--「lullaby」2--

lullaby


(2)
ティーブレイク






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「ダマされた………」
「騙してない!」
 テーブルに肘をついた状態で、突っ伏した頭を抱えるアウル。正面には、ぷんすか怒っている美少女……いやいや、美「少年」。
「だぁってさ。ふっつー女だろ! そのルックスじゃさあ!!」
「どこ見てるんだよ、全然胸ないじゃんか」
「そんくらいぺったんこな女の子もいるっての!」
 実際、地球軍にいる女性兵士や衛生兵の中で、彼くらいの感じの体型の子を見たことがあるのだし。
「あ〜あ………」
「…そんなに女の子のほうが良かった?」
「そりゃそうだろ。っつーかぁ、お前もさ。男ナンパしてんじゃねェよな〜」
「ナンパじゃないだろ!? 君が眼鏡のことこだわってるから、それでお茶してチャラにしようって、そういう話じゃないか」
「そーゆーの、フツーはナンパってゆーの」
「言わない!」
 はぁ〜、と溜息をついてしまう。なかなかどうして、お姫様のお忍びみたいなこの王子様は、容姿に反して頑固なようだ。

「………そんなに嫌?」
 突っ伏したままの姿勢でメニューを見ていると、不意に彼の声のトーンが少し下がった。
「…僕、無理矢理連れてきちゃったかな」
「バーッカ。ちっげぇよ」
 よいしょ、と顔を上げて、見やすいようにメニューを立てる。
「オレが行くっつったし、あんたのこと女と勘違いしたコトは苦情言ったからもういーの。ほら、あんたも何頼むのか決めろって」
「あ、うん」
 ほっと息をついて、テーブルの端に立ててあるもう一つのメニューを開く。
 …そういうちょっとした表情や、にこやかに佇む様子なんか見ていると、本当に男なのかと疑いたくなるのだが。
(まさか二重に担がれてンじゃねぇよな)
 じーっ、と見ていると、視線に気付いたのか、彼は顔を上げてきょとんと首を傾げた。
「…何?」
「ん? べつに。ホントに男なのかな〜って思ってただけ」
「………」
 彼は一瞬固まったが、すぐにぷっと吹き出した。
「そこまではっきり言われると、なんか、怒れないよね」
「そ?」
 くくっ、とアウルも笑う。
 楽しい。
 こんな時間は貴重だ。
「オレ決〜まりっと。あんたは?」
「うん、僕も決めた。…ってか、その『あんた』っていうの、どうにかならない?」
「だってオレあんたの名前知らないもん」
「…。君ってほんと、ストレートだね」
 それがむしろ心地良いといった様子で微笑む。
 元々穏やかな気性なのか、落ち着いた雰囲気を取り戻した彼のまとう空気はとても優しくて、傍にいると本当に居心地が良い。無条件に 安心してしまうような、それを許して甘えさせてくれるような暖かさを感じる。
「僕はキラ。君は?」
「アウル。よろしくな」
 名前だけのシンプルな自己紹介。だが、二人にはそれだけで充分だった。
 それ以外の余計なものは、一切いらない。

「お決まりでしょうか」
「えっとね。オレ、ケーキセット。レモンパイとジンジャーエール」
「ケーキにアイスはお付けしますか?」
「あ、そんじゃ付けて」
「はい」
 愛想がよくて品もいいウェイトレス。制服も似合っててそれなりに可愛いけど、やっぱキラのほうが可愛いよなー、これで男ってマジ 反則だよなー、なんて思いながら、アウルはさくさくと注文を済ませる。
「僕もケーキセット。…ミルクレープと…ダージリン」
「ケーキにアイスは…」
「いえ、結構です」
「ダージリンはホットとアイスどちらになさいますか」
「ホットで」
「ご注文は以上でよろしいですか?」
 最後に注文内容を確認して、少女は厨房のほうへ去っていった。
 ちら、とその姿を追う。
 ここはかなり昔、当時の有名なパティシエが開いたケーキショップのチェーン店。ザフト軍の基地に出入りする車の中に、この店の ロゴの入ったトラックを見かけたことがある。ザフトもお得意様の一つなんだろう。
 カフェの規模としてはごく標準的なものだと思う。客は自分達の他にカップル一組と女性客が一人だけ。今はそう混む時間帯じゃない だろうから、このくらいなら一人でも回せるんじゃないかと思ったが、彼女の他にあと二人ウェイターがいる。厨房の中はここからでは 見えないが、奥には四人ほどの気配。
 つまり現在、席の半分にも客が満たない状態なのに、少なくとも七人分の人件費がかかっているわけだ。
(結構余裕っぽくね?)
 このあたりもユニウスセブン落下による津波の被害を受けた地域のはずだ。それなのに喫茶店がここまで余裕のある経営状態というのは、 …やはりそれだけザフトによる復興支援活動が的確かつ素早かったのだろう。

