-+DFF「ヤグドリパニック!」(4)+-

ヤグドリパニック!
(4)








「媚薬?」
 眉間にシワを寄せて問い返すスコールに、クラウドはさらりと頷いた。
「この世界の人達にとっては何てことない普通の飲物なんだろうけど、少なくとも僕達にはそういう効能が出てしまうみたいだ。…結構な 量飲んじゃった様子だから、相当つらいと思う」
 セシルは自分のほうが苦しそうな顔をしてバッツを見遣る。
「…飲みながら、なんか、体が熱くなってきたなーとは思ったんだ」
 まだ肩を震わせながら、ぽつりと呟くようにバッツが口を開いた。
「巨人の薬とか飲んだ時に似てるなって…だけど、まさかこんな風になるなんて思わなくてさ…」
 それでこれか、と小さく溜息をついてしまうスコール。そのまま途方に暮れたように一瞬視線を泳がせ、それからセシルに固定。
「…それで、俺にどうしろっていうんだ」
「抱いてやれ」
 シンプルだが直接的な一言。スコールもセシルも、思わずぎょっとしてクラウドを振り返ってしまう。
「ク、クラウド。ちょっとストレートすぎだよ」
「遠回しにしている場合じゃないだろう。バッツが今どれだけ辛い状態か、お前にも分かるはずだ」
「確かに…、それは…そうだけど」
「………」
 腕の中のバッツに視線を落とすと、ごめん、と小さな呟きと共にぎゅっと服を握り締められた。
「こんなこと頼めるの、スコールしかいないんだよ…っ」
「……………」
 戸惑うように揺れる視線。ゆっくりと上げられた手は、しかしバッツの肩に触れる前にぎゅっと拳の形を作り、降ろされてしまう。
「…スコール」
 そんな彼の傍に一歩、あゆみ寄るセシル。
「経過はどうであれ、一服盛って襲うような状況に抵抗があるのは分かるよ。だけどこれは事故だ。君に責任がある事態じゃないことは、 僕達も、バッツ自身もよく分かってる。…だから、助けてあげて欲しい。彼は今、君を必要としているんだ」
「…………………」
 セシルの視線を避けるように、バッツから逃げるように、スコールは自分の肩越しに地面を睨む。
 辛抱強くスコールの決心を待つ二人。だが、もしや自分達がここにいるせいで動けないのかもしれない。そう思い当たったセシルが、 クラウドに退室を促そうとしたその時、やっとスコールが顔を上げた。
「………………………あんたの世界の、『鎮静剤』というアイテムがあっただろう。それで抑えることはできないのか」
 えっ、とセシルが表情を強張らせ、クラウドもほんの僅かに顔を顰める。
 クラウドの方向に顔だけ向けて視線は向けないスコールの態度も、二人にとっては解せない。確かに言葉の多いタイプではないが、こんな 煮え切らない男ではなかったはずだ。
 何より、最近多少様子がおかしくはあったが、それでも二人は付き合っているはず。恋人を抱くことに、何故ここまで戸惑うのだろう。 大人びて見えてもまだ十七歳とはいえ、十七といえば初体験を済ませていてもおかしくない年齢。まして恋人がいれば、触れ合いたいと 望むことは自然な流れであろうと思うのに。同性と関係することに戸惑っているという雰囲気でもない。むしろ、意地になって避けている というほうが近いような。かといってはっきりバッツを拒むでもない。
 一体何が彼をここまで戸惑わせているのだろう。
「…『鎮静剤』は、神羅グループが『興奮剤』と対になるように開発した戦闘用の薬だ。恐らくステータス変化が起こるだけで、今回の 問題解決には何の役にも立たないだろう。それどころか、最悪の場合おかしな副作用が出るかもしれない。安易に使うべきじゃない。 プロの傭兵だと自称するのなら、そのくらいは判断がつくだろう」
