--「lullaby」4--

lullaby


(4)
エクステンデッドとコーディネイター






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「…Y字路に出るから、ギリギリまで左に寄っといて、気が付いたように右」
「うん」
 少々運転が乱暴になってくる。だが積み荷を気にしてか、それともキラの性格なのか、不快感を感じる程の荒さではない。
 サイドミラーを確認するアウル。…やはり来ている。枝分かれの多い小道に入ったせいか、それともこちらが撒きにかかったのを 気付かれたのか、車間はどんどん詰められていた。
(…ん? …あれ、何か…違和感)
 びく、と背筋が痺れるような感覚。この違和感を放置してはいけない。すぐに原因を突き止めなければいけない。そんな警鐘が頭の中で 鳴り響く。
 しかしその違和感の正体に、キラはとっくに気付いていた。
「ごめん、駄目だ。挟まれた」
「へ?」
「後ろ、一人足りないでしょ。前から来た」
 さらりと嫌な事を言ってくれる。
 一方通行のはずの細い路地の向こうから、バイクが走って来る。
 まさか正面衝突する気かと思ったが、こちらが減速すると、バイクも減速して、ワゴンの行く手を塞ぐように横向きにバイクを止めた。
「…うわ、セコすぎ…」
「ごめんアウル。僕が余計なことに首突っ込んじゃったから、君まで巻き込んじゃって…」
「ま、こーなっちゃったモンはしょーがないじゃん? さっきのはキラのが正しいんだし、あのコドモ喜んでたじゃん。いいよ、キラは オレが守るからさ」
 ここで恰好をつけずにいつつけるというのだ。ニッと笑って、アウルは車から降りた。
 さてどうボコにしてやろうかな…なんて考えていると、キラは車のエンジンを切ってキーを抜き、さっさと降りて来てしまう。
「ちょ、何してんだよ、中にいろって!」
「挟み撃ちなんだよ。それに相手は訓練された軍人だ。闇雲に暴走するほど短気じゃないみたいだけど、逆にその分、ある程度痛い目を 見るか見せられるかしないと、引いてくれないと思う。僕が後ろに行くから、前よろしくね」
「はぁ!?」
 さっさと役割分担を決められてしまい、反論しようとするアウル。だが、バイクに乗って来た緑服が、確実に接近してきている。
(くそっ、後ろのほうが人数多いってのに!)
 これはさっさとブチのめしてキラの加勢にいかなくては。彼に二人もの軍人を相手にさせるわけにはいかない。
「おい、おま………」
 こちらがナチュラルだと思って油断しているのだろう。何か言いながら、無防備に間合いに侵入してくる。途端、アウルは無言ですっと 体勢を落とし、あっという間に足払いをかける。
「うぉぁっ!?」
 ただ立っていただけのアウルの目にもとまらぬ素早い動きに動揺しながら、体を投げ出されるザフト兵。転倒の衝撃に備えて受け身を とる間を与えず、更に鳩尾へ肘鉄を入れ、地面に叩きつけた。
 ぐう、と唸ったザフト兵は、そのままノビてしまう。
「はん、あっけねぇの」
 捨て台詞を置いて後ろを振り返ったアウルが見たのは、それこそ一瞬のうちに二人の軍人をブチのめす、キラの後ろ姿だった。
(……………な…っ!?)
 その拳に殺気はないが、容赦もない。
(冗談だろ…相手はコーディネイターの、しかも軍人二人だぜ!? それをあんな、あっさり…)
 兵士二人は勝負らしい勝負すらさせてもらえなかった。何か喋ったと思ったら、次の瞬間には昏倒させられていたのだ。それも、二人 同時とも言えるほどの早業で。
 尋常なスピードではなかった。ラボでも戦場でも、こんなケタ外れの素早さを持つ相手になど、会ったことはない。
 ぞくり、と背筋を電流が走った。
 崩れ落ちた兵士達を車に放り込んだキラが、こちらを振り返る。それを察して、アウルは咄嗟に表情を強張らせ、視線を逸らした。
(目を合わせたらやられる!!)
 これは危険信号。危険信号。強化人間としてのアウルに染み込まされた、戦闘兵器としての本能。「これ」を感じた時には、味方の生命 保護と撤退を際優先に考えなくてはならない。最悪の場合は相手を巻き込んで自爆するという選択も辞してはならない。

 「これ」とは即ち、どう足掻いても勝てない、という圧倒的な力の差。

「アウル?」
 はっ、と思考回路が日常へ戻って来る。一瞬前まで「強大な敵」と認識していた相手であるキラは、相変わらず綺麗な紫の瞳で、 心配そうに顔をのぞき込んで来る。
「どうしたの? 大丈夫?」
「………え、…あ、ああ…うん、なんでもね」
「ほんとに? 顔色真っ青だよ」
「だいじょーぶだいじょーぶ、マジもう平気」
 意識を完全に戦闘から切り離す。大丈夫。そう、大丈夫だ。

 キラは敵ではない。敵であってたまるものか。



 アウルがK.O.した緑服を道の端に蹴飛ばし、キラが彼の乗って来たバイクを道の端へ寄せて、通路を確保。二人は再びワゴンに乗った。


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「あのザフトの人達、開口一番になんて言ったと思う? 『よくも面目を潰してくれましたね』だよ! しかも、斜め四十五度の見下し 目線で!! 子供から横取りするのは面目潰れるようなことじゃないんですかって、言ってやったらよかった!」
 再びアクセルを踏んでから、キラはずっと喋りっぱなしだ。反対にアウルからは、言葉が消えた。
「だけど、気が付いた時にはもう体が動いててさ…。ああもう、思い出しても頭に来るっ」
「なぁ、キラ」
「ほんと、ザフトっていつからあんな連中がのさばるようなところになっちゃったんだろ。少なくとも僕の知ってるザフトの人に、あんな 横柄な人いなかったのに!」
「キラって」
「あんなので地域復興に貢献してるなんて言えると思う? さっき言った僕の友達があんな光景見たら、絶対黙ってないに違いな」
「キラ!!」
 びくっ、と肩を震わせて、キラは言葉を止めた。
 真剣な視線をさしてくるアウルに、もう誤魔化せないと観念したような表情を見せる。

「………キラって、コーディネーターなんだな」
「………うん」
 地球連合軍ファントムペインの一員であるアウルにとって、それはキラが「敵」であることを示していた。上層部のつまらない連中の 言葉を借りれば、「そらの化け物」。
(キラは化け物なんかじゃない。キラだけは)

 ―――――キラだけは、特別。

 その言葉を心の中で噛み締めると、なにやら暖かいものが広がる。…母さんのことを考えている時みたいに。
 そのことをキラに伝えたい。だが、だが信号待ちなのをいいことにこちらを振り返ったキラが先に口を開いた。
「アウルも、………アウルは…普通のナチュラルじゃないでしょ」
「!?」
「薬か何かで後天的に特殊強化されてる……………違う?」
「…な………」
 どうして。
 どうしてそんなことが分かる。
 何故、そんなことを知っている。
 『エクステンデッド』の情報は、連合軍の最重要機密に属する。さすがに実戦投入も本格的に始まっているだけに、ザフトのほうにも その存在と名称については知られ始めているようだが、それでも一般市民が知り得る情報ではない。
 ましてや、それを見抜くなど。

 後続車からクラクションを鳴らされ、キラはやっと青信号の道路を発進した。




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