for DREAMING-EDEN
第三章
『迷』
(4)
キラはモビルスーツに乗り戦ったことを責めるでもなく、ユニウスセブン破砕を褒めるでもなく、ただ受け入れて、聞いてくれる。
けれど。
ハンドルを握る指に力が篭る。
「…っ、俺は…! 俺がお前の口から聞きたいのは、そんな言葉じゃないんだ!!」
「…アスラン…」
「キラ…お前言ったよな、二年前。一緒に行こうって。本当は何とどう戦わなくちゃならなかったのか、それも、みんなで捜せばいいって。
………けど俺は…! まだ…見つけられない…!!」
フリーダムを得て以来、どこか悟ったように冷静に戦局を見つめ、自ら進む道を切り拓いていったキラ。彼女には―――当時はまだ、
『彼』だったが―――未来のために取るべき道が見えていると思った。そして、ナチュラルとコーディネイターが友好的に共存できる
平和な未来に否を唱え、自分達の前に立ちはだかる敵の姿が、しっかりと見えているように感じた。
あの時は、自分にも答えが見えたと思う。朧気で、はっきりしたものではなかったけれど、それでも…目指す未来に立ちはだかる敵は
明確に彼らだと言える確信だけはあった。
コーディネイターを盲目的に敵と決め付け完璧に排除しようとするブルーコスモス。それに操られる地球連合。核を積んだ部隊。そして、
何万、何十万、何百万という命を無差別に奪う破壊兵器。その発射ボタンを迷い無く押し、ナチュラルをすべからく排除せんとする指導者、
…父であるパトリック・ザラ。
それさえ倒せば、世界は平和になると思った。
争いは終わると思った。
だが世界には再び戦争の影が落ちようとしている。それを、正義と信じている者がいる。痛みを癒すことができずに、生々しい傷を
抱えたまま、撃たれたのだから撃ち返して何が悪いと血を吐くように叫ぶ者がいる。
やっと訪れた平和への第一歩を、偽りの世界だと糾弾する者達が。
一体どうすれば望む未来が訪れるというのだろう。
争わず、憎まず、殺し合わず、だれもが平穏に暮らせる日々を、一体どうすれば。
ナチュラルとコーディネイターが共存する中立の世界を築いていたオーブ。全てが上手くいっているわけではないとウズミは言ったが、
それでも、世界で唯一、最後まで中立を貫いた国。本来ならば両者の間に立って共存の大きな助けとなるべき誇り高き国だ。だがその
オーブさえ、今や権力と財を争う腐った国に成り下がってしまった。平和の尊さを知り、中立の理念を貫く強靭な意志を持つ、ウズミを
始めとした旧オーブの要人達は、二年前に皆ハウメアの元へ召されてしまった。
若き英雄カガリを代表の座へ祭り上げた新氏族達は、戦前五大氏族が持っていた―――特に建国の頃から中心にあったアスハ家が持って
いた強い権力を手に入れるべく彼女を利用し、連合からの借金でようやく成り立っている今のオーブの中で、それでもより多くの富や
利権を得んと必死だ。そのために媚を売る相手は、二年前に侵攻してきた地球連合。
カガリに政的な後ろ盾はなく、味方になってくれる者も行政府にはいない。彼女が持っているカードは、アスハ家唯一の生き残りという
肩書きと、二年前の戦争で核攻撃を防ぎジェネシスを破壊した英雄の一人という名声だけ。だがそれだけの武器では、オーブの理念を貫く
中立国家再建を推し進めることは不可能だった。
表向き復興は順調だが、肝心の内側が腐り、澱みを抱えている現在のオーブ。それには、再建がカガリを中心として行われなかった
ことも災いしている。当時のカガリには今以上に、権力も政治的指導力も無かった。実際に再建をリードしていたのは、新氏族と呼ばれる
一族の筆頭である、セイラン家。元々彼らは五大氏族時代から、虎視眈々とその権力を狙っていたのだ。そして、オーブの国力をもっと
完全な形で取り込みたい地球連合が彼らに手を差し伸べた…というわけだ。
そんな中にあってアスランは、いち亡命者に過ぎない。同じ先の戦争の英雄であっても、地球連合ひいてはブルーコスモスの息のかかって