 棘のある言葉が癇に障ったのか、スコールの視線がやっとクラウドの顔まで上がった。自然にクラウドの視線とぶつかり、交わった 辺りで火花が散る。
 そのまま睨み合っていたのは、もしかしたらほんの一瞬だったのかもしれない。だがセシルにはそれ以上に長く感じられた。先に視線を 逸らしたのはクラウドで、溜息をつきながらバッツの肩に手を掛け、ぐっと引いた。
「…離れろ、バッツ。どうやらこれ以上言っても無駄らしい」
 スコールから引き剥がそうとするが、バッツは彼にしがみついて顔を埋めたまま、頭を左右に振った。クラウドが引けば引くほど、 離されまいと必死になってしまう。
「バッツ。スコールは嫌だと言っているんだ」
「っ…」
 びくん、と大きくバッツの体が震える。クラウド、とセシルが諌めるように名を呼ぶが、振り返る気配さえない。俺は怒っているんだと、 無言の背中が言っている。
「仕方がないだろう。俺で我慢しろ」
「………、…え?」
 涙目を大きく見開いて、思わずクラウドを振り返るバッツ。残りの二人もぎょっとして、クラウドを凝視してしまう。
「俺が抱いてやる」
「な………っ」
 みるみるスコールの顔色が変わる。だが、クラウドは視線だけをスコールに向けて、冷ややかに言った。
「バッツはお前に抱かれたい、だけどお前は抱きたくない。交渉は決裂している。だが、このまま放っておくのは酷だ。だから俺で我慢 しろと言っているんだ」
「…そう…だね。このまま放っておくわけにはいかないよね。…僕も加わるよ」
 ぽんとバッツの肩に手を乗せるセシル。今度ぎょっとしたのはスコール一人。
「な…、あんたまで何を」
「完全に理性が飛んで、何もかも分からなくなっちゃうぐらいじゃないと、辛くて苦しいだけだと思うから。…薬で無理に高められて鋭敏に させられた感覚ってね、自分で慰めろとか、薬が切れるまで待てとか、そういう対応されるのが一番苦しいんだ。ある種の拷問みたいな ものなんだよ」
 まるで体験してきたかのように静かに告げるセシル。ね、だから、とバッツを促し、完全にスコールから体ひとつ分の距離を取らせて しまう。手を伸ばせば届く距離だが、それでも何故か、随分と引き離された気がした。
 よろ、と足元をふらつかせ、クラウドとセシルに支えられるようにして立つバッツは、涙で潤んで真っ赤になった目をスコールに向ける。 本当に嫌なのかと問うように。
 その視線から逃げるように顔を逸らすスコール。
「…僕とクラウドが使う予定だった部屋、君が使って」
 声は優しいが、要約すれば出て行けという宣告。
 その場に立ち尽くして床を睨むスコールのことなどお構いなしに、クラウドとセシルはバッツをベッドサイドへ促した。力なくそれに 従うバッツの視線はまだスコールを見つめているが、彼は振り返らない。床を睨んだまま、両手を握り締めるばかり。
 クラウドがバッツの肩当を外し、カシャンと音を立てて床に落ちた。
「―――――――っ」
 その衝撃音が引鉄になったように。
 唐突な勢いで、クラウドとセシルの手からバッツを奪い取る。
「………出て行くのは、あんた達のほうだ」
「…」
 じっ、とスコールを見つめるクラウドとセシル。
「…ス、…スコール」
 何か問い掛けようとするバッツの言葉を止めるように、腕の中に抱き込んでしまうスコール。
 威嚇するように二人を睨んでいると、クラウドは小さく溜息を落とし、セシルは小さく微笑した。
「良かった。…出よう、クラウド」
「…やれやれ」
 まったく世話の焼ける、という一言は飲み込んで、二人は部屋を出て行く。

