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for DREAMING-EDEN

第七章
『誤算』

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「…………………遅かったか………」
 閃光で光の渦となったモニターを睨み、複雑に呟く青年。齢は恐らく、三十代前半といったところだろう。だが、きちっとスーツを 着こなした真っ直ぐな背中は、年齢以上の貫禄を感じさせる。
「ホンマ、連合にも困ったもんやで。フツーいきなり核に走るか?」
「困ったで済めばいいがな。…議長の備えのおかげで、多くの人命が助かった。そこは感謝しよう。…だが、これもまた彼のシナリオ通り だとすれば…」
「オレらはめっちゃ動きにくなンなァ」
 参った参った、とポリポリ頭を掻く、独特の方便を使う赤毛の少年。こちらは恐らくまだ十代。
「あら、そうでもないわよ」
 赤毛の少年の横からすっと伸びてきた手。指先をマニキュアで彩ったその指先が、さっとモニターを操作して画面を変える。
「確かに、ニュートロンスタンピーダーの件に関しては、してやられたとしか言い様がないわ。もしあの男とロゴスが通じていれば、 このタイミングも頷けるわけだし」
「今の段階で断定はできない。証拠もない」
「もし、と前置きしたでしょう。今のは可能性の話。でも次は、確実な話」
 厳しく口を挟んだスーツの男に微笑を含ませてそう返すと、モニターに隠し撮りの画像を表示させた。黒いスーツに黒めがねの男数人に ガードされた中央には、プラント国民なら見知っていて当たり前の少女の姿が。
「彼の次の手はこれよ。例の場所から動きがあったの。議場に向かっているわ」
「うっわー、ホンマにうりふたつやん、見た目だけは。なんちゅーか、ようやるわ。…せやけど、あの人に化けるにしては、ちょっと 衣装がどぎついんとちゃうか?」
「でも、後々キャラクターを変えることを想定しているのなら納得いくわ」
「…それ、利用するんとちごて、地に堕とそ、ってことかいな」
「使い方の一つとしては充分有りうるでしょう」
 モニターを変更した金髪の美女と赤毛の少年が、不愉快さを隠し切れずに会話を続ける。その間考えを巡らせていたスーツの男が、 すっと金髪の美女を振り返る。
「………確保できるか、ロイ」
「証拠は充分。スタンピーダーの違法性を証明するより簡単だわ」
 ふふっと笑って自信満々に即答した金髪の美女は、そう即答するとすぐに部屋を出ていった。
「お前も行け、ユーリ。女の対決は泥沼になると悲惨だからな」
「へいへーい」
 赤毛の少年もそれは怖いとばかりに肩を竦めて後を追う。
 これがチェックメイトへの重要な布石になるというのに、まったく緊張感のないその背中。男はこっそり表情だけを変えて苦笑した。


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「ええっ!? アレックスさんがいない!?」
 数日ぶりにアスハ邸へ戻っていたカガリを迎えに来たヒロト。常ならアレックスが行政府へ送って来るのに突然迎えとして召集された ことに訝しんだ彼の問いに、カガリは事実を現実のままに伝える。すると途端に血相が変わった。
「い、いないってそんな、一体どうして…」
「大丈夫だって、行方不明ってわけじゃないんだから。大袈裟だな」
 カラカラと笑いながら、後部座席に乗り込むカガリ。だが腰を下ろす様子は重苦しく、ここ数日の闘いが徒労に終わったことへの悔しさ と絶望、そしてどっと彼女を襲った疲労が癒されていないことを現している。
「………」
 そんな彼女を気遣いながらも、しかしアレックス、いやアスランのことは聞き流すわけにはいかない。
 ヒロトは運転席に滑り込み行政府へと車を向かわせながら、会話の主導権を握るためにカガリよりも先に口を開く。
「では、代表はアレックスさんの行き先をご存知なんですね」
「ああ」
「お戻りになる日時も」
「いや、それはどうなるかわからない」
「ええっ!?」
 思わず顔ごと振り返りそうになってしまって、ぎりぎりのところで前方に視線を留めるヒロト。
「行き先が行き先だからな…。向こうも混乱しているだろうし、すぐには戻れないとは思う」
「…ちょっと待って下さい代表、まさかアレックスさんの行き先って…」
「ああ、プラントだ」
 さらりと答えるカガリとは対照的に、ヒロトは信号と標識を見ながら絶句してしまう。
「あいつはやっぱり、プラントのことが気になるみたいだったから。ここに居てもらっても、あいつには何もさせてやれない。だから オーブの特使として、プラントとの掛け橋になってもらおうと…って、え? どうかしたのか?」
「どうかしたのかじゃありませんよ!! どうして止めないんです!!」
 赤信号で停車したのを幸いと、今度こそがばっとカガリを振り向く。シートベルトがなければ、もっと身を乗り出して迫っていただろう。
「今オーブの中で、行政府に近づけるコーディネイターは彼だけなんです!! しかも現在、彼ほどプラントの内情に通じている人は、 国内に他にいないと言っていい! 本人はそうは思っておられないようですが、二年前の戦争の英雄である彼になら、充分に発言力はある!!  連合との同盟を撥ね退けるためには、彼の協力が必要不可欠なんですよ!!」
「え………っ」
 あまりのヒロトの剣幕にたじろいでしまうカガリ。
「確かに、今の行政府はコーディネイターを快く思わない人がほとんどです。宰相達から差別的な扱いを受けて疎外され、彼が傷付いて いることも知っています。けれど、だからといって彼が萎縮する必要なんてどこにもない! あんなのは、一人を寄ってたかって攻撃する、 学校の弱いもの虐めとさして変わらない! 自分の陣地の中で、しかも集団にならなければできないような、程度の低いものだ! そんな ものに彼が屈しなければならない理由なんてどこにもない! 大体、コーディネイターが行政に関わってはならないなんて法律、オーブに ありますか!? ないでしょう!! 歪んでいるのは明らかにセイラン家と宰相連中のほうだ!! 彼はもっと自分に自信を持っていい!!  代表、あなたもです!!」
「えっ、あ、あたし!?」
「そうです!! この国の代表はあなたなんだ! セイラン家の連中じゃない、他の誰でもない、あなたこそが代表首長なんです!!  そのことにもっと自信を持つべきだ!! そうでなければ、この国はいつ完全に取り込まれてしま」
「あ、ちょっ、ちょっ、ヒロト!!」
「話はまだ途中です!!」
「そんな事言ったって、信号! 信号青になってる!!」
「……………あ」
 熱弁して上がっていたテンションがすうっと下がり、ヒロトはやっと我に返る。
 すぐに冷静さを取り戻し、安全運転で車を発進させた。
「………申し訳ありません…つい、頭に血が昇って…」
「いや、お前のそういう遠慮のないところは有り難い」
「…」
 微笑むカガリがバックミラーに映る。ヒロトは無言のまま、視線を前方に戻した。



