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第三章
『迷』

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 同じバス停で降りた人は、一人しかいなかった。聞けばその導師の家の近くは、金持ちのプライベートビーチや別荘が立ち並ぶエリア。 先の侵略戦の後一時連合に徴収されていた不動産ばかりで、今は持ち主のない空き家がほとんどなのだとか。導師の家は例外的に、元々 導きの家として建てられたものであったため、連合の占拠中にも導師の所有するものとして徴収されなかったらしい。…要するに、教会や 神社、寺の類と同じような扱いをされたってことなのかな、と薄ぼんやりとシンは思った。
 そんなエリアに、この人は何の用事で行くんだろう、とぼーっと前を行く女性を見ていたシンは、彼女の落し物に気付いた。
「あ、あの…落ちましたよ」
「えっ?」
 振り向いた彼女は、両腕にパンパンに膨れたスーパーの袋を二つずつ下げ、紙袋を二つ抱えている。かなりの細身だというのに中々 パワフルだ。
 要するに、渡そうと差し出した落し物を、受け取れそうな状態ではない。シンは拾ったバターとチーズの外箱についた砂埃を掃って、 紙袋の中に戻してやった。
「ご丁寧に、ありがとうございます」
 上品ににっこりと微笑む。どこか、フィラに似ていた。
 そうだ。あのアスハ家の姫…カガリなんかより、彼女のほうがよっぽど似ている。
「良ければ、少し持ちましょうか。方向一緒みたいだし、途中まででも」
「まあ、ご親切にありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきますわ」
 人に頼るところを知っているというより、本当に困っていたようだ。紙袋二つを「お願いします」と渡すと、ふぅ、と大きく息をついて、 スーパーの袋を腕からずらし、手に握った。袋の取っ手部分が掛けられていた場所はくっきりと跡が残り、赤くなって痛そうだ。
「あなたは、どちらまで行かれますの?」
「えと、マルキオ導師っていう人の家に」
「まあ」
「…って言っても、ちゃんとした場所知ってるわけじゃないんで、捜しながらですけど」
「では、わたくしがご案内できますわ」
 え、と彼女を振り返る。なんだか最近、年上(と思われる)女性には驚かされることが多いなとぼんやり思っていると、彼女はクスリと 微笑んだ。
「わたくし、導師様の家でお手伝いをしておりますもの」
「えっ?」
 なんだか先日の繰り返しのようだと面食らっていると、女性はクスクスと品良く笑い出す。
「お名前を伺ってもよろしいですか? わたくしは、ノキア・サーチェスと申します」
「あ…シンです。シン・アスカ」
「初めまして、シン」
「こちらこそ。えと…サーチェスさん」
「ノキアで結構ですわ。そちらはまだ、あまり慣れておりませんの」
「はあ」
 自分のファミリーネームに慣れていないというのも妙な話だと思ったが、何か事情があるのかもしれないのだから、不躾に首を 突っ込まないほうがいい。最近結婚して姓が変わったとでもいうなら明るい話で済むが、彼女の細い指や腕には、結婚指輪どころか アクセサリーは一つも見当たらなかった。
 だから、訊かない。自分だって、プラントのアカデミーに入った当初、オーブ出身ということで興味本意から質問攻めにされたとき、 不愉快極まりなかったのだから。



 ノキアは大変話の運びが上手な女性で、こちらの事情も自分の事情も、勘繰るような話題は出さなかった。
 いい天気で助かったとか、靴に砂が入るけれど近道になるから砂浜を通っても構わないかとか、本当は車で荷物ごと送ってくれることに なっていたのに、運転手がどうしても二人で話がしたいからと、強引に連れを助手席に乗せて走り去ってしまったのだとか、そんな他愛 ない世間話ばかり。しかもそれが話していてこちらも楽しいのだから、本当に話術の巧みな人だと思う。
「随分酷いですね、その運転手。こんな大荷物持った女の人を置いて行くなんて」
「その方と合流した時、まだお買い物が途中でしたの。ですから、荷物はこれ一つだと勘違いされて」
 これ、というのは、紙袋一つ。
「後で改めて買い物に出ることも考えましたけれど、それではお夕食の時間に間に合いませんでしょう?」
「…これ、全部今日の夕食なんですか?」
「ええ。食べ盛りの子供ばかりですから」
「………」

 そんな、よく食べる年頃の…。昨日会った、あれくらいの小さな子供達が、大勢親を亡くして孤児院に集まっている…。
 自分だって二年前、目の前で家族を失い、十四歳で天涯孤独の身になって、辛くて哀しくて、そして怒りで気が狂うかと思ったほど なのに、…まだ年端も行かない子供が。
 けれど、孤児院で保護してもらえた子供はまだ運が良い。シンは知っている。大勢の戦災孤児が、犯罪に手を染めなければ生きて いけないような場所に置き去りにされていることを。帰る家もなく、頼れる大人もおらず、たった一人で雨風をしのぐ場所を日々捜し歩き、 物乞いをしなければ命を繋ぐことが出来ない子供たちがいることを。
 …どちらにせよ、やりきれない話だ。

