずっと難しい顔をしているアッシュに、ガイは思わず吹き出してしまった。
「…」
 じろりと睨んでやると、「ああ、いや」と咳払いをして笑いを止めた。
「相変わらずだなぁと思ってな。人間、一度死んだくらいじゃ変わらないってことか」
「…普通、一度死んだら次はないだろう」
「普通はな。けどお前達は、こうして生きて戻って来たじゃないか」
 す、とガイの表情が妙に優しくなる。
「お帰り、アッシュ。お前もルークも、よく帰ってきてくれたよ」
「…」
「なあ、頼むからどこかに身を隠そうとか、ファブレ家には戻らないとか言うなよ。折角ルークと二人で帰って来たんだ。ちゃんと二人 一緒にいられるように、これからの事考えていけよな」
「………そんな事はレプリカに言ってやればいいだろう。俺は関係ねぇ」
「あるさ」
 いやにきっぱりと言い切られ、むっとするアッシュ。だがガイははっきりと告げる。
「俺は確かに、今はマルクトに戻っているし、ガルディオス家の再興を為したいと思ってる。だがな、ルークの…『お前ら』の守り役を 降りたつもりはないぜ」
「この歳になって守り役がいるか」
「守り役で気に入らないなら世話係、それも嫌なら守護騎士とか護衛役でも何でもいい。…俺は、今度こそルークを守る。あいつに、 人並みに幸せな人生ってやつを歩ませてやりたいんだ。今度こそ手を離したりしない、絶対に…何があっても」
 真剣な目と、真摯な声。眉間に皺を刻んだまま、アッシュはガイとぶつかった視線をそらせなくなってしまう。
「だから、アッシュにはルークの傍にいてくれなくちゃ困る」
「………なんなんだそれは」
「わからないのか?」
 優しいけれど強い瞳。そらせないまま睨み返していると、ふ、とガイのほうが微笑んだ。
「まあ、お前が素直に口にするわけもないか」
「…」
「戻ってくるなり検査検査で疲れただろ。俺もいい加減眠いし、今日はもう寝ようぜ」
 アッシュの返事など待たず、ガイはさっさと部屋の明りを落として自分にあてがわれたベッドの中に入ってしまった。

「なあ、アッシュ」
 話を終わらせた本人が、アッシュがベッドに入った頃を見計らったようなタイミングで、再び声を掛けてくる。
「今度は何だ」
「俺は、ルークは勿論だけど、お前にだって幸せになって欲しいと思ってる。ルークの傍にいろよっていうのは、ルークのためだけじゃ ない。それがお前の幸せにも通じると思うからだ」
 眉間に皺を刻んで振り返るアッシュ。彼はこちらに背を向けて横になってしまったため、一体どんな顔をしているのか、回り込むか 覗き込むかしないことには伺えない。
「……お前は……俺のことは、憎んでいたはずじゃねぇのか」
 硬い声で尋ねると、ぷっと小さく吹き出された。
「そう思われるのは仕方ないな。実際、大人気なく八つ当たりじみた態度だったからなぁ、俺も…。……公爵家への恨みはもうないさ。 ルークが断ち切らせてくれた。…ま、正直お前とは仇云々抜いても色々あったし、確かに思うところやら物申したいことやらが腹に溜まって ないと言ったら嘘になる。………けど今は、お前にはお前の苦しみがあったことも分かるし、何より、お前がいなければルークは生まれ なかった。もしルークがいなければ、俺は今も、勝手に過去を呪縛にして囚われ続けていたかもしれない」
「……………」
「だから、むしろお前には感謝してるんだ。お前だってそうだろう? ルークは確かにお前の名前と居場所を奪ったのかもしれない、 けどそこに本人の意思がなかったことも、ルークがいなければお前がアクゼリュスで死ぬ運命だったことも、ルークが必死になって頑張って きたことも、もう知ってる。知ってしまったら、もう憎めない。…それと同じだよ」
「………」
「…まあ、とにかく今夜は寝るか」
 答えないことをどう受け取ったのか、苦笑する気配と共に、彼は毛布を少し引き上げた。おやすみの一言で話を終わらせると、そのまま すぐに寝入ってしまった様子。

(何なんだ、一体)
 ガイの言葉を否定することも、相槌をうつこともできず、まるで無視するような沈黙を返してしまった。アッシュのほうは、元々彼の ことを悪しからず思っていたのだ。ホド戦争での因縁やルークのことさえなかったら、良好な友情関係を築きたいと思っていた相手である。 彼のほうが友好的になってくれたのなら、こちらが刺々しく当たる理由などないのに。
 なのに、何故だろう。彼の話を聞くにつれて、ひどく不快感を覚えたのだ。しかもその正体を探ろうとすると、やたらルークの面影が チラチラと意識をよぎる。
 もやもやとした不快感は胃の辺りで渦を巻き、重苦しく胸を圧迫してくる。ガイはガイなりに気持ちの折り合いをつけた上で、自分の ことを気遣ってくれているようだと、それは分かるのだが、その好意を額面通りに受け取ることができない。何故かは分からない。 分からないことだらけでますます苛々する。苛々をどこかにぶつけようにも、ぶつける相手は眠っているか、今この場にいないか。
 チッ、と小さく舌打ちをして、寝返りをうつ。確かに検査の連続で体は疲れているのだ。しかもそろそろ日付が変わるだろうという時間。 一人でもやもやしながら起きているよりも休息を取るほうがよっぽど建設的である。
(…とはいっても、これだけ苛ついて昂ぶった状態では眠れねぇかもしれんな)
 ………と思った次の刹那。
 アッシュはもう意識を手放し、眠りに落ちていた。


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 一方、ルーク達の部屋では。

「あら、こちらの花柄のほうが似合いますわ。髪の色も瞳の色も鮮やかなんですもの、華やかな柄でないと負けてしまいます」
「だーめだめ、そんな派手な花柄、かえってケバいよ〜。折角ボンキュッボンになったんだから、レースとかフリルとかで出てるとこ強調 して、ひっこんでるとこはベルトやリボンでギューッと締めて、色は逆に清楚な印象の白!」
「ちょっと待って、ルークは女の子の体にまだ慣れていないのよ。スカートにはまだ抵抗があると思うの。レギンスに、ファーをあしらった ふわふわニットを合わせて、自分の体に慣れることから始めたほうがいいと思うわ」
「…。女の子の体に慣れるのとふわふわファーって、ぜんっぜん繋がらないんだけど」
「要はふわふわモコモコした可愛いお洋服を着せたいだけなのでしょう?」
「う…っ、だ、だってルークったら、可愛い服が凄く似合いそうなんだもの…!」

 女三人寄れば姦しいとはよく言ったもの。四人部屋に放り込まれてからずーっとこの調子で、ルークが口を挟む間もないのであった。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

 祝アニメ化決定記念更新!! の筈が、アシュルクフラグが殆ど立っていない不具合orz
 しかも、ガイ→ルクフラグを立てたつもりが、見方によってはガイアシュに見えなくもないという不具合までo-rz
 それにしても鬼畜眼鏡がいやに乙女ですね! すみません!!
 アシュルク道、いやアビス道は険しいぜ…。
***(2009/09/06加筆訂正)
 微妙にアシュ→ルクフォロー入れたつもりが、アッシュ→ガイにフォロー入れたように見えなくもない不具合。
 ルークとアッシュ、被験者(オリジナル)とレプリカについて、公爵様と王様から発表があった云々のあたりは、後日シュザンヌ様に説明 …してもらおうと思っていたのですが、どうも死霊使い(ネクロマンサー)のターンになりそうです。