ヤグドリパニック!
(3)
「それならいいものがありますわ。少しお待ちなさいな」
懐から何やらごそごそと取り出したシャントットは、その場にちょこんと座った。何をするのかと見ていると、両手を前に出して何かを
抱えるような手の形。その中央にヒューンと鋭い音が走って、取り出した『闇のクリスタル』が宙に浮いた。それはヒュゴゴゴという重い
音を伴ってすぐに輪郭を無くし、漆黒の闇の力が渦を巻き始めた。
「うわあ…」
目を奪われ、ぽつんと呟くオニオンナイト。闇の渦はシャントットが広げていた果実を掬い上げ巻き込んでいく。少しの間ぐるぐると
渦巻いていたかと思うと、突如ぼんっという破裂音と共に光の輪が広がって、渦が消えた。代わりにころんと蓋付きのタンブラーが
シャントットの手の中に残る。
「ヤグードドリンクといって、冒険者達にはポピュラー、いえ、必需品と言っていい飲み物ですわ。MPも回復できるすぐれものですわよ」
有り難がってお飲みなさい、とバッツに差し出されるタンブラー。
「へえ、すっげーな。サンキュ!」
「あー、バッツずるい! 僕も喉乾いてるのに!」
「あの…ごめんなさい、できれば私も…」
「親鳥に餌をせがむ雛じゃあるまいし、少しお待ちなさい。今あなたがたの分も用意して差し上げますから!」
このわたくしが手ずから作って差し上げていますのに感謝が足りませんわ、とブツブツ言いながら次の材料を取り出し、合成に取り掛かる
シャントット。
「ライトは?」
「私はそうMPを必要としないからな。そこの蛇口から清浄な水が出るのなら、それで充分だ。遠慮せずに飲むといい」
「そっか。悪いな。…ってうわ」
タンブラーの蓋を取ったバッツは、その強烈な独特の匂いに顔をくしゃっと歪めてしまう。
「ちょ、ちょっと待った! これ、ティナとオニオンは飲んじゃだめだ」
「えっ、どうして?」
「どう考えても酒だろこの匂い! ワインだよこれ。未成年はだめ!」
「…確かに、色も香りもワインのようだが…」
くん、とライトもタンブラーの中に満たされている液体の匂いをかいでみる。確かにバッツの言うとおり、紛うことなきワインの香りだ。
だが、実は密かにとても楽しみにしていた―――先の合成がとても興味深かった様子だ―――オニオンナイトには納得できないらしい。
少しムッとして食い下がる。
「だけど、今シャントットさん、ドリンクって言ったじゃないか」
「そうですわ。未成年の冒険者だって大人だって、酔っ払ったりしないでぐいぐい飲んでますわよ」
「ほーらね! なんだよ、一人占めしたいの? バッツってば子供っぽいね」
ぽんっ、とシャントットの手の中にもう一つヤグードドリンクが出来上がった。ティナは差し出されたそれを「ありがとう」と受け取り、
口にしようとして、しかし戸惑って手を止めた。
「…あの、でも本当にお酒の香りがするんだけど…」
「ティナはほんとに心配性だなぁ。作った人がドリンクって言ってるんだから大丈夫だって。僕が先に飲んでみようか?」
「待てってば。わかったよ、ちゃんと確かめるから」
ちゃっかりティナの手からタンブラーを受け取ったオニオンナイトを止めつつ、バッツは自分の手の中のタンブラーに視線を戻す。
「…抵抗があるなら、私が試すが?」
「ああ、いや、大丈夫。もしほんとにワインでも、オレわりと酒強いほうだから」
「…。いつか、皆でゆっくりと杯を傾けてみたいものだな」
ふわりと優しく微笑むライトに、バッツもにこりと微笑んだ。
「セシルとクラウド、フリオニールも多分セーフだよな。その三人も一緒に、な」
「ああ」
そんな日が来たらいい。そう思い微笑む二人だが、早くと急かすオニオンナイトの視線にバッツが肩を竦め、では、とタンブラーに口を
つける。
そのまま、ごく、ごく、ごく、と普通に飲むバッツに、ほら、と笑うオニオンナイト。
「ね? それっぽい香りがしてるだけだって。いただきまーす」
