--「lullaby」7--

lullaby


(7)
きみを忘れない。






line


 ふぁ、とあくびを噛み殺すアウル。
 揺り篭を降りて、のびをする。いつもと同じ目覚めだ。
「あれ、スティングもう終わってんだ。ステラは…まだか」
 残る二つの揺り篭のうち、一つはカラ。もう一つの中ではステラがまだ寝息を立てている。調整が続いているのだろう。
 いつまでかかるかわからないものを待っていられるほど、アウルは気が長くない。一足先に部屋へ戻るべく、歩き出した。

 まあ、無理もないかと思う。
 ステラは海で溺れてザフトの連中に助けられる、なんていう冷汗もののハプニングを起こしてくれた。恐らくその時に、何か引っ掛かる ようなことがあったんだろう。
 揺り篭に入る前、汚れたハンカチを必死に守って、スタッフ達を困らせていた。さっきも、眠りながらまだ握り締めていたようだし。
 今回の彼女は、よっぽど入念に調整されているに違いない。
(ま、オレはヘーワだったし?)
 これといったハプニングもなく、ごくごく普通にバカンスという名目の下見をしてきただけ。ステラのとばっちりでザフトと出くわしたり はしたが、特に何かあったわけではない。向こうにしても、ステラの兄くらいにしか思っていない様子だった。
(…まさか、弟ってオチはねェよな)
 あの可愛いおバカより年下に見られていたとしたら、それはちょっとムカつく。
 とはいえ、所詮二度と会うこともない連中だ。彼らはザフト。天敵であるコーディネイター。可能性があるとしたら戦場でしかないだろう。 再会したところで、そうと知らずに落としちゃってました、という結果が待っているだけだ。
 どんなに善良そうな態度をしていたって、あいつらコーディネイターはユニウスセブンを落とし、地球を滅ぼそうとした宇宙の化け物。 ステラを助けてもらったくらいで恩義に感じることなど、できるわけがない。
(つーか、ステラだってエクステンデッドの端くれなんだから、ちょっと溺れたくらいで死ぬわけないし)
 ヤツらが助けるまでもなく自力で何とかできたはずだし、自分とスティングが探し出すことだってできた。まったくもって要らぬお節介、 余計なお世話。
(…あー、やめやめ)
 折角気分よく昼寝してきたところなのに、わざわざムカつくコーディネイターのことなど考えている必要はない。ステラが起きてくるまで 何をしよう、と考えながら、自室の扉を開いた。
「うわっ、なんだコレ!?」
 不意にバランスを崩しそうになって、咄嗟に立て直す。ぎょっとしたアウルの背後で、機械的に閉まる扉。
 アウルの部屋の中は、えらいことになっていた。ベッドの上だろうとデスクだろうと床だろうと、ところかまわずガラス玉が散乱していた のである。気付かずまともに踏んでしまって、それでバランスを崩したのだ。
「ンだよめんどくせーな…!」
 乱暴に足でガラス玉を隅へ寄せる。だが、球体であるそれはコツンと壁にぶつかって、はね返って転がってくる。
「あー!! うっとうしいなもう」
 しかもガラス玉は全部が全部紫色で、転がるたびにキラキラとあちこちに紫色の光を反射させる。目がチカチカして、アウルは思わず しかめ面になってしまった。
 乱暴にガラス玉を集めて、ダストボックスに放り込んでいく。ベッドの上まで手を伸ばして、は、と呆れたような声を零した。
「リンゴに、…なんだコレ。…メガネ? ぶっ壊れてんじゃん」
 一体誰の悪戯だ。スティングはこんなガキっぽいことしないし、そうするとステラかという話になるが、あのトボけた妹分がこんな手の 込んだことをするとも思えない。
 それにしても壊れたメガネというのはどういう趣向だろう。そう思いながら、何気なくそれを手に取ろうとした。
 瞬間。


『ああ、いいよいいよ、それより靴に破片刺さってない? 大丈夫?』
『えと……僕のかっこ、変…?』
『それじゃ、弁償のかわりに、お茶とケーキおごってくれる? で、僕が君の分をおごるから。それでお互い様、ってことじゃだめ?』

 リンゴ、壊れたメガネ、そして紫色の光。

『あなた達は基地に戻れば、充分な食料が配給されている筈でしょう。それとも、どうしても今すぐにその林檎が必要な理由でも あるんですか』
『えっ、レンズ割れてたのにわかったの?』
『うん。またね』

 並んだキーワードが、その意味を思い出させる。


 綺麗なアメジストの瞳。
 ほんの半日一緒に過ごしただけの天使。



「……………キラ………」

 確かめるようにその名前を呟くと、ぱたっと滴がベッドに落ちた。

「………覚えてる………オレ、ちゃんと…」

 忘れない。
 例え忘れても、必ず思い出す。
 今こうして、彼を思い出したように。

 何故涙が止まらないのだろう。
 キラのことを思い出せて嬉しい。とても嬉しいはずなのに、胸が痛くて痛くて、締め付けられるように苦しい。



 理由がわからないまま、とめどない涙を持て余して、アウルは声を上げずに泣き続けた。
 しゃくりあげることもない、静かな涙を流し続けた。

 必ず、絶対に、死んでもキラを忘れない――――――そう心に誓いながら。




BACKNEXT
RETURN