水の傷痕
(1)
「チッ、しぶてえな!!」
青いサリーを纏った女が、重い音を立てて槍を振り回す。それはカインの持つそれとは違い両端に刃があって、分解すると三節棍になる
珍しい形状の武器だった。彼女の傍らにいる少年が『ライブラ』で敵の情報を確認し、くっと息を飲む。
「だめです、全然効いてません…!」
「やはりまともに相手をするのは得策ではないようだな」
セシルを守るように前に出た黒い巨体が、サンダガを放つ。巨大な機械兵器は帯電し、甲殻類に似た形状の足を痙攣のように震わせるが、
すぐに振り払うような動作で雷の魔力を霧散させ、こちらへレーザーを放って来る。
その直前、空高く跳躍していたカインの攻撃が砲門へ直撃。だがその衝撃で攻撃の軌道を逸らすことはできたものの、砲門を破壊する
までには至らない。
「くそっ、なんて硬さだ」
こぼしながら槍を構え直すカイン。セシルも剣を向けるが、それが機械兵器に届く直前、カッと魔法の光が迸った。
「!」
反射的に防御の体制をとる。だが、放たれた魔法は、機械兵器を挟んでセシル達の反対側にいるブロンドの女戦士が掲げた剣に吸い
込まれた。彼女の特殊コマンド『まふうけん』だ。
「バッツ! あなたの世界の兵器でしょ! 有効な戦術とか、何かないの!?」
「そんな、戦術って言われてもなぁ…えーっとまず全員全ジョブマスターにして、それから全員『ものまねし』にジョブチェンジして」
「できないこと言わないで!!」
「セリスが何かないかって言ったんじゃんかー!」
ファングとホープ、セリスとバッツ、そしてセシル、カイン、ゴルベーザの三パーティーに分かれ、三角形の中央に敵を据える形で
囲んでいる。一対七という数の暴力、それに陣形もこちらが有利なはずなのだが、圧倒的な破壊力で全方位に攻撃してくる機械兵器の
ほうに分があることは、認めざるを得ない。
圧倒されているのは、こちらのほう。
だが、それでも彼らにはこの機械兵器と戦わなければならない理由があった。
この兵器が徘徊しているのは、洞窟の途中。その手前にテントを使えるポイントがあり、世界の境界はその更に手前にある。洞窟は
一本道で、機械兵器が徘徊しているのはテラスのように少し広がった場所。道なりに進んだ先に世界の境界があり、彼らはそこへ向かおう
としているのだ。
兵器はコスモス戦士にとってもカオス戦士にとっても敵性体だが、モンスターではないので常に出現している。あのセフィロスさえ
面倒だと眉を顰めるその機械兵器とは、戦わずに済むのならそのほうがいい。だが機械兵器の察知能力たるや凄まじく、バッツが
シャントットの操る気配遮断魔法を『ものまね』で駆使しても、スニークスモークを使っても、いかなる手段を持ってその目を誤魔化そう
としても見破ってこちらを感知し、襲い掛かられてしまう。
そんな危険を侵してでも彼等がその先の境界を目指すのは、彼らコスモス戦士達が現在劣勢を強いられているからだ。それを挽回し、
反撃に転じるため、まだ判明していないルートを探って奇襲をかけようというのが、彼らの作戦である。
「…あっ!」
味方に強化魔法を掛けていたホープが、その視線の先に意外なものを見つけて声を上げた。
「セシルさん、カインさん! 後ろ!! その影になってる角に別の境界があります!!」
「なんだって!?」
「よし、俺とセシルがそっちに飛び込んで気を引く。それでいいな、ゴルベーザ!」
「よかろう」
「そうと決まりゃあ、逃げるが勝ちだ!! ホープ!」
「はいっ!」
二人がタイミングを合わせ、怒涛のエアロで機械兵器にラッシュをかける。すべてまともに命中し、敵が一瞬動きを止めた。
「カイン、セシルを頼んだぞ」
「兄さん達も気を付けて!」
