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for DREAMING-EDEN

第三章
『迷』

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 程なくして、正式な上陸許可が出た。
 ミネルバへの着任の際、停戦条約が結ばれた直後なのだから実際に戦闘が起こることはないと言い切って、ちゃっかり外出着…つまり、 オシャレ服やアクセサリーの類を大量に荷物に入れていたメイリンを筆頭に、似たような感覚でお気に入りの私服を多く持ち込んでいた ヴィーノ、ヨウラン達は、ここぞとばかりにめかし込んでオノゴロの街へ繰り出して行った。当然メイリンにとって男達は荷物持ち要員と いうことだろう。
 艦長と副長は、モルゲンレーテ造船課の主任と、朝から何やら話し込んでいる。船体修理作業の打ち合わせなのだろうが、女性二人は 気が合っている様子で、堅苦しい感じはなく、どこか楽しそうにさえ見えた。

 シンは、迷った。

 様子を気にしてくれるルナマリアには悪いが、今は干渉されたくなくて、彼女から逃れようと、リネン室に篭ってまで今もまだ迷っている。
 行きたい。けれど、行きたくない。
 あの場所へ。総てを喪った、あの港近くの山道へ。
 レイは自分を気遣ってか、上陸はせず、いつものように艦内で過ごしている。だが、彼に相談する気にもなれない。
 劇的に復興が進んでいるという、オノゴロ。ならばあの場所もあのままというわけではないだろう。
 綺麗に元に戻して。…まるで何もなかったかのように。
 あの場所で確かに、無関係な人々の命が、ただ巻き込まれたというだけで喪われたというのに。
 それを、………それなのに。
 美しく生まれ変わった様子など、見たくない。
 けれど、そこが家族と最後に一緒にいた場所であることも、事実。それに、家族との想い出が残る場所もまた、その近くにある。
 生まれ育った自分の家。
 当然といえば当然だが、あれ以来、結局一度も戻ったことはない。連合に占拠されている間も、一般市民の資産は保護されていたという 話だが、それが事実だとこの目で確認したわけではない。それに、徴収は免れていたとしても、長く放置されて荒れているであろうことは 想像に難くなかった。

 行きたい、のだろうか。
 …………………自分でもよくわからない。

 ピンク色の携帯電話を取り出して、開く。
 マユが待ち受け画面に設定してあったのは、自分とのツーショット画像。
 無邪気に笑うマユと、昔の自分。

 シンは、まだ迷っている。






 結局、ふらりと出かけたシンは、マルキオ導師という人の家に向かうことにした。いや、そこへ行こうという確たる意志があったわけ ではない。ただ、なんとなく部屋へ戻り、私服に着替え、ふらふらっとミネルバから降りて、手近にいたモルゲンレーテの職員に尋ねた 言葉が、これだったのだ。
「あの…、マルキオ導師って人、どこにいるんですか」
 その職員にはピンとこなかったらしく、二、三人たらい回しにされた結果、海辺の孤児院の場所をおぼろげに知ったシンは、そのまま そこへ向かった。交通の便があまり良い場所ではないらしく、車を使わず向かおうとするなら最寄のバス停で降りてから徒歩で三十分 以上もかかるらしい。バイクで行けば早いのだろうが、目的地の場所がはっきりわからないし、聞いている限りその家まできちんと 舗装された道が続いている保証はなさそうだ。オフロードバイクなら躊躇なくそちらを選んだが、生憎シンがミネルバに持ち込んだ私物の バイクはオンロード仕様。無理をさせればお気に入りのバイクの寿命を縮めてしまう。
 だが、徒歩を苦痛だとは思わなかった。何も三時間も四時間もかかるわけではないのだし、シンの家も似たような立地環境にあったのだ。 子供の頃から日々の通学で鍛えた足は、ザフトで更に鍛え上げられた。三十分やそこらの歩みくらい、何の苦なものか。

 思い浮かぶのは、一昨日出会った不思議なひと。
 フィラ・ルーナ・ラーライラ。
 あの人にもう一度会いたかった。
 そして話を聞いてほしかった。
 理由はわからない。何故そう思うのか説明しろと言われても、うまく答えられない。
 けれど、どうしようもなかった。
 誰かに聞いてほしい。その誰かは、彼女でなければならないような気がしたのだ。
 運命めいた確信。
 …ひょっとして、こういうのを一目惚れというのだろうか。
 そんなことを思うと、頬に熱が集まるのが自分で分かった。


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 熱いシャワーを頭から浴びても、この鬱屈とした気分は晴れそうにない。
 あからさまに自分に対して侮蔑の視線を投げかけるユウナ・ロマの態度。当たり前のように、自分がカガリの正当な所有者であるとでも 言いたげに、あの手この手で当て付けて来る様は、こうまで何度も見せられるとむしろ逆に憐憫すら湧いて来る。所詮あんな幼稚な方法で しか自分とカガリの間に割り込むことができないのだと、自ら認めているようなものだから。
 だからといって、この不快感が消えるわけではないけれど。
 それに。

