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for DREAMING-EDEN

第六章
『離別』

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「おはよう、アスラン」
「ああ、おはよう」
 キラとラクスが慰霊碑の前でシンに出会った、そのほんの少し前のこと。
 アスハ邸では、先に起きて朝食を摂り始めていたアスランの元へ、眼の下にうっすらクマのできたカガリが起きてきて、合流した。
「おはよう」
「おはようございます、姫様」
「おはようございます」
 屋敷の広さに対して明らかに少ない人数のメイドや執事達にも挨拶をして、宰相服の上着を着ながら席につく。広いテーブルの端っこ 同士ではあまりに寂し過ぎるので、二人はいつも隣合って座ることに決めていた。
 あくびを噛み殺した彼女のその様子に、アスランは新聞から目を離し、微笑する。
「カガリ。化粧が嫌いなのは知ってるけど、そのクマだけは隠していけよ」
「わかってる。出かける前にはするさ。悪い、私も同じものを」
「かしこまりました。お飲み物は如何なさいますか」
「うんと濃いミントティーを頼む」
「はい」
 そのオーダーから、頭をスッキリさせたいという気持ちが読み取れる。昨夜も遅くまで行政府に詰めていたようだが、今日もそうなると いうことだろう。
「ごめんな、アスラン。なんか、結局戻ってからこっち、ずっと放り出したみたいになっちゃって」
「気にしなくていいよ。昨日は…俺もちょっと、フラフラしてたから」
「フラフラって。キラに会ってきたんだろ?」
「………」
 言葉では尋ねているが、彼女の表情は、そうであるに違いないと確信を持っている優しい微笑。
 まったく、この双子は両方ともどうしてこんなに勘が鋭いんだ。それとも自分が読まれやすいだけなのか。…そんなことは断じてない、 と思うのだが。
「何か言ってたか?」
「…いや。愚痴聞いてもらって………それだけだ。新聞は?」
「サンキュ」
 食事時に読むのはマナー違反だと分かってはいるが、行政府に行ってからチェックしたのでは遅いし、今日は食事を終えてからゆっくり 読んでいる時間がない。カガリはオーブ国内で発行されている新聞を全て手元に寄せ、手元の端末にワールドニュースを開いた。
「………ひどいな…あちこち………。犠牲者も、被害も、…まだ増えるだろうな」
「……………ああ」
 出てくるのは、目を覆いたくなるような被害の様子。
 ミリアリアが撮ったという、イルカの一群が海辺に打ち上げられている写真もあった。人的被害は勿論だが、しばらく生態系も荒れる だろう。やりきれないことだが、今回のことが原因で絶滅してしまった動植物も、調査が進むうち増えてくると覚悟しておいたほうがいい。
「キラ達は大丈夫だったんだろ?」
「すぐシェルターに避難したそうだから。…だが、導師の家は…」
「……………そうか」
 あの家には、カガリも愛着があったのに。
 何より、子供達の心にはショックが大きかったに違いない。
「あっ、またこんな…!! 報道メディアがあっさり政治に同調してどうする!! それとも連合は、世界中の放送局にまで圧力をかけてる っていうのか!? 冗談じゃないぞ!!」
 ぐしゃぐしゃと髪を乱すカガリ。見ていたのは、ワールドニュースの画面だ。
 画面には例のユニウスセブン落下現場の写真があり、見出し項目のテロップには『プラント、自作自演テロの疑惑濃厚』と出ている。
 自作自演ではない。あれは正真正銘、プラントにとっても打撃となるテロだった。
 なのに、大西洋連合は頭からそれを否定している。議長が破砕作業中に殲滅したと発表しているのに、テロだというのなら犯人を、 テロリストを出せと、出せないのならやはり嘘なのだろうと、子供の屁理屈のようなことを言っている。
 両者の言い分と集めた証拠とを検証し、多角的かつ客観的に分析することこそ、民間報道の役目であるはずのに。
「言ってることがまるっきり連合と一緒じゃないか!!」
 ああもう、とチャンネルを変える。主用都市国家で放送されているニュースをチェックしたが、どこも似たり寄ったりの特集内容だ。 一部で被害救済と復興支援が先だと訴えている有識者のコメントもあったが、報道のほとんどは民衆にプラントへの疑惑を植え付ける ようなものばかりで、中にはあからさまに、やはりコーディネイターは敵だ、と断言しているキャスターまでいた。
 そのニュースを隣でアスランも聞いて、そして。

