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第五章
『恋』

(3)






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 ごめんね、とあの人は言った。
 君に赦しを乞わなければならないとは思わないと厳しく告げた同じ声で、それでも最後、静かにごめんねと言った。
 悲しそうな瞳で。
 涙こそ流れていなかったけれど、あの人は確かに哭いていた。
(うそだ、うそだ、うそだ!!!)
 闇雲に走って、握り締めた携帯から下げられたストラップが手に当たる。
(オレはあんなの信じない!! あの人が…フィラさんが地球軍にいたなんて、信じない!!)
 上がりきった息に合わせて、足が止まった。
 膝に手を当てて、その体勢のまま携帯を開ける。
 画面の中で、微笑むマユがこちらを見ていた。

(…そうだ、あの人は誰かを庇ってるんだ)
 とてもとても穏やかで心優しい、子供達の母親だから。
(だから自分が憎まれ役になることで、オレの怒りを鎮めようとしたんだ)
 そうに決まっている。

 自分の家族を殺した仇が、あの人だなんて。
 そんなの信じない。
 もし本当だったとしたら、それはあまりに酷いではないか。

「………すき…………なのに…っ…!!」

 どうしようもなく気になる、あの人の笑顔を思い出すだけで心臓が高鳴る、そんな説明しようのないこの気持ちは、きっと恋なのだと。 そう思い始めたところだったのに。
 きっとこの淡い気持ちは、心の底で澱んでいる怒りを少しずつ昇華させてくれる。そう、期待していたのに。



 ずっとずっと、何をしても、誰に何を言われても、心の奥が渇いていた。
 アカデミーで上位の成績を取って褒められれば嬉しかった。ヨウランやヴィーノ達と遊びに行ったら、ばかみたいに楽しんだ。それは 嘘じゃない。一度に全てを失って見知らぬ土地に独りだった自分を、そんな経験が少しずつ癒してくれた。けれど、心の奥底の、一番深い 部分だけは、ずっとずっと渇いて、飢えていた。二年前の、あの時からずっと。
 オーブ侵攻のニュースを聞く度に、どうしようもない怒りと悔しさが砂嵐のように激しく渦巻く。友達の思い遣りや優しさという水は 嵐を鎮め、心を潤してくれるけれど、一番奥底の部分にまでは届かない。
 きっと自分の心の奥にある時計は、あの時からずっとずっと止まったままになっているんだろう。

 唯一、心の奥底を激しく揺さぶったものといえば、そう。
 カガリ・ユラ・アスハ。あいつが、犠牲は少なくて済んだとか、ミネルバはよくやってくれたとか、そんなことをぺらぺらと能天気に 喋っていた時に込み上げてきた、激しい怒り。

 犠牲が少なく済んで良かった、だと? 少なかろうが多かろうが、犠牲者が出たという事実は変わらないというのに、良かっただと!?
 何が良いものか!!
 少なく済んだ? それは、他の犠牲になるはずだった多くの人々が助かって良かったという意味か? ならば問おう。犠牲になるはず だった人々が生き残った影で、逃れられずに犠牲になってしまった少数、その少数の中にどうして自分の家族が含まれなければならな かった? 何故両親が、マユが、多くの助かる側へ入れなかった!? 多くの人が助かったのなら、どうして全員助かることができな かった!?
 数さえ少なければそれで良いというのなら、オーブを戦火に巻き込んだお前達だけが犠牲になればいい!!
 それだけではない。宇宙に逃げた『姫様』は、被害者に対して何の救済も為さなかった。第三勢力の英雄を気取って、故郷を追われ 難民にさせられた国民達に何の謝罪も、対応もしなかった。脱出の際に巻き込まれ犠牲になった市民がいるなど、知りもしなかったに 違いない。
 無責任で、頭の軽い、人の気持ちを考えることもできない最低の女。あんな奴のために何故アスランがオーブへ留まるのか、 理解できない。アスランはこんな国で燻っていていい人じゃない。その持っている力を、世界平和維持のために活かすべき人だ。 それなのに、あんな馬鹿女のせいで、随員なんていう閑職に留まらされているなんて。

 どこまでも続く、どす黒い怒り。冷めることのない、澱んだマグマのような怒り。
 何を手に入れても、何をしても気が晴れることはない、根深い渇き。

 ………それを、彼女がほんの少し、潤してくれた。

 永遠に満たされないと思っていた心の奥へ、初めて優しいしずくが届いた。
 今までずっと表面を滑って届かなかったのに、初めて、心の中心に優しい水がそっと浸透してきた。
 心地よい安らぎを、フィラという人は確かに与えてくれたのに。

 それなのに。
 自分から総てを奪ったのが彼女だったなんて…、そんな酷いことが現実であるはずがない。絶対に認めない。信じない。

 …信じたくない。



 太陽の光を浴びて、バックライトの落ちた画面が白く反射する。
 不意に、暗くなった画面の中で笑いかけるマユの顔が不自然に滲んだ。涙がディスプレイに落ちたのだと気付いて、慌てて袖で拭った。




 ………そうだ。
 アスランに聞いてみよう。
 あの人ならきっと真実を知っている。

 英雄であるアスランがあんなに親しげにしている人が、地球連合の軍人であるはずがない。二年前のオーブ解放戦の時、ジャスティスも またオーブ軍に加勢し、この地を守るべく懸命に戦っていたことは、自分も知っている。そんな彼が、オーブを攻めてきた地球軍の軍人と 笑い合っていられる筈がない。彼ならフィラの言葉を嘘だと言って、本当のことを教えてくれるはずだ。

 …そうだ、どうしてこんな簡単なことに今まで気付かなかったんだろう。
 全てを知っている人物が、すぐそばにいたというのに。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

 この頃のシンって、ほんっとに心底カガリが大っ嫌いだった(少なくとも私にはそう見えていた)んだなぁ…と、 書いてて自分でびっくりしました。
 カガリ好きの皆様にはかなり気分の悪い話になってしまって申し訳ありません。ていうか、私だって好きなんですよ、カガリ。あくまで シン視点で書いたものなので…シンにとってはカガリは憎しみをぶつける格好の的になっちゃったのかな、と思います。
 誰かを憎まずにはいられなかった時、それがアスハに、ひいてはその生き残りであり現在代表であるカガリに向けられることになって しまうのは、仕方がないというか、シンにとっては自然な流れだったんだろうな、と。

 ところでキラの確信犯的な誤解作戦はしっかり成功したようです。