『導師様の家が、破片落下の被害を受けて全壊してしまわれました。キラさん達は今、海辺の家のほうにおられます』

 もう一つの憂鬱の原因は、ヒロトのこの言葉だ。
 キラのことは確かに心配だったが、本人と連絡を取る前に人から聞かされたというのが、悔しいような惨めなような、妙な気分に させられる。
 このオーブでは、自分の力で出来ることなど何一つないのだと、そう突き付けられたような気がしてしまう。
 彼、………いや、今や“彼女”となってしまった、大切な大切な存在であるキラの所在すら、自分一人では掴むことができないのだと、 そんなネガティブ思考に絡め取られて、身動きが出来なくなってしまう。
 ヒロト・エルは、決して悪い青年ではない。どこかサイ・アーガイルに似た雰囲気の、好感の持てる清潔な人物だ。
 決して彼が悪いわけではない。それは分かっている。それでも恨みがましい気持ちが掃えない。
「…逆恨み、っていうんだろうな。こういうのは…」
 自嘲するように小さく笑って、アスランはシャワーを止めた。


 再び服を整えていると、コール音がした。
「はい、こちらアレックス・ディノ」
『ヒロキです。よかった、まだこちらにおられましたか』
「…あ」
 バスルームから本人宛に恨みの念でも送ってしまったのだろうか、と一瞬ぎくりとしてしまうアスラン。だが、逆に彼のほうがどこか 申し訳なさそうな顔をしている。
『申し訳ありません、カガリ様はまだしばらく、こちらに詰めることになってしまいます』
「あ、ああ……そうか。わざわざありがとう」
『いえ。屋敷のほうへ戻られる時にはまたご連絡致しますので、お迎えにに来て差し上げて下さい』
「え……あ」
 君が送ってきてくれるんじゃないのか、と言いかけて、言葉を飲み込む。
 そうじゃない。行政府で狸どもに凹まされ、参り切っているであろうカガリの心を安らげるためにも、恋人であるあなたの顔を一刻でも 早く見せてあげてほしい――――と、彼はそう言っているのだ。
『? どうかされましたか?』
「…いや」
 肝心のカガリの事さえ人任せにしてしまおうとした自分の脆弱な思考回路を叱咤しながら、その誤魔化し紛れに違う話題を探す。
「…その、ヒロキ君は…俺にまで敬語を使う必要はないのに、と思って」
『そのことは以前にも申し上げたはずです。僕の事は、どうか呼び捨てで。間違っても殿だの様だのをお付けにならないようにお願いします』
 苦笑と冗談混じりに、でも真剣に返される。

 ヒロキはアスランに敬語を使う。逆に、アスランはヒロトに敬語は使わない。カガリと同じく、命令口調でいい。遠慮した物言いを してはいけない。初めて挨拶をした時、彼は率直にそう言った。
 それがカガリのためであり、貴方のためでもあるのだと。一介の政策秘書よりもアレックスのほうが立場が上であり、代表により近い 位置にいるということを、周囲により強く認識させなければならないのだと。
 書類状は随員という形になってはいるが、アレックス・ディノは国家代表であるカガリの唯一の『側近』である、と。

『それに、二年前…先の大戦の時、僕はずっとM1隊から、いつか皆さんとお近づきになれたらと憧れていたんです。本音を言えば、 今でも声を掛けて下さるだけでわくわくしてしまうんですから。カガリ様だけじゃありません。キラさん達も、勿論貴方も、僕にとっては 憧れの存在なんです』
「いや…、…そんなふうに気を遣ってくれなくていいから」
『本当です。皆さんの事は、今でも尊敬しているんですよ。信じて頂けませんか?』
「そういうわけじゃないが…」
『こうして気軽に通信を受けて下さる日が来るなんて、まだ夢を見ているようです』
「…あんまり持ち上げても何も出ないぞ」
 通信画面の中であまりに彼が顔を輝かせるものだから、今度はなにやらむず痒くなってきてしまった。同時に、筋違いな逆恨みをしそう になった自分を律する。彼はこんなにいい青年なのに。
 なんだか可笑しくてクスクス笑い合うと、アスランはジャケットを手に取った。
「何かあったら携帯に連絡してくれ」
『承知致しました。お気をつけて』
「ああ。ありがとう」
 直行コースの道を取ろうとして、ふと気付く。避難してきた子供達に、お菓子でも持って行ってやったら喜ぶんじゃないかと。子供達が 喜べば、キラも喜ぶ。
 明るい話題は多いに越したことはない。どうせ使うあてもなく、ひたすら振り込まれるだけの給料だ。

 アスランは、車の行く先を街へと向けた。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

 ステラと海で出会った時のあのシンのバイク、確かあれオンロードバイクでしたよね? 多分…。
 …あれはシンの私物なのか、ミネルバに積んであるザフトのものなのか、それとも現地のレンタカー…じゃない、レンタルバイクなのか、 未だに謎です。ひょっとして小説等で後日明らかになった場合は、その時訂正しようと思います。
 あ、そうそう小説といえば、種運命の小説第二巻は「さまよえる眸」というサブタイトルで7月1日発売だそうです! 先日本屋さんの 出版スケジュール一覧見てたらさりげなく載ってましたv