「…綺麗だね」
「え?」
 ぽつんとキラが言葉を零したので振り返ると、彼はオープンテラスの向こうに見える海岸線を見つめていた。
 ここは立地条件もかなり良好で、丁度ディオキアの街の海岸部を見渡せるようになっている。
 行き交う人々。波の打ち寄せる海岸、そこで思い思いに遊ぶ子供や若者達。軍服を着たコーディネイターと、地元民であるナチュラル達 が交わす笑顔。
 とても綺麗だ。綺麗だけれど。
「平和、だね」
 ぽつりと零すキラ。
 連合国が一方的にプラントに宣戦布告し、各地で戦闘状態が続いている今、こんな光景も、そう呟けることも、とても貴重なはずだ。
 けれど、彼の言葉はどこか悲しげに聞こえた。
「…だよな。…なーんかさ、まるで絵に描いたような平和ってカンジ?」
「えっ?」
 答えると、キラがはっとこちらを振り向いた。
「そりゃ、ヘーワが一番? なんだろーけどさ。でもなんか、絵に描いたみたいで気持ち悪ィんだよな、このへん」
「………」
 ぶすっとそう続けると、キラはなぜか、ホッとしたような顔になる。
「…僕も、アウルと同じこと考えてた」
「同じ?」
「うん。…綺麗で、平和な光景ではあるけれど…、誰かが世界をキャンバスにみたてて、思いのままに描いたような『綺麗な平和』だな、 って。………違和感があるんだ。すごく」

 人々には笑顔がある。軍人は銃を構えていない。
 それはとても『理想通り』の『平和』な姿。
 ………軍事力で守られていることに人々が疑問を抱かないように、誰かが仕立ててくれたかのような。誰かの、誰かにとって、都合の いい『平和』。
 その『誰か』が誰なのかまでは、わからないけれど。

「…オレさ」
「ん?」
「やっぱキラのこと超好きかも」
「………」
 けろっと言って、にかっと笑う。
「…っ、あのね! しつこいようだけど、僕男だよ!」
 ぷっと吹き出して、笑いながらキラは言った。
 クスクスとしばらく笑って、それから。
「…でも。ありがとう」
 ひどく優しい目をして、そう答えた。
 きっと優しさはキラの本質なんだと思う。だけど、その優しさがキラ本人を追い詰めてもいるんじゃないか…なんて、そんなことをふと 思った。

 キラとは、ほんのちょっと前に知り合ったばかりだけど。
(オレの直感って結構アテんなるし、あながち外れてないんじゃねーかな。だってキラ、時々すごく切ない目をしてる)
 そしてその時は決まって、アウルではなく、別のものを見ているのだ。
 彼の瞳に映っているのは風景であったり、記憶であったり、それからザフトの軍服であったりする。
(…なんか、そういうのってちょっと悔しくね?)

 何がキラにそんな目をさせるのか、知りたい。アウルは純粋にそう思った。

「お待たせ致しました」
 じっとキラを見つめていたアウルに、なに? とキラが尋ねようとしたのを見計らって邪魔したかのようなタイミングで、 ウェイトレスが二人のケーキと飲み物を運んできた。




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