「っっ!!!」
まさに普通のドリンクのようにごくごく飲んでいたバッツだが、突如びくんと震えてタンブラーをテーブルへ置き、口許を覆う。
「ちょっ…オニオン待て!!」
「ふぇ???」
時既に遅し。一口飲んだオニオンナイトは、顔を真っ赤にしてぽやんとバッツを振り返った。
うわ、と全員が頭上に汗マークを乗せた瞬間、ハウスの出入り口が慌しく叩かれ、バンと勢い良く開かれる。
「ライト! バッツ、オニオン、ティナ! みんな無事か!」
「フリオニール? どうした、血相を変えて」
「………っ」
駆け込んで来たフリオニールが絶句する。その背後から、セシルとクラウドも神妙な表情で入ってきて、そして部屋の様子を察してほぅ
と息をついた。
「四人とも、戦闘の途中でリンクシェル会話切ったでしょう。ずっとそのままだったから、どうなったのか全然分からなくて、僕達随分
心配してたんだよ」
「スコール達もすぐ戻ってくるだろう。暢気に酒の匂いなんか充満させてたら、あいつら憤死するぞ」
「…そういえば、途中からみんなの声が聞こえなくなったけど…」
ふわふわしているオニオンナイトを支えながら、あっと耳元のパールに触れるティナ。
「我々は皆、無意識に通信を切ってしまったようだな。すまない、いらぬ心配を掛けてしまった」
セシルとクラウドに律儀に頭を下げるライト。そこでやっと力の抜けたフリオニールは、詰めていた息を吐き出して、椅子を兼用している
らしいチェストに座り込んでしまう。
「…ああ…。いや、とにかく無事で良かった。…けど、もし今度があったら、その時は切らないでくれ。本当に心臓に悪い」
「もし、今度があればな。ないことを祈る」
「ああ、俺もだ」
笑い合って、手をパンと合わせる二人。だがライトはすぐに笑顔を引っ込め、シャントットに視線を向ける。
「…。ところでシャントット。やはり酒のようだが」
「いーえ。アルコールは一滴も入れておりませんわ。貴方も材料をご覧になったでしょう?」
ほら、とゴロゴロ床に広げられる、見た事のないチェリー類の果物と、小さなクリスタルの欠片。クリスタルといっても、彼らコスモス
戦士達が手にしたクリスタルとはまた違う、この世界に由来するもののようだ。
「このクリスタルは?」
「ええ。『闇のクリスタル』といって、合成の必需品ですの。闇といっても勿論、邪悪なものではございませんわよ。この世界には八つの
クリスタルがあって、火なら燃焼、水なら溶解、光なら再生、闇なら腐敗というように…」
「腐敗、って…それ、発酵してるってことなんじゃ…」
「………」
ティナのつっこみに、頭を押さえてしまうライト。
「成程。確かに、大雑把ではあるがワインの製造法と同じ理屈だな」
「オニオンナイトが目を回すわけだ」
「…やっぱり、結局正体はお酒なのね…」
クラウド、ライト、ティナの順に、がっくりと肩を落としてしまう。
「…? バッツ? 大丈夫?」
「っっ」
口許を抑えたまま床に座り込んでしまったバッツの様子に気付き、歩み寄ってそっと肩に触れるセシル。だがバッツは弾かれたように
体を震わせると、目だけでセシルを見上げた。恐る恐る、といった様子で。
「――――――…」
バッツの体の変化を察するセシル。自分の意志とは無関係に潤んだバッツの目から、ぽろりと涙が落ちた。
「…泣き上戸…、っていうわけじゃ、ないよね」
こくん、と頷く。まだ口許は隠したまま。
「………っこれ…、ヤバい。この世界の冒険者には、何てことない飲物なんだろうけど…」
涙声で訴える言葉を受けて、テーブルの上に残るタンブラーを取り、匂いを確かめ、そして舌先にほんの僅かに乗せる程度に舐めて
確かめるセシル。途端、眉を寄せた。
「……」
ぼへっと目を回しているオニオンナイトをティナと二人で介抱しようとしていたクラウドが、セシルの様子に気付いてそちらへ歩み寄る。
「どうした」
「………クラウド、これ……」
