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for DREAMING-EDEN

第六章
『離別』

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「お前が帰ってくるまで何とか踏み止まってみせる。だが、万一オーブが連合に取り込まれてしまったら、ここには戻らずにキラ達を捜せ。 みんなには必ず、事前に脱出してもらうから」
「わかった。…そうならないことを、信じてるけどな」
 スーツケース一つの荷物でアスハ邸を出るアスラン。メイドや執事達も、カガリと共に見送りに出てきている。そして、邸宅から正門 までの間にあるポートには、既に迎えのヘリが来ていた。
「行ってらっしゃいませ」
「無事のお戻りをお待ちしております、アレックス様」
「どうか道中お気をつけて」
「ありがとう。留守の間、カガリを頼みます」
「承知致しました」
 深々と礼をして、それからササッと屋敷の中へ戻って行く。
「?」
 みんなしてぞろぞろと戻ってパタンと扉を閉めてしまったメイド達を不思議に思って振り返るカガリ。だが、旅立つ当人は思わず顔を 赤くしてしまった。
 気を利かせてくれたのか、と。
「……………カガリ」
「えっ?」
 パッと振り返るカガリに、ポケットの中でケースから出した金属品を示す。
 それは、細いゴールドのリング。デザインに合わせて品良くあしらった小粒のダイヤが三つと、アクセントに小さなルビーが乗っている。
「…え…!?」
「ユウナ・ロマとのことは、分かってる。…分かっちゃいるけど、面白くもないから」
 ぽかんとしているカガリの左手を取って、薬指に填めた。
 指輪を確かめたカガリは、かあっと頬を染めてしまう。こんなふうに贈り物を、ましてや指輪を貰ったことなんて、初めてだ。
 左手の薬指に、指輪。…意味を確認するまでもない。
 たとえ周囲によって定められた婚約者がいようと、心の絆があるのはこちら。そして、難しいことはよくわかっているけれど、それでも あの男にカガリを渡したくないという、アスランの気持ちの現われであるはずだ。
 けれど、これから長期間留守にするという時に、そんなセリフを言いながらでは、何か心を道具で繋ぎ止めようとしているかのよう。 もし本当にそうなのだとしたら、何かアスランらしくない。
 それに何より、セリフにしろシチュエーションにしろ、雰囲気もへったくれもない。まがりなりにも年頃の女の子としては、正直 それってどうなの、と感じてしまうのも現実。
「こ…こういう指輪の渡し方、ずるくないか!?」
「………悪かったな」
 拗ねたように視線を外したアスランの頬も染まる。
 …ああそうだ、この男はこういったことにはやたらと不器用だったのだ。
 かつての婚約者に一度喜ばれた贈り物。それを、色違いのバリエーションをつけてひたすらずっと同じものばかり贈り続けていたくらいに。
 ぷっと小さく笑うと、アスランの表情もようやく綻んだ。
 どちらからともなく、唇を重ねる。

「…それじゃ、行ってくる。…頑張れよ」
「ああ。お前も気を付けて」
 微笑み合って。
 アスランはヘリに乗り込み、カガリはそれを見送る。
 旅立つアスランに、上手く笑えていただろうか。
 カガリはだんだん遠くなって行くヘリを見送りながら、右手で左薬指の指輪に触って確かめる。

 アスランの気持ちの現われであるはずの指輪。
 けれど、…少し。ほんの僅かだが、サイズが大きい。填めた人間にしかわからない、感覚的なものだけど。

 今まで指輪のサイズなど話したことはなかったし、一緒に指輪を買いになど行っていないのだから、当然オーダーメイドの品ではない だろう。手を繋いだ時の感触等で、アスランがサイズのあたりを付けたのだと思う。
 既製品であれば、多少のずれ、つまり少々の緩いきついが出てくるのは仕方がない。だからそこまで注文をつけるのは無理がある。 それは分かっている。分かってはいるのだが、一度気になってしまうともう頭から離れない。

 このサイズは私のサイズじゃない。…むしろ………『彼女』のほうが。

「………車じゃなくてヘリ呼んで、正解だったかもな」
 思わず呟いてしまう。
 …車ならきっと、海辺の家に寄らせてくれと頼むだろうから。

 胸が、モヤモヤする。
 これが嫉妬という名の激情の芽だということは、カガリもよくわかっている。
 けれど何故か、その矛先が誰に向かっているのか、わからない。

 ぴったりの指輪のサイズを把握され、オーブを出る前に会いたいとアスランから願われるであろう、キラに対してなのか。
 それとも、キラを女性として、特別な異性として意識し始めていることを隠し切れずにいる、アスランにに対してなのだろうか。
「……………」
 そんなわけない。
 キラは女だ。女性に、なってしまった。何より自分とは双子の姉弟ではないか。いや、双子の姉妹か。なんだかややこくなってきた。 とにかくシンプルなのは、自分はアスランと付き合っているという事実だ。…だから、この嫉妬はキラに向けられたものでないとおかしい。
 今更自分がキラのことを特別な意味で意識するなんて、おかしい。
 キラにはラクスがいるのに。キラは女性なのに。キラはこの世で唯一血の繋がった姉妹なのに。
 なのに、どうして。しかも今になって、こんなに心が騒ぐのか。