「けれど、可哀相ですけれど、しばらくは少し摂生しなくてはいけませんわ」
「えっ?」
 ノキアの声のトーンが、少し下がった。シンもはっと顔を上げる。
「ユニウスセブンの破片落下で、世界中が被災して、混乱状態ですから。このオーブには直接の大きな被害はありませんでしたけれど、 援助物資を被災地へ送るためにお店も品薄ですし、わたくし達も少しずつ寄付や物………、あら」
 クス、と小鳥の鳴くような微笑。ノキアの視線を辿ると、海沿いの高台を走る道路に、一台のスポーツカーが止まっているのが遠目に わかった。
「薄情者の運転手さんがあんなところに。おかしいですわね、わたくしよりも随分先に出発したはずですのに」
 クスクスと笑いかけてくるノキア。シンはどうしたらいいのかわからず、曖昧に少し笑い返した。
「アレックスー!! フィラー!!」
「えっ!?」
 細い体から信じられないほどよく通る大きな声で、車に向かって呼びかける。その、ノキアが発した名は、二つともシンにとって 信じられないほど意外なもの。
 アレックスといえば、あのアスラン・ザラの偽名。
 そしてフィラといえば、一昨日の。

 子供達を守る女神の名。

 車はゆるやかなカーブを抜けた直線の入り口あたり、海岸へと降りる階段にぴったりと着けて止まっていた。ノキアの声に応えるように、 車のドアが開く。
 階段に近い側である助手席から降り立ったのは、確かに一昨日フィラ・ルーナ・ラーライラと名乗った美しい人。そして、まるで彼女を エスコートするナイトのように回り込んできたのは本当に、つい先日ユニウスセブン落下を阻止せんと共に戦った、あの英雄 アスラン・ザラだった。
「あ…あのひとが…どうして」
「あら? ご存知ですの?」
「え、…あ」
 アスランさんとは、と喉まで出かかって、飲み込む。ノキアは彼を偽名のほうの『アレックス』で呼んだのだから、本名の『アスラン・ ザラ』のほうは知らないのだろう。彼の正体もきっと。
 オーブは中立国とはいえ、アスランは亡命者。身元は隠している筈だ。
「…少し前に、…フィラさんと…偶然会って」
「では、ひょっとして、フィラを尋ねていらしたのですか?」
「ええ、まあ…」
 曖昧に相槌を打つシン。フィラを尋ねて来た、という事実だけは間違いではない。何の約束もせずに一方的に会いに来た、というほうが 正確だが。
 フィラは階段の上からシンを見つけて大きな目を更に大きくまんまるく見開くと、ノキアとシンのもとへ小走りに駆け寄ってくる。 そしてまず、ノキアから荷物をごっそり奪い取った。
「こんなに買い物が残ってたんなら、言ってくれれば無理にでも引き止めたのに。…ああ、腕…」
「大丈夫ですわ、…と言いたいところですけれど。さすがに今回ばかりは愚痴をこぼさせていただきますわよ、アレックス」
「…ああ、すまない…、…」
 あれ、とシンは不思議に思う。
 …アスランの様子が、少しおかしい。
「こんにちは」
 フィラが今度は自分にニコリと微笑みかけてくる。シンは思わずドキッとして、姿勢を正してしまった。
「こ…、こんにちは」
 そんなふうに笑顔で改めて挨拶されては、どうしたらいいのかわからない。
「…知り合い…なのか?」
 不思議そうにというよりも、怪訝そうに、と表現したほうが近いようなアスランの声。シンがアスランを振り返ると、顔は更に険悪。
 …何故お前がフィラのことを知っている。
 そう問い質されているような気がして、途端に居心地が悪くなってしまう。
「うん。一昨日、港で迷った子供達の相手してくれてたんだ」
 彼の様子に気付いているのかいないのか、フィラはにこやかにそう答えると、ノキアから奪った荷物をアスランの胸元へとんと押し付けた。
「それより、君は彼女の荷物を持って、二人で先に家に戻って」
「えっ?」
 驚いたのは、シンとアスランの二人。そしてノキアが「あらあら」と呟きながらクスッと微笑んだ。
「君は、ちゃんと荷物を運ぶこと。わかった? 一つだって彼女に持たせちゃ駄目だからね」
「………」

 どうやら彼女は本物の女神だったらしい。なにしろ、英雄をあっさりと従わせてしまったのだから。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

 アス→キラ自覚イベントはまだまだ先だっていうのに、もう今から嫉妬目線&一人占め思考だよこの人(笑)
 さすがアスラン。これがなくてはアスラン・ザラにあらず。本編であんだけキラキラ(中略)キラキラ言われたらこっちまで 擦り込まれますって。
 そんなわけで、シン→キライベント進行中の筈なのに、なぜかアスラン嫉妬イベントになってます。