バッツとタンブラーを交互に見て、それからクラウドを見るセシルの視線に、クラウドはすぐに彼が何を言わんとしているのか察した。
そこへ、バタバタと激しい足音が掛け込んで来る。恐らく足が勝負のスポーツ選手であるティーダが一番乗り、と誰もが思ったが。
「バッツ!!」
真っ先に飛び込んできたのは、スコール。
その声にもびくんと反応してしまったバッツは、セシルとクラウドの影に隠れるように体を隠したが、その動きが裏目に出た。彼は
目聡くバッツを見つけて駆け寄る。
「バッツ、無事か!」
「ひっ…!」
腕を掴まれ、ぎくっと震えて逃げを打つ体。
これはいよいよ間違い無い、とクラウドとセシルが顔を合わせる中、ティーダとジタンが掛け込んで来た。
「みんな大丈夫ッスか!! …って…、アレ?」
「うっわ何だよ酒くっせー!! どうなってんだ?」
目を白黒させる二人に、さて全員揃ったことだし説明が必要だろうな、とライトが切り出すきっかけを探す横で、バッツの様子がおかしい
ことを察したスコールが、顔を覗き込もうとする。それを避け、自分の腕で顔を隠そうとしてどんどん縮こまっていくバッツ。
「…泣いてるのか」
一体何があった、と更に顔を覗き込む。頑なに隠す腕に手をかけると、またびくりと大袈裟なほど体が震えた。
まさか俺に怯えているのか、と。今まで彼を避けてきた自分を棚に上げて、強引に腕を引くスコール。
「バッツ!」
「スコール、ちょっと待って。乱暴にしないであげてくれないか。バッツは今…」
「…セ、シル」
弱々しい声が、バッツの腕を強く掴んだままのスコールと、それを制しようとしたセシルの、二人の動きを止めた。
「………悪い……オレ、もう…無理だ…!!」
スコールが開けた腕の隙間から見えたのは、真っ赤な顔と涙を流す瞳。そして、もう耐えられないと痛切に訴える表情。
どきっとして動きを止めてしまったスコールに、バッツは何かのタガが外れたかのように、がばっと抱き付いた。それはもう、熱烈な抱擁
としか言い様のない勢いで。
「!!!」
「んまあああ!!」
息を飲んで咄嗟にオニオンナイトの目を両手で塞ぐティナと、何故か歓喜の声を上げるシャントット。女性二人の反応は見事に真っ二つ。
他のコスモス戦士達とモーグリは、ストップをかけられたかのように固まってしまった。
「……………っ」
唐突なバッツの行動に驚くより先に、巻きつけられた腕の熱さでぞくりと背筋を震わせてしまうスコール。
バッツは胸元に顔を隠すように埋め、小さく嗚咽を漏らしている。その押しつけられた額も熱い。
硬直してしまったコスモス戦士達を動かしたのは、フリオニール。顔を真っ赤にさせた彼がバランスを崩してチェストをがたっと鳴らして
しまったことを合図に、皆はっと我に返ったのだ。
「ライト、ちょっと…」
そっとライトに耳打ちするセシル。クラウドはオニオンナイトをティナに任せ、スコールとバッツの傍に歩み寄った。ジタンとティーダは
まだぽかんとしたまま、とりあえず顔を見合わせることしかできずにいる。
やがてセシルの短い話を聞き終えたライトは、ティナに目を塞がれている内に眠ってしまったオニオンナイトをひょいと抱き上げ、全員を
見渡した。
「皆、とりあえず向こうの部屋に移ってくれ。…行こう」
「あっ、は、はい」
「少々残念ですけれど、ま、野暮はいけませんわね」
ティナを促し、共に部屋を出て行くライト。シャントットも広げた荷物を片し、うふふと意味深に微笑みながらてけてけと外へ。
「だ、だが、バッツはその…大丈夫なのか?」
「俺達に任せてくれ。みんなは、出ていてくれたほうが助かる」
まだ顔を赤くしたまま心配するフリオニールに、クラウドはそう言って頷いた。
「…わかった」
短くそれだけ返して、フリオニールはティーダとジタンを連れて部屋を出る。
そうして、その部屋にはバッツとスコール、そしてクラウドとセシルだけが残った。