 仕事とはいえ、離れていたことが口惜しい。
 その場に自分がいれば、なんとしてでも止めたのに。

 あの宰相達の中へアスランを放り込むのは、確かに酷なことかもしれない。だが、彼はカガリを、カガリの守るオーブを守るのだと、 その想いでここへ留まったはず。彼女の力になるという確信さえあれば、きっと協力してくれたに違いないのに。
 連合に傾倒している今の行政府で、プラント側の意見を述べられる人間はアスランしかいないのだ。
 現状でカガリからプラント寄りの意見を出すことは、連合派である宰相達から猛烈な反撃を受けてしまうだけで、事態は好転しない。 だが『アスラン・ザラ』は違う。アレックス・ディノとしてアスハ家に入っているのだから、カガリとヒロトの口添えがあれば閣議の場へ 出席させることができる上に、彼は二年前の英雄。カガリを守り戦った英雄だ。その影響力は、彼が考えるような些少なものではない。 まして、現在プラントで実父である元議長パトリック・ザラが事実上戦犯扱いされていることも、彼自身にはまるで関係のないこと。いや、 卑しい言い方になるが、演出次第ではそのことすら美談として、彼の訴えをより人々の心へ響かせることもできるだろう。
 連合と直接通じているセイラン家は勿論、彼らに甘い汁で誘惑されている宰相達を中立へ転じさせることは、確かにかなり困難なこと だろう。だが何も、彼らの考えを直接変えさせる必要はない。
 重要なのは、国民の民意が動くことだ。
 ユニウスセブン落下が現プラント政府の意思ではないこと、デュランダル議長が誠心誠意対応していること、そしてプラントは、 コーディネイターは、ナチュラルとの共存の道を歩みたいという意志をもっていること。プラント出身で、ユニウスセブン落下の直前に 議長と直接会ったことのある、姫様を守り戦ったジェネシス破壊の立役者である彼の、誠意のこもった言葉なら、国民の心を動かすことが できるだろう。
 この中立の国が、今度こそ中立であり続ける平和の国であると、そう信じて戻って来た国民達は、今のセイラン家のやり方や、今回の 連合の不条理かつ一方的な開戦に不満と不信、疑念を持っている。彼らは重い口を閉ざしているだけで、実際には全人口の相当な割合を 占めていることは調査済みだ。
 アスランが勇気をもって中立和平の永続を訴えれば、きっと彼らが重い口を開いてくれる。堂々とカガリへの賛同の声をあげて、民意は 中立維持にあるのだと知らしめてくれる。そうすれば、政治の主導権を代表であるカガリの元へ戻し、正常な状態に戻すことができる。
 大体、いち宰相に過ぎないセイラン家が実権を握っていること自体、そもそもおかしいのだ。遥か昔の執権政治じゃあるまいし、 時代錯誤も甚だしい。
 確かに彼らは連合国からの再建援助資金を取りつけ、国家復権を認めさせた。だがその結果、オーブは連合国に不必要な借りを作って しまった。今のオーブは連合国からの借金で成り立っている。本来なら、カガリが中心となって中立の理念から再建しなければならなかった のに、国の形を取り戻すことを急いだセイラン家によって潰されてしまったのだ。だから今度こそ、オーブは連合の属国ではないことを、 中立の理念を貫くことを、内外に示さなければならない。
 連合国からのいわれなき不必要な圧力から解放されれば、中立国の当然の務めとして、オーブが連合国とプラントとの掛け橋になり、 両者の諍いの平和的解決と現状打開への道を切り開く役目を、今度こそ果たすことができる。心置きなく全力で取り組むことができる。
 そう確信を得て戻って来たのに、肝心のアスランがいないとは。

