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『(タイトル未定)』

第一章 幸村、満身創痍
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 翌朝、陽の気配に意識が浮上した。
「おお、気付かれましたか」
 直接日の光が差し込む部屋ではないが、それでも朝日の気配は強烈なものである。政宗は胡座のまま眠っていた体を伸ばすより先に、 幸村に視線を送った。
「何とか、山は越えられたようですな。熱も明け方までには大方下がりましてございます」
 幾分かましになった顔色と落ち着きを取り戻した呼吸。薬師の言葉が幸村の顔に重なって、政宗をほっとさせた。
「…しかし、よくお休みでしたな。梵」
「あ?」
 顔を上げると、薬師が穏やかに微笑みを浮かべていた。
「昨夜わたくしが戻った時にはもう、それはようお休みに御座いました。普段はあまり深い眠りはお取りになれぬというのに」
「…」
「怪我人を心配して眠れぬというのなら分かりまするが、生死の境をさ迷う御内室を前にして熟睡とは」
 しかも座ったままとは器用ですなほっほっほ、と愉快そうに笑う薬師に、思わず政宗はムッとしてしまう。
「その御内室ってのはやめろ。コイツは別にそんなんじゃねぇ」
 憮然としてそう云うが、薬師は益々愉快そうに笑うだけだった。
「…さて、女御殿が目を覚ますまで付いておりたいところに御座いますが、老体に寝ずの夜明かしは厳しゅうございました。暫し休ませて 頂きます故、何かありましたらお声を掛けて下さりませ」
「ああ。急に無理云って悪かったな。Thanks」
 頭を下げ、薬師は立ち上がり出て行った。



