for DREAMING-EDEN
第五章
『恋』
(1)
「フィラ・ルーナ・ラーライラ………」
入力しながら、つい声が漏れた。しかし。
――――ピーッ 該当データ0件
「えっ。………ああ、そうか…」
今自分がしている事は、アスランの現役時代のことを知ろうとして、アレックス・ディノの名で検索しているようなもの、ということか。
そうだ、二年前の戦いが終わった後、クライン派がオーブへ亡命するケースは多かったそうだが、彼らはナチュラル・コーディネイター
に関わらず、身元は隠しているということだったではないか。
考えるまでもなく、すぐ気付くべきはずだったのに。
「………」
気付きたくなかったのは、彼女が自分に偽名を名乗っていると認めたくなかったから、かもしれない。
本当の名を隠し偽りの名で自分と接しているのだという、一線引いたその境界線。それが、明確に見えてしまう気がして。
ほんの数日前に知り合っただけの相手に、急にそこまで心を許すことは難しいと分かっている。分かってはいるが、それでも悔しく
なってしまう。
アスランと二人で同じ車から降りてきた光景を思い出しただけで、訳知り顔の彼が当然のようにフィラの隣に立っている姿を思い出した
だけで、胸がざわつく。
「…行こう」
検索画面を終了させ、初期画面に戻してから、シンは立ち上がった。
が。
「先日の女性だな」
「うわっ!!」
背後にレイが立っていて、気付かなかったシンはぶつかりそうになったり驚いたりで、つい一瞬前まで座っていた椅子に蹴躓きそうに
なってしまった。
「〜〜〜っレイ、お前な!」
同室だというのに、未だに彼が気配を消すと全く察することができない。危うく尻餅をつくところだったシンは抗議しようとするが、
それよりもレイの声のほうが早かった。
「深入りしないほうがいい」
「え?」
普段から感情の読めない物言いをするレイだが、今日は特に抑揚がない。
冷たい、…いや、厳しい。まるで触れてはならないものに触れようとしたことを咎められているかのような威圧感を感じる。
「フィラ・ルーナ・ラーライラ。…彼女に、あまり深入りしないほうがいいと言ったんだ」
ムッとするシンに、それでもと念を押すかのようにレイは続ける。
「彼女が抱えている闇は、おそらくお前が思っている何倍も昏く、深い。迂闊に近づけば、こちらが飲み込まれるぞ。…お前の手に負える
相手じゃない」
「なんでお前にそんな事わかるんだよ」
レイはあれから彼女と会ってさえいない癖に。
何も知らないはずのレイにそこまでフィラのことを断言されることが、シンには不愉快だった。
だが、彼は何も言わず、そのまま背を向ける。
「レイ!」
「どのみち俺達はオーブに長居する予定はない。まず、二度と会えないと覚悟しておいたほうがいい」
「!」
見透かしたような言葉にぎくりと体を強張らせてしまった隙に、彼はそのまま去っていってしまった。
「……………何だよ………何なんだよ!」
苛々する。
何もかもが、無償に苛々する。
…今日は外出をやめてしまおうか。
だが艦内に残っても、どこかで必ずレイと顔を合わせる。このままでは、何となく気まずい。それに、昨日フィラと会ってきたことで
やっと決心がついたのだから。この機会を逃したら、恐らくあの場所へは二度と足を向けられなくなるだろう。
ポケットの中にあるマユの携帯をそっと手で確かめて、シンは今度こそ部屋を出た。
検索が終わったらすぐにミネルバを降りられるように私服でいたのは、正解だったかもしれない。
朝早く、まだ誰もいない内に、その場所に来ることが出来た。
二年前、モビルスーツからの流れ弾を受けて荒地になっていたこの場所。
今は、美しい公園に整地されてしまった、この場所に。
港に止められた船から降りて、道なりに歩いていく。
しかし、その足はやがて止まってしまった。
ギリッと握り締めたピンク色の携帯が、微かに悲鳴を上げる。
見渡す限り、豊かな緑を植樹された丘。
花時計と、花壇。整備された公園。
なんて美しくカモフラージュされてしまったことだろう。
間違いなく両親と、最愛の妹は、ここで殺されたというのに。このコンクリートの下にある土には、間違いなく三人の血が染み込んで
いるというのに。
まるでその痕跡を覆い隠すかのように、美しい。
ユニウスセブン落下による津波で、海水によって塩害を受けた木が立ち枯れを起こし始めたり、花が流されたりはしているが、それさえ
なければ良く整備の行き届いた美しい港公園でしかないだろう。知らずに訪れた人は、ここが戦場になった過去など気付けないに違いない。
今も鮮明に脳裏に甦ってくる。
あらぬ方向へ体が折れ曲がった母。
巨木の下敷きになった血まみれの父。
そして、無残に千切られたマユの手。
「…っ……、うっ…く………ぁぁぁっ……!!」
握り締めた手が震え、喉から嗚咽が零れる。
溢れる涙。止めることなど、できない。
今も覚えている。
あの、どうしようもない悔しさ、怒り、悲しみ。