 一つ小さなため息をついて、もう見えなくなったヘリに背を向け、屋敷に入った。
 自分の感情に振り回されている場合ではない。
 そんなことより今は、アスランが無事に戻ってこれるように、そして何より、不安を強めているであろう国民達のために、代表として 何とか中立を維持しなくてはならないのだから。


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 気は進まない。
 だが、彼を呼び出す為には、どうしても仕方がない。
「……ねぇシン、使わないならどいてよ。私一応まだ仕事中なんだけど」
「使うって! 急かすなよな、ルナじゃあるまいし」
「なによそれ〜!」
 唇を尖らせるメイリンを後目に、既にコンタクト先のデータを入力した通信装置へ手を伸ばし、勢いのまま接続キーを押す。
『アスハ家への直通回線は、許可のある方しかコンタクトできません。許可認証コードはお持ちでしょうか』
「こちらミネルバ。ミネルバ所属パイロット、シン・アスカ。アスハ家のアレックス・ディノさんを呼んで欲しいんだけど」
『ミネルバ……。…少々お待ち下さい、お取次ぎ致します』
 コールセンターの女性の言葉と共に一旦画像が途切れ、オーブの国章が表示された。
「…あの人に、何か用事なの?」
「うるさいな。メイリンには関係ないだろ」
 振り返りもせずに切り捨てる。
 煩い。今はそれどころじゃない。あの人のことを聞くんだ。フィラさんの真実を聞き出すんだ。フィラさんは地球軍なんかと関係ない ってことを、アスランさんの口から聞くんだ。…今シンの頭を占めているのはただそれだけ。
 隣で唇をへの字に曲げたメイリンには構わず、ただじっとオーブ国章の画面を睨みつける。
 しばらくして、再び先ほど応対したオペレーターが現われる。
『申し訳ございませんが、ディノは只今不在のため、お取次ぎできません』
「え?」
 不在、の一言に、シンの眉間にシワが寄った。
「…だったら携帯でもいい。とにかくすぐに連絡が取りたいんだ」
『いえ、あの…』
『構わん。こっちと繋いでくれ』
『は…はい』
「!!」
 別の回線からの声が、更にシンの眉を吊り上げさせる。続いて画面に現われたのは、いけすかない宰相服を着たあの女。
『…私の顔が見たかったわけじゃない、と言いたそうな顔だな。シン』
 彼女の少しやつれた様子に気付いたのは、メイリンだけだった。
「わかってるんならさっさとあの人と代われよ」
「シン!!」
 今までシンがカガリに対して暴言を吐いても大目に見られていたのは、そこが誰の領地でもない宇宙空間を進むミネルバ艦内だったから、 つまりカガリがシン側の本拠地に紛れ込んだ状態だった為だ。だが、ここはオーブ。カガリ側の本拠地であって、力関係は逆転している。 しかも、この通信は間違いなく記録を取られているだろう。
 迂闊な言動はシン本人のみならず、ミネルバの総責任者であるグラディス艦長にまで問題の及ぶ危険がある。
 カガリ本人はそんなことをするような人ではないとメイリンは感じていたが、現在のオーブは連合寄りだということは、今や誰の目にも 明らかなこと。その連合側に傾倒している連中が、この通信記録を見つけたりしたら。
 その可能性を危惧して諌めるメイリンだが、シンの耳には届かない。
『…今言ったように、あいつは今、ここにはいない』
「だから、だったら携帯に」
『今頃はプラント行きのシャトルの中だ。携帯を呼んでも、少なくとも向こうに着くまでは繋がらないと思う』
「え?」
「…あの人が、プラントに?」
 きょとんと目を見開いてしまうメイリンと、胡乱な目つきになるシン。二年前プラントではなくオーブを選び留まったくせに、オーブで 何をしているんだという自分の問いに答えられなかったくせに、今更どうして。
 イライラしている頭の中に、そんな考えがグルグル回る。
『…シン…アスランでなければならない用事か? 私で力になれる事なら、私に聞かせてくれないか』
 そのイライラしているところへ、癇に障るカガリの声。
「誰があんたなんかに!! もういいっ」
 バン、と力任せに通信を切るシン。
「ちょっ、………シン!!」
 メイリンの声に振り向くこともなく、そのままブリッジを出て行った。

 アスランとカガリの親密な関係を考えれば、あの女もフィラのことを知っている可能性は高い。それに、そういえばフィラがカガリ・ ユラ・アスハのファーストネームを呼び捨てにしていたと、部屋に辿り着いてレイの顔を見てから思い出した。が、だからといってもう 一度カガリに繋いで「フィラとどういう関係だ」と問い質す気になどなれない。シンはそのままベッドへ突っ伏してふて寝してしまう。








 だが、ふて寝のまま眠り込んでしまったシンを起こしたのは、コンディション・イエロー発令を知らせる艦内警報だった。



 カガリの尽力も虚しく、遂に地球連合はプラントを敵勢国家と見なし、あろうことか宣戦布告と同時に核を放ったのである。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

 やっと開戦まで到達です…。
 連載中の原作付きアニメでは、どうしても原作にアニメが追いついてしまう、という問題があり、しかも車のように追い越しが出来ない 事象ですから、スタッフの方々は様々なアイディアや発想、演出等を駆使して対応されているようです。
 …が、この「〜EDEN」についてはそんな心配は全くナシ。むしろもうちょっと加速かけて追いつけよ、という感じです、我ながら。ぐはっ。