 …彼は迷いを振り払った。
 やはり、ここでじっとしていては何もできない。
 キラの言ったとおりだ。答えが見つからないのなら、自分から捜しにいかなくては。
 何より自分は、あのパトリック・ザラの息子なのだ。ユニウスセブンを落としたテロリスト達が今も拠り所としていた、ナチュラル排除 主義とでもいうべき思想をプラントにばらまいた張本人である男の、唯一の身内なのだ。自分には、世界に対して償う義務がある。
 自分は、巻き込まれたキラとも、中立の道を貫こうとしたカガリとも、平和を叫び戦争に抗い続けたラクスとも違う。
 戦争の加害者の身内なのだ。自分は。
 親と自分は関係ないと、完全に自分だけの人生を歩むことができる人もいるだろう。だが、アスランにはできない。
 父の振り撒いた憎しみの芽を摘み取る。その役目は、当然自分が負わなければならない。
 それに何より、ほんの小さな刺激で世界に再び戦いの火蓋が切って落とされるというこの時に、ただ手をこまねいて見ていることなど、 できるわけがないではないか。

「どうぞ」
「ありがとう」
 そこへカガリの食事が運ばれてくる。アスランと同じ、ベーコンエッグとトースト、マッシュポテトとレタスのミニサラダ。そして、 うんと濃いミントティー。
 アスランは自分のブラックコーヒーを飲みながら、新聞からは目を離さずに急いで食事を始めるカガリを見守る。
「また今日も向こうなのか」
「ごめん。多分一日中向こうになると思う」
「いや、謝ることじゃ…。それが君の仕事なんだから」
「君とか言うな。ユウナみたいで気色悪い」
 ぷっ、とメイドの一人が思わず笑ってしまった。仮にも屋敷の主の婚約者をネタにして笑うなど、本来無礼千万なことなのだが。
「し、失礼致しました」
「いや。良かった、誰もウケてくれなかったらどうしようかと思った。いまのは笑うところだぞ」
 慌てて表情筋を引き締めるメイドに、自分は笑いながら言うカガリ。それを受けて、我慢していたメイドや執事達からも、クスクスと 上品な微笑が起こる。アスランも少し笑って、それから、コーヒーを飲み干した。

「…カガリ」
「ん?」
「俺は、プラントに行ってくる」
「……………」
 えっ、と口の形は動いたが、声に出されることはなかった。
 それから、キラとうりふたつの優しい目で、笑う。
「……そう言い出すんじゃないかって、なんとなく思ってた」
「…カガリ」
「元々お前が戦ってきたのは、プラントを守るためだしな。それに、今の私じゃ、ちゃんとお前の力を発揮できる役職を用意してやること もできない」
「そういう意味じゃない。ウズミ氏の唱えた中立の理念が尊いことは俺も理解しているし、カガリにはそれを貫いてほしいと思ってる。 だからこそ、プラントがどう動くのか、プラントは今どうなっているのか、この目で確かめてきたいんだ」
 ユニウスセブンを落下させた犯人が旧ザラ派のコーディネイターだということが発表されれば、市民の間にも動揺が広がるに違いない。 重ねて、連合からの無茶な要求。デュランダル議長の出方によっては、世界は再び戦乱の世に逆戻りしてしまう。まさかあの議長に限って 短慮はないと思うが、それでも、市民が連合への反発を強く訴えるようならば、議会も議長も、その声を無視するわけにはいかない。
 …苦しい立場に追い込まれているカガリを一人にするのは、辛いのだが。
「すまない、カガリ」
 しかし、それでもカガリは笑顔を絶やさない。
「いいって言ってるだろ。それに、プラントがどう動くのか気になるのは私も同じだ。言い掛かりをつけられているプラントには苦しい 時期だと思うが、どうか連合に乗せられて安易に武力で応じるようなことだけはないように、くれぐれも議長に伝えてくれ」
「ああ、わかった。………救助活動や支援で、オーブも忙しいんだろう? どのくらいでシャトルを用意できる?」
「はぁ? 何言ってるんだ、すぐに仕度しろよ」
「え?」
「思い立ったが吉日っていうアジアの古い諺知らないのか? お前一人プラントに上がるくらいなら、アスハ家の力でどうにかなる。 行政府を通してたらバカみたいに時間がかかるの知ってるだろ」
「え…いや、しかしオーブの特使として動くからには」
「行くなら早いほうがいい」
 アスランの言葉を遮って、不意にカガリの顔が真顔になる。
「………今はまだ、テロリストの引き渡し要求だけだが、…大統領は何が何でもプラントを攻撃するつもりらしい」
「何!?」
 現連合国の大統領は、丁度停戦後に大統領選挙があって穏健派の人物に代替わりしたはず。それが、なにがなんでも攻撃するつもりとは 一体どういうことだ。
「勿論私も手を尽くすつもりだ。だが、連合とのパイプはセイラン家のほうが強い。あいつらで話を進めてしまって、私が把握したとき には遅かった、なんてことが今まで何度あったか、お前だって知ってるだろ」
「………それじゃ、まさか…連合のプラントへのテロリスト引渡し要求は…! 連合は真実を知っていながら、開戦の口実にするために わざと引渡し要求を繰り返しているのか!?」
「…表向きには、可及的速やかに市民の安全を確保するためだとか言ってるけど…多分、腹の底はそういう事だと思う」