言葉では言い尽くせない、言い表せない、自分のすべてを飲み込むような、体中の神経が全部焼き切れてしまうような、あの強烈で
苛烈な感覚。
無残な家族の姿と、耳をつんざく爆音。体を煽る熱風。
世界の全てはただただそれだけ。
その世界は赤黒く燃え続けるマグマのように、今も心の底に漂っている。
ふと、風向きが変わった。
「……………めをみてた………こどもの……ってた……………」
「っ、…?」
風上のほうから潮風に乗って、綺麗な歌声が微かにきこえる。
振り返ると、少し離れた切り立った岩場が整地されて、何か碑が立っている。その傍に、人影が二つ、寄り添うように立っている。
「…フィラさんと……ノキアさん?」
思わず目を凝らし、その人影に見入ったシンは、二つの影がこちらを向いているのを確認した。
間違いない。フィラとノキアだ。
涙を拭ったシンは、自然にそちらへ足を向けた。
「…どうして…」
「…驚きましたわ。思い立ったように突然出かけたと聞いた時は」
摘んだ花を手に唄いながら現れたラクスに、キラは驚きはしなかった。だが、何故ここがわかったのかという疑問はある。
母にもマリューにもバルトフェルドにも、勿論マルキオ導師にだって、すぐに戻るからと、行き先を告げなかったのに。
それを悟ったように優しく微笑み、ここしかないと思いましたわ、と彼女は言った。
どうしてわかってしまったんだろう。…どうして彼女には、わかってしまうんだろう。小さく微笑みを返してから、キラは慰霊碑に向き
直る。
「………ずっと……勇気が出せなかった。慰霊碑があることはカガリから聞いてたけど、…守るはずの人達を、守れていなかったことが…
辛くて。………逃げてたんだ。直視したくなかったんだ。僕は」
「………それでも……それでも貴方には、守れたものがあります」
「…すべてを守ろうなんて、贅沢なのかな。……無理なことなのかな」
それとも、所詮自分にはそれだけの器がなかったということか。
最高のコーディネイターとラウに揶揄され、遺伝子に施されていたという“鍵”まで無理矢理解除されてしまって、そのせいで女性体へと
変化し………『完全なる存在』になったはず、なのに。
完全だというのなら、なぜ全てを完全に成すことができないのだ。
オーブ解放戦は『完全なる存在』となる前のこと。だからオーブを守りきれなかったことも、無辜の人々を巻き込んでしまっていた
ことも、ウズミ達を犠牲にしてしまったことも仕方がない。…そう言い逃れることはできるかもしれない。それ以前のことも、同じ言葉で
言い訳ができるのかもしれない。けれどその後だって結局,目の前にいたフレイを救うこともできず、ラウを殺すことでしか止めることが
できなかった。広がり続ける闘いを止めることなどできなかった。
戦争を止めたのは、ムウとナタルを喪いながら必死でアズラエルを倒したマリュー、ザラ政権を崩壊させたアイリーン・カナーバ、
そしてジェネシスを破壊したアスランとカガリだ。自分はただ、世界と共に心中しようとしていた男を殺めただけ。
実の父は、研究者達は、こんな非力な自分の一体何をもって『最高のコーディネイター』と評したのだろう。
所詮机上の空論だったのか。それとも、成功したのは人口子宮のほうだけで、その中で育まれた自分については失敗だったのか。
「………許して…くれないだろうね………きっと」
志なかばにして倒れた者達。理不尽に巻き込まれた人々。きっと、許してくれるはずはない。
「……………ならば祈りましょう。赦されるまで、決して彼らを忘れず…祈り続けましょう。わたくし達の、命尽きるその時まで」
そっと花を供えるラクス。
彼女は、きっといつか許してくれるなどという安易な慰めは言わない。
そんな簡単な言葉が今の自分のためにはならないということを、知ってくれているから。
「…うん。そうだね」
だからキラも、ありがとうとは言わない。
傍に居る。ただ、そっと傍に居る。
今度こそ守る。
手を繋ぐと、ラクスは静かに歌を唄い始めた。この場所に眠る魂達のために。
「……?」
不意に感じた人の気配。視線を送ると、港のほうに人影が見えた。
「…え?」
どうして彼が、こんなところに。
「…キラ?」
ラクスの歌が途切れ、心配そうにこちらを見上げてきた。
「…昨日の子がいる」
「えっ?」
意外な言葉に、ラクスもキラと同じ方向へ視線を送る。ほぼ同時に向こうもこちらに気付き、こちらへ向かって歩き始めた。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
…あの時、マユの携帯の留守電応答メッセージって、どうやって流れてましたっけ…。
シンが操作して流した、というより、なんか自動的に流れてたように見えたような記憶があるんですが…。
って言ってる傍からDVDを観ろよって話(笑)
どちらにしろ、海原捏造バージョンのメインイベントはマユちゃんの待ち受けボイスではないので、ちょっと遠慮しておいて貰いました。
ごめんね、マユちゃん。