for DREAMING-EDEN
第三章
『迷』
(3)
「驚いたんだぞ。お前、モビルスーツで出るなんて聞いてなかったから」
からっとそう言うカガリに、アスランは複雑に小さく笑った。いや、上手く笑えたかどうか自信はないが。
「ああ。すまない」
「本当だ。ユニウスセブン破砕作業のためとはいえ、お前がザフトのモビルスーツに乗ったなんてことがセイラン家の連中に知られてみろ。
あれこれ言い訳しないといけないの、あたしなんだからな?」
「ああ。…わかってる。すまなかった」
「大体お前、あたしのボディガードだってこと忘れてないか? 怪我は治ったからいいものの、あまり勝手をされたら、ますますあたしの
立場がなくなるじゃないか。個人的に連れている随員一人の行動も満足に把握できないのか、って」
「…」
矢継ぎ早の正論に、ぐうの音も出なくなってしまうアスラン。
同じように外に出てきたミネルバのクルー達も、こちらに注目している。その視線は興味本意のものがほとんどだったが、シンの視線は、
やはり違う。
突き刺すような、意志の強いファイアルビーの瞳。カガリを捉えた光は、敵意…いや、憎しみと言っていいだろう。
それに気付いているのかいないのか、カガリはそのままの調子で話を続ける。
「…お前やイザーク達、ミネルバの皆も必死に頑張ってくれた。そのおかげで最悪の事態は食い止められたが、…それでも、破片は落ちた…。
………オーブに帰ったら、大変だ。きっと世界も」
「………ああ」
「だから―――――、…お前はお前のお母様の魂を、その手でちゃんと天に還して来た」
えっ、とアスランの顔が上がる。
そこには、今は雲に遮られている太陽の代わりのように、力強い微笑みで照らすカガリの瞳があった。
「今は、それでいいだろ」
「…カガリ…」
「戻ったら…ほんと、面倒なことが色々起きると思う。残念だけど。それは、ちゃんと解ってる。だから、せめて戻るまでは、そういう
ことでいいじゃないか。お前のお母様が誰かの思惑に利用されて、地球の人々を苦しめる道具になることはなかった。お前が止めたんだ。
お前がその手で、お母様の魂を、ちゃんと安らかに眠れるところまで送ってやったんだよ。…きっと今頃、パトリックさんと会えた頃だと
思うぞ」
「………………カガリ………」
「まずは、あれだけ戦火を広げて、ジェネシスなんてとんでもない兵器を作ったことを怒って、夫婦ゲンカして、…それから…きっと、
二人でお前を見守ってくれるさ」
二年前、初めて会った時からずっと。…カガリは、自分に必要な言葉を的確に与えてくれる。時に優しく、時に鋭く、時に厳しく。
そしてそれは必ず自分を救ってくれる。
彼女の正義は揺るがない。たとえ祭り上げられて利用される立場へ持ち上げられようとも、その意志まで捻じ曲げられることはない。
カガリは、いつも真っ直ぐだ。
古代から脈々と変わらぬものを永く後世に伝える琥珀の色を瞳に宿すのも道理か。
「けどお前、覚悟しとけよ?」
「え?」
からりと笑った彼女は、しんみりと考え込む隙を与えぬように次の話題を振ってくる。頭がハツカネズミになりそうなときは、いつも
そうやって、自然に思考回路を和らげてくれる。
「不可抗力だってことはわかってるけど、でもお前がモビルスーツに乗って戦闘してきたってあいつが聞いたら、どんな顔するかわからな」
「いい加減にしろよ!!!」
だが、その機転を糾弾する者がいる。
シンだ。
オーブが信じ貫いた正義のために犠牲になった少年。
「え…っ」
「最悪な事態は避けられたって言ったって、それでも破片は落ちたんだ!! 何もかもメチャクチャにされた人達がいるんだ!! それを、
なんでそんな軽く言えるんだよ!! なんでそんな、簡単に流して済ませちまうんだよ!!」
「…そんな…、私は、軽く言っているつもりはない!! それに!!」
烈しい剣幕に、戸惑ってしまうカガリ。それでもなんとか理解を求めようと、言葉を捜す。
「それに、お前達は必死になって止めようとしてくれたじゃないか!! アスランも、イザーク達も、ミネルバも、お前だって、最後の
最後まで!」
「当たり前だバカ!!」
「え…!?」
シンが一体何に憤っているのかわからない、という様子のカガリ。だが、それに構わずシンは畳み掛ける。