 テロリストは破砕作業中にザフト正規軍と交戦し、全員死亡した。このプラントの発表について裏付けを取った上で、それでも表向き には嘘を言うなと糾弾し、犯人引渡しを要求する。
 当然、プラントは無理だと回答する。全員死亡したのだと、あの状況で死体の回収は無理だと、証拠も全て大気圏で焼かれてしまったと 答えるより他ないだろう。
 この押し問答を何度か繰り返した後で、犯人を庇い隠匿するプラントは悪質な敵勢国家と判断せざるを得ないと発表し、これだけの 被害を蒙ったのだからその報復だと正当化して、プラントへの攻撃を開始する。今度こそコーディネイターを殲滅するために。『青き清浄 なる世界のために』―――…。
 これが、大西洋連合の思惑。ひょっとしたらまだ何か企んでいるのかもしれないが、大筋ではこういう具合でプラントを悪人に決めつける つもりなのだろう。テロリストが全員死亡していることが、逆に開戦を望む連合にとって有利な口実になってしまったわけだ。

「もしそうなったら、あいつらは本格的にオーブ吸収に乗り出してくるだろう。国営企業であるモルゲンレーテを手に入れるには、オーブ という国の形が存続したまま、連合に加盟するという方法が一番好都合なはずだ」

 カガリは直情的ではあるが、決して馬鹿なわけではない。頭が悪いわけでもない。その気になれば政治でも経済でも、哲学でもどんと 来いだ。ただ、野生の勘で動くタイプの性格であるために、今まで発揮する機会がなかっただけで。
 今まではそれでやってこれたし、その直感力が力になってきたが、政治の世界で渡って行くには、残念ながら方法を変えていかなくては ならない。
 真っ直ぐな気性が好ましい人格として周囲から好かれるカガリだが、政治を行うのならば、人の思惑を読むことも必要だ。悪意を持って いる者に対しても、まっすぐにぶつかるのではなく、消される前に証拠を掴み、世論を味方につけて足固めをし、相手が逃げられないように 手回しをしてから喧嘩を売らなくては、逆にこちらがやりこめられて窮地に立たされてしまう。
 そのことを、一度オーブ再建に失敗したカガリは、身をもって学んだ。そして代表として立ったからには、今度こそ同じ過ちは繰り 返さない。たとえ力は及ばなくとも、最後まで可能性を探して立ち向かってみせる。

「そうなってからでは、お前を特使としてプラントに送り出すどころか、…お前が、オーブに居続けることさえ…」
「カガリ」
 堪え切れず歪む表情。アスランはもう分かったから、とカガリの肩を抱き寄せた。
「………すぐに手配を致します」
「すまない、頼む」
「お願いします」
 要領を得た執事が会釈をして、サッと退室していく。

 二人はそれ以上言葉を探せずに、口を閉ざす。つけっぱなしのワールドニュースだけが、相変わらずプラントを悪役に仕立てるニュース ばかりをまくし立てていた。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

 カガリの真意。
 「言うな(いうな)」と「ユウナ(ゆうな)」をひっかけてみました。
 だから別にユウナが気色悪いという意味で使ったわけじゃなかったんですが。
 ………あまり通じてなかった様子で。