 そうして、スコールとバッツだけが、その部屋に残された。


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「どうにか一見落着、だね。良かった」
 装備を外し、モーグリに手入れを頼みながら、セシルがしみじみと呟いた。
「とりあえずバッツの件はな。問題は明日からだ。…世界の境界が、あっさり見つかればいいけどな」
「うん…」
 クラウドはさっさと剣の手入れを始める。彼の持つ剣は特殊な構造になっているので、いくら有能とはいえ異世界のモーグリ任せには できないと判断したらしい。また、親友から託されたバスターソードを他人に預けるつもりもないのだろう。
「…」
「……どうかしたのか」
「うん…。…隣から、声聞こえないから、良かったと思って」
 はは、と苦笑いするセシルに、クラウドも苦笑を返すしかない。
 確かに、薬で酔ってしまったバッツと、クールに構えていても本質はとても情熱的なスコールの声を、一晩中聞かされるというのは、 ある意味で厳しい事態と言える。
「ごめん、お風呂先にもらってもいいかな」
「ああ」
「ありがとう」
「…セシル」
 モーグリに部屋着を用意してもらって、脱衣所へ入ろうとしたところを呼び止められ、何、と答える代わりに首を傾げた。
「………確か、あんたも飲んだだろう。例のドリンク」
「え? …ああ」
 さすがによく周囲を見ているな、と微笑む。
「飲んだっていうほどじゃないよ。ちょっと舐めただけ。だから大丈夫」
「あんたも辛いなら、同じ金髪のよしみで代わりになろうか」
「…代わり、って…」
 クラウドの意図するところを悟り、ひゅっ、と息を飲むセシル。
 胸元をぎゅっと押さえる仕草に、クラウドは剣を置く。だが、セシルは微笑の吐息を落として、首を横に振った。
「ありがとう。だけど、折角だけど遠慮しておく。セフィロスに斬り殺されたくないからね」
 冗談めかした言葉に答えるように、クラウドもフッと微笑を返し、もう一度剣を取る。
「そうだな。確かに俺も、カインの槍に刺されるのは御免だ」
 そのまま剣の手入れに戻った彼に、「それじゃ、お先」と声をかけて、脱衣所へ引っ込んで扉を閉める。それから、胸の中で淀んでいた 空気を深い溜息にして吐き出した。
(…ほんと、見てないようで見てるんだよね。クラウドって)
 手を胸に当てる。やはり少し体温が上がっている。…少し刺激してやれば、もっと顕著な変化が現れるだろう。
 ほんの少し舐めただけでこれだ。バッツが一体どんな状態になっているか、想像するだけでこちらが苦しくなってくる。
 けれど、と。
 セシルの微笑みに、僅かに昏い影が落ちる。
(紆余曲折あったって言っても、恋人に抱いてもらえるんだからいいじゃないか)
 ただのひがみだ。仲間をこんな風に言う自分は嫌いだ。
 けれど、この負の闇が自分の中にあることは、紛れもない現実。それを受け入れた上で乗り越えなければ、光の自分を信じることも、 闇の力を制御することもできない。
 目を閉じて、こつり、と鏡に額を当てる。
「……………クラウドは、憶えてるんだ………カインのこと」
 逢いたいと口にすると不意に泣いてしまいそうで、だからこんな形で愛しい人の名を呼ぶ。

 この弱ささえ強さに変えられる、そんな揺るぎ無い力が欲しい。セシルは切実にそう思いながら、ゆっくりと着衣を解いた。


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 どくん、どくん、どくん。
 いつもより早い心臓の音だけが、やけに煩く響く。既にそれが自分のものか相手のものかもわからない。

 クラウドとセシルが出て行っても、スコールは動かなかった。バッツをきつく抱き締めたまま、ストップかブレイクでもかけられたかの ように。
 体の辛さと息苦しさでバッツが身じろぎをすると、それさえも封じ込めようとするかのように、腕の力を強くしてくる。



「…あのまま」
 ほんの一、ニ分だったのか、それとももっと経っていたのか。
 ようやく口を開いたスコールの声は、重たい。
「あのままあいつらに、抱かれるつもりだったのか」
「………え……?」
「俺にしか頼めないと言っておいて、あいつらに黙って抱かれるつもりだったのか」
「っ、違う!!」
 怒りの雰囲気を感じて、力一杯否定するバッツ。
 手袋を外したスコールの左手が顎を掴んで、強引に顔を上げさせられる。無理に伸ばされた喉に空気がひっかかって、ひくっと鳴った。
 触れる程近い目と目。怒りと、それ以上に激しい炎が、スコールの瞳の中にある。普段は頑なに隠されている情熱的な本性が、獅子の 野生が、剥き出しでバッツに向けられている。
「あんたのせいだ」
 ぞくりとバッツの背筋を伝ったのは、肉食動物に対する本能的な恐怖。
「――………ス」
「全部、全部あんたのせいだ」
 我慢してたのに。
 掠れる声で、胸の底に溜まったものを搾り出すように囁くと、獲物を貪り喰うように唇を奪った。






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 やーっと次から裏ですよ、裏! eroまっしぐら!!
 長かった…(自分のせいだっつーの)
 うんまあ長かった。でも楽しかったからいいの。