兄弟達が互いを気遣う声を掛ける。二人は機械兵器の正面を横切って境界へ飛び込んだ。機械兵器が二人に狙いを定め、攻撃の矛先を
向ける。
「今だ!」
「おう!」
セリスとバッツがその後ろを通り、ゴルベーザは二人と入れ違うようにファング達と合流。パーティーはメンバーを入れ替えて、
それぞれが奥の通路に向かって走り去って行った。
「あ…っ」
「バッツ!」
振り返ったバッツの腕を掴んで引き戻すセリス。まだ安心できるほど機械兵器から離れていない。
「待てよ、まだどっちの道もどこに出るのか分かんないんだぜ! あいつらだけじゃ…」
「ファングとホープはこの断片世界から脱出する方法を探しているのよ。カオスを目指している私達とは、元々目的地が違うの。
心配なのは分かるけど、いずれは別行動になるんだから、どこかで割り切らないと…。それにゴルベーザも一緒なんだから大丈夫よ」
「………」
「セシルとカインだって、そこらのモンスターが束になって襲いかかったくらいじゃビクともしない腕なのはよく知ってるでしょう。
回復魔法も使えるんだし。だから大丈夫。…大丈夫よ。じきにフリオニールやスコール達も来るわ。回復して、体勢を立て直して、すぐに
追いましょう」
割り切れない様子のバッツに、そして自分にも言い聞かせるように。セリスは噛み締めるように言って、あとは回復ポイントまでひたすらに走った。
断片世界はその名の通り、あらゆる世界の断片から構成されている。
カオスの軍勢がイミテーションを創り出し戦況を一変させ、十人にまでその数を減らした秩序の戦士達がクリスタルを携え旅をする頃には、
二柱の神を片方欠いて安定を失っていたが、この頃はまだ世界が『世界』の形を保っていた。
コスモスの軍勢はカオスを討つべくその本拠地へ、カオスの軍勢はコスモスを討つべくその本拠地へ。防衛か、あるいは攻め込むか。
どういったルートで進軍するか、或いは敵はどこから攻めてくるか。
戦士達の智謀を試すかのように断片世界は広大であったが、そのかわり世界が形を変えることもない。「世界の境界」はエリアチェンジの
ポイントであり、出る先は一定していた。
二手に別れて未知のルートへ飛び込んだ片方、ゴルベーザ達三人は、変わらず周囲を警戒していた。厄介な兵器からは逃れたが、一目で
安心できる場所とは確認できない以上、警戒を解くわけにはいかない。
「城…ですか?」
「次元城のようにダンジョンなのかもしれん。まだ気は抜くな」
「ふぅん…。ってことは、おっさんのいた世界の断片ってわけじゃなさそうだな」
「…」
美女におっさん呼ばわりされるのは案外ダメージが大きい。甲冑で全身を包んでいるはずなのに、そんなに老けているように見えるの
だろうかと悩みつつ、一歩踏み出す。
「おい」
「先の兵器は、カオスの軍勢も手を焼いている。自然と避けられるルートだったのだ。この辺りはまず間違いなく未開の地だ」
「そりゃ知ってるけどさ。…だから次の境界を探す前に探索しようってか。うちらはそこまで付き合う気ねえぞ」
がしがしと頭を掻くファング。しかし、警戒を解かないまま城内へ進むゴルベーザに、仕方ないと嘆息し、ホープと顔を合わせて苦笑した。
「やれやれ。あたしもヤキが回ったか」
「でも、一度は背中を預けた人を、放ってはおけないですよ。それに、周囲の安全を確認することは必要です。もしかしたら、元の世界へ
帰る道が見つかるかもしれませんし」
「わかったわかった。行こうぜ」
ぽんぽん、とホープの肩を叩くファング。少年ははにかむように微笑して、黒い甲冑の後を追って歩き出した。
(すぐ帰るからな。もうちっと待っててくれよ、ヴァニラ)