 正直、困ったことになった。
 アスランのことを重要な切り札として計算していただけに、この事態は痛い。
 オーブの理念を支持する反戦・非戦・永世中立支持派の人々が集まる新設の民間行政支援事務所「オーブ中立永続推進会」…事実上 カガリの民間支援団体と言ってもいいだろう。その会長とも、セイラン家をこのまま増長させてはいけない、との意見で一致し、各方面に 散っている同志達とも顔を合わせて、セイラン家の力を削いで中立を貫く術をあれこれ相談してきたのに。

 彼は一体どうして、カガリの傍を離れたのだ。

 プラントが大事なのはわかる。彼にとっての故郷で、彼は元々プラントの為に戦うザフトの軍人だった。
 だが今は、カガリの力になるのだと決めて、オーブへ亡命してきたのではないのか。
 第一、今オーブが連合との同盟を締結し、事実上飲み込まれてしまったら、遠からずオーブがそのプラントと戦うことになってしまう だろう。そうなることを自分にできる全力で回避することこそ、オーブにいるアスランがプラントのために出来ることではないのか。
 しかも、よりによってカガリがセイラン家と他の宰相達から連合との同盟締結を強く迫られているこのタイミングで彼女の傍を離れる なんて。これではカガリは完全にたった独りで孤立してしまう。今までだって、アスランという支えがあってやっと、ぎりぎりで宰相達と やり合う力を発揮してこれた。なのにその支えを失っては、彼女はいずれ圧力に耐え切れず潰されてしまうだろう。
 国の命運など、本来まだ十八の少女一人に背負えるものではない。
 ヒロトには政治家としての彼女の補佐をすることはできても、それ以上のことはできない。彼女にかかる不条理な圧力を撥ね退ける 一助になるには力が足りない。そして、ヒロトがどんなに望んでも、カガリが望むのはアスランなのだ。他の誰かでは代わりにならない。 ヒロトはアスランになることはできない。だから、一人の少女としてのカガリを助けることさえできない。それができるのは、アスラン ただ一人なのだ。…そのことを彼が知らぬ筈はない。
 周囲からユウナ・ロマとの正式な結婚をちくちくと急かされ始めている事だってそうだ。彼の耳に入っていないということはない筈。
 国権復活に尽力し連合の庇護を勝ち取ったセイラン家。そのセイラン家とカガリとの結びつきは、より強い連合との結びつきを示すもの であり、オーブを守る力となる。そう国民達に強く示し、民衆の支持を得ることができる。何より、先の戦争中には第三勢力として連合軍 と戦ったカガリが連合と繋がることによって、今度は敵対する意志はないと連合に信用させることができる。これが、二人の結婚を今この 世界情勢の中で敢えて行うべきと迫る者達の理屈だ。
 また国土を焼かれるのは困る。国を焼き出されるなんてこと、二度と御免だ。
 …そう責められてカガリが弱っていることも、そこにユウナ・ロマがつけ込んでいることも、察していないわけがない。カガリのことを ちゃんと見ていれば、言われなくてもわかることがあるはずだ。
 それなのに。



「………愛しているはずだろう…!? なのに、どうして…!」

「………? …ヒロト…何か言ったか?」
「…いいえ。何も」
 会話が途切れたことと連日の疲れとがあいまって、うとうととしていたカガリ。声の気配にぼんやりとは目覚めるが、外の喧騒や モーターエンジンの音にかき消され、ヒロトが何を言ったのかまでは聞き取れなかった。
「到着する少し前に起こしますから、眠っていて下さい。何も心配することはありませんから」
「…。ありがとう」
 心配することなんて、山ほどあるに決まっている。それでもカガリは今、ヒロトの優しい言葉に騙されていたかった。
 アスランのいない広い屋敷は、心身共に疲弊しきった彼女のことを、ちっとも癒してはくれなかったから。




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UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

 新たなオリキャラ登場を吹き飛ばす勢いでお送りした、ヒロトのぐだぐだ劇場でした。
 次回、アスランによるぐだぐだ劇場をお送りします。

 そうです。
 あれです。
 プラントに上がったアスランが遭遇する、最強(凶)規模のビックリドッキリ劇場まで、遂にやって参りました。