はぁー、とやっと納得がいった様子で、ティーダが深い溜息をつく。
「それで部屋があんなに酒くさくて、たまねぎがへろへろになってて、バッツが挙動不審だったんッスね」
「ま、ライトがいんのに修羅場の直後に酒盛りってのもおかしいとは思ってたんだ。そういうオチか。…コスモスから自分なき後のオレ達を
頼むって言われたって言ってるけどさ、実は一番のトラブルメーカーになってないか?」
「…ジタン。敢えて真実を口にしないという配慮も、時には必要だ」
ジト目でじーっと見てくるジタンの視線に、フンと鼻を鳴らすシャントット。
「災い転じて福と成す、という諺をご存知ありませんの? あのお二人、少々ギクシャクしていらしたようですから、いい仲直りのきっかけに
なりますわ」
「…」
「…」
「…」
三人とも、いや絶対そういう狙いじゃなかっただろ、と心の中でツッコミを入れたが、それこそライトの言う真実を口にしない配慮により、
黙って溜息をつくに留めた。
「ん? …あれ? 結局、バッツは酔ったわけじゃないんッスよね?」
「………」
ぴく、とライトが視線を上げ、ジタンの尻尾が揺れる。
セシルから聞いたライトと、話の流れとあの時の雰囲気から薄々察したジタンは、さてティーダにはその正体を詳しく説明したものかどう
だろうか、と腕を組む。
「ライト、ティーダ、上がったぞ」
そこへ丁度よくフリオニールが風呂から上がって来た。よし、とティーダの背をぽんと叩くライト。
「先に入ってこい。シャントット、貴女もそろそろ」
「まあ、もうそんな時間ですの? …あっら、本当ですわ」
飾り時計を見て驚いたシャントットは、ぴょいとベッドから飛び降りる。
「では、わたくしティナさん達のほうへ戻りますわね。明日の朝は…」
「私がバッツの様子を見てから連絡しよう。何か異存があれば」
「いいえ、それがいいですわね。お願いしますわ」
単に集まって世界の境界を探しに行くだけなら、時間を決めて集合、でいい話なのだが、バッツの様子が気に掛かる。事が事だけに
シャントットが様子を見に行きましょうと言い出すのも躊躇われたのだが、ライトは元々自分がバッツ達のところへ顔を出そうと思って
いたようだ。
話が丸く収まったところで、モーグリからタオルと着替えを受け取ったティーダが入浴に向かい、「おやすみなさいませ」と言って
シャントットが部屋を出て行った。
「…ふぁ……」
「先に休むといい。ジタン。私に遠慮することはない」
「いや、遠慮ってわけじゃないけど…」
なんとなく、みんな揃っておやすみなさいになるのかな、という雰囲気だったので、もう少し起きているつもりだったのだ。風呂から
出たらすぐ寝るのかと思ったフリオニールも、モーグリに手伝わせながら武器の手入れをしている。
「ベッドで眠るのは久しぶりだろう。俺もこれが終わったら寝かせてもらうから、お前も先に寝たらいいさ」
「…。わかった。んじゃ、お言葉に甘えよっかな」
ぼふっと毛布を被り、おやすみー、と言って体を丸くするジタン。
フリオニールは思わずライトと視線を合わせ、それから二人して優しく微笑んだ。
いつ見ても、ジタンが眠る時のこの寝方は、小動物のように可愛らしい。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
獅子まっしぐら!!!(笑) さあさあ深夜行きのフラグが全部点灯しましたよ!
やっとベッドに持ち込めまs
だーってそもそもスコバツ自家発電のために書き出しただもーん夜だ裏だって浮き足立ってもしょーがないじゃーんぶーぶー
誰にぶーたれてんのかサッパリわかりません。黙らせておきましょう。
なんにせよいっつもどっこもお約束のカタマリでにんともかんとも。
そういえばワインと蒸留酒ってどう違うのk(だからちゃんと調べろ)
2009/09/22ちょこっと修正。どうしようかあれこれ考えてみたんですが、結局シンプル化する方向で決定しました。