「けど実際破片は落ちたんだ!! それで傷付いた人が、何もかも失った人がいるんだよ!! それに…! あれは自然に落ちたんじゃ
ない、故意に落とされたんだ!! あんたもブリッジから見てたんならわかってるはずだろ!!」
「…っ」
一瞬、アスランの眉が苦しげに歪む。
「落とした奴らが言ってたよ。パトリック・ザラの取った道こそ、コーディネイターの正しき明日だって!!」
「!!」
はっ、とカガリの顔色も変わった。
「わかってんのか!! コーディネイターが、ナチュラルなんか滅びろって落としたんだ!! これがどういうことなのか、あんたほんとに
わかってんのかよ!?」
「やめろ、シン」
自分でも驚くくらいの低い声。
ぎくっと身を強張らせたのは、シンだけではなかった。周囲にいたルナマリア達や、庇ったはずのカガリさえ一瞬怯えてしまった程に、
この声は重く鋭く響いたのだろう。
「そんなこと、カガリだってちゃんとわかってる」
「……………」
「………何もかもがすぐに上手くいくわけじゃないことくらい、カガリが一番よく思い知らされてるさ。この破片の落下が、これから世界を
揺るがしていくことも…ちゃんとわかってる」
「……アスラン……」
ぽつりとカガリの唇から自分の名が呟かれる。シンの視線から彼女を守るように、一歩前に出た。
「シン。いくらお前でも、これ以上彼女に対する無礼は許さない。…わかったな」
「………………」
納得いかないという顔で睨みつけてくるシン。だがこちらも怯まずまっすぐにシンを睨み返す。
ただでさえカガリは本国で孤立奮闘させられているというのに、こんなところでまで彼女の心を煩わせるわけにはいかない。
「…いや、いいんだ」
しかし、カガリはそれをやんわりと制し、アスランの横から前へ進み出る。
「………すまなかった。…不快な、思いをさせてしまって…」
まっすぐにぶつかる、穏やかな琥珀の光と、鋭い赤炎の光。
だが、先にそれを逸らしたのは、赤炎の光を宿すシンのほうだった。
「………オレは……! オレは…!! ……………あんたからそんな薄っぺらい言葉を聞きたいんじゃない!!!」
吐き出すようにそう叫ぶと、艦の中へ走って行く。
「あ…」
「追うな、カガリ」
後を追おうとしたカガリの腕を掴むアスラン。代わりに二人に敬礼をしてから彼を追ったのは、大人びた金髪の少年。確か、レイ・ザ・
バレルという名だった筈。
「でも!」
「言っただろう。今は…何を言っても無駄だ」
「……………っ」
それでも。
このままじゃ納得いかない。どうか、どうかわかってほしい。
権力維持のために悪戯に国民を振り回すことが目的ではなかったのだということを、人々を戦争に巻き込み危険に晒すことがオーブの、
父の本意では決してなかったことを、…苦渋の決断であったことを、わかってほしいのに。
守りたかったのだ。決して、巻き込みたかったわけじゃない。本当は最後まで守り続けたかった。最後まで守り抜きたかった。
そのことだけは、信じてほしいのに。
それなのに、シンの怒りを鎮め理解を得るどころか、すぐ隣にいる大切なパートナーの気持ちさえ、安らげてやることができない。
カガリはひたすら自分が情けなかった。
「……………ごめん。アスラン」
ぎゅっと拳を握り締めるカガリ。アスランは、そんな彼女の肩をそっと抱いてやることしかできなかった。
ただ、………それだけしか。
潮風に吹かれながら淡々とそこまで話すと、彼―――――いや、彼女は、そっと天を仰いだ。
「……そう…そんなことがあったんだ…」
「…ああ」
導師の家に着いたアスランは、キラとラクスの不在をカリダから聞くと、そのまま二人の向かった先へ車を向けた。待っているのが
もどかしかった。じっとしていることなどできない。一刻も早く、キラと話をしたかった。話を、聞いてほしかった。そう思った時には、
もうアクセルを踏んでいたのだ。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
シン達とキラ達が出会う前まで、少し時間が巻き戻ってます。
更にアスランが回想始めちゃったものだからさあ大変。時間軸があちこちに飛んでいます。
…って、人事みたいに言ってる場合じゃないっつーの。不親切な構成になってしまって申し訳ありません。もうちょっと時間があれば
ざっくり書き直しをしたかったんですが…。ごめんなさい。