いる現在のオーブ行政府の者達が、ザフトのエリートコースから離反して流れついたコーディネイターに向ける目は、徹底して冷たい。
まして、人脈もなく、オーブの政治内情について明るいわけでもないアスランには、カガリの後ろ盾を作ってやることなどできるはずも
なく、結局、ボディガードとしてただ傍についていることしかできない。
思い悩むアスランの肩に、そっと優しく手を置くキラ。
だがそのぬくもりさえも、今は辛い。
「…教えてくれキラ。お前が見ているものを、俺にも見せてくれ」
「アスラン…」
「お前はあれからずっと、ただ静かに世界を見ている。本当はどうしたらいいのか、見えてるんじゃないのか?」
言い募るアスランに、しかしキラは静かに瞳を伏せた。
それがもどかしくて、アスランはぐいっとキラの肩を掴み、こちらを向かせる。
「教えてくれ。俺は、一体何と戦えばいい。お前が見つけた答えは、一体何なんだ」
近い距離で交わる、翠と紫の瞳。
けれど、紫の光はまた俯いて、視線を外す。
「キラ!」
焦れたように、もどかしく更に言い募ろうとするアスランだが。
「僕だって…、君が言うほど、世界を分かっているわけじゃない。…僕もまだ………探している途中だよ…」
ぽつぽつと言葉を紡ぐキラの穏やかな声が、それを止めた。
「…キラ………」
「……………まだ………………途中、なんだ………」
―――憎しみの目と耳と、引鉄を引く指しか持たぬもの達の世界で!
―――何が違う! 何故違う!
―――自ら育てた闇に喰われて人は滅ぶ! それだけの業、重ねてきたのは誰だ!!
―――君とて業の一つだろうが!!
アスランが戦うべき敵を見据えられないように、自分の成すべきことが見えないように。キラもまた、クルーゼの言葉に真っ向から立ち
向かえる『こたえ』を、未だ見出せずにいる。
人はそんなものじゃないと咄嗟に叫んだけれど、本当にそうだろうか。現にナチュラルよ滅ぶべしと、それを正義と信じている
コーディネイターがいる。コーディネイターなど化け物だと、滅びるべき存在だと、それを正義と信じているナチュラルがいる。
撃たれた悲しみ、痛み、怒り、それを癒す為には撃つことだと、奪った奴らから奪い返して何が悪いと、さもそれが正道のように吹き
込む者達がいる。そんなことをしても喪った者達が戻るわけではない、新たな悲しみを呼び自らの心には虚しさが増すだけだと説いても、
そんな戯言は撃たれた者の痛みを知らぬからだと責め返す者達がいる。
その思いのままに引鉄を引く人々が、この世界には溢れている。
奪い、奪われ。殺し、殺され。
そして誰もそれを止めようとしない。止めようとしても、小さな声は大きな悪意の渦の中へ簡単に飲み込まれてしまう。
平和と相互理解を望んでいる人は、ほんの、極々少数なのではないか。自分達こそ、異端なのではないだろうか。
人々の、世界の望みは、相手を滅ぼすことなのだろうか。
片方が片方を滅ぼした上でしか、人々の納得する平和は築けないのだろうか。
他者より上へと望み重ねた業。憎しみから生み出された業。お前達が討ってきた報いだと殺戮を正当化し繰り返してきた業。業より
生まれいずる闇は更なる業によって膨れ上がり、そうして、自ら育てた闇によって、人は滅ぶべくして滅びる。…そのラウの予言こそが、
正しかったのではないだろうか。
フレイを奪われた衝動から彼を殺めた自分もまた、間違っているというのに。それなのに、自分の為したことが戦争終結の一助になった
などと、どうして思ったりしたのだろう―――――…。
そんな迷いが、恐れが、キラの中に重く圧し掛かっている。二年前のあの時から、ずっと。
「…それにね、アスラン」
だが、キラはそんな不安や迷いを悟られまいと、空を見上げながら声色を変える。できるだけ、明るく。そして不自然でないように。
アスランは今、カガリを傍で支えてあげられる、彼女を精神的に支える力を持った唯一の人。そのアスランを迷わせてはいけない。