空を仰いで大切な相手への言葉を呟くと、ファングも少年に駆け寄り、未知の城へと入り込んで行く。この先に、望む道が拓けることを
願いながら。
一方、こちらも未知の場所へ飛び込んだセシルとカインは。
「ここは…!」
「…トロイアの城下町か」
「良かった、取り敢えずは安全だね」
ほっと緊張を解いて剣を収めるセシル。街エリアでは戦えない、攻撃魔法も発動しない。それがこの断片世界の理だ。万一カオスの軍勢と
はち合わせしたとしても、戦闘は回避できる。
もっとも、恐らくここに辿り着いたのはセシル達が初めてだ。後から誰かが来ることはあっても、先客はいないだろう。カインも槍を
納めて緊張を緩める。見上げれば空には星が瞬き、二つの月も煌煌と輝いていた。
(しかし…よりによって、トロイアに繋がっていたとはな)
ここはあくまで断片世界の一部であって、あのトロイアそのものではない。現に人もいないではないか、と。そう理屈では分かって
いても、寸分の違いなく同じ光景は錯覚を起こさせる。まさにあの場所に立っているようだと。
カインがこの国を最初に見たのは、飛空挺の上からだった。ゴルベーザがセシルから奪った『赤い翼』を宛がわれ、セシルを罠に掛け
クリスタルを奪い、そして葬り去るためにゾットの塔へと誘った、あの時。操られていた間のことも記憶はある。しっかりと全て憶えている。
いっそ忘れてしまったほうが楽なのにと思うこともあるが、自分とセシルとの間に何があったのか分からなくなるなど絶対に嫌だという
思いのほうが強い。彼に害を為したというのなら、尚更。何を言ったのか、何をしたのか、どう傷付け、…殺そうとしたのか。
すっぽりと頭部を覆う、竜の頭を模した兜。今セシルに顔を見られなくてよかったと、カインは心底自分の装備に感謝した。今自分は
とても情けない顔をしていただろう。或いは、醜悪に歪んでいただろう。それを隠してくれて助かった、と。
「丁度いいから休んで行こう」
「え? おい」
黙り込んだカインに何を思ったのか、セシルはさっさとマントを外すとてきぱき畳んで水路脇の草むらに置き、その上に剣を置いた。
そのまま鎧も外し始め、完全に沐浴の準備に入ってしまう。
「待て、もう少し周囲を確認してからのほうがいい。せめて次の境界を見つけてからにしろよ」
「どうかな。ここは行き止まりなのかもしれないよ?」
「お前な…」
「カインも僕も、さっきの戦いで負った傷がまだ回復してない。回復できる時にしっかり回復するべきだと思うな」
「…」
「MPもかつかつだから、ケアルラ連呼は期待しないでね」
にっこりと微笑むセシル。意外と頑固なセシルは、こうなったら梃でも動かないことを、カインはよく知っている。
説得しようとするだけ時間の無駄だと溜息と苦笑を零し、カインも装備を解き始めた。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
色々途中のまんまですがまた新しいののっけますすみません。でもカイセシ書いてみたかったんだー!!
…と書き出したら途中からファングとホープが出てきてアラ不思議。いやまあ丁度13ハマッてた頃だったもんで…ごにょごにょ
(その時のハマリものに流されやすい。よくわかる。わかりやすい)
というわけで冒頭一回書き直してるんですが、バッツとセリスは最初からコンビでした。珍しい二人組のような気が。
いきなり脱いだ(笑)ことからもご想像がつくでしょうが、これも裏に行きます。次かその次くらいで。
うまくまとめれば前中後の三回で終わるかな〜という感じです。そう長くはならないと思います。
だってカインとセシルをラブラブさせたいだけだもの! 他の要素はここで出尽くしたもの!!(言い切ったな…)