for DREAMING-EDEN
第四章
『紅茶』
(1)
「どうぞ」
「…ありがとうございます」
ラクスに教わった美味しい紅茶の淹れ方が、すっかり板に付いてきた。カップから立ち上る香りは、優しくお客様の鼻腔をくすぐって
くれる。
「よかったら砂糖とミルク使ってね」
「あ…はい」
世話を焼くのが好きになってきたのも、ラクスの影響かもしれない。
ここはオーブ本島にあるマルキオ邸、…ではない。いや、ある意味そう言ってしまっても間違ってはいないのかもしれないが、全壊して
しまった離島の家から避難してきたキラやラクス、導師らが子供達と共に暮らしている家ではない。ここは、元々は二年前の騒乱に紛れ、
「連合に搾取されるくらいなら」という投げやりな動機でマルキオに寄付された、どこぞの金持ちの別荘である。図太い富豪は後々
マルキオから返還してもらおうという腹積もりだったようだが、逆に生き延びられたことを神に感謝したとかで宗教に目覚めたらしく、
恵まれない子供たちのためにと、そのまま委ねられたのだ。
家に戻ればマユがいる。そして、ミユもまだぴりぴりしているので、彼をそのままマルキオ邸に招かない方がいいだろうと、キラは何も
言わずに、少し離れた場所にあるこの家のほうにシンを案内した。
折角来てくれた彼に、また先日のようなトラブルを起こさせたくなかった。それに、子供達に余計な刺激を与えて興奮させることも、
喜ばしくないから。マユもミユも、大好きな人達の中で穏やかに育ってほしい。憎しみに囚われそれを糧に成長するようなことには、
決してなってほしくない。
「僕を、尋ねて来てくれたそうですね」
「っ」
ぎくっ、と顔を赤くしながら俯いてしまう。軽い雑談の後、フィラのほうから本題を切り出されてしまって、シンは内心慌てた。まだ
心の準備ができていない。ここまで来て何を今更と言われそうだが、実はふらふらと来てしまったものの、いざ本人を目の前にしたシンは、
どうしていいのかわからなくなってしまったのだ。
「先日は、本当にご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「あっ…いえ」
謝罪させたくて来たわけではない。シンは思わず顔を左右に振る。
「…あの、…あの時の子達って…」
「………マルキオ導師の家で暮らす子供たちです。…って言ったら、大体の事情は察してもらえると思うんだけど…」
「…はい」
その話はしたくないんじゃないか、と探るようなフィラの口調に、シンは気を引き締めて、真っ直ぐに彼女の目を見返した。
「オレの妹も、マユっていうんです」
「えっ? ………そうですか…。それじゃ…辛かったでしょうね、あの時は…」
労わるように静かに微笑んでくれるフィラ。かぁっ、とまた頬に熱が集まってしまう。
「あの、だから…っていうか、その、…気になって」
そればかりがずっと気にかかっていたというわけではないが、まるっきりの嘘でもない。沈黙が訪れるのを恐れて、シンは必死に言葉を
つないだ。
一口紅茶を飲んだフィラは、カップをソーサーに戻さず、両手で温もりを奪うようにカップを包み込む。紅茶の水面へと目を落として、
静かに話し始めた。
「………ミユと、マユは…少し、事情が複雑で。あの子達は、ザフトからも、連合軍からも、両親を奪われているんだ」
「え?」
地球軍からも、ザフトからも、とは、一体どういうことなのか。
「…二人のお父さんは、オーブ軍の兵士で…二年前のオーブ解放戦で、連合軍の手にかかったんだって。………世間では『オーブ解放戦』
って言い方してるけど、おかしいよね。…あれは間違いなく、地球軍からの侵略だったのに」
「………」
厳密には少々シチュエーションが違うが、しかしどうしても重なってしまう。
二年前のあの戦争で、運命を狂わされた子供。――――――妹のマユと、重ねてしまう。
「二人は、お母さんと、もう一人のお姉さんと一緒に、四人でオーブを脱出した後、プラントに上がるはずだったそうなんだけど、
…その途中で、ミユ達がハーフコーディネイターであることが判明してしまって」
「ハーフコーディネイター?」
「うん。つまり、お母さんはコーディネイターで、お父さんはナチュラルだったってこと」
「…それでオーブに」
「うん」
事実上ナチュラルとコーディネイターの対立である、二年前の戦争。今も禍根が根深く残るこの対立のさなか、そのナチュラルと
コーディネイターの夫婦が居場所を探せば、中立国であるオーブしかないだろう。
それは、シンにもよく分かる。
当時他にも中立を掲げる国はいくつかあったが、オーブ侵攻を見据えた地球軍からの圧力に屈し、次々に連合と同盟を結んでいった。
最後まで中立を唱え続けていたのは、唯一オーブだけ。地熱発電による豊富な電力とモルゲンレーテの最新技術、そしてマスドライバー
という強力な剣を持っていたオーブと違い、他の中立国家は地球連合の「味方はしないが敵対もしないというのなら大目にみてやろう」
という余裕から放置されていただけにすぎなかった。
連合がその気になって圧力を掛ければあっという間にグレーが黒に変わってゆくことは、世界情勢について多少の情報を得ることが
できる者の目には明らかだった。
「………その時…ミユ達を保護したザフト兵っていうのが…直前のアラスカ戦で、仲間を大勢喪っていたんだ。それで、ナチュラルと
結婚したミユ達のお母さんを、裏切り者って責めてね。…暴走、してしまったんだって。お母さんと、妹達を逃がそうとしたマミちゃんは
………。それを二人は、目の前で見てしまった」
「……」
悲しみと怒りと怨みを、一度に燃やしたようなミユの瞳。軍服に過剰に怯えるマユ。…そんなことがあったのでは、確かに無理はない。
自分は、あの瞳をよく知っている。
迫り来るモビルスーツに怯えて、それでも必死に走っていた妹。何の罪も咎もない妹と両親を一瞬で奪われたあの時、頭上で衝突し合う
破壊兵器を見上げて絶叫した自分は、きっとミユと同じ瞳をしていた。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
シンとキラ二人っきりの図。自分で言うのもナンですが、やけにシンが可愛い。
なんていうか、高校で憧れの三年生の先輩と思わずふたりきりになっちゃった新入部員の一年生、って感じ。…なんて少女漫画
ちっくな例えなんだ…。
ここでのキラ(シンにとっては『フィラ』)との触れ合いが、シンの記憶に強く刻み込まれ、彼に影響を与えて行く…という感じに
なっていきます。ステラへの父性というか、保護者的な「放っておけない」「守る」というのも、フィラが子供達に注ぐ愛情に感化された
からでもあるというか、うーん上手く言えませんが、なにしろここでの会話によって『フィラ』という人物(つまりキラ)がシンの中で
大変に大きくなる感じです。うまく表現できるといいんだけど(^^;)
とはいえ本編に添って進めるので、シンがオーブから脱出する時に種割れ起こして地球軍薙ぎ払うとか、タケミカヅチを落とすとか、
そういった大きな流れは本編と同じになる予定なのですが。