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第四章
『紅茶』

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「…本当は…僕も、ミユに糾弾されなくちゃいけない人間なんだ」
「えっ?」
 ぎゅっと拳を握り締めてしまったその時、フィラの口から静かに飛び出したその言葉。
 思いきり目を丸くしてフィラに視線を戻すと、彼女の表情から微笑は消えていた。
「………僕も…沢山の人を、この手で殺してきた。二年前…」
「…それじゃ、フィラさんも…」
 軍人、だったのか。それにミユに糾弾されるということは、メイリンのようなオペレーション職ではなく、戦闘の現場に出て敵兵を 倒していたのだろう。
 こんな華奢な、細身の女性が、まさか戦場に出ていたとは。
 …美味しい紅茶で静かにもてなしてくれる、この女性が?
 ………やはりイメージが一致しない。
 確かにルナマリアも最前線を専用機で掛け抜ける女戦士ではあるが、フィラのように穏やかな気質の女性には激しく似合わない気がする。
 自分があからさまに驚いているのを見て、フィラは小さく自嘲した。
「戦争だから、仕方ない。…そんな言い訳、あの子達には通用しないんだ。敵だからとか、撃ってきたからとか、守るためだとか、 そんなの…関係ないんだ。奪われた方には。…なのに僕は、マユを助けたからって、二年前地球軍ともザフトとも戦っていたからって、 それだけの理由でミユから許されてる。…人殺しに、変わりはないのにね。………ずるいんだ。僕は」
「……………」
 つまり、彼女はクライン派に属して戦っていたということか。或いはアスランと同じく、長い戦争の中でクライン派へと己の立ち位置を 変えたのかもしれない。
 彼女は元ザフト兵かもしれない…とは思ったが、オーブ軍や連合軍という可能性は、シンは全く考えなかった。彼女の美しさや聡明さは、 コーディネイターであることを示していると思ったからだ。彼女は、コーディネイターに違いない。ならば、当然ザフトに属していたの だろう、と。
 実際のところ理屈は後付けであって、無意識のうちに嫌悪するものと彼女とを切り離してしまっているのだが、シン自身はそのことを まったく気付いていなかった。
「それでも、ずるくても何でも、僕は生き残ってしまった。…前は、そのことが不思議で不思議でしょうがなかった。あんなに…あんなに 沢山殺して、殺して、殺し続けてきたのに…どうして僕は生きてるんだろうって」
 フィラの瞳が、遠のく。
 自分よりも後ろ、見えている景色よりももっともっと遠い、二年前の戦場を、彼女は今、きっと見ているのだろう。
「守れたものもあったけど、目の前で……守れずに、喪った人達もいる………。一番、一番守りたかった、守らなくちゃいけなかった人を …僕は、あんなに傍にいたのに、……………まもれ、なかった……………。………それなのに、どうして僕は、ここでこうして…、 息をして…お茶を飲んで…、誰かとしゃべったりしてるんだろう…。そういうことが、不思議でしょうがなかった。だけど、そう思って いる自分っていうのも、どこかぼんやりしてて………何もかも…実感がなくて…」
「…フィラさん…」
「…だけどね。…実際、生き残ってしまったんだ。僕は。…こうして、生きているんだ。だったら、喪ってきた命と、奪ってきた命に… 何かの形で、償わなくちゃいけないって思った。だから今は、身寄りを喪った子供たちのお兄ちゃんであることが、僕の仕事だと思ってる。 …奪った命の分だけ…新しい命を、大切に育んでいくことが…償いになると信じてるんだ。例え僕の死を望む人が、この世に大勢いると してもね」
 視線が、シンに戻ってくる。
 そのアメジストの輝きは、自分の生きる意味をしっかりと自覚している者の輝きだ。一瞬で魅せられたシンは、語られた言葉の中に 僅かにひっかかった違和感など、どこかへ消し飛んでしまった。
「………強い…ですね。フィラさんは」
 奪われた妹と同じ名前の戦災孤児。彼女からただ軍属だというだけで怯えられ、恐る恐るに家族を返せと訴えらて動揺し、ミユから 人殺しと罵倒されて戸惑う自分に比べて、多くの死を見つめ自分の罪を認め、それでも戦争で身寄りを失った子供達の力になりたいと 己の道を見出す彼女は、とても強い人だ。己の死を望む者が多くいると自覚しながら生きる道を見出せる彼女は、なんと強いのだろうか、と。
 シンは、率直にそう思った。
 だが、彼女は小さく微笑んで首を横に振った。いや、微笑ではなく、自嘲だったのかもしれない。
「違うよ。強いとか弱いとかじゃない。それに、やっぱり僕は死んだほうがいいんじゃないかって思ったことだって、何度も何度もある。 僕を仇と憎むひとは、きっとこの世界に沢山いると思うから。その人達のために死ぬことが償いなんじゃないかって。…それに…彼女が… 向こうで僕のことを待っているのかもしれない、なんて…思ったこともあったよ。………でも…それじゃだめなんだ。それは、ただ逃げる だけだから。自分が楽になるだけだから。…それに、僕が死んだら、哀しむ人達がいるから…。だから、僕は死ねないんだ」
「哀しむ人が、いるから?」
「うん。…哀しんでくれる人がいる。…怒ってくれる人もいる。…そんな思いをさせちゃいけないって事、僕も、よく知ってるから。 それにその人達が、…ひょっとしたら、僕のせいで再び銃を持ってしまうかもしれない。それは絶対してほしくないから…。だから僕は、 まだ死ねない」

 穏やかな笑顔の奥に、なんと多くのものを隠しているのだろう。このひとは。
 複雑な想いを完全に押し隠して、子供達と無垢な心で向き合っている。
 悲しみや憎しみに満ち満ちた心で接すれば、子供達にそれが広がってしまうことも、ちゃんとわかっている。
 だからそれを、絶対に表には出さない。自分の心の奥の深い深い場所へ沈み込ませて、独りで抱えて。子供達には、絶対に、 ほんの欠片たりとも見せはしない。注ぐのはただ無償の愛情だけ。
 ………やはり、強い人だ。この人は。

「あのさ、ところで…」
「あっ、はい」
 背筋を正したシンに、彼女はにっこりと微笑んだ。

「お茶のおかわり、いらない?」




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

 クルーゼとの対決の後、マルキオ導師の家に落ち着ける頃には、こんなふうに色んなことを考えて、でも心の なかはぽっかり空洞で…っていう感じだったんじゃないかと思います。
 DVD特典映像の『星の狭間で』の頃のイメージでしょうか。
 あれから二年か。長いようで短い感じ。時代がキラにこれだけの猶予しか与えなかったというのは、やっぱり現実って厳しいなと 思いますが、その猶予の中でちゃんと立ち直って復活を果たせるキラは、やっぱり強いな、と思います。
 でもできればせめてもうちょっと静養させてあげて欲しかったな。ずっと物凄い極限状態の連続だったんだし。

 ところでポロッと自分のことを「お兄ちゃん」と云うあたり、やっぱりまだ自分が女性だという意識は薄めのようです。