 政宗は飽きもせず、安らかに寝入る幸村の顔を見つめていた。だが、やがて足音が近づいてきた。小十郎だ。厳密に人払いを命じたが、 薬師と小十郎の二人だけは許可を出してある。
「…政宗様」
「Good morning、小十郎。構わねぇ、入れ」
「は」
 そっと襖が開く。身支度をきちんと整えた小十郎が部屋に入り、幸村が安らかに寝息をたてている気配に僅かにほっとしたような様子を 見せた。
「政宗様。昨日の今日で奥から朝帰りとの声が老中方の耳に入れば、あれこれと勘繰られましょう。今のうちにお戻りなさいませ」
 …ほっとしたような様子を見せた、気がしたのだが。…いつもの小十郎だ。気のせいだったのだろうか。自分が幸村の容態を気にする 余り、それを小十郎にまで重ねてしまったのか。
「…政宗様?」
「…ああ…。…そうだな。一旦戻る。幸村が目を覚ましたら」
「…んっ………」
 腰を浮かせかけた政宗を引き止めるかのように、幸村の喉が小さく呻いた。そして、眉間に皺が刻まれる。
 はっとして幸村に注目する二人。ぴく、ぴく、と目蓋を震わせると、その奥から潤んだ瞳がゆっくりと現れた。
「………………う……?」
「Hey、随分と早いお目覚めだな。まだ寝てていいんだぜ」
「………?」
 政宗の軽口にも、きょとんとした顔を返す。直後、唐突に理解が訪れたのか、目を見開いて体を跳ねさせた。
「ぐぅっ!!」
「おい! 動くな!!」
 反射的に起き上がろうとして、激痛に襲われたのだろう。チッと舌打ちをして手を伸ばす政宗。だがそれが届く前に、小十郎の手が 悶絶する幸村の肩を押さえて布団に戻した。
「…か…片倉殿…これは一体」
「真田、まだ喋るな。いいからもう暫く寝てろ」
「しかし…! 答えて下され政宗殿、これは一体、どうしたことでござるか」
 小十郎相手では埒があかないと思ったのか、幸村は政宗に矛先を向けた。
「どうしたもこうしたもあるかよ。アンタ俺の剣をまともに喰らってknock downしたんだ。覚えてねぇのか」
「!?」
 ぎょっとして、それから視線が宙を彷徨う。必死に思い出しているのだろう。やっとはっきりしたのか、くっと呻いて顔を顰める。
「っ!!」
 途端、小十郎が幸村の顎を掴んで唇をこじ開け、指を突っ込んだ。舌を噛もうとしていた幸村の歯が、その指に阻まれる。その手を 退けようともがく幸村の腕を、政宗が掴んだ。
「暴れるな!! 傷が開くだろうが!!」
「Ha! Crazy!! とんだじゃじゃ馬だな!」
 びくん。
 不意に、幸村は体を強張らせ、抵抗が消えた。
 ―――――じゃじゃ馬とは普通、男に使う言葉ではない。
 押さえ付ける力が消えた手を、布団の上からそっと胸へ。それだけでも布の感触で分かるだろう。素肌の上から直に包帯を巻かれている ことが。
 愕然としている幸村に、双竜は顔を見合わせ、居住まいを正した。
「………お二人共、見られたのか。某の体を」
「……仕方ねぇだろ。そうしなきゃ手当てできねぇんだからな」
「……………某は男子でござる」
 硬い幸村の声に、何故だか政宗は苛ついた。
「…Ah? その体のどこが男だって?」
「政宗様」
「某は! これまで十七年、男子として生きて参った!! これからも」
「隠したいってんならそれでいい。こっちにも言いふらすような趣味はねぇ。だがな、現実から目ェ逸らすのはやめろ。アンタは女だ。 真田幸村」
「違う!!」
「政宗様! 怪我人を興奮させて如何なさいます!」
 諌める小十郎。幸村は悔しさと怒りを混ぜたような表情で政宗を睨みつけるが、それを見返す政宗の左目はとても冷ややかだった。
「…アンタまさか…女だから助けたとでも勘違いしてるんじゃねぇだろうな」
「…では何故討ち取られぬ。何故、某の首を討ち取られぬ!」
「言わなきゃ分からねぇのか!!」
 ぐい、と幸村の前髪を掴む政宗。
「あんなbattleで俺が納得すると思ってんのか。この俺とやりあってるってのに、ぼけっと突っ立ちやがって…ふざけるんじゃねぇぞ」
「…それは、某が未熟故に隙が生じただけのこと。勝負は決しておりまする」
「勝負!? あんなもんが勝負だと!? 笑わせるな!!」
「政宗様! そのくらいになさいませ。相手は怪我人ですぞ」
 横から小十郎が厳しく諌め、政宗の手を幸村の髪から離させた。政宗はばつの悪い様子で視線を逸らし、立ち上がる。
「とにかく、一刻も早く傷を治せ。そして仕切り直しといこうぜ。アンタだってあんな不完全燃焼じゃ、自分で納得いかねぇだろ。違うか」
「………」
「俺を熱くさせるのはアンタだけだ。一体何に迷いを抱えているのか知らねぇが、今度こそまともなアンタと戦わせろ」
 否やは聞かぬ、と突き付ける政宗。幸村はやはり睨み返していたが、やがて苦しげに目を逸らした。そんな幸村らしくない仕草に苛付き、 チッと小さく舌打ちを落とす。
「後でまた来る。行くぞ小十郎」
「は、…」
 背を向ける政宗。すぐ後に続こうとした小十郎は、しかし幸村の様子が気に掛かった。また自害を試みたりはしないだろうかと。
「…片倉殿、心配無用。先程は取り乱し、申し訳無い。…貴殿の指、傷付けたのではあるまいか」
「いや」
 実際、弱っている幸村の力では小十郎の指に噛み痕すらつけることはできなかった。そういう意味では確かに心配はない。指の皮さえ 破れぬ力で、舌を噛み切る事など出来まい。
「とにかく今は休め。政宗様は再戦をお望みだ。悪いようにはしねえ」
「………」
 何か他に言いたい事を噛み殺すような表情をちらりと見せて、だがそれでも幸村は黙って小さく頷いた。それから、政宗の背中に視線を 送る。
「政宗殿」
「…What?」
「……………かたじけない」
「………」
 溜息を残して、政宗は部屋を出て行った。小十郎がそれに続く。

 一人部屋に残された幸村は、腕を持ち上げようとして激痛に襲われ、体の力を抜いた。一度落ち着いてしまうと、僅かに身じろいだ だけでも痛みが走る。それだけ政宗の斬撃が凄まじかったということだろう。
(お館様がご上洛を果たすまで…そのお力になるまでは、この幸村、死ぬわけにはゆかぬ)
 自害などしている場合ではないのだ。例え生涯の宿敵に秘密を知られたとしても。
(………他の誰より知られたくない方であったのに)
 政宗だけには、絶対に。
 不意に何故だか泣きそうになった。だが、涙が目から零れ落ちる前に、疲弊した幸村の体がそれを求めるかのように再び眠りに落ちた。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

 自分で書いておいてこういうこと言うのもなんですが、自分の中では幸村のこの反応はないよなーと思ってます。
 この人はどう転んでも自害とかせんだろ…とか、ラスト乙女だよありえねえええ!! とか。
 たとえ敵に捕われても、「生き恥晒すよりは死」じゃなくて、「何としてでもお館様の元へ戻らねば」って方向に行くんじゃないかなぁ、 この人は。
 今回は女性化してるっていうのと既に無自覚なまま政宗意識してるっていうmy設定があるのと、できればあっさり政宗様達に退室して 頂きたかったので、とてもとても動揺した結果ああなりましたってことになりました。が、自分的にはあんまり納得してないです。ほんと、 書いておいてなんですが。