自分はカガリの傍に常に居ることができないから。自分は、カガリにとって、彼女の地位を脅かす可能性のある火種だから。そして、
アスランとカガリは―――愛し合っているのだから。
「今のアスランに、僕が“あれが敵だ”って言ったら、アスラン、ほんとにそのままそれと戦っちゃうでしょ」
「………」
「それじゃ、『駄目』だよ。…どんなに苦しくても、もどかしくても、悔しい思いをしたって、時間の無駄だと思うくらい迷っても
……………。それでも、自分で見定めて、見出した答えを、自分の手で掴まなくちゃ」
「………………………」
「ね」
優しく。けれど厳しく。
キラの瞳が宿す穏やかな光は、以前と変わらない。
けれど。
違う。
それを見つめる、アスランの心が。
冷静なエメラルドグリーンの瞳の奥で、熱をもった光が揺らめく。
「……………キ」
「アレックスー!! フィラー!!」
びくっ、とキラの耳元へ伸ばされようとしていた指が引っ込む。
「あ、ラクスだ。…うわっ、凄い荷物!」
本人が気付いているかどうかも定かではないアスランの変化。見なかったフリをして、キラは身を乗り出して海辺を見る。海風になびく
ピンク色の長い髪は、いい目印だ。
「あんなに買い物残ってるなら言ってくれればよかったのに…! ほらアスラン、行こう」
話し足りないという顔のアスランを車から降ろすために、まず自分が車を降りる。
深いため息をついてからドアを開くアスラン。その後姿を、ちくりと痛む気持ちでキラは見つめた。
けれど、どうすればいいというのだ。アスランの瞳に見え隠れしている、自分に対する今までにはなかった感情。ある日見つけて
しまったそれは、ひょっとしたら勘違いかもしれないのに。
つまり自意識過剰を承知で言えば、アスランは自分に対して、男性から女性に対する特別な好意――――すっぱり言えば、恋愛感情を
抱き始めているのではないか、と。そう感じることがある。
勘違いで済んでくれればいい。今カガリがアスランという支えを失ったら、きっと彼女は重圧に絶え切れずに壊れてしまう。必死に善き
為政者であるべしと努力し、本来の彼女らしさを殺してしまっている中で、唯一心を許して素の自分に戻れる相手はアスランだけ。その
アスランが、よりによって双子の姉妹である自分に心変わりしたなどということになってしまったら、どんなに悲しむことか。そしてその
隙をセイラン家が見逃すはずがない。だから、勘違いであってほしい。俺達はずっと友達だろ、と言って笑い飛ばしてくれたら、それに
越したことはない。
だけどもし、勘違いではなかったら。本当にアスランが、自分を女性として意識し始めていたとしたら。
…今までと同じではいられない。受け入れても拒絶しても、自分達の関係には必ずどこかにヒビが入る。
それが怖いから、結局こうやって、有耶無耶にして誤魔化している。確かめることも、クギをさすこともできないまま。
「あれっ? あの子…」
彼がこちらを振り返る前に海辺のほうへ体ごと視線を向けたキラは、ラクスの傍らに先日出会った黒髪の少年を見つけた。
燃えるように鮮やかな紅の瞳が印象的な、まだ幼さを残すザフトの少年兵を。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
アスランさん、本人にバレバレです。
アスラン自身がまだ無自覚(あれでも一応まだ無自覚)なのにバレバレです。
今のところこの「〜EDEN」のキラは、まだ誰に対しても恋愛感情は抱いていないようですが、さてはてどうなることやら。
でもなんとなくですがアスキラに落ち着きそうな気がしてます。シンとイザークには申し訳ないですけども。
あと、うーん上手く言えないんですが、ここ書いてて「ああキラとアスランはやっぱり基本的に考え方が違うのかもしれないな」と
思いました。それがいいとか悪いとかって意味ではなく。それに考え方は違っても願う未来や世界の姿は